彼の執着〜前世から愛していると言われても困ります〜

八つ刻

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本編

ヴァーデンの絶望


クロエを監視していた者の話によると、もう何年も部屋から出ず引きこもっているという。
毒殺未遂の時も部屋にちゃんといたらしい。

しかしその話だけでは信用できない私はすぐにクロエを始末する事にした。
怪しい芽は早めに摘んでおかなければならない。

だが、今クロエが死ぬとリリアンヌが死んだ事になる。いつかリリアンヌをクロエとしてではなく、リリアンヌとして私の横に立たせたいという野望はこれで絶たれる事になるだろう。

クロエの監視を任せている者にクロエの始末を任せ、私は一息ついた。

リリアンヌを手に入れてから今年で五年。色々と手を回していた期間と同じだけ時は過ぎている。
それだけの時間が経っても、リリアンヌの心はまだ手に入っていなかった。

あと何をしたらいい?
リリアンヌは何をしたら満足だ?

今回クロエの始末が上手くいったら育ての親に会わせてやるのもいいかもしれない。
あの夫婦はリリアンヌの幸せを一心に願うような善良な人たちだ。
リリアンヌに危害を加える事はないだろう。

リリアンヌの事ばかり考えていた私は、扉をノックされた事にも気付かなかった。

「殿下・・・?」
「ん?あぁ時間か」

扉の向こうにいたのはリリアンヌ専属の侍女だった。リリアンヌの支度が整ったのだろう。今夜もリリアンヌを抱いて眠れる喜びを噛み締めて王太子夫妻の寝室へと向かった。



「ヴァーデン様、報告があります」

相変わらずリリアンヌは可愛らしい。
朝会ったというのにとても長く離れていたような、そんな気がしてしまう程会いたかった。

「何かあったのか?」
「はい、わたくし・・・懐妊致しました」
「・・・・・・誠か!」

こくりと頷くリリアンヌ。その顔は今まで懐妊した時よりも穏やかだった。

「よくやった・・・よくやった!リリィ!」

堪らず抱きしめる私に以前なら身体を強ばらせていたが、最近はそうでもない。
受け入れてくれたのか。それとも諦めたのか。
前者だったらこれほど喜ばしい事はないのだが・・・。

「今宵は大人しく過ごすしかなさそうだな。私とリリィの子が流れては堪らん」
「えぇ、元気に産まれてきて欲しいですね」

抱きしめていたリリアンヌの身体をそっと寝台に乗せ、抱きしめて眠る。
あぁ、明日起きたら子たちに弟か妹ができる事を報告しなくては。
きっと皆大層喜ぶに違いない。

夢に誘われながら幸せな未来への想いを馳せ、静かに目を閉じた。









「いやぁあぁぁぁあぁ!!!!」

突然の叫び声に頭がバチン!と弾ける。
腕の中にいたはずのリリィがいない。

「リ・・・リィ・・・!」

なぜだ。声が上手く出せない。
腕も上手く動かせない。
リリィ!!!

「あんたが・・・あんたさえいなければ・・・!!!」

私は動かない身体の変わりに目をギロリと声のする方へ向ける。
そこにはリリィに馬乗りになり、血塗れたナイフを振りかざす女がいた。

「やめ・・・ろ・・・!リリィ・・・!!」

くそ!!!
こんな時になぜ身体が動かない!
リリィ!リリィ!
ダメだ!!!

私は動かない身体を無理やり動かし、這ってリリアンヌの元へと向かった。

リリアンヌの下腹部は既に赤く色づいていた。

嫌だ・・・嫌だ・・・
リリィ!!!

あと少しでリリアンヌに手が届くという時ーーー女が持っていたナイフがリリアンヌの腹に突き刺さった。

その衝撃からかリリアンヌは身体をビクリと揺らし、口から血を大量に吐き出した。

嘘だ・・・うそだ!
リリィが死ぬ・・・死んでしまう・・・
やめてくれ!!!

言葉を上手く話せない私は頭の中で叫んだが、女には何も伝わっていないだろう。

やっと辿り着いたリリアンヌに触れ、早く助けなくては、早く、早くーー
それしか考えられなかった。
リリアンヌは口をパクパクとし、苦痛に顔を歪めている。

ダメだ、逝ってはダメだ!リリィ!


「ヴァーデン様、やっとお会い出来ました。お待たせして申し訳ございません」

その時正常な判断ができない私に向かって女は優雅なカーテシーをした。

なんだ、こいつは・・・

目線をその女に向けると、そこには酷く痩せたみすぼらしい女がいた。
瞳はギラギラと光り、リリアンヌの返り血であろう赤い染みが不気味さをより醸し出していた。

「ヴァーデン様、どうなされたのですか?邪魔者はわたくしが排除致しました。もう何もご心配はございません」
「だ・・・れだ・・・」

何とか紡いだ言葉は女に伝わったのか、女はキョトンとした顔をする。

「いやですわ、ヴァーデン様。わたくしです。王太子妃のクロエですわ」



なぜここにいる。

なぜこんな事をーー

怒りで身体が焼けてしまいそうになっている時、腕の中のリリアンヌがピクリと動いた。

「あーー・・・にーーー」

ハッとし、リリアンヌに目線を向ける。
あんな女より今はリリアンヌだ。どうにかして助けなければ。

「リ・・・リィ、いま・・・た・・・すけ・・・る」

衛兵たちは何をしているんだ!!
早く!リリィを早く!!!

「おーーー」

何かを訴えるかのようにリリアンヌは私を見つめてくる。その瞳は私が大好きだった色とは異なりどんどん濁った色へと姿を変えていた。

「だめ・・・だ。リリィ・・・逝・・・く・・・な」
「ーーーーーー」

呟いた言葉を最後にリリアンヌはピクリとも動かなくなった。

「うそ・・・だ・・・」

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
リリィ!私を置いていかないでくれ!!!

そのすぐ後バタバタと足音がしたと思ったら、衛兵たちが部屋に飛び込んできた。

飛び込んできた衛兵たちは息を呑んだ。
正にそこは地獄絵図。
腹部を何度も刺され、血塗れになった王太子妃と王太子妃を抱えて表情を無くす王太子、そしてナイフを片手に持ち、血塗れの女は高笑いをしているのだから。

「あはははははは!やっとよ!やっと死んだわ!」

衛兵たちはクロエを拘束し、地下牢へと入れた。

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