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明日への約束
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※このSSはロテュス歴0999年12月(本編では閑話「夢」から閑話「誕生日」の間)の出来事です。
***
祖先の獣人には当たり前にあった現象――発情。
新世界に移住して1000年が経とうとしている現在では限られた種族の、さらに限られた一握りの子孫にしか現れず、その稀少性ゆえに性欲の強い雄にとっては格好の獲物だという考え方は理解出来なくもない。
だが、発情で苦しんでいる相手を無理やりベッドに連れ込んだり、そうなる前兆に気付いたら酩酊させて監禁したり、はたまた貴族の愛玩動物として売って金儲けしてやろうっていう思考には嫌悪しかない。
(あの頃は俺も荒んでいたよねー)
クルトが生まれ育った海の向こうにいた頃の自分を思い出して失笑したのは、朝になって身体を起こしたと同時に軽い目眩に襲われたからだ。
それは彼にとって発情期が来る前兆だった。
(そっか、今年もそろそろか……)
雪深い冬の季節――12月の後半から2月半ばのどこかで一週間くらい続く発情期には、それが本格的に出始めた15歳成人の頃から27歳になるこの年齢まで碌な記憶がない。
今日は12月の29日。
例年に比べると早いが、タイミング的には悪くない。
冒険者として生計を立てているクルトは一つの依頼を昨日終えたばかりだ。今日から一週間くらい風邪を引いたことにして寝込んでも仲間の迷惑にはならないはず。
(あぁでもレンくんは心配して治しますって来てくれちゃうか)
現在のパーティには僧侶がいるのだと思い出して計画は早々に頓挫した。
クルトに現在の生活をもたらした異世界からの来訪者――見た目は随分と幼いのに精神年齢が自分と同じだという13歳の不思議な少年は、世界に百数名しかいない稀少な僧侶で、怪我や病気の治療はお手のもの。
今年の7月にパーティリーダー達が危険を承知で敵地に潜入するため旅立って以降は心配性に拍車が掛かっているから仮病で心配させたくない。
(バルドルに協力してもらってしばらく留守にするか……一週間くらい宿にこもれば……)
残された6人で組んだ即席パーティのリーダーの名を思い浮かべるのと時を同じくして、体温が上がってきたのか、頭がぼぅっとして呼吸が浅くなり始める。
(っはぁ……まだ本番じゃない……これは前兆だから……)
前兆には波があり、本番が来てしまえばずっと全身が辛くなるが、今なら数時間おきに変調する。
今は休んで、少し落ち着いたら移動を開始しよう……そう思いながら目を閉じた。
***
現在の拠点であるプラーントゥ大陸は犯罪に厳しく、例え貴族であろうと平民の人権を無視する事は許されないが、とある大陸では貴族が平民にすることなら何でも許されるし、また別の大陸では自国以外の民なら誘拐して奴隷にしても許される。それどころか英雄扱いされる場合もあるそうだ。
世界七大陸はそれぞれに異なる。
だからこそ彼、クルト・デガータは、12歳の『洗礼の儀』を終えた直後に冒険者ギルドに登録し、14歳で昇級してすぐに貴族の護衛として船に飛び乗りプラーントゥ大陸に移住した。
年に一度、一週間程度の短い期間ではあるが発情期を有する体は雄の視線を引き寄せやすいらしく、いつだってマントを被って顔を晒さないよう注意し、陰気な雰囲気を漂わせていた。
たまたま人の良い冒険者と知り合うことが出来たから彼らに同行する形で辿り着いたのがトゥルヌソルだ。
冒険者ギルドの酒場で、自分と同じように発情期が発現しやすいウサギ科のテルア、マリーと出会い、パーティを組み、……それから10年以上一緒に過ごして来た。
去年の春にあんな事がなければ今でもきっと一緒だったと思う。
こうして道を違えた現在を、後悔してはいないけど。
コンコン
軽いノックの音に目を覚まし、布団の中から「……はい」と声を絞り出す。今が何時かも判らないのは頭がぼぅっとしているせいだ。
休んでも全然回復していない。
いや、もしかしたら最初に目を覚ましてからあまり時間が経っていないのかもしれない。
ノックが繰り返される。
布団の中からの声では向こうまで届かないらしい。
「クルト、入るぞ」
その声で誰なのかが分かった。
バルドルだ。
彼は諸事情あってクルトに発情期がある事を知っているパーティ内唯一のメンバーだ。
そっとドアを開け、その隙間からベッドで布団に包まっているクルトを確認した途端に辛そうな表情を浮かべると少し躊躇いつつも中からドアを閉めた。
それから少しだけベッドに近付くも、2メートル近く離れた場所で立ち止まる。
「こんな時間まで部屋から出て来ないから、皆が心配している……あぁかなりしんどそうだな」
「ん……ちょっと、いまは動けない……」
「わかった。冬だし、そんな気もしていたしな……だが、レンには何て言う? 治療が必要なら呼ぶようにってホールで待機してるぞ」
「あー……ね。レンくんならそう言うよね……」
「それの事は伏せておきたいんだろ?」
「そうだね……とりあえず、徹夜で本を読んで寝不足なだけって……ちょっと休んだら、まだ回復するはずだし……」
言いながら、ふと思う。
「……っていうかいま何時……」
「午後2時だ」
「えっ……」
最初に目を覚ましたのは午前7時前だ。
午後2時まで眠ったのに回復していないというのは前例がない。
「あとで何か食うものを運ぶよ。他に必要なものはあるか?」
「……水」
「判った」
クルトの答えを聞いてすぐに部屋を出て行ったバルドルの表情には多少の緊張が見てとれたものの、獲物を見定めるような色狂いの獣じみた視線は微塵も感じなかった。
イヌ科のバルドルは捕食する側。
発情期のリス科を前にして冷静を装えるだけでも大したものだと思う。
(そういえば、俺のために雌体になってもいいって言ってたっけ……)
クルトに発情期があることを知っていると告白してきた時、クルトが自分を選んでくれるなら『洗礼の儀』『成人の儀』に次ぐ三番目の『雌雄別の儀』を受けても良い――と。男でありながら雌の身体に変化しても良いなんて、そんな口説かれ方は初めてで、自分でも驚くくらいバルドルを好意的に受け入れている自覚はある。
だからといって自分より筋肉質で体の大きな彼を抱く気にはならないが。
(俺の好みは……えっと、なんだっけ? あー……そうだ、柔らかくてふわふわな、性欲なんて皆無って感じの……)
小さくて可愛い子。
それでいて、不用意に触れてこない子が良い、……急に来られると嫌な記憶がフラッシュバックして酷く拒否してしまいそうだから、見るからに非力で、細く小さい子なら隣に並ばれても怖くない気がする。
……違う。
それ以前の問題だ。
恋人である以上は体の関係が必要なら自分に恋愛は向いてない。一緒にいる間中その言動に警戒してなきゃいけない関係なんて、苦痛でしかない。
「……っはぁ」
呼吸が苦しい。
体が熱い。
(これはオカシイ……)
腹の奥が疼いた。
***
……
…………
――夢の中、過去に言われた言葉が何度も蘇っては当時の傷を抉る。
「俺は男だぞ!」
必死に訴えたって「おまえは雌だ」と嘲笑されるだけ。あまり公にされる内容ではないから正しい情報が入り難いのは確かで、嘘か本当かも定かではないが、幼いクルトの素振りからそれを察した下品な子どもは主張した。
「男は出せば済むが、おまえは腹の奥が疼いてんだろ? 腹ン中に精液ぶちまけられて体が妊娠したって勘違い起こすまで続くんだってさ。それは雌の発情だ。雌体になれよ、俺が毎年孕ませてやる」
「別に男のままでも良いぞ。ガキが出来なきゃ面倒事が少なくて済む。体に勘違いさせるにゃ……ぐへへっ、三人くらい咥え込んで搾り取ればいけんじゃねぇか」
「父上が言うには発情期の雌なら高く売れるらしいぜ、最初は幾らぐらいにする? せっかく可愛い顔してんだから今日からは男を悦ばす手管も覚えろよ、俺が練習相手してやるからさ!」ーー。
男は黒い噂が絶えない貴族家の三男坊で、クルトと同じ年齢だった。
親を真似るせいでひどく口汚い男だったが『洗礼の儀』もまだの子ども同士だったから言葉の暴力や過度の接触程度で済んだのだ。
一歩間違えれば生涯飼い殺しにされていたのは想像に難くない。
もしもあの日々の中で心が折れていたら。
冒険者になろうと思わなければ。
『成人の儀』を待たずにプラーントゥ大陸への移住を決めなければ。
(発情期があるってだけで男の玩具のように扱われる謂れなんかない……!)
