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拾仇
整理されない煙
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凛が奥で帳面を置く音がした。
紙が重なり、指が離れる、ごく小さな音。
俺は、カウンターの内側で煙草を一本取り出し、火を点けた。
吸うためではない。ただ、そこに置くためだ。
煙が、ゆっくりと立ち上る。
凛の話は、まだ聞いていない。
だが、聞かなくても分かることがある。
街は、敵じゃない。
少なくとも――はっきりとした敵意はない。
(面倒だな)俺は、心の中でだけそう呟いた。
凛が集めてきた情報は、いつも“綺麗に揃わない”。
だが、だからこそ信じられる。
符。
薬草。
占い師の言葉。
忠告だけを残して消えた男。
どれも、「止めたい」という意志だけが強くて、
「どうしたいのか」が見えてこない。
(守ろうとしてる、か)
誰を?何から?
俺は、煙草を軽く指で転がす。
婚姻弾用の煙草とは違う。銃に詰める気もない。
ただの、日常の一部。
(俺たち、そんなに怖い存在になったのか)
婚姻弾。
獣人を否定しない弾。
選択を奪わない弾。
――撃たなかったからこそ、残ったものがある。
もし、あのとき引き金を引いていたら。
街は、もっと分かりやすく怯えただろう。
敵意という形で。
今は違う。
過剰な配慮。
踏み込ませないための沈黙。
「……面倒だな」今度は、声に出た。
凛が、少しだけこちらを見る。
「うん。面倒」短く、同意する声。
俺は、凛の方を見ないまま続ける。
「敵なら、撃てる。黒角みたいにな」
「でも今回は?」
「街だ」
凛は、それ以上言わなかった。
否定もしない。
煙が、天井近くで薄くなる。
(守られてる、のか?)
いや、違う。
(閉じられてる)
街は、俺たちを中心に円を描いている。
入れる場所と、入れない場所を分けて。
それは、恐怖だ。
理解じゃない。
俺は、カウンターの下にある引き出しを開ける。
中には、銃が整えられたまま眠っている。
「使わない」
それは、決意ではない。確認だ。
今、使う理由がない。
凛の足音が近づく。一歩一歩が、俺の決意を確認させる鐘の音のようだった。
「……龍之介」
「ん?」
「街はさ」凛は、少し言葉を選んでから言った。
「選択を、怖がってる」
俺は、ようやく凛を見る。
「誰かが選ぶことを?」
「ううん。“選ばれなかった側”になることを」
なるほど、と俺は思う。
婚姻弾は、誰かを救う弾じゃない。
誰かを選ぶ弾だ。
だから――選ばれなかった側は、置いていかれる。
(それを、街が引き受けようとしてる)
馬鹿な話だ。
だが、人間らしい。
俺は、煙草を灰皿に置いた。火は、まだ消していない。
「しばらく、様子を見る」
「うん」
「撃たない。作らない。でも――」
凛が続きを待つ。
「引かない」
それだけは、譲れなかった。
凛は、静かに笑った。
「じゃあ、大丈夫だね」
煙が、最後に一筋だけ立ち上り、消える。
街は、まだ何もしてこない。
だが、何もしないことで、何かを選ぼうとしている。
それが、正しいかどうかは分からない。
龍之介は、灰皿の煙草を消した。
戦いは、まだ先だ。
だが――考える時間は、もう終わりつつある。
紙が重なり、指が離れる、ごく小さな音。
俺は、カウンターの内側で煙草を一本取り出し、火を点けた。
吸うためではない。ただ、そこに置くためだ。
煙が、ゆっくりと立ち上る。
凛の話は、まだ聞いていない。
だが、聞かなくても分かることがある。
街は、敵じゃない。
少なくとも――はっきりとした敵意はない。
(面倒だな)俺は、心の中でだけそう呟いた。
凛が集めてきた情報は、いつも“綺麗に揃わない”。
だが、だからこそ信じられる。
符。
薬草。
占い師の言葉。
忠告だけを残して消えた男。
どれも、「止めたい」という意志だけが強くて、
「どうしたいのか」が見えてこない。
(守ろうとしてる、か)
誰を?何から?
俺は、煙草を軽く指で転がす。
婚姻弾用の煙草とは違う。銃に詰める気もない。
ただの、日常の一部。
(俺たち、そんなに怖い存在になったのか)
婚姻弾。
獣人を否定しない弾。
選択を奪わない弾。
――撃たなかったからこそ、残ったものがある。
もし、あのとき引き金を引いていたら。
街は、もっと分かりやすく怯えただろう。
敵意という形で。
今は違う。
過剰な配慮。
踏み込ませないための沈黙。
「……面倒だな」今度は、声に出た。
凛が、少しだけこちらを見る。
「うん。面倒」短く、同意する声。
俺は、凛の方を見ないまま続ける。
「敵なら、撃てる。黒角みたいにな」
「でも今回は?」
「街だ」
凛は、それ以上言わなかった。
否定もしない。
煙が、天井近くで薄くなる。
(守られてる、のか?)
いや、違う。
(閉じられてる)
街は、俺たちを中心に円を描いている。
入れる場所と、入れない場所を分けて。
それは、恐怖だ。
理解じゃない。
俺は、カウンターの下にある引き出しを開ける。
中には、銃が整えられたまま眠っている。
「使わない」
それは、決意ではない。確認だ。
今、使う理由がない。
凛の足音が近づく。一歩一歩が、俺の決意を確認させる鐘の音のようだった。
「……龍之介」
「ん?」
「街はさ」凛は、少し言葉を選んでから言った。
「選択を、怖がってる」
俺は、ようやく凛を見る。
「誰かが選ぶことを?」
「ううん。“選ばれなかった側”になることを」
なるほど、と俺は思う。
婚姻弾は、誰かを救う弾じゃない。
誰かを選ぶ弾だ。
だから――選ばれなかった側は、置いていかれる。
(それを、街が引き受けようとしてる)
馬鹿な話だ。
だが、人間らしい。
俺は、煙草を灰皿に置いた。火は、まだ消していない。
「しばらく、様子を見る」
「うん」
「撃たない。作らない。でも――」
凛が続きを待つ。
「引かない」
それだけは、譲れなかった。
凛は、静かに笑った。
「じゃあ、大丈夫だね」
煙が、最後に一筋だけ立ち上り、消える。
街は、まだ何もしてこない。
だが、何もしないことで、何かを選ぼうとしている。
それが、正しいかどうかは分からない。
龍之介は、灰皿の煙草を消した。
戦いは、まだ先だ。
だが――考える時間は、もう終わりつつある。
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