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第6話 決別の時

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「改めまして我はリヴァ────」

「かっ……わいいな、おい!」

「!?(ビクッ!)」

 親の前だというのに、キャラを忘れてリヴァイアサン(人型)を舐め回すようにジロジロ見る。
 すでに足だけを動かせないように支配してあるので、リヴァイアサンは絶対に逃げられない。

「あ、あの。ジロジロ見ないでください……」

 羞恥に耐えられなかったのか、リヴァイアサンの紅い瞳はうるっとなり始めて、視線に逃れようと悶えるたびにサラリと長髪が揺れる。女の子の良い匂いが髪が揺れるたびに鼻孔をくすぐる。
 腰から生えている尻尾は恥ずかしさからなのか、くねくねと動いていた。

「あんなに大きかったのに、私より若干背が高い程度まで小さくなれるんだね」

「は、はい! 竜のなりたいンッ……形を想像することで──アンッ。……ハァハァ……人化は、成されます」

「ほうほうなるほどねー。……にしても可愛いな」

「お褒めに預かり光栄……です……」

 何故か悶えるリヴァイアサンがとても可愛くて、耳の後ろを触ったり、角を擦ったり。スベスベの肌を撫でまくっていたら、エロくなっていた。今の気持ちは犯罪者。
 竜形態の時は偉そうに喋っていたのに、今はエロ親父に痴漢されている美女だ。全くけしからん。最近の若者はこんなに発達しているとは。少しくらい私に分けやがれこんちくしょう。

「あの……そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「あー、そういえば私と話すために形を変えたんだっけ。それでどうしたの?」

「どうか我を──貴女の、セリア様のにしてください」

 思わず胸を揉んでいた手を止めてしまう。
 何を言っておるんだこの子は。私の下僕になりたい?
 さっき人間の事を下等生物って言っていたこの子が?

「なぜに?」

 混乱しているから、シンプルな疑問が口から出る。

「我は最強とは自惚れていませんでしたが、そこそこ強い部類にいると自覚しておりました」

 そりゃね、最強の竜族だから相当強い部類に入るだろうね。
 リヴァイアサンが放ったブレス攻撃は、余裕でここら辺の地形を丸ごと変える威力だった。あんなのが沢山いたら世界滅んでいるよ。

「ですが、今回のことで我はまだまだ未熟と知りました」

「未熟て……あれで未熟なわけないじゃん」

「いえ、未熟です!」

 おおう、自分のことなのに断言しやがった。
 もうちょっと自分を過大評価してあげて?

「未熟故に知らぬ地で暴れてしまい、無力な者に迷惑をかけてしまった。我がもっと冷静に状況を判断出来る器であれば、暴れることもなかったでしょう……ですが! セリア様は人間という下等生物の身でありながら、我と対峙しても堂々としておられた。当然のように脅威と対峙出来る。そんな強くたくましいセリア様に我は────惚れました!」

「うん、うん、うん、う……ふぁっ!?」

 リヴァイアサンの熱弁なマシンガントークを食らって適当な相槌をうっていた私は、最後の言葉に相槌をうちかけて素っ頓狂な声をあげてしまう。

 今、惚れたって言いましたか、この子は?
 まさか初めての告白が同性、しかも竜族だとは思わなかった。
 ……人生って何が起こるかわからないもんだなぁ。

「我に出来ることなら何でもします! なので、どうか、どうか我を下僕にっ!」

「──ちょ、ちょっと待とう! 一旦落ち着いて、ね?」

「ハッ! すいません、我としたことが取り乱しました……」

 本当に竜形態と人型のキャラ変わりすぎでしょ。

「いや、あのね? 私としては貴女が下僕になるのは嬉しいんだよ。むしろウェルカムなんだよ?」

 その言葉は本心で、リヴァイアサンを下僕にするのは別に構わない。私だってこんな可愛い子が側にいるなら楽しいし、いざという時に頼りになる。
 だけど、一緒に住むことになるので、お父さんとお母さんの許可が必要になる。どうせ可愛い娘が増えるとか言って許して貰えるんだろうけど。

「ねぇお父さん。…………お父さん?」

「──っ!? な、なんだ!?」

「お父さん大丈夫? なんか体調が悪いっぽいけど」

「ぜ、全然、大丈夫だ。……大丈夫だ」

 いやいや、絶対に大丈夫じゃないでしょ。暴れまくったリヴァイアサンにまだ怖がっているのかな。それとも本当に具合悪いけど無理しているのかな。

「ねぇ本当に大丈──」

「ヒッ──」

 心配なので顔を覗き込もうと近づいたら、後ずさりされた。
 お父さんの瞳には私が映っていた。だけどそれは、いつも私に向けてくれるような優しい視線ではなかった。
 出来るなら一生見たくなかった視線が……そこにはあった。

 ──あぁ、なるほど。

「せ、セリア違うんだ! 今のは──」

「いいよ、もう……いいよ」

 ふと、頬に何かが垂れる感触がした。
 手で触るとそれは濡れていて、すぐに私の涙だとわかった。

「……受け入れてくれると思った」

「えっ……?」

 ポツリと出た言葉。

「失明したと思って絶望した。お父さんやお母さんが悲しむ姿を、苦労させる未来を想像して泣きたくなった」

 一つ、また一つと涙を流して小さく呟く。

「目が見えるようになって嬉しかった。これで全てが元通りだって嬉しかった。……けど、私の能力は『魔眼』だってわかった時はどうしようって……悩んだ」

 止めようと頑張っても、涙の量は更に増していく。

「最初は能力でお父さんとお母さんを騙そうと思った。だけど、私はそれをしたくなかった。大好きなお父さんとお母さんを巻き込みたくないって気持ちがあったから……」

「………………セリア……」

「だから私は正直に打ち明けようと決意したの。苦悩させることにはなるだろうけど、受け入れてくれるって信じていたから。……だって、二人は私のことを大切に思ってくれていたから。あの時の夜のお父さんの温もりは本物だって、理解出来たからっ!」

 ずっと苦しむ私の手を握っていてくれたお父さんの手。それがあるから、私は激痛に耐えることができた。

「────っ、セリアっ!」

 とても嬉しかったんだ。
 側に居てくれることが、私は、嬉しかった。
 できるなら、これからもこうしてお父さんたちと一緒に暮らしていきたいと願った。

「それはもう……無理なんだよね? だけど忘れないで欲しいの。私は今でもお父さんとお母さんを愛している。今でも巻き込みたくないって思っている」

 リヴァイアサンの隣まで歩いて手を取る。

「セリア、様……?」

 私はもう一度お父さんに振り向いて、涙でぐちゃぐちゃになっているであろう酷い面を、無理矢理笑顔にする。

「お父さん、いえ──。今までありがとうございました。
 私という存在は最初からいなかったと思ってください。娘のことなんて、忌々しい『魔眼の魔女』のことなんて、自分たちには関係なかったと、そう思ってこれからを幸せに生きてくださいっ!」

 私はリヴァイアサンの手を思い切り引っ張って、村と反対側の森に駆け出す。最初はリヴァイアサンも戸惑ってふらついていたけど、すぐに体制を立て直して付いて来てくれる。

「セリア! 待ってくれセリアぁあああッ!」

 ロベルトの声に振り向くことは、二度となかった。
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