だから逃げた。
必死だった。
幸いにして親は背中を押してくれたし、トゥルヌソルではテルアとマリーに出会えた。
守られた。
それでも悪意は迫ったけど。
「ふっ……んくっ……」
布団の中、晒した下半身は自分が出したものでひどい有様だ。下腹部をベッドに擦り付けるだけでシーツの染みが広がっていく。
「っ……っぁ……届かな……っ」
指で尻を弄るようになったのはいつの頃からだったか。
届かなくて、もどかしくて、辛くて、泣いて、泣いて、気を失う。
去年までは発情期が終わるまでの一週間、ずっとそれを繰り返していた。
「……クルト」
「っ⁈」
ビクッとして目を覚ますが、傍には誰もいない。
気怠く視線を巡らせると、さっきと同じ2メートルくらい離れた場所から心配そうに自分を覗き込んでいるバルドルがいた。
「ぁ……」
「すげぇしんどそうだけど……窓を開けても良いか? 匂いが……」
「うん……」
こんな状態なのにどこかホッとしながら頷く。
窓が開いて吹き込んで来る冬の冷風にぞくりとする。そして、冷めた分を補おうとするかのように下腹部が再び熱を帯びる。
「……近付いて平気か?」
「んっ……な、に……」
「これ、水。黄色いシールのボトルが常温で、青いシールが冷たいの。あと、果物なら食べやすいかと思って、ポムとフレーズ……机の上に置いておくか?」
「……水、ほし……」
「おう。……近付くぞ?」
「……っ」
同じリス科じゃなくたって獣人族同士なら子は生せる。
そのせいでバルドルの雄の匂いに反応する腹の奥が忌々しいと思うのに、一方で彼に手を伸ばしたくなる。
欲しい。
触れたい。
触れられたい。
むしろ、嬲られたい。心とは裏腹に情欲が高まる体には失望しかない。
「……常温と冷たいの、どっちがいい?」
「つめた……の」
「自分で飲めるか?」
「……っ」
近付かれるほどに疼きが強くなり勝手に腰が揺れる。
それに気付かれたくなくて体を丸めればバルドルにも事情は察せられただろう。
バルドルはしばらく悩んでいたようだが、クルトが震えているのを見て覚悟を決めた。
「クルト、これは人命救助だぞ」
「っ……?」
「頼むから後で嫌わないでくれ」
急に何を言い出すのかと思っていたら、バルドルはボトルの水を自分の口に含んでクルトの顎を取り口移しで水を流し込んで来た。
「んっ……」
カラカラだった喉が潤う。
おかげでほんの僅かだが力が戻る。
「もっと欲し……」
「……ぁあ」
バルドルが喉を鳴らすのが判る。
が、彼は相変わらず平静を装いながら水を口に含み、再び口移しで飲ませてくれた。唇が触れ、押されるだけで体が反応する。
必死に耐えているだろう男を、クルトの方が煽りたくなって来た。
(ダメだ)
勝手しそうになる舌を根性で抑え込む。
「あり……が、と……あとは、自分で……」
「ああ……うん。もう出てく……」
クルトが自分で水を飲み始めるのを見てバルドルは言うが、しかし渋い顔で続ける。
「あのな、クルト。実はもう夜中の10時なんだけど、判ってるか?」
「え……」
「昼過ぎに来た後も何回も声を掛けたんだが、……意識無さそうなのに、おまえ、ずっと……その……」
言い難そうにしているバルドルの言葉を察する。
いま布団の中が酷いことになっているのはそのせいってことなんだろう。
「そ、っか……」
これはオカシイなんて話じゃない。
前兆もなく本番が来ているだけでも前例がないのに体が反応し過ぎている。
「おまえ、いつもこんなのを一人で耐えてたのか?」
「……今までは、気絶しちゃえば平気だったはずなんだけど……」
それでも発情期が来れば、以前のパーティは稼ぎがなくなるのも我慢して活動を休んでくれたし、俺の部屋に誰も立ち入らないよう気遣ってくれた。
ご飯はマリーが運んでくれたし、終われば「大変だったな」って。
迷惑を掛けたのに優しくて、甘えちゃいけないと、ずっと気を張っていた。
「……あぁ。そっか……気が、抜けていたのかも……」
「は?」
「油断、て言うか……甘えてた……」
いまのパーティは去年から組んでいるけど、一緒に過ごす内に「ここは大丈夫だ」って。
それは以前のパーティでは得られなかったもの。
「俺……自分で思っている以上に、ここ、馴染んで……」
「……あぁ、くそっ」
ゆっくりと呼吸しながら、囁くように掠れた声が紡ぐ言葉に、バルドルは乱暴に自分の髪を掻き乱した。
「クルト。レンが心配していて、明日も部屋から出られないなら問答無用で治癒しに行きますって息巻いてる」
「えっ」
「発情期って治癒じゃどうにもならないだろ?」
「なるわけない……」
「明日も誤魔化せるか?」
そう聞かれると返答に困る。
体の異常なんてほとんどが僧侶の治癒で改善するのだから体調不良を言い訳には出来ない。いっそレンには本当の事を話すべきかもしれない。
(……こんな……浅ましい自分を晒す……?)
