君の好きな人

灰羽アリス

文字の大きさ
11 / 22

10

しおりを挟む
 
 前の席の椅子をくるっと回した大塚さんは、ぼくに向かい合うように座った。
 すっかり人がいなくなった放課後の教室で、ぼくらはさっそく日誌を書く。

「4月21日火曜日……」

 ペンを握った大塚さんが、つぶやきながら日誌を記入していく。
 細い指が走らせる几帳面な字は、真面目な彼女らしかった。

 下を向いた大塚さんが、ぼくの視線の熱さに気付くことはない。ぼくはここぞとばかりに、彼女の顔を観察した。
 半開きになったピンクの唇はぷるっとしていて、手を伸ばせば届くと思うと、たまらなくなる。ちょっと顔を近づければ、良い匂いだってするだろう。考えただけで、下半身がうずいた。
 なんだか、変態っぽいな。ちょっと、反省。でも、見つめる。

「天気は、晴れって言っていいのかな。ね、どう思う?」

 ふいに視線が合い、どきんと心臓が跳ねた。

「あ、えと」

 見てたこと、バレたかな。
 偶然通りかかった母さんに悪さを発見されてしまったときみたいな、気まずさがこみ上げる。
 頭の中がぐるぐる回って、言い訳も出てこない。

 しっかりしろ、ぼく。大塚さんに見とれてる場合じゃないだろ。運命の日まで、あと10日しかなくて。ぼくはその日までに、どうにか大塚さんと佐々木先生をカップルにしなきゃならなくて。そのためには、大塚さんと仲良くならなくちゃで。

 何か、会話を。

 混乱のきわみに達したぼくは、とんでもないことを口走ってしまう。

「大塚さんって、好きな人いるの?」
「へっ?」

 ぽかんとした大塚さんが、次の瞬間、顔を真っ赤に染めた。

 0.5秒で失敗を悟る。

 佐々木先生のことを聞き出すきっかけとして、用意していた台詞。ここで使うべきじゃなかったのは明らかだ。だいたい、今は、天気の話をしていたわけで。

 大塚さん、こまってる。
 ぼくも、こまってる。

「くもり」
 俯いたまま、言葉を絞り出す。「今日は、くもり、だと思う」
「ああ、うん」
 くもり、と大塚さんが日誌に書き込む。

 終わった。
 完全に、引かれてしまった。
 沈黙がつらい。
 このまま当たり障りなく、日誌の話でもしていれば、ぼくの妙な質問は流してもらえるだろうか。

 居心地の悪い時間を過ごしていると、しかし、驚いたことに、大塚さんは自らぼくの質問に話題を戻した。

「好きな人、いる」

 まっすぐぼくを見る瞳には、覚悟を決めたような強い光があった。
「でも」と、すぐに俯いてしまう大塚さん。「たぶん、っていうか絶対、その人は私のこと好きじゃなくて」

「そんなことない!」

 ぼくは思わず、叫んでしまった。
 だって、本当に、そんなことない。

 ふわっと、小塚さんが笑う。

「ありがと」

 その目が疲れたように、赤い。
 ぼくの言葉は、なんのなぐさめにもならない。

 ああ、ぼくはなんてバカだったんだろう。
 ぼくはあの日、ちゃんと彼女の慰めになる、本当の占い結果を伝えるべきだった。

 傷つけて、ごめん。
 ぼく、ちゃんとするから。
 君が幸せになれるように、佐々木先生と、きっと恋人同士にしてみせるから。
 ぼくは改めて、覚悟を決めた。
 その証として、言った。

「ぼくでよければ、相談に乗るよ」

 運命の日まで、あと9日。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。 その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。 ──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。 全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。 だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。 「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」 その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。 裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。

処理中です...