愛への誤ち

八つ刻

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彼女視点

前編

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私は男性が苦手だった。

小学生の時は髪を引っ張られ、態と意地悪するクラスの男子。中学に上がると他人より発育の良い私の身体をジロジロ見られ、揶揄われる日々。
高校で告白してくれた彼は優しく、この人ならと思い付き合ってみたのにすぐ身体の関係を迫られた。
怖くて拒むと「簡単にヤラせてくれると思ったのに付き合った意味がない」と言われた時は本当にショックだった。

男性に触れられることも怖くなった私は、男性と極力関わらないように生きてきた。
そして高校を卒業し大手の喫茶店で正社員として働き、忙しいながら充実した毎日を過ごしていた。

そんな時出会ったのが彼、神里慧かみさとけいくんだった。
初めて慧くんを認識したのは、働いている喫茶店で何度か見かけたからだった。

随分整った顔をしているな、が第一印象。
平日のこんな時間に私服でいるから大学生だろうか。
いつもダッチコーヒーを頼んで長い足を組み、パソコンと睨めっこしている。
そんな彼と話すようになったのはいつからだっただろう。

慧くんは今まで会った男性とは全然違った。
ちょっと仲が良い店員と客という関係で、大学でこんなことがあったとか、友達と旅行に行ってきただとか普通の会話しかしてこない。

それが普通だよ、と同じ職場で働く人に言われたけど私の周りにはその普通の男性がいなかった。

慧くんとはその後急速に仲良くなり、二人で出かけたりもした。
水族館に行った時、慧くんに手を握られてドキドキしたことを今でも覚えてる。手を繋いでも不快にならなかったのは、きっと慧くんのことを好きになっていたからだと思う。

梨衣りいちゃん、俺年下でまだ大学生だけど梨衣ちゃんに見合うような男になるから付き合ってくれない?」

そう言われて私たちのお付き合いは始まった。



あれから一年。慧くんは大学二年生。まだまだ色々楽しい時期だろう。
かたや私は二十七歳。いい加減結婚も視野に入れなくてはいけなかった。

私の両親は私が中学生の時に離婚していて、私は母方に引き取られた。だから今まで母親も煩く言ってこなかったけど、そろそろ心配になってきたみたいで最近は連絡が頻繁にくる。
慧くんと付き合っていることは報告していない。いくら付き合ってても結婚なんて大学生に言えるわけがない。

「梨衣~今日の晩ご飯なぁに?」

考えごとをしながら料理を作っていた私は慧くんの言葉でハッと我に返る。
付き合ってからすぐ、彼は私の部屋に転がり込み半同棲状態だった。

「今日はね、煮込みハンバーグだよ」
「やった!俺梨衣の煮込みハンバーグ大好き!」

後ろからギュッと抱きしめられ、幸せだなぁなんて感慨に浸っていたらふと彼から女性ものの香水の香りがした。

まただ。
彼からたまに香水の匂いがしたり、首にキスマークをつけてくることがあった。そんな時ほど彼は私に甘えてきた。
問い詰めようかと思ったけど、それで優しかった彼が豹変したら?別れを切り出されたら?
弱い私は彼に何も言えなかったーー。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「いやそれ、完璧に浮気でしょ!」
「やっぱりそう思う?」

今日は友達の紗栄子とランチの約束をしていた。
慧くんとのことを知っているのは紗栄子だけ。つい愚痴を零してしまう。

「まぁまだ十九?二十歳?だっけ?遊びたい年頃だよね~しかもイケメンなんでしょ?」
「うん。すっごく綺麗な顔してるの」
「それじゃ女がほっとかないよ。さっさとやめて次行った方がいいって~」
「私もそう思うんだけどーー」

慧くんが私を凄く大切にしてくれてることはわかる。
毎日連絡を欠かさないし、数ヶ月とかでも記念日は必ずお祝いしてくれる。週末だけは私の仕事が忙しいから彼は自分のマンションに帰るけど、平日は毎日私のご飯を美味しいって言って食べてくれる。片付けも率先してやってくれるし、私が見ないふりを続ければ上手くいくんじゃないのかなーーなんて考えてしまう自分もいて・・・

「梨衣ってさぁなんでそんななの?」
「そんなって?」
「ほら、同性には言う時はビシッと言うでしょ?なのに相手が男性になると急にシュンってしちゃうじゃない。昔から」
「・・・・・・うちがそういう家庭だったから」
「亭主関白ってこと?」
「ううん、違う。紗栄子だから言うけどさ・・・私父親とマトモに話したことないの」
「どういうこと?」

紗栄子は眉間に皺を寄せ怪訝な表情を浮かべていた。

「愛人作って私とお母さんのことは放置ってこと」

そう、私の両親は破綻していた。
父親は愛人を作ってほぼそちらで暮らし、母親は見て見ぬふり。私が知らない間に何か話していたかもしれないけど、いまだにそれは知らないし、知りたいとも思ってない。

「何それ最低ね・・・」
「でももう離婚してるし、慧くんが浮気してるかもって思った時も“あぁやっぱり男の人なんてこんなもんなんだな”って思ったよ」

紗栄子に気を遣わせたくなくて、私は無理やり笑顔を浮かべる。紗栄子は目を潤ませながら私の手をギュッと握りしめた。

「今まで辛かったんだね。力になってあげれなくてごめん」
「ううん、そんなことないよ。紗栄子は一番の友達で私の癒しだよ?」
「くっ!こんな可愛い梨衣に酷いことする男なんてね!私が許さない!大学生なんかポイしなさい!ポイ!あんたならいくらでも相手が・・・いや!もう男はいいわ!私が梨衣を養うわ!」

その気持ちが嬉しくってついくすくす笑ってしまう。

「専業主婦なのにどうやって私を養うのよ?」
「そうねぇ。とりあえず株でも始めましょうか?」

二人でまたくすくす笑い、慧くんに感じていた嫌な気持ちがパッと晴れた気がした。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


紗栄子と別れた後、スーパーに向かい夕飯の食材を買い込む。最近は暖かくなってきたから冷製パスタとかでもいいかもしれない。
海老とトマトの冷製パスタに茸のバター炒め、南瓜と人参の豆乳スープに決めた。全て慧くんの好物だ。無意識で選んでいるあたり、我ながら慧くん中心の生活しているなと自分で呆れる。

食材をエコバッグに詰め込み、自宅のマンションへと向かう。まだ午後四時半過ぎ。慧くんは五時限目まで出ると言っていたからまだまだ時間はあるだろう。桜でも見ながらのんびり歩いて帰ろうと、いつもより遠回りしたのが悪かった。

桜並木の川沿いで腕を組み、見つめ合う美男美女の二人が私の目に入った。

「慧・・・くん・・・」

女の子は頬を染め、うっとりと慧くんを見上げている。
距離があるから二人が何を言っているかはわからない。
けどどう見ても愛を囁いているようにしか見えなかった。

慧くんはそっと右手で女の子の顎をつかみ、女の子の顔を上げさせ顔を近づけたーーー。

女の子の腕は慧くんの首に回り、慧くんの右手は女の子の頭を押さえている。それは愛し合う人たちがするキスに他ならなかった。

どれだけ二人は愛を確かめあっていたのだろう。
私には一瞬にも思えたし、十分以上にも思えた。
そして二人は私に気付くことなく、また腕を組み寄り添いながら去っていった。
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