ゾッとする。
あの少年に軽蔑の眼差しで見られるのだけは耐えられない。
そんな恐怖が伝わったのか、否か、バルドルは言葉を重ねる。
「誤魔化すのも、限界があるし、……こんな状態のおまえを放置しとくのもイヤだし。今年は、利用してみないか?」
「……利用って、なに」
「俺を」
バルドルはそう言って自分の顔を指差す。
「ケツ貸そうか?」
「――」
何を言われているのかが理解出来なくて頭が真っ白になったが、去年の彼の提案を思い返し、バルドルのそれが本気だと気付いたら、……もはや驚くとかそういうレベルではなかった。
「バルドル、本気だった?」
「決まってんだろ。つーかおまえを好きだって言ったのも信じてなかった?」
「え。いや、それは……」
言われてみると、バルドルの好意は疑っていないように思う。
「それは、たぶん、解ってる」
「たぶんて何」
「……その、バルドルを抱く側に立つのは想定していないというか……」
「けど、クルトは雌になりたくないんだろ」
「ないよ」
即答する。
それが本心だ。
なのに腹の奥は容赦なく疼いて体を苛む。
体が心を裏切るんだ。
「……ない、けど……いくら出しても意味がないのは、見たら判るだろ」
「それは、まぁ……そうか」
クルトの心情を想えば否定してやりたいが、目の前の現実がそうさせない。
いまの彼に必要なのは男として種を蒔くことではなく、それを受け取る行為だ。
「あー……とりあえず、さ。少しだけど声に力が戻ってるし、今ならシャワー浴びれそうか? シーツ換えてやるから、汗流して来い。下、かなり気持ち悪いだろ」
「ん……けど……」
「レンはもう寝た。他の3人は飲みに出てる。日付が変わるまで帰って来ない。……だから、いくぞ」
言うが早いか、バルドルは丸まったクルトを布団ごと抱えてシャワー室に彼を放り込んだ。
「布団も洗うからそこに置いとけ」
そう言い置いてシャワー室を後にしたバルドルの背中を呆然と見送っていたクルトだが、せっかくの厚意を無にするのも気が引けて、もぞもぞと布団から抜け出す。
手足は震えていて力が入らず、とても立ち上がれる状態ではなかったから、赤ん坊のはいはいみたいに、それよりずっと遅い速度で移動した。
「っ……」
ここは洗面所兼脱衣所兼トイレ兼シャワー室だが、シャワーが設置されている壁沿いに置かれた、大人一人がゆったりと座れる大きさのバスタブの中に立ち、仕切りのカーテンを引くことでバスタブ以外が濡れないようにして使わなければならない仕様だ。いまのクルトには、そこに入るだけで一苦労である。
バスタブに手を掛けて膝立ちになり、上半身を倒し転がるようにして中へ。
打ち付けた肩に痛みを感じつつも手で体を支えながらお湯を出すところまで成功したら、頭上から降り注ぐ温かな湯に、何故だか泣きなくなるくらいホッとした。
「ぁ……」
なのに、ペタンと座り込んでしまったことで床に触れた尻が震える。
「っ」
そんなつもりはないのに腰が揺れる。
そこに刺激が欲しくなる。
「イヤだ……」
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
「……っ、ヤなのに……!」
我慢出来ない。
疼く。
腹の奥に欲しくなる。
「足りない……っ」
すっかり解されてしまっている穴に自分の指を二本、三本と入れて弄る。
しかし挿抜したところで欠片も満たされない。
だって、自分の指では届かないのだ。
「ぉく……も、と、奥……っ!」
息が上がる。
眩暈がする。
もどかしくて叫んだ、その訴えに。
「クルト」
耳元で呼ぶバルドルの声。
彼の手に、手を抑えられた。右手は右手に、左手は左手に囚われ、代わりにずっと待っていたモノが――。
「クルト」
「っぁ、……⁈」
入って来る。
ひくつく狭い穴をゆっくりと押し開くように体内で存在を主張する大きな熱。
「っぅ……」
先が入り切ったことで男の引っ掛かりに穴の襞がぷるんと震える。
途端、さらに奥へ。
直後に引かれ、さっきより奥へ。
「バル……バルドル……!」
もどかしい。
くれるなら早く奥を突いて欲しい。
自ら足を広げ男を誘う。
腰を振る。
「くっ」
「奥……っ、奥突いてっ」
「クルト」
「お願、っぁ、辛ぃ、助け……助けて……!」
「クルト……!」
手が強く握られた。
握られたまま腰を抱えるように腕を回す。
「クルト。悪いのは俺だ」
「ぁっ、ぁああ」
「悪いのは、俺だ」
繰り返される言葉が果たしてクルトには届いていたのかどうか。
ようやく欲しかった場所に届いた刺激に。
熱に。
重さに、クルトの脳天までを一瞬にして駆け抜けた甘美な痺れ。
「は、ぁぁっん、ふっ、あ、あっ」
気持ちいい。
もっと突いて。
もっと擦って。
腹の奥で疼き体を苛むばかりだったそれを解き放って欲しい。
辛いのも、もどかしいのももうイヤだ。
腰を打ちつけられる度に歓喜する。
誤魔化しようのない欲望の証が涙する。
「あ、あんっ、はんっ、気持ち、いっ、ひっ、ぃん」
「届いてるか?」
「んっ、んっ、届い、るっ」
「ここか」
「そこっ、そ、こっ、ぉっ」
ぎゅっ……と、痛いくらいに握られる手。
自分で腰を振る必要もないくらい激しい抽挿が体を揺さ振り、強過ぎる刺激に悲鳴を上げた。
「やっ、やだっ、待っ、ぁんっ、あっ、はっ、はん、ぁっ……――!!」
「っく……」
内部の一際強烈な収縮はバルドルに齎す快感をも増大させた。
今にも破裂しそうな欲望を歯を食いしばって堪え、更に抽挿を繰り返し、クルトの身体の反応を、変化を、声を、……これきりになるだろう恋しい人の媚態を記憶に刻む。
もう限界だというところで更に奥へ突き立て精を放つ。
「っ……」
「ぁっ……っ」
クルトの身体が大きく跳ねた。
喉から零れ落ちる声にならない声。
大きく見開かれた眦に滲む涙。
心の中で何度謝ろうとも、あれほど嫌がっていたクルトを雌扱いした所業が許されることは無いだろう。……それでも、あれ以上は見ていられなかった。
「クルト」
自身を抜きながら呼びかけると、細い肩が微かに震える。
「……腹壊すから掻き出した方がいいけど、体に勘違いさせるならしばらくは残しといた方が良いのか?」
「わ、わかんない……」
か細い声に謝罪の言葉を言い掛けて、違う、と思い直す。
「なら、少し此処で待ってろ。布団と、服と、片付けたらベッドまで運ぶから……おまえのシャツも脱がすぞ。体、治まってたら……」
良いな、と。
そんな言葉を掛けるのも躊躇われて、頭上からずっと降り注いでいたシャワーのせいでびしょ濡れになった服を脱ぎ、クルトの上着も脱がし、それと布団を洗浄の魔導具に放り込む。中には既にクルトの部屋のシーツが放り込まれているので、纏めてやってしまえと、動力の魔石に魔力を流した。
それから念のために水漏れ防止のカーテンを引いて誰かが戻って来てもクルトの姿が見えないよう配慮し、彼の部屋のベッドに新しいシーツを敷いて来る。
最後にバスタオルを持ってシャワー室に戻り、声を掛けてからカーテンを開けて、……バルドルは固まった。
クルトが膝を曲げた格好で大きく足を開き、尻に指を入れて喘いでいたからだ。
その指に絡む白いぬめりは自分が出した……。
「っ」
先刻の、後ろからの光景も悩殺ものだったが、これはそれよりきつい。
「クルト……?」
「ぁ……バル……まだ……」
「え?」
「ま、だ……足りな……ぁっん……」
「……っ」
ごくっ、と喉が鳴る。
「おまえ……もう一回ってなったら、さすがに……」
挿入して、抽挿し、イッて終わりなんていう目的だけでは済まない。
そう本音をぶちまけるバルドルに、しかしクルトは必死にもう一方の手を伸ばす。
「バ、ル……助けて……」
「っ……」
惚れているのだ。
伸ばされた手を拒む事など出来るはずがなかった。
何度も体内に吐き出された白濁とした命の種が繰り返される抽挿に泡立つ。
繋がる部分から聞こえる卑猥な音に羞恥を煽られながら、それでも満たされたとは言えないクルトは涙混じりに謝罪する。
「ごめ……んっ、んぁっ、こんな、あっ、こと、させて」
「謝んな。俺にしたら得しかないんだから……。ずっと、こうしておまえを抱きたかった」
「バル……」
「ン。そう呼ばれるのもいいな」
「バル……ぅぁ……っん」
腕を伸ばせばバルドルは顔を寄せてその首にしがみ付かせてくれる。
体が弧を描き少し苦しくなるけど、それ以上にバルドルを奥に感じられる悦びが強い。
そこをもっと、もっと――虐めて欲しい。
「好きだクルト」
「ふぁっ……」
「好きだ」
ぞくぞくする。
気持ち良い。
体も、耳も、心も。
「……バル、俺にはまだ、よく解んなくて……」
「いいよ」
「んっ……」
「……それでいいから、俺以外とこういうことすんな」
「しな、い……っ」
それだけは断言できる。
いくら発情期が辛くたって彼以外の誰かに自身を委ねられるとは思えない。
「来年も、再来年も、辛くなったら俺を使え。それでいい」
「っ……ふっ……年に一度でいいんだ……?」
「……それってお願いしたら頻度増えんの?」
「どう、かな……ふはっ」
急にしょぼくれた顔をされたら、心がくすぐったくなって、思わず笑ってしまった。
可愛い。
(可愛いって……あれ? 以前に確かレンくんが何か……)
何かを思い出し掛けるが、それより早くバルドルの攻め方が変わる。
「もっと気持ちよくしてやれたら月一くらいにはなるか?」
「ぁっ、あんっ」
「こっちも感じるようになろうか」
「んんっ」
急に胸を弄られたことで驚き焦ると同時にバルドルを絞めたらしく、彼は悪い笑みを浮かべて見せた。
「素質はありそうだな?」
「いまのは急で驚いたから……!」
「ふぅん」
「ぁっ……!」
――……発情は気付いたら治まっていた。
どちらもそれに気付いていながら、離れ難くて気付かないフリをする。
もう少し。
あと、少し。
■その後の話■
気付いたら朝だった。
気分はいつになくスッキリとしていて、冬の青空がとても綺麗に見えた。
(でも体中痛くて動けない……)
シーツに顔を埋め、昨夜のあれこれを思い出すと顔から火が出そうだが、バルドルは意識を飛ばしたクルトをきちんと介抱してくれたらしく、シーツは三度変わっているし、体も全くべたべたしない。
そればかりか洗浄されていた布団とシーツが畳んで部屋の隅に置いてあるのだから、まさか徹夜しているのではないだろうか。
(大丈夫かな……気になるけど……)
動こうとすると腰がズキンと傷むし、尻にはまだ入っているような違和感が残るし、肩や膝も痛い。
なんなら全身が筋肉痛だ。
「情けない……」
独り言ちて、しばらく。
外が賑やかになっていくのが何となく聞こえて来て、この部屋に近付いて来る軽い足音。
そしてノック。
「クルトさん、今日はどうですか? 本当に病気とかじゃないんですか?」
レンだ。
「痛い、苦しいなら治しますよ?」
クルトはベッドを見て、自分の身体を見下ろして、部屋を一通り見渡す。
それっぽい名残はない。
寝間着も着てる。
そして、全身筋肉痛。
これって僧侶の治癒が効くのだろうかと思いつつ「入って良いよ」と声を掛けると、扉が遠慮がちに開かれた。
「おはようございます」
「おはよう。心配かけてごめんね」
レンの後ろには他の仲間達と、バルドルの姿も。
「大丈夫ですか?」
「うん。ただの寝不足……あとは、筋肉痛が……」
「筋肉痛?」
「そう。依頼で、無理したっぽい?」
「??」
本気で心配してくれているレンに対し、なんて曖昧で意味不明な説明だろう。
その自覚があるから首を傾げるレンに申し訳ないと思うのだけど、さすがに本当の事は語れないので今は誤魔化されて欲しい。
「筋肉痛に効くのかは判りませんけど、とりあえず試してみますか? 治癒」
レンから流れて来る僧侶の癒しの魔力が患部をじわりと温め始めた。
肩、腕、胸部、腹部、脇……。
「……クルトさん、階段か何かから転げ落ちましたか?」
「え?」
「ものすごい数の……打ち身? 内出血……??」
「っ」
「ごほっ」
驚くクルトと、部屋の外で咳き込むバルドル。
「……これは筋肉痛……ん? これって……」
「れ、レンくんありがとう、もう大丈夫!」
「そう、ですか? お役に立てたなら良かったです」
嘘じゃない。
癒しの効果は抜群で痛みも違和感も綺麗さっぱり。
しかしこれ以上は精神的なダメージが大き過ぎる。
(レンくんには機を見て話そう……このままじゃダメだ)
心に固く誓い、おかげさまで痛みの消えた身体を起き上がらせる。久々に自分の足で外に出て数歩。
くいっと後ろから襟を引っ張られたと思ったら、バルドルが首の隙間から背中を覗き込んでいた。
「何して……」
「ホントに全部消えちまったな……」
何が⁈ って、そりゃあレンが言っていた内出血の跡だろう。そういうことだ。
「そんなに付けてたのか?」
「……勢いで?」
「くっ……」
こそこそと喋っている二人を、四人が呼ぶ。
「いま行く」
「……レンくんに怒られる時は一緒だからなっ」
「それは当然だな」
ムッとするクルトに、バルドルはそう言って笑う。
隣で。
***
祖先の獣人には当たり前にあった現象――発情。
新世界に移住して1000年が経とうとしている現在では限られた種族の、さらに限られた一握りの子孫にしか現れず、その稀少性ゆえに性欲の強い雄にとっては格好の獲物だという考え方は理解出来なくもない。
だが、発情で苦しんでいる相手を無理やりベッドに連れ込んだり、そうなる前兆に気付いたら酩酊させて監禁したり、はたまた貴族の愛玩動物として売って金儲けしてやろうっていう思考には嫌悪しかない。
(あの頃は俺も荒んでいたよねー)
クルトが生まれ育った海の向こうにいた頃の自分を思い出して失笑したのは、朝になって身体を起こしたと同時に軽い目眩に襲われたからだ。
それは彼にとって発情期が来る前兆だった。
(そっか、今年もそろそろか……)
雪深い冬の季節――12月の後半から2月半ばのどこかで一週間くらい続く発情期には、それが本格的に出始めた15歳成人の頃から27歳になるこの年齢まで碌な記憶がない。
今日は12月の29日。
例年に比べると早いが、タイミング的には悪くない。
