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エミリア・ジェーン・アドラー
しおりを挟む「失礼致しました。」
少し落ち着いた後、皆を見渡すと未だ温かい目で見守られているのに気が付いた。恥ずかしい。
「エミリア・ジェーン・アドラー。」
皇帝に呼ばれ、顔を上げる。
そこには、慈愛に満ちた顔の男がいた。
「貴女の過去は決して汚れてはいない。貴女が今までのことを負い目に感じる必要もない。」
全てを知っているかのような口振りに、私は疑問に思った。
「皇帝陛下…貴方はどこまで知っているのですか。」
「貴女のことはヨウラドウ公と、貴女の師であるカーラから聞いた。今まで辛かっただろう。」
辛かった、その言葉が重たく響いた。
果たして私は辛かったのだろうか。
皇帝の言葉にゆっくりと横に首を振った。
「苦しいことも沢山ありましたが…そればかりではありませんでした。頼もしい仲間達とも出会えましたし。」
公爵令嬢として生きていれば、私は王国のことを何も知らずに育ち…そして第二王子の妻となっていただろう。大事に守られて、自分とは別の階級にいる人々の生活がどんなものなのか知ることも無かったに違いない。
そして、決してマスターやラダ、ロア君や子供達、ネストラ婆様を始めとする村の人々にも会えなかった。
私にとって、彼らとの出会いは公爵令嬢としてダンスのレッスンを繰り返す日々よりも、よっぽど大事なものに思えた。
公娼の仕事が辛くなかったとは言えない。しかし、私はその仕事にも誇りと自信を持って取り組んでいた。辛いことばかりでは無かったのだ。
「貴女は…強い人だな。」
皇帝にふっと微笑まれる。
そんなことはない…と思う。私が強かったら、きっとこんなに悩まなかったのにと思うことも沢山あった。
彼の言葉にはそんなことはありません、とありきたりの言葉しか出なかった。
「王国は貴女の爵位継承を認めないだろう。しかし、俺が今から臨時政府を開く。臨時政府は女性の爵位継承を支持し、アドラー公爵の継承を認めよう。」
第二王子の言葉に、また泣きそうになった。
第二王子の勢力は王国内では少ない。
それでもあの日の私が…女だからと継承を認められなかったあの日の自分が、少し報われたように思えた。
女だからと惨たらしい死を迎えたフィーネや、お母様。
彼女達の死に様は、忘れようも無い。
思い出せば、手先の感覚が無くなるほどに冷え、心が怒りで支配されそうになる。
「殿下…ありがとうございます。私も公爵として殿下の王位継承を支持いたします。…必ず貴方の頭に王冠を。」
あの時の感情を忘れていないのは、彼もそうだろう。
私と唯一、過去の記憶を共有する人…。
もしかしたら、私の夫となっていたかも知れない人。
幼い頃からの友人でいて、兄のようで、再会した時には私の知っているエイデンお兄様ではなくなっていて…ずっと、変わってしまったと思っていた。
けれど、時折見せる昔の顔に彼がいなくなったのではないと感じた。
だから私は…彼を王にするのだ。
きっと彼ならば王国を良い国にしてくれると思って。
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