完結済み『愛されぬお飾りの聖女ですが、どうやら私、捨てられた方が幸せになれるみたいです』

干し芋さん

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第一話 お飾りの聖女

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「――アリア。お前は我が家の出来損ないなのだから、せめて国の役に立ちなさい」

父であるバークレイ伯爵にそう言い渡されたのは、私が十歳の誕生日を迎えた日のことだった。
冷たく響くその声には、実の娘に向ける愛情など欠片も含まれていない。

私の名前はアリア・バークレイ。
この国で唯一の『聖女』であり、この国の王太子、エドワード殿下の婚約者。

聞こえだけは、それはもう華やかで、誰もが羨む立場だろう。
けれど、その実態は『お飾り』。

私が持つ聖女の力は、儀式の時に祭壇の宝珠を淡く光らせる程度。
それだって、歴代の聖女様が残した膨大な文献を読み解き、魔力の流れが最も良くなる日と時間を計算し尽くして、ようやく実現できるものだ。

本来の聖女様は、祈りだけで病を癒し、枯れた大地に雨を降らせるという。
それに比べて、私はなんて無力なのだろう。

だから、父の言うことは正しいのかもしれない。
出来損ないの私は、せめてこの身を国に捧げることでしか、生きる価値を見出せないのだ。

「アリア姉様、王太子殿下がお呼びよ」

部屋の扉をノックもせずに開けて入ってきたのは、私の妹のリリア。
きらきらと輝く金色の髪に、ルビーのような赤い瞳。神様から愛されたとしか思えない完璧な容姿の妹は、いつも私を憐れむような目で見下している。

「まあ、姉様ったら、またそんな地味なドレスを着て。殿下に会うのに、失礼だわ」
「……ごめんなさい、リリア。すぐに着替えます」
「いいのよ、別に。どうせ殿下は、姉様のことなんて見ていないのだから」

くすくすと、鈴を転がすような笑い声が悪意となって私の胸に突き刺さる。
その通りだった。
婚約者であるエドワード殿下は、私と話す時でさえ、その青い瞳に映しているのはいつもリリアの姿だ。

サロンへ向かうと、豪奢なソファに並んで座る二人の姿があった。
エドワード殿下の隣にいるリリアは、まるでそこが自分の指定席であるかのように、自然に寄り添っている。
私こそが、招かれざる客のようだった。

「来たか、アリア」

エドワード殿下は、私を一瞥すると、すぐに興味を失ったように視線をリリアに戻す。
その声は、道端の石ころに呼びかけるような、何の感情も乗らない声だった。

「今夜、王城で開かれる夜会だが、お前も出席するように。聖女として、お飾りの役目くらいは果たしてもらわねば困る」
「……はい、殿下」
「それから、リリアも一緒に連れて行く。彼女の美しさは、夜会の華となるだろうからな」
「まあ、殿下ったら」

嬉しそうに頬を染めるリリア。
それを見て、蕩けるように甘い微笑みを返すエドワード殿下。

二人の世界に、私の入り込む隙間など、どこにもない。
私はただ、壁際に立ったまま、息を殺してその光景を見つめることしかできなかった。

(いいえ、これでいいの)

私は自分に言い聞かせる。

(私はお飾り。聖女として、婚約者として、そこにいるだけでいい)

愛されることなど、望んではいけない。
期待することなど、許されない。

心を殺して、感情に蓋をして、ただ役目を果たす。
それが、出来損ないの私にできる、唯一のことなのだから。

今夜の夜会が、私の人生を根底から覆す、悪夢の始まりになることなど、この時の私はまだ知る由もなかった。
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