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続・愛への誤ち
said 梨衣
しおりを挟む水族館は思った以上に楽しめた。
慧介もイルカのぬいぐるみを買って貰えてご満悦だ。
そして水族館を出た後はファミレスに行こう、となった。そこに慧くんも来ると。
「え!?これから会うの?」
「そう。思い立ったが吉日って言うでしょ!」
「心の準備が・・・」
「今を逃すと岐阜まで慧くんに来て貰う事になるよ?それとも私たちはいない方がいい?」
・・・確かに。
東京から岐阜は簡単に行ける距離ではない。
それに慧くんと慧介の三人で会うより、紗栄子たちがいてくれた方が心強い。
「う・・・わかった・・・」
渋々承諾した私は慧くんと会ってどんな顔をしていいか、この時まだ悩んでいた。
ファミレスに着き、四人でメニューを見ながら話しているとすぐ慧くんは現れた。
「梨衣・・・久しぶり」
少し目が潤んでいるように見える慧くんは、あの日から随分大人っぽくなったように見える。
「うん・・・。久しぶりだね」
私は上手く笑えていただろうか。
「「「・・・・・・・・・」」」
適当にメニューを頼み、沈黙が続く。
居た堪れなくなったのか、紗栄子は慧介に話しかけた。
「け、慧介くん、このお兄さんはね、慧くんって言うんだよ」
「けーくん?」
「そう、仲良くしてね~」
「・・・慧介くん、慧だよ。よろしくね」
顔を覗き込み笑顔を浮かべる慧くんを慧介はじっとを見ると、私にピッタリとくっついてきた。
「慧介?どうしたの?」
「・・・・・・」
慧介はあまり人見知りをしない。優人さんや秀司さんにもすぐに懐いた。
なのに慧くんにはニコリとさえしなかった。
その様子を見てショックを隠し切れない慧くんと、オロオロする紗栄子たち。
慧介は何かを感じ取ったのか私の服をギュッと掴んだまま離さなかった。
「け、慧介くん、水族館は楽しかった?イルカのぬいぐるみ可愛いなぁ」
ショックから立ち直っていないはずなのに、慧くんは必死に慧介に話しかける。
声は発さないけどコクリと頷いた慧介にホッとしているようだった。
「・・・慧介、挨拶は?」
「・・・・・・けーちゅけです」
何とか挨拶だけは返させたけど、そこからまた慧介は黙りを決め込んでしまった。
その様子を見て私は仕方がないと一息つくと、紗栄子に視線を向ける。
「ごめん、紗栄子。悪いけど少し慧介見ててくれる?」
「え?いいけど・・・」
「慧くん、二人で話しよう」
「あ、う、うん・・・」
不安そうな目を向ける慧介に大丈夫だよ、と微笑み私と慧くんはファミレスの外へと向かう。
扉を開け、駐車場まで歩きここならいいかと振り向くと慧くんは頭を下げていた。
「慧くん!?」
頭を上げさせようとするけど、慧くんは頑なにそれを拒んだ。
「梨衣、ほんと、本当にごめん」
「慧くんが謝る事なんてないよ!私が・・・!私が勝手にした事だから・・・」
「でもそうさせたのは俺だ。俺があんな事しなければ・・・」
「慧くん、謝らないで。私、慧介がいて本当に幸せだから」
それは私の本心だった。
慧介がいたから慧くんと別れる決心がついたし、子育ては辛い事も多いけど楽しい事の方が多かった。
何より慧くんに謝って欲しくて慧介を生んだわけじゃない。
ゆっくりと頭を上げた慧くんは今にも泣きそうな顔をしていたけど、私は一生懸命笑顔を作った。
「私こそ勝手なことしてごめんね」
「梨衣・・・」
「今更知って驚いたでしょ?伝えなくて本当にごめんなさい」
今度は私が頭を下げると、慧くんは慌ててそれを止める。
「梨衣は何も悪くない!俺が・・・もっとしっかりしていれば・・・」
「・・・・・・」
沈黙が二人を包む。
これ以上何を話していいのかわからず俯いてしまった。
「・・・ねぇ、慧介のけいってさ、その・・・俺の名前から取ってくれたの?」
「え・・・うん、ごめん。勝手に生んだくせに・・・」
「!!違う!嬉しかったんだ!確かに驚いたけど・・・梨衣が俺の子を生んでくれてたのも嬉しかった。俺は・・・梨衣に嫌われたと思ってたから・・・。岐阜で見かけた時も結婚したんだと・・・思ってた」
嬉しかったと言われて、私の心はじわりと温かくなる。
「結婚なんか・・・この先もするつもりないから」
こんな事言うつもりなかったのに、私はポツリと呟いてしまっていた。
「あのさ・・・俺、梨衣に比べたらまだまだガキだし頼りないと思う・・・。何より信用がないのはわかってる。だけど・・・」
慧くんは一歩私に近付いた。俯いていた私が顔を上げると、そこには私の知らない大人の顔をした慧くんがいた。
「責任はキチンと取りたいんだ。だから、慧介の父親にして欲しい」
「父親って・・・」
まさかそんな事を言われるとは思わず、どう反応していいのかわからない。
「今日会ってわかったんだ。慧介、俺の小さい時にそっくりなのに梨衣にも似てて、あぁ俺たちの子だなって思った。俺もこの子の成長を手助けしたいなって。だから・・・だから認知だけでもさせて欲しい」
「認知・・・」
今私の立場は未婚の母親で、慧介は父親がいないという事になっている。
認知して貰えば私と慧くんがこれからどのような関係になっても、慧介の父親は慧くんである事は変わらなくなる。
慧介の事を思えば・・・認知して貰えるのは有難かった。
「今すぐ答えが欲しいわけじゃない。だけどこれからどんどん金はかかっていくだろ?梨衣が頼りないとかじゃなくて、俺も協力させて欲しいんだ。それで、できればだけど・・・本当の父親にもなりたい」
「本当の父親?」
「うん、認知して養育費だけ渡す父親じゃなくて、梨衣と夫婦になって三人で一緒に暮らしたい」
「・・・・・・」
「これは俺の我儘。でも今は俺の事信用できないだろうから、とりあえず認知の事だけでも考えてくれないか?」
正直、このままほっといて欲しいと言うのが本音だ。だけど慧くんが言っている事は至極真っ当な事で・・・。
「・・・わかった。すぐには答えは出せないけど、ちゃんと考える」
頷いた私に慧くんはホッと息を吐いた。
「ありがとう・・・。あの、これから先の為に連絡先聞いてもいい?」
「あ、うん。バッグ置いてきちゃったから後でもいい?」
「うん、戻ろうか」
それだけ話すと私たちはファミレスへと戻った。席に戻るとまた慧介はピッタリと私にくっつき、慧くんには威嚇をしてるような態度を見せたけど、慧くんはそれでも諦めず話し掛けて幸せそうに笑ってた。
連絡先を交換している私たちを見た紗栄子たちも安心した表情を見せていた。
二度と見る事はないと思っていた、スマホの画面に映る“神里 慧”という文字を私はそっと撫でた。
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