6 / 13
本編
⑥
しおりを挟む暖かな風が吹くある日、王宮は新たな命の初声に沸いた。
「おめでとうございます!妃殿下、元気な男児ですよ」
まだしわくちゃな赤ん坊をリリアンヌはそっと抱き、無事産まれてきてくれたことに感謝した。
産まれる前はそろそろ女児が欲しいと言っていたヴァーデンだったが、産まれた我が子を蕩けるような瞳で見つめている。
「殿下、抱いて差しあげてください」
三人目ともなるとヴァーデンは慣れた手つきで赤ん坊を受け取る。すると赤ん坊は大きな声で泣き出した。
「おぉ元気で良い子だ。そなたにはヴァガロと名付けよう」
「ヴァガロ・・・豊穣の神の名ですね」
「あぁ、第三王子だからな。上の二人とはまた違った大変さがあるだろう。食に困らず健やかな人生を送って欲しいものだ」
「はい・・・いい名をありがとうございます」
リリアンヌの笑顔にヴァーデンは口元を緩め、そっと顔を近づけた。
唇と唇の間があと数センチという時、扉が勢いよく開く。
「おかーしゃまぁ!!」
「あーたまぁ!」
ヴァーデンはサッと顔を離し、振り返る。
長男と次男が手を繋ぎ頬を染めて立っていた。
「こら。母上は疲れているんだ。静かにしなさい」
「う~ごめんなしゃぁい」
「たい~」
しょぼんとする幼児二人。
そんな二人を見てリリアンヌはくすくすと笑った。
「ふふふ。クラヴィス、ヴィゼルいらっしゃい」
その言葉にパッと顔を輝かせた二人はとてとてとリリアンヌがいる寝台の傍へ侍る。
「二人の弟、ヴァガロよ。仲良くしてあげてね」
ヴァーデンは二人にもヴァガロの顔がよく見えるように腰を下ろした。
「ばがろ、かわいー!」
「かわいー!」
「二人がしっかり面倒見てやるんだぞ」
「はい!」
「はぁい!」
笑い合う親子をリリアンヌは微笑ましげに見つめていた。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
出産からひと月経った頃、ヴァーデンは相変わらずリリアンヌと共に夜を過ごしていた。
「ヴァーデン様。このワイン、ヴァガロをイメージして新しく作られたワインなんだそうです」
「ほう。ユフィリア領のワインか。もらおう」
爽やかな香りを立たせながらグラスに注がれるワイン。
リリアンヌからそのグラスを受け取り、ヴァーデンは一口含んだ。
「・・・葡萄の風味が強いな。悪くない。色もルビーのように美しい」
「良かったです。わざわざ侍女が買ってきてくれたんですよ」
「そうか。ではたまにはリリィも一緒にどうだ?」
「よろしいのですか?・・・では」
リリアンヌもワインをグラスに注ぎ、ヴァーデンとグラスを交わす。暫くお互いワインを楽しんだ。
上機嫌なヴァーデンは「そろそろいいだろう?」と言い、寝台へと促す。
慌ててリリアンヌはヴァーデンの手を握った。
「リリィ?」
「ヴァーデン様、今日はお話したいことがあります」
真剣なリリアンヌの顔に上げていた腰をソファへと戻す。
「話って?」
「はい。単刀直入に申し上げます。わたくしはいつ家に戻していただけるのでしょうか?」
ヴァーデンの片眉がピクリと上がった。
「家とはガードン公爵家・・・ではないよな?」
「はい、わたくしが育った家です」
「戻りたいと申すのか?」
「・・・・・・わたくしは元々妹のクロエが子を成せないため遣わされた身。そして男児を三人産みました」
ヴァーデンは冷めた瞳でリリアンヌの話を静かに聞いている。その瞳に顔を逸らしたくなるのを必死に堪えてリリアンヌは続けた。
「そろそろ・・・本物のクロエに戻ってきていただくのが筋かと」
はぁと嘆息を零したヴァーデンにリリアンヌはビクリとした。
「そなたは勘違いをしておるな。私はリリィとクロエを入れ替えるつもりはない」
「しかし殿下!本当の王太子妃はクロエでございます!」
「私がいいと言っている。それにクロエが戻ってきても子は成せぬ。利点がないだろう」
「・・・側室がおります」
「このまま王宮に留まり、そなたが産めばいい。話は終わりだ」
ヴァーデンはリリアンヌの腕を強引に引き、寝台へと乱暴に乗せた。
「いいか。これだけはわかっておけ。そなたが私の元から離れる時は私かそなたが死んだ時だ」
欲望に満ちたような瞳で告げられた言葉にリリアンヌは絶望した。
そんなリリアンヌを気にもせず、ヴァーデンはリリアンヌの服を次々に脱がしていく。
ーーただ私は・・・あの人の傍にいたいだけなのに
朝日がカーテンを照らす。
やっとリリアンヌを解放したヴァーデンは、寝てしまったリリアンヌの寝顔を眺めながらそっと呟いた。
「リリィ、私が選んだのはそなただ」
1,051
あなたにおすすめの小説
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
王太子妃候補、のち……
ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。
一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
知らぬが花
鳥柄ささみ
恋愛
「ライラ・アーデ嬢。申し訳ないが、キミとの婚約は破棄させてもらう」
もう何度目かわからないやりとりにライラはショックを受けるも、その場では大人しく受け入れる。
これでもう婚約破棄と婚約解消あわせて十回目。
ライラは自分に非があるのではと自分を責めるも、「お義姉様は何も悪くありません。相手の見る目がないのです」と義弟であるディークハルトにいつも慰められ、支えられていた。
いつもライラに親身になって肯定し、そばにいてくれるディークハルト。
けれど、ある日突然ディークハルトの訃報が入ってくる。
大切な義弟を失い、泣き崩れて塞ぎ込むライラ。
そんなライラがやっと立ち直ってきて一年後、とある人物から縁談の話がやってくるのだった。
騎士の妻ではいられない
Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。
全23話。
2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。
イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる