煙草屋さんと小説家

男鹿七海

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第三十章

日常の温もり

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 旅行から帰った翌朝。
 霧弥は目を覚ますと、二階の自宅の窓から柔らかい朝の光が差し込んでいた。外はまだ冬の名残の冷気が残るが、部屋の中は暖かく、布団の中にいるだけで体がほぐれていくのを感じる。

「……ふぅ。日常に戻ったな」
 軽く伸びをすると、霧弥は布団をたたみ、階段を降りてリビングに向かう。

 煙草屋は休業日なので、店の営業を気にする必要はない。普段より少しだけ贅沢に、朝の時間を自分のためだけに使える日だ。

 冷蔵庫を開けると、卵やベーコン、野菜が目に入る。普段は簡単な朝食で済ませることもあるが、今日は少し丁寧に作ろうと決めた。
 フライパンを熱し、油をひく。包丁の音がリズムを刻み、野菜が手際よく切られていく。
 卵を割り、スクランブルエッグを作る間、窓の外の光が反射して、リビングが柔らかく輝く。

 階段の上から、寝起きの声が聞こえてきた。
「……ん……おはよう、霧弥」

 龍二の声だ。普段より少しだるそうで、まだ目が覚めきっていない。
 短い髪は寝癖で跳ねており、彼の眠そうな目と相まって、なんとも言えない無防備さが漂う。

 霧弥は振り返り、軽く笑う。「おはよう。朝ごはんできたぞ」

 二人は簡単な挨拶を交わし、朝食を共にする。
 龍二はスクランブルエッグとベーコンを口に運びながら、昨晩の旅行の思い出を思わず口にする。
「神崎と一緒の旅行、楽しかったな」

「だね。でも、こうして日常が戻ってくるとほっとする」龍二は口元に微笑を浮かべ、食事を続ける。

 旅行の楽しい思い出と、普段通りの穏やかさが交差する時間。
 食事を済ませて、霧弥はリビングの片付けをしつつ、洗濯物を取り込み旅行で着た服を軽くほぐしていく。

 龍二はパソコンに向かい、昨日の旅行中に浮かんだアイデアを文章に起こしていく。時折コーヒーを口に運び、煙草屋での静かな日常の感覚に浸る。



 1

 キーボードを叩く音が聞こえない。書けずに悩んでいるのか、あるいは集中が切れたのかと思い、何気なく部屋を覗くと、龍二はパソコンの前でうとうとしていた。
 午後になり、長時間の移動の疲れが出たのだろう。椅子に座ったままうとうとと舟を漕ぎ、そのまま眠ってしまっていた。画面には未完成の原稿が映ったまま、指はまだキーボードに触れている。

 霧弥は再度階段を上り、二階の空き部屋の扉を開ける。
 龍二はパソコンの前で机に突っ伏すように、寝息を立てていた。
 霧弥はリビングから持って来たボタン付きのブランケットを、そっと彼の肩に掛ける。
 布団のように温かなそれが、無防備に眠る龍二を優しく包み込んだ。

 そっと部屋を出た霧弥は、リビングの窓際に腰を下ろす。小さく笑みを浮かべ、旅行で買った酒を口に運びながら、午後の光の中でリビングの片付けや洗濯をゆっくりと進める。
 時折窓の外を眺め、今日という日が、特別でありながらも何気ない日常の延長であることを静かに噛みしめる。

 龍二は二階で眠り続け、部屋の中は柔らかな静寂に包まれていた。普段の煙草屋の日常では見られない、ほんの少し贅沢な時間が、二人の間に流れている。

 夜が更ける頃、霧弥はブランケットを掛けたまま眠る龍二を想いながら、もう一度コップを傾ける。旅行の余韻と、日常の優しさが交錯するひととき。
 二人にとって、何気ない一日が、かけがえのない時間となるのを感じながら。

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