冒険者として生計を立てているクルトは一つの依頼を昨日終えたばかりだ。今日から一週間くらい風邪を引いたことにして寝込んでも仲間の迷惑にはならないはず。
(あぁでもレンくんは心配して治しますって来てくれちゃうか)
現在のパーティには僧侶がいるのだと思い出して計画は早々に頓挫した。
クルトに現在の生活をもたらした異世界からの来訪者――見た目は随分と幼いのに精神年齢が自分と同じだという13歳の不思議な少年は、世界に百数名しかいない稀少な僧侶で、怪我や病気の治療はお手のもの。
今年の7月にパーティリーダー達が危険を承知で敵地に潜入するため旅立って以降は心配性に拍車が掛かっているから仮病で心配させたくない。
(バルドルに協力してもらってしばらく留守にするか……一週間くらい宿にこもれば……)
残された6人で組んだ即席パーティのリーダーの名を思い浮かべるのと時を同じくして、体温が上がってきたのか、頭がぼぅっとして呼吸が浅くなり始める。
(っはぁ……まだ本番じゃない……これは前兆だから……)
前兆には波があり、本番が来てしまえばずっと全身が辛くなるが、今なら数時間おきに変調する。
今は休んで、少し落ち着いたら移動を開始しよう……そう思いながら目を閉じた。
***
現在の拠点であるプラーントゥ大陸は犯罪に厳しく、例え貴族であろうと平民の人権を無視する事は許されないが、とある大陸では貴族が平民にすることなら何でも許されるし、また別の大陸では自国以外の民なら誘拐して奴隷にしても許される。それどころか英雄扱いされる場合もあるそうだ。
世界七大陸はそれぞれに異なる。
だからこそ彼、クルト・デガータは、12歳の『洗礼の儀』を終えた直後に冒険者ギルドに登録し、14歳で昇級してすぐに貴族の護衛として船に飛び乗りプラーントゥ大陸に移住した。
年に一度、一週間程度の短い期間ではあるが発情期を有する体は雄の視線を引き寄せやすいらしく、いつだってマントを被って顔を晒さないよう注意し、陰気な雰囲気を漂わせていた。
たまたま人の良い冒険者と知り合うことが出来たから彼らに同行する形で辿り着いたのがトゥルヌソルだ。
冒険者ギルドの酒場で、自分と同じように発情期が発現しやすいウサギ科のテルア、マリーと出会い、パーティを組み、……それから10年以上一緒に過ごして来た。
去年の春にあんな事がなければ今でもきっと一緒だったと思う。
こうして道を違えた現在を、後悔してはいないけど。
コンコン
軽いノックの音に目を覚まし、布団の中から「……はい」と声を絞り出す。今が何時かも判らないのは頭がぼぅっとしているせいだ。
休んでも全然回復していない。
いや、もしかしたら最初に目を覚ましてからあまり時間が経っていないのかもしれない。
ノックが繰り返される。
布団の中からの声では向こうまで届かないらしい。
「クルト、入るぞ」
その声で誰なのかが分かった。
バルドルだ。
彼は諸事情あってクルトに発情期がある事を知っているパーティ内唯一のメンバーだ。
そっとドアを開け、その隙間からベッドで布団に包まっているクルトを確認した途端に辛そうな表情を浮かべると少し躊躇いつつも中からドアを閉めた。
それから少しだけベッドに近付くも、2メートル近く離れた場所で立ち止まる。
「こんな時間まで部屋から出て来ないから、皆が心配している……あぁかなりしんどそうだな」
「ん……ちょっと、いまは動けない……」
「わかった。冬だし、そんな気もしていたしな……だが、レンには何て言う? 治療が必要なら呼ぶようにってホールで待機してるぞ」
「あー……ね。レンくんならそう言うよね……」
「それの事は伏せておきたいんだろ?」
「そうだね……とりあえず、徹夜で本を読んで寝不足なだけって……ちょっと休んだら、まだ回復するはずだし……」
言いながら、ふと思う。
「……っていうかいま何時……」
「午後2時だ」
「えっ……」
最初に目を覚ましたのは午前7時前だ。
午後2時まで眠ったのに回復していないというのは前例がない。
「あとで何か食うものを運ぶよ。他に必要なものはあるか?」
「……水」
「判った」
クルトの答えを聞いてすぐに部屋を出て行ったバルドルの表情には多少の緊張が見てとれたものの、獲物を見定めるような色狂いの獣じみた視線は微塵も感じなかった。
イヌ科のバルドルは捕食する側。
発情期のリス科を前にして冷静を装えるだけでも大したものだと思う。
(そういえば、俺のために雌体になってもいいって言ってたっけ……)
クルトに発情期があることを知っていると告白してきた時、クルトが自分を選んでくれるなら『洗礼の儀』『成人の儀』に次ぐ三番目の『雌雄別の儀』を受けても良い――と。男でありながら雌の身体に変化しても良いなんて、そんな口説かれ方は初めてで、自分でも驚くくらいバルドルを好意的に受け入れている自覚はある。
だからといって自分より筋肉質で体の大きな彼を抱く気にはならないが。
(俺の好みは……えっと、なんだっけ? あー……そうだ、柔らかくてふわふわな、性欲なんて皆無って感じの……)
小さくて可愛い子。
それでいて、不用意に触れてこない子が良い、……急に来られると嫌な記憶がフラッシュバックして酷く拒否してしまいそうだから、見るからに非力で、細く小さい子なら隣に並ばれても怖くない気がする。
……違う。
それ以前の問題だ。
恋人である以上は体の関係が必要なら自分に恋愛は向いてない。一緒にいる間中その言動に警戒してなきゃいけない関係なんて、苦痛でしかない。
「……っはぁ」
呼吸が苦しい。
体が熱い。
(これはオカシイ……)
腹の奥が疼いた。
***
……
…………
――夢の中、過去に言われた言葉が何度も蘇っては当時の傷を抉る。
「俺は男だぞ!」
必死に訴えたって「おまえは雌だ」と嘲笑されるだけ。あまり公にされる内容ではないから正しい情報が入り難いのは確かで、嘘か本当かも定かではないが、幼いクルトの素振りからそれを察した下品な子どもは主張した。
「男は出せば済むが、おまえは腹の奥が疼いてんだろ? 腹ン中に精液ぶちまけられて体が妊娠したって勘違い起こすまで続くんだってさ。それは雌の発情だ。雌体になれよ、俺が毎年孕ませてやる」
「別に男のままでも良いぞ。ガキが出来なきゃ面倒事が少なくて済む。体に勘違いさせるにゃ……ぐへへっ、三人くらい咥え込んで搾り取ればいけんじゃねぇか」
「父上が言うには発情期の雌なら高く売れるらしいぜ、最初は幾らぐらいにする? せっかく可愛い顔してんだから今日からは男を悦ばす手管も覚えろよ、俺が練習相手してやるからさ!」ーー。
男は黒い噂が絶えない貴族家の三男坊で、クルトと同じ年齢だった。
親を真似るせいでひどく口汚い男だったが『洗礼の儀』もまだの子ども同士だったから言葉の暴力や過度の接触程度で済んだのだ。
一歩間違えれば生涯飼い殺しにされていたのは想像に難くない。
もしもあの日々の中で心が折れていたら。
冒険者になろうと思わなければ。
『成人の儀』を待たずにプラーントゥ大陸への移住を決めなければ。
(発情期があるってだけで男の玩具のように扱われる謂れなんかない……!)
だから逃げた。
必死だった。
幸いにして親は背中を押してくれたし、トゥルヌソルではテルアとマリーに出会えた。
守られた。
それでも悪意は迫ったけど。
「ふっ……んくっ……」
布団の中、晒した下半身は自分が出したものでひどい有様だ。下腹部をベッドに擦り付けるだけでシーツの染みが広がっていく。
「っ……っぁ……届かな……っ」
指で尻を弄るようになったのはいつの頃からだったか。
届かなくて、もどかしくて、辛くて、泣いて、泣いて、気を失う。
去年までは発情期が終わるまでの一週間、ずっとそれを繰り返していた。
「……クルト」
「っ⁈」
ビクッとして目を覚ますが、傍には誰もいない。
気怠く視線を巡らせると、さっきと同じ2メートルくらい離れた場所から心配そうに自分を覗き込んでいるバルドルがいた。
「ぁ……」
「すげぇしんどそうだけど……窓を開けても良いか? 匂いが……」
「うん……」
こんな状態なのにどこかホッとしながら頷く。
窓が開いて吹き込んで来る冬の冷風にぞくりとする。そして、冷めた分を補おうとするかのように下腹部が再び熱を帯びる。
「……近付いて平気か?」
「んっ……な、に……」
「これ、水。黄色いシールのボトルが常温で、青いシールが冷たいの。あと、果物なら食べやすいかと思って、ポムとフレーズ……机の上に置いておくか?」
「……水、ほし……」
「おう。……近付くぞ?」
「……っ」
同じリス科じゃなくたって獣人族同士なら子は生せる。
そのせいでバルドルの雄の匂いに反応する腹の奥が忌々しいと思うのに、一方で彼に手を伸ばしたくなる。
欲しい。
触れたい。
触れられたい。
むしろ、嬲られたい。心とは裏腹に情欲が高まる体には失望しかない。
「……常温と冷たいの、どっちがいい?」
「つめた……の」
「自分で飲めるか?」
「……っ」
近付かれるほどに疼きが強くなり勝手に腰が揺れる。
それに気付かれたくなくて体を丸めればバルドルにも事情は察せられただろう。
バルドルはしばらく悩んでいたようだが、クルトが震えているのを見て覚悟を決めた。
「クルト、これは人命救助だぞ」
「っ……?」
「頼むから後で嫌わないでくれ」
急に何を言い出すのかと思っていたら、バルドルはボトルの水を自分の口に含んでクルトの顎を取り口移しで水を流し込んで来た。
「んっ……」
カラカラだった喉が潤う。
おかげでほんの僅かだが力が戻る。
「もっと欲し……」
「……ぁあ」
バルドルが喉を鳴らすのが判る。
が、彼は相変わらず平静を装いながら水を口に含み、再び口移しで飲ませてくれた。唇が触れ、押されるだけで体が反応する。
必死に耐えているだろう男を、クルトの方が煽りたくなって来た。
(ダメだ)
勝手しそうになる舌を根性で抑え込む。
「あり……が、と……あとは、自分で……」
「ああ……うん。もう出てく……」
クルトが自分で水を飲み始めるのを見てバルドルは言うが、しかし渋い顔で続ける。
「あのな、クルト。実はもう夜中の10時なんだけど、判ってるか?」
「え……」
「昼過ぎに来た後も何回も声を掛けたんだが、……意識無さそうなのに、おまえ、ずっと……その……」
言い難そうにしているバルドルの言葉を察する。
いま布団の中が酷いことになっているのはそのせいってことなんだろう。
「そ、っか……」
これはオカシイなんて話じゃない。
前兆もなく本番が来ているだけでも前例がないのに体が反応し過ぎている。
「おまえ、いつもこんなのを一人で耐えてたのか?」
「……今までは、気絶しちゃえば平気だったはずなんだけど……」
それでも発情期が来れば、以前のパーティは稼ぎがなくなるのも我慢して活動を休んでくれたし、俺の部屋に誰も立ち入らないよう気遣ってくれた。
ご飯はマリーが運んでくれたし、終われば「大変だったな」って。
迷惑を掛けたのに優しくて、甘えちゃいけないと、ずっと気を張っていた。
「……あぁ。そっか……気が、抜けていたのかも……」
「は?」
「油断、て言うか……甘えてた……」
いまのパーティは去年から組んでいるけど、一緒に過ごす内に「ここは大丈夫だ」って。
それは以前のパーティでは得られなかったもの。
「俺……自分で思っている以上に、ここ、馴染んで……」
「……あぁ、くそっ」
ゆっくりと呼吸しながら、囁くように掠れた声が紡ぐ言葉に、バルドルは乱暴に自分の髪を掻き乱した。
「クルト。レンが心配していて、明日も部屋から出られないなら問答無用で治癒しに行きますって息巻いてる」
「えっ」
「発情期って治癒じゃどうにもならないだろ?」
「なるわけない……」
「明日も誤魔化せるか?」
そう聞かれると返答に困る。
体の異常なんてほとんどが僧侶の治癒で改善するのだから体調不良を言い訳には出来ない。いっそレンには本当の事を話すべきかもしれない。
(……こんな……浅ましい自分を晒す……?)
