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第ニ章 目撃者をつくろう
6 イケメン英語教師にデートに誘われる
しおりを挟む「なんだか、上の空ですね」
放課後、『あじさいの集い』のためにやってきた視聴覚室で、ぼんやりと俳句を眺める私に中村先生が声をかけてきた。受付に立っていたはずなのに、いつの間にとなりへ来たのか。労わるような優しい視線に、私は弱く笑みを返した。
「進路希望調査で、気になることを書いてきた子がいて」
「ああ、ぼくのところにも、思わず笑っちゃうようなことを書いてくる子がいますよ。『ウルトラマン』とか、『仮面ライダー』とか、それはまだしも、『異世界に転生して勇者になりたい』とか」
「うちのは『魔女の眷属になりたい』です」
「魔女でも、魔女の弟子でもなく、眷属ですか。本人としては、それでも譲歩したつもりなんだろうなぁ」
「ですね、だいぶ」
赤星くんの必死な顔が浮かんで、私は思わず顔をしかめた。
「まあ、夏休み明けには嫌でも現実に直面します。次の調査表は悪ふざけなしで返ってきますよ」
「そう願います。ほんとに」
あ、これ、と私はひとつの俳句の前で足を止めた。
『あじさいの 傘を二人で 分かつ梅雨 -中村 敏明』
「中村先生のですね」
「見つかっちゃいましたか」
「なんか、いいですね。情景が思い浮かぶっていうか」
これは、きっと相合傘のシーン。恋の俳句なのかな。
恋か。中村先生、好きな人いるんだな。
私の落胆に気づかず、中村先生は笑って続けた。
「生徒たちには、全然ダメって言われちゃいましたけど。『梅雨だけで季語になるんだから、あじさいはいらない。これじゃ文芸部の顧問失格だー!』って」
「手厳しい」
「ね。でも、ぼくにも言い分があるんですよ。最初のあじさいは季語のつもりはなかったんです。あじさいは傘の柄を言ってるので。あ、それでも季語になっちゃうのかなぁ」
傘の柄。私はあることを思い出して、途端に顔が熱くなった。
もうずいぶん前になるけれど、ある雨の日、私は傘を忘れたという中村先生を駅まで傘に入れてあげたことがある。あのとき持ってた私の傘の柄は、あじさいだった。
ただの偶然? 自意識過剰? 勘違い?
すぐさま傷つかないための予防線を張ろうとしていたところに、中村先生からとんでもない提案が飛び出した。
「こんどの日曜日、映画とか行きませんか。もし、よければですけど」
え、うそ、なにこれ幻聴?
私の妄想も、ついにここまできちゃった?
「そのあと、夜ご飯でも」
「マ……!」
違った。マジのやつだった。え、うそ、こんなことが現実に起こるなんて。
もしかして私、今日死ぬの?
「マ? だめでしょうか……」
「い、いいえそんな!」
私はぶんぶん頭を振った。
「い、行きます! 行かせていただきます!」
「よかった。じゃあ、こんどの日曜日に。約束ですよ」
「ひゃい!」
▪▪
▪▪▪
「ぎゃーーーーっ! ジジーーーーーっ!!!」
私は勢いよく『魔女の隠れ家』に入って、椅子の上に置いたクッションでくつろぐジジにダイブした。
私が学校の間、ジジとピンキーちゃんは学校から直線距離で1キロ未満にある『魔女の隠れ家』で待機している。水はもちろんキャットフードや缶詰、クッキーなどの軽食を持ち込んでいるので、日がな一日それらを食い散らかしながらダラダラしたり、お散歩に出たり、楽しんでいるようだ。
「聞いて! 中村先生にデートに誘われたの!!」
「……っていう妄想?」
「私も都合のいい妄想かなって思ったけど、違った! マジのやつだった!」
「ひなこ、今日死ぬの?」
「やっぱり? そう思うよね? だいたいさ、ある日突然魔女になれたり、さいきんうまいこといきすぎだよね。ほんとにもうすぐ死ぬのかもしれない……いや、生きる! 次の日曜日、中村先生とデートするまではなんとしても生きる!」
「うざ……」
「ああ、楽しみぃ! 楽しみすぎて禿げそう!! あ、そういえばピンキーちゃんは? この喜びを分かち合わねば」
「ハウスで寝てる」
ハウスとは、『魔女の隠れ家』に置く用でもうひとセット買った『あかりの灯る大きなお家』のことだ。家にあるのとはまた違う内装にしてある。家のコンセプトが『あったかマイホーム』だとすると隠れ家のは『セレブの別荘』といったところ。家具も高級チックなのでそろえた。
ハウスをそっとのぞくと、大きめのベッドですやすや眠るピンキーちゃんの姿が。可愛いねぇ。騒いでごめんねぇ。ゆっくりおねんねしてねぇ。
「ていうかひなこ、あとつけられてんぞ」
あとつけられる……?
振り向いて、絶句。
「ちーす」
戸口に赤星くんが立っていた。
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