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【Web オリジナル】 地下都市と『紅炎の魔女』
三年間の変化
しおりを挟む翌朝、スイとタータニア、それにユーリとリュカの四人はノルーシャのログハウスを後にして〈リヴァーステイル島〉へと繋がる【転移魔法陣】へと向かって出発した。
一度リュカにヒノカ談義を語られたことをきっかけに、リュカからヒノカ自慢をひたすらに続けられているユーリは一晩明けて今もなお語り続けられている。助けてくれと目で訴えられるものの、タータニアとスイの二人は苦笑してその願いを聞き入れようとはしない。
「……スイ、見られてるわよ」
「タータニアさんが助けてあげれば良いじゃない」
「巻き込まれるのはごめんだわ……。昨日の夜もあんな調子だったんだから……」
ユーリからの視線を避けつつ、タータニアとスイはそんな言葉を交わしていた。
スイとの話を終えて部屋に戻ったタータニアが眠るまで、リュカはヒノカとの日常について語り続けていた。その様子を思い返すだけで、タータニアもそれに付き合っているユーリの人の良さと言うべきか、その真面目さには舌を巻いていた。
そもそもユーリがリュカのヒノカ語りに付き合っているのは、ただ無下に出来ないからという訳ではない。
リュカにとってヒノカとの日々こそが世界の全てだ。
聞けば、リュカは〈フォルタ〉という閉鎖された都市に住んでいたばかりか、『巫女』としてヒノカの傍に居続けなくてはならなかったのだそうだ。リュカの日常は姿の見えないヒノカと時折交わされる会話のみ。ヒノカの眠っている社には『巫女』であるリュカ以外が立ち寄ることも禁じられていたのだ。
そんな閉鎖された環境での日常は、ユーリにも経験があった。
ディネスと共に住んでいた村で『