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第2話 異変の始まり

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「────ぅあああぁああっ!!」

 神に欲しい能力を願った後、愛しいオフトゥンに潜った私は、すやすやと寝息を立てていた。
 ……だけど、不意に突然目に奔った痛みに大声を上げてベッドの上をのたうち回る。

「──セリア!? セリア、おいどうした!」

 お父さんが私の声に慌てて部屋に入ってくるけれど、そんなこと構っていられない。
 だってめっちゃ痛いんだもん。死ぬ、これマジで私死んじゃうくらい痛い。

「目が…………」

「目がどうしたん──なんだこれは!?」

 お父さんが私の手を退かし、声を荒らげる。
 私は何が起こっているのかわからない。目を開けようとしても筋肉が麻痺しているのか、思うように開けられない。

「痛い……痛いよお父さん、お母さん。助けて……」

「待っていろ、今ノイシュが医者を呼んできてくれている。待ってくれ…………」

 どうなっているの? 私の目は……。
 そう言いたくても言葉が出ない。そんなの大体の予想はついている。だから、出来るなら聞きたくない。
 シリアスな場面だけど現実逃避を決め込みたい。しかし、痛みがそれを許してくれない。

「なんでこんなことに……神様、どうか…………」

 運が良いことに、いつもは隣街にいる医者が、今日は村の様子を見に来ていた。そのまま村長の家で泊まっていたらしく、医者はすぐに来てくれた。

 でも、医者ですら知らない症状で、会話から狼狽しているのが理解出来た。
 どうやら私は目から大量の血を流していたらしく、医者は応急処置として私の目を柔らかい何かで抑えて取れないように包帯でグルグル巻きにしてくれた。あとは王都行きの馬車に乗って、有名な医者に診てもらった方が良いと言われた。

 村の医者は王都に連絡するため家を出ていったらしく、親も一緒に行ってしまった。
 深夜に響き渡る私の絶叫。そのせいで寝静まっていた村はざわめきに溢れて、しかも結構人気者(あえて自分で言う)の私が原因ということで、見物人は沢山居るらしい。

 寝たくても痛くて寝られないこの状況で、何も出来ないというのは本当に暇だ。
 何もしないまま体感では数時間が経ち、家の周りにいた村人のざわめきも聞こえなくなっている。

「セリア……」

 いい加減痛いのには慣れた。このまま眠れるのではないかと思っていた時に、お父さんが静かに部屋に入ってくる。
 声からわかるけど、良い話をするために来たのではないのだろう。いつまでも話を切り出さないので、私から声をかける。

「医者はなんて言ってたの?」

「原因は不明。聞いただろうけど、一度王都で有名なお医者様に診てもらった方が良いそうだ」

「……治るの?」

「まず、可能性は…………絶望的。理由として、王都行きの馬車がこの村に来るのは一週間後。そして、一応包帯は巻いているが、治す方法もわからない。王都についた頃には全てが手遅れ、なんだと……」

「……ふふっ、そうなんだ」

 自然と笑いが込み上げてくる。
 私は楽に生きられる能力が欲しいと願った。それの結果がこれだ。
 もしこのまま治らなければ、一生お父さんとお母さんに看病されて生きることになるだろう。

「ああ…………」

 ああ、確かに楽して生きられるね。

「お父さん……今は、一人にして……」

「……わかった」

 パタンという静かに扉が閉まる音がして、部屋には私以外誰一人いなくなった……と思う。
 静寂が場を支配する。

「っ~~~~!」

 私は人生で二度とないくらいに叫んだ。気が済むまで泣いて鳴いて泣き喚いて、ベッドの上で暴れた。
 どうして私が? 今まで頑張って良い子を演じてきたじゃないか。それでも神というやつは私を見捨てて……。

「クソッ! クソクソクソ──ったれがああああっ!」

 こんなに暴れたら下にいる親にバレてしまう。んなもん知ったこっちゃない。こんな状況でも良い子キャラを保っていられるほど、私は強くない。
 何も見えないまま暴れる。とりあえず手に触れた物を片っ端から投げる。陶器の割れる音がしたけど構わず暴れる。

 そうして暴走した私は身体的にも精神的にも疲れたのか、いつの間にか深い眠りに落ちていた。



          ◆◇◆



 王都では毎日、怪我人が数えられないくらい私の元へ殺到してくる。今日も変わらず怪我人を治療するのに励んでいた私に、一通の手紙が来た。
 治療を求めてくる人がまばらになったところで、一息つきながら届いた手紙の内容を見た時、私は今までにないくらい慌てていたと思う。
 残りの怪我人は全て私の弟子に任せ、部屋にこもる。

「ありえない、こんなことって…………」

 手紙に書かれていた内容はこうだ。

『急ぎ治療の予約をしたい。
 患者は深夜、急に目元を抑えて苦しみだし、目から大量の血を流した。このままでは目が見えなくなる。……いや、もうすでに手遅れかもしれん。
 次のことは判断に任せる。
 患者の目元を調べた時、真っ赤に染まった眼球の奥に黄金に光る何かが見えた気がした。
 思えば患者は今日が15の誕生日だった気がする』

 15歳といったら新たな能力に目覚める時。私も15で『治療術士』を得て、今や王都を代表する医者になった。だが、最初は増幅した魔力を制御出来ずに死にかけたこともある。

 ……だとしたら原因は能力による体の変化と考えられる。

 そして間違いなく変わった箇所は目。
 それだけで嫌な伝承を思い出すのだが、その考えだけでは気のせいと思えただろう。

「真っ赤に染まった眼球に黄金に光る何か。それってまるで……」

 真っ赤に染まったというのは血液のせいだろう。だが、黄金に光る瞳。それはどう考えても…………

「魔女の──再臨」



          ◆◇◆



 起きた時、そこは温もりのある愛しいベッドではなく、硬くてひんやりとした何の優しさもない床だった。

「ん、そういえば疲れて寝ちゃったんだっけ……ふ、あああぁ……」

 原因の目に痛みは感じない。
 痛覚が麻痺したのか、本当に痛みは治まったのか。どちらかというと前者な気がする。
 だってまだ目には違和感がある。それこそ自分のものではないような異物が、そこにあるような感覚。

「……よしっ」

 意を決して頭に巻かれていた包帯を解き、目についている物を取る。まだ目を瞑ったままなのに、僅かに光が漏れている。
 ということは、視力は無くならずに済んだってことになる。

 とりあえず一安心。

 恐る恐る瞼を開く。

「おおぅ……」

 そこはいつもと違う景色が広がっていた。……確かに私が暴れて部屋がグチャグチャになっていて、違う景色と言えるのだけれど……なんかそれは違う気がする。
 前見ていたのとは確実に違う。全てが鮮明に映し出されていてどこまでも見渡せるような、そんな完全クリアな景色。

「もしかして、新しい能力って視力の向上とかじゃないよね?」

 だとしたらはた迷惑な能力だ。それだけのためにあんな激痛を味わったのだとしたら、能力をくれた神様クソ野郎をぶん殴りたい。

「そうだ、鏡は……」

 もしかしたら見えるだけで、目は凄いことになっているかもしれない。そう思った私はいつも使っている手鏡を探すと、奇跡的に割れていない状態で見つかった。

 綺麗な装飾の入った手鏡。これはお父さんが私に10歳の誕生日プレゼントとしてくれた大切な物。
 もしこれが割れていたら、精神的にヤバかったかもしれない。

「…………えっ?」

 ホッとしながら鏡で自分の瞳を覗くと、無意識に疑問の声が出る。

「え、なんで?」

 私の瞳はに怪しく輝いていた。
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