人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻

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暖かな風が吹くある日、王宮は新たな命の初声に沸いた。

「おめでとうございます!妃殿下、元気な男児ですよ」

まだしわくちゃな赤ん坊をリリアンヌはそっと抱き、無事産まれてきてくれたことに感謝した。
産まれる前はそろそろ女児が欲しいと言っていたヴァーデンだったが、産まれた我が子を蕩けるような瞳で見つめている。

「殿下、抱いて差しあげてください」

三人目ともなるとヴァーデンは慣れた手つきで赤ん坊を受け取る。すると赤ん坊は大きな声で泣き出した。

「おぉ元気で良い子だ。そなたにはヴァガロと名付けよう」
「ヴァガロ・・・豊穣の神の名ですね」
「あぁ、第三王子だからな。上の二人とはまた違った大変さがあるだろう。食に困らず健やかな人生を送って欲しいものだ」
「はい・・・いい名をありがとうございます」

リリアンヌの笑顔にヴァーデンは口元を緩め、そっと顔を近づけた。
唇と唇の間があと数センチという時、扉が勢いよく開く。

「おかーしゃまぁ!!」
「あーたまぁ!」

ヴァーデンはサッと顔を離し、振り返る。
長男と次男が手を繋ぎ頬を染めて立っていた。

「こら。母上は疲れているんだ。静かにしなさい」
「う~ごめんなしゃぁい」
「たい~」

しょぼんとする幼児二人。
そんな二人を見てリリアンヌはくすくすと笑った。

「ふふふ。クラヴィス、ヴィゼルいらっしゃい」

その言葉にパッと顔を輝かせた二人はとてとてとリリアンヌがいる寝台の傍へ侍る。

「二人の弟、ヴァガロよ。仲良くしてあげてね」

ヴァーデンは二人にもヴァガロの顔がよく見えるように腰を下ろした。

「ばがろ、かわいー!」
「かわいー!」
「二人がしっかり面倒見てやるんだぞ」
「はい!」
「はぁい!」

笑い合う親子をリリアンヌは微笑ましげに見つめていた。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


出産からひと月経った頃、ヴァーデンは相変わらずリリアンヌと共に夜を過ごしていた。

「ヴァーデン様。このワイン、ヴァガロをイメージして新しく作られたワインなんだそうです」
「ほう。ユフィリア領のワインか。もらおう」

爽やかな香りを立たせながらグラスに注がれるワイン。
リリアンヌからそのグラスを受け取り、ヴァーデンは一口含んだ。

「・・・葡萄の風味が強いな。悪くない。色もルビーのように美しい」
「良かったです。わざわざ侍女が買ってきてくれたんですよ」
「そうか。ではたまにはリリィも一緒にどうだ?」
「よろしいのですか?・・・では」

リリアンヌもワインをグラスに注ぎ、ヴァーデンとグラスを交わす。暫くお互いワインを楽しんだ。


上機嫌なヴァーデンは「そろそろいいだろう?」と言い、寝台へと促す。
慌ててリリアンヌはヴァーデンの手を握った。

「リリィ?」
「ヴァーデン様、今日はお話したいことがあります」

真剣なリリアンヌの顔に上げていた腰をソファへと戻す。

「話って?」
「はい。単刀直入に申し上げます。わたくしはいつ家に戻していただけるのでしょうか?」

ヴァーデンの片眉がピクリと上がった。

「家とはガードン公爵家・・・ではないよな?」
「はい、わたくしが育った家です」
「戻りたいと申すのか?」
「・・・・・・わたくしは元々妹のクロエが子を成せないため遣わされた身。そして男児を三人産みました」

ヴァーデンは冷めた瞳でリリアンヌの話を静かに聞いている。その瞳に顔を逸らしたくなるのを必死に堪えてリリアンヌは続けた。

「そろそろ・・・本物のクロエに戻ってきていただくのが筋かと」

はぁと嘆息を零したヴァーデンにリリアンヌはビクリとした。

「そなたは勘違いをしておるな。私はリリィとクロエを入れ替えるつもりはない」
「しかし殿下!本当の王太子妃はクロエでございます!」
「私がいいと言っている。それにクロエが戻ってきても子は成せぬ。利点がないだろう」
「・・・側室がおります」
「このまま王宮に留まり、そなたが産めばいい。話は終わりだ」

ヴァーデンはリリアンヌの腕を強引に引き、寝台へと乱暴に乗せた。

「いいか。これだけはわかっておけ。そなたが私の元から離れる時は私かそなたが死んだ時だ」

欲望に満ちたような瞳で告げられた言葉にリリアンヌは絶望した。
そんなリリアンヌを気にもせず、ヴァーデンはリリアンヌの服を次々に脱がしていく。

ーーただ私は・・・あの人の傍にいたいだけなのに






朝日がカーテンを照らす。
やっとリリアンヌを解放したヴァーデンは、寝てしまったリリアンヌの寝顔を眺めながらそっと呟いた。

「リリィ、私が選んだのはそなただ」

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