転生少女は欲深い

白波ハクア

文字の大きさ
8 / 64

第7話 発作

しおりを挟む
 私と同じ部屋で過ごす人は、昼間に市場で出会った女騎士だった。

 思わぬ偶然に、私達はしばらく見つめ合った。

「とりあえず中に入らないか? ここらは過ごしやすい気温だとしても、夜の廊下は冷えるだろう」

「……はい、お邪魔します」

「そんなにかしこまらないでくれ。ここは君の部屋でもあるのだからな」

 そう言われても、やっぱり誰かと一緒というのは遠慮してしまうものだ。
 誰とも接してこれなかった私は、余計にそう思ってしまう。それに、こんな綺麗な人が近くにいると、緊張もしてしまう。

 実際、部屋に入った私は、一言も口を開けずにベッドの上で三角座りしていた。これは父親が帰っていた時によくやっていた体勢だ。何も動かず、何も話さない不動の姿勢。どんなことにも癇癪を起こす父親対策の必殺技。

 ──それを今、騎士さんにやってしまっている。

「あ、っと……話してもいいか?」

「──っ!? ご、ごめんなさい! お願いです。殴らないでください。悪いところは直すので、痛いのだけはやめてください」

「いや、別に殴らないが……大丈夫か?」

「ごめんなさい! ごめんなさい! 私なんかのために気を使わせてしまってごめんなさい!」

 ああ、やってしまった。ベッドの上で土下座をしながら、私は後悔した。
 シュウさんと普通に話せたから大丈夫だと思っていた。でも、それは彼が私と同い年っぽかったから話せていただけであって、年上の人相手と一体一で話すとなると、少しの動作だけで暴力を振るわれるのではないかという恐怖が精神を支配する。

 ……そう思うと市場のおっちゃんはなんで大丈夫だったんだろう?
 きっと、あの人は店内に入ってきた私に笑顔を向けてくれたから、気を許せてしまったのだろう。思い返せば、シュウさんも私と話す時はずっと笑顔だった。
 私は笑顔の人が相手なら、大丈夫なのかもしれない。
 チョロいと思われるかもしれないけれど、笑顔の人は怒らない。私の行動で怒るかもしれないけど、突然癇癪を起こして殴ってくることはない。だから心配ないと、そう脳内で決めつけていたんだろう。

 でも、目の前の騎士さんはいかにも真面目そうな人だ。
 笑顔じゃなくて困惑した表情を浮かべている。きっと内心はなんだこいつ、気持ち悪いと思っているに違いない。

 人は苛々するとすぐに顔や態度に出る。それが頂点に達すると、行動に出る。初対面の人にはそれの限度がわからない。

「おい……」

「──ヒッ!」

 騎士さんは私に手を伸ばしてきた。
 それが暴行の始まりだと思った私は、自分の身を守るため、咄嗟に布団に包まった。打撃の衝撃を少しくらいは和らげてくれるだろうと思った行動だった。そこで私はハッとする。

 これで打撃に対する防御力は上がったけど、相手は騎士だ。昼間に彼女が腰に剣を差しているのを確認している。これで拒絶されたと激怒して、剣で斬りかかって来る可能性もある。そうなれば、身動きが出来なくなった私に逃げ場はない。

 ──やばい、どうしよう。

 刺されたら、痛いだろう。
 でも、彼女は騎士だ。こんな場所で殺害事件は起こさないだろう。なので、命は助けてくれるはず。それなら我慢すればいい。我慢は昔から得意だ。魔物に襲われてもなんとか生きていたくらいに、私の体は頑丈になっている。なんとか一晩くらいは耐えられるだろう。

「おい、本当にどうした?」

 バサリと毛布を剥がされ、私を守るものはなくなった。
 ──あ、よかった。剣は抜いていない。

 次に来るのは右か左か。そんなのどっちでもいい。とにかく痛みに耐えるため、私は目を瞑って歯を食いしばる。

「…………、…………?」

 どうしたんだろう? いつまで経っても何もこない。
 恐る恐る目を開けると、騎士さんは手を中途半端に伸ばしたまま、私を見つめていた。

「私は、何かしてしまっただろうか?」

「…………え?」

「昼のことを怒っているのか? それならすまない。心から謝罪をしよう」

 騎士さんは遠ざかり、私に跪いた。
 予想していなかった光景に、私は慌てて制止の声を上げる。

「ま、待ってください! なんで騎士さんが謝っているんですか!?」

「…………その瞳は、本気で私を恐れている目だった。ならば、理由はわからずとも私が原因だと思うのが当然だろう」

「あっ……」

 そこで私は気づいた。
 ……私は、過去のトラウマに囚われていたせいで、騎士さんを巻き込んでしまった。またこの人も暴力を振るうのだろうと勝手に決めつけて、過去に、父親に怯えていた。

 急激に頭が冷えていくのを感じた。
 そして、私がとんでもないことをしてしまったことも徐々に理解する。

「……ごめんなさい。本当に、騎士さんは悪くないんです。なので、頭を上げてください」

「わかった。そして、私も君に何もしないと約束するので、どうか私の話し相手になってくれないだろうか」

 その言葉に、私は素直に「うん」と言えなかった。

 まだ騎士さんの顔を直視出来ない。まだ触れることも出来ない。彼女は口でそう言ってくれたけど、やっぱり殴られるんじゃないかと心配になる。

 でも、毛布に包まりながらなら、なんとか話せるような気がする。

「……………………(コクリ)」

 小さく頷くと、騎士さんは嬉しそうに微笑んだ。

「そうか……! その、嬉しいよ」

 その笑顔は花が咲いたようで、とても綺麗に見えた。

「その、だな……まずは君の名前を教えてくれないだろうか?」

「名前……?」

「そうだ。ずっと『君』というのもどうかと思うからな。勿論、嫌なら言わなくてもいいぞ」

「…………鏡、です」

「カガミ……教えてくれてありがとう。私はエリスだ。騎士さんではなく、そう呼んでくれると嬉しい。ああ、敬語もいらないぞ。他人行儀なのは嫌いなんだ」

 エリスさんって言うのか……いい人、なのかな? まだそこはわからないけど、仲良くなろうとしてくれているのはわかる。……なら、私も頑張って応えないと。

「え、エリスさんは、騎士……なんだよね?」

「さんではなく、呼び捨てで構わないぞ」

「…………わかった。それで、あの……」

「ああ、質問の答えだったな。そうだ。こう見えても、そこそこ強いんだぞ?  ……まぁ、この地位に辿り着くまで大変だったがな。辛いことも、沢山あった」

「……凄い、と思う。私だったら絶対に諦めちゃうから、エリスさ──エリスは凄いと思う」

 壁があるなら、どうにかして回り込んで対処しよう。それが無理なら逃げようと思うのが私。

 その壁を真正面からぶつかりに行くのがエリスだ。その根性は見る人によっては諦めが悪いとか、無駄なことをしているようにしか見えないとか思うかもしれない。
 けれど、私は困難に立ち向かって行く人はかっこいいと思う。それは私に出来なかったことだから、余計にそう思ってしまう。

 ──私にも、エリスみたいな強い心があれば、結末は違ったのかな。

「エリス、は……どうして騎士になろうと思ったの?」

「騎士になった理由か……そう言えば、まだ誰にも言ったことがなかったな」

 感慨深くそう言ったエリスは、騎士になった経緯を静かに語り始めた。

「私は平民だった。結構な田舎村で、皆が協力して必死に生きていた。ある日、そんな村に魔物が現れた。奴らに抵抗する術を持っていなかったひ弱な私達は、逃げ惑うしかなかった。家に籠城し、奴らが帰るまで耐えていたところ、魔物が私と私の親が住んでいた家に寄ってきたのだ。まだ幼かった私は怖くて、死にたくないと親にしがみついて泣いたよ」

 その気持ちはわかる。私も最初、魔物に襲われた時は怖かった。生きた心地がしなかった。あそこで生きながらえたのは、本当に運がよかったと思う。
 私でそんなだったのに、幼い少女が魔物と初めて会った時の恐怖と言ったら、それはもうとてつもないものだったのだろう。

「その時、ちょうど近くを巡回していた騎士が助けに来てくれたんだ。……かっこよかった。魔物と戦う姿が、とても輝いて見えた。今思うと、子供がよく思う理由だ。しかし、私はその騎士に憧れたんだ」

「……そう、なんだ。それがエリスの理由なんだね」

 確かに子供らしい夢なのだろう。それでも、こうして騎士になっているんだから、エリスはその時のことを誇っていいと思う。
 本人は顔を赤くして恥ずかしそうに頬を掻いているけれど、私はそんな強いエリスが羨ましい。その心の強さが、欲しいくらいに。

【承諾。精神強化、恐慌耐性を取得しました】
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。 享年は25歳。 周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。 25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...