ゾッとする。
あの少年に軽蔑の眼差しで見られるのだけは耐えられない。
そんな恐怖が伝わったのか、否か、バルドルは言葉を重ねる。
「誤魔化すのも、限界があるし、……こんな状態のおまえを放置しとくのもイヤだし。今年は、利用してみないか?」
「……利用って、なに」
「俺を」
バルドルはそう言って自分の顔を指差す。
「ケツ貸そうか?」
「――」
何を言われているのかが理解出来なくて頭が真っ白になったが、去年の彼の提案を思い返し、バルドルのそれが本気だと気付いたら、……もはや驚くとかそういうレベルではなかった。
「バルドル、本気だった?」
「決まってんだろ。つーかおまえを好きだって言ったのも信じてなかった?」
「え。いや、それは……」
言われてみると、バルドルの好意は疑っていないように思う。
「それは、たぶん、解ってる」
「たぶんて何」
「……その、バルドルを抱く側に立つのは想定していないというか……」
「けど、クルトは雌になりたくないんだろ」
「ないよ」
即答する。
それが本心だ。
なのに腹の奥は容赦なく疼いて体を苛む。
体が心を裏切るんだ。
「……ない、けど……いくら出しても意味がないのは、見たら判るだろ」
「それは、まぁ……そうか」
クルトの心情を想えば否定してやりたいが、目の前の現実がそうさせない。
いまの彼に必要なのは男として種を蒔くことではなく、それを受け取る行為だ。
「あー……とりあえず、さ。少しだけど声に力が戻ってるし、今ならシャワー浴びれそうか? シーツ換えてやるから、汗流して来い。下、かなり気持ち悪いだろ」
「ん……けど……」
「レンはもう寝た。他の3人は飲みに出てる。日付が変わるまで帰って来ない。……だから、いくぞ」
言うが早いか、バルドルは丸まったクルトを布団ごと抱えてシャワー室に彼を放り込んだ。
「布団も洗うからそこに置いとけ」
そう言い置いてシャワー室を後にしたバルドルの背中を呆然と見送っていたクルトだが、せっかくの厚意を無にするのも気が引けて、もぞもぞと布団から抜け出す。
手足は震えていて力が入らず、とても立ち上がれる状態ではなかったから、赤ん坊のはいはいみたいに、それよりずっと遅い速度で移動した。
「っ……」
ここは洗面所兼脱衣所兼トイレ兼シャワー室だが、シャワーが設置されている壁沿いに置かれた、大人一人がゆったりと座れる大きさのバスタブの中に立ち、仕切りのカーテンを引くことでバスタブ以外が濡れないようにして使わなければならない仕様だ。いまのクルトには、そこに入るだけで一苦労である。
バスタブに手を掛けて膝立ちになり、上半身を倒し転がるようにして中へ。
打ち付けた肩に痛みを感じつつも手で体を支えながらお湯を出すところまで成功したら、頭上から降り注ぐ温かな湯に、何故だか泣きなくなるくらいホッとした。
「ぁ……」
なのに、ペタンと座り込んでしまったことで床に触れた尻が震える。
「っ」
そんなつもりはないのに腰が揺れる。
そこに刺激が欲しくなる。
「イヤだ……」
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
「……っ、ヤなのに……!」
我慢出来ない。
疼く。
腹の奥に欲しくなる。
「足りない……っ」
すっかり解されてしまっている穴に自分の指を二本、三本と入れて弄る。
しかし挿抜したところで欠片も満たされない。
だって、自分の指では届かないのだ。
「ぉく……も、と、奥……っ!」
息が上がる。
眩暈がする。
もどかしくて叫んだ、その訴えに。
「クルト」
耳元で呼ぶバルドルの声。
彼の手に、手を抑えられた。右手は右手に、左手は左手に囚われ、代わりにずっと待っていたモノが――。
「クルト」
「っぁ、……⁈」
入って来る。
ひくつく狭い穴をゆっくりと押し開くように体内で存在を主張する大きな熱。
「っぅ……」
先が入り切ったことで男の引っ掛かりに穴の襞がぷるんと震える。
途端、さらに奥へ。
直後に引かれ、さっきより奥へ。
「バル……バルドル……!」
もどかしい。
くれるなら早く奥を突いて欲しい。
自ら足を広げ男を誘う。
腰を振る。
「くっ」
「奥……っ、奥突いてっ」
「クルト」
「お願、っぁ、辛ぃ、助け……助けて……!」
「クルト……!」
手が強く握られた。
握られたまま腰を抱えるように腕を回す。
「クルト。悪いのは俺だ」
「ぁっ、ぁああ」
「悪いのは、俺だ」
繰り返される言葉が果たしてクルトには届いていたのかどうか。
ようやく欲しかった場所に届いた刺激に。
熱に。
重さに、クルトの脳天までを一瞬にして駆け抜けた甘美な痺れ。
「は、ぁぁっん、ふっ、あ、あっ」
気持ちいい。
もっと突いて。
もっと擦って。
腹の奥で疼き体を苛むばかりだったそれを解き放って欲しい。
辛いのも、もどかしいのももうイヤだ。
腰を打ちつけられる度に歓喜する。
誤魔化しようのない欲望の証が涙する。
「あ、あんっ、はんっ、気持ち、いっ、ひっ、ぃん」
「届いてるか?」
「んっ、んっ、届い、るっ」
「ここか」
「そこっ、そ、こっ、ぉっ」
ぎゅっ……と、痛いくらいに握られる手。
自分で腰を振る必要もないくらい激しい抽挿が体を揺さ振り、強過ぎる刺激に悲鳴を上げた。
「やっ、やだっ、待っ、ぁんっ、あっ、はっ、はん、ぁっ……――!!」
「っく……」
内部の一際強烈な収縮はバルドルに齎す快感をも増大させた。
今にも破裂しそうな欲望を歯を食いしばって堪え、更に抽挿を繰り返し、クルトの身体の反応を、変化を、声を、……これきりになるだろう恋しい人の媚態を記憶に刻む。
もう限界だというところで更に奥へ突き立て精を放つ。
「っ……」
「ぁっ……っ」
クルトの身体が大きく跳ねた。
喉から零れ落ちる声にならない声。
大きく見開かれた眦に滲む涙。
心の中で何度謝ろうとも、あれほど嫌がっていたクルトを雌扱いした所業が許されることは無いだろう。……それでも、あれ以上は見ていられなかった。
「クルト」
自身を抜きながら呼びかけると、細い肩が微かに震える。
「……腹壊すから掻き出した方がいいけど、体に勘違いさせるならしばらくは残しといた方が良いのか?」
「わ、わかんない……」
か細い声に謝罪の言葉を言い掛けて、違う、と思い直す。
「なら、少し此処で待ってろ。布団と、服と、片付けたらベッドまで運ぶから……おまえのシャツも脱がすぞ。体、治まってたら……」
良いな、と。
そんな言葉を掛けるのも躊躇われて、頭上からずっと降り注いでいたシャワーのせいでびしょ濡れになった服を脱ぎ、クルトの上着も脱がし、それと布団を洗浄の魔導具に放り込む。中には既にクルトの部屋のシーツが放り込まれているので、纏めてやってしまえと、動力の魔石に魔力を流した。
それから念のために水漏れ防止のカーテンを引いて誰かが戻って来てもクルトの姿が見えないよう配慮し、彼の部屋のベッドに新しいシーツを敷いて来る。
最後にバスタオルを持ってシャワー室に戻り、声を掛けてからカーテンを開けて、……バルドルは固まった。
クルトが膝を曲げた格好で大きく足を開き、尻に指を入れて喘いでいたからだ。
その指に絡む白いぬめりは自分が出した……。
「っ」
先刻の、後ろからの光景も悩殺ものだったが、これはそれよりきつい。
「クルト……?」
「ぁ……バル……まだ……」
「え?」
「ま、だ……足りな……ぁっん……」
「……っ」
ごくっ、と喉が鳴る。
「おまえ……もう一回ってなったら、さすがに……」
挿入して、抽挿し、イッて終わりなんていう目的だけでは済まない。
そう本音をぶちまけるバルドルに、しかしクルトは必死にもう一方の手を伸ばす。
「バ、ル……助けて……」
「っ……」
惚れているのだ。
伸ばされた手を拒む事など出来るはずがなかった。
何度も体内に吐き出された白濁とした命の種が繰り返される抽挿に泡立つ。
繋がる部分から聞こえる卑猥な音に羞恥を煽られながら、それでも満たされたとは言えないクルトは涙混じりに謝罪する。
「ごめ……んっ、んぁっ、こんな、あっ、こと、させて」
「謝んな。俺にしたら得しかないんだから……。ずっと、こうしておまえを抱きたかった」
「バル……」
「ン。そう呼ばれるのもいいな」
「バル……ぅぁ……っん」
腕を伸ばせばバルドルは顔を寄せてその首にしがみ付かせてくれる。
体が弧を描き少し苦しくなるけど、それ以上にバルドルを奥に感じられる悦びが強い。
そこをもっと、もっと――虐めて欲しい。
「好きだクルト」
「ふぁっ……」
「好きだ」
ぞくぞくする。
気持ち良い。
体も、耳も、心も。
「……バル、俺にはまだ、よく解んなくて……」
「いいよ」
「んっ……」
「……それでいいから、俺以外とこういうことすんな」
「しな、い……っ」
それだけは断言できる。
いくら発情期が辛くたって彼以外の誰かに自身を委ねられるとは思えない。
「来年も、再来年も、辛くなったら俺を使え。それでいい」
「っ……ふっ……年に一度でいいんだ……?」
「……それってお願いしたら頻度増えんの?」
「どう、かな……ふはっ」
急にしょぼくれた顔をされたら、心がくすぐったくなって、思わず笑ってしまった。
可愛い。
(可愛いって……あれ? 以前に確かレンくんが何か……)
何かを思い出し掛けるが、それより早くバルドルの攻め方が変わる。
「もっと気持ちよくしてやれたら月一くらいにはなるか?」
「ぁっ、あんっ」
「こっちも感じるようになろうか」
「んんっ」
急に胸を弄られたことで驚き焦ると同時にバルドルを絞めたらしく、彼は悪い笑みを浮かべて見せた。
「素質はありそうだな?」
「いまのは急で驚いたから……!」
「ふぅん」
「ぁっ……!」
――……発情は気付いたら治まっていた。
どちらもそれに気付いていながら、離れ難くて気付かないフリをする。
もう少し。
あと、少し。
■その後の話■
気付いたら朝だった。
気分はいつになくスッキリとしていて、冬の青空がとても綺麗に見えた。
(でも体中痛くて動けない……)
シーツに顔を埋め、昨夜のあれこれを思い出すと顔から火が出そうだが、バルドルは意識を飛ばしたクルトをきちんと介抱してくれたらしく、シーツは三度変わっているし、体も全くべたべたしない。
そればかりか洗浄されていた布団とシーツが畳んで部屋の隅に置いてあるのだから、まさか徹夜しているのではないだろうか。
(大丈夫かな……気になるけど……)
動こうとすると腰がズキンと傷むし、尻にはまだ入っているような違和感が残るし、肩や膝も痛い。
なんなら全身が筋肉痛だ。
「情けない……」
独り言ちて、しばらく。
外が賑やかになっていくのが何となく聞こえて来て、この部屋に近付いて来る軽い足音。
そしてノック。
「クルトさん、今日はどうですか? 本当に病気とかじゃないんですか?」
レンだ。
「痛い、苦しいなら治しますよ?」
クルトはベッドを見て、自分の身体を見下ろして、部屋を一通り見渡す。
それっぽい名残はない。
寝間着も着てる。
そして、全身筋肉痛。
これって僧侶の治癒が効くのだろうかと思いつつ「入って良いよ」と声を掛けると、扉が遠慮がちに開かれた。
「おはようございます」
「おはよう。心配かけてごめんね」
レンの後ろには他の仲間達と、バルドルの姿も。
「大丈夫ですか?」
「うん。ただの寝不足……あとは、筋肉痛が……」
「筋肉痛?」
「そう。依頼で、無理したっぽい?」
「??」
本気で心配してくれているレンに対し、なんて曖昧で意味不明な説明だろう。
その自覚があるから首を傾げるレンに申し訳ないと思うのだけど、さすがに本当の事は語れないので今は誤魔化されて欲しい。
「筋肉痛に効くのかは判りませんけど、とりあえず試してみますか? 治癒」
レンから流れて来る僧侶の癒しの魔力が患部をじわりと温め始めた。
肩、腕、胸部、腹部、脇……。
「……クルトさん、階段か何かから転げ落ちましたか?」
「え?」
「ものすごい数の……打ち身? 内出血……??」
「っ」
「ごほっ」
驚くクルトと、部屋の外で咳き込むバルドル。
「……これは筋肉痛……ん? これって……」
「れ、レンくんありがとう、もう大丈夫!」
「そう、ですか? お役に立てたなら良かったです」
嘘じゃない。
癒しの効果は抜群で痛みも違和感も綺麗さっぱり。
しかしこれ以上は精神的なダメージが大き過ぎる。
(レンくんには機を見て話そう……このままじゃダメだ)
心に固く誓い、おかげさまで痛みの消えた身体を起き上がらせる。久々に自分の足で外に出て数歩。
くいっと後ろから襟を引っ張られたと思ったら、バルドルが首の隙間から背中を覗き込んでいた。
「何して……」
「ホントに全部消えちまったな……」
何が⁈ って、そりゃあレンが言っていた内出血の跡だろう。そういうことだ。
「そんなに付けてたのか?」
「……勢いで?」
「くっ……」
こそこそと喋っている二人を、四人が呼ぶ。
「いま行く」
「……レンくんに怒られる時は一緒だからなっ」
「それは当然だな」
ムッとするクルトに、バルドルはそう言って笑う。
隣で。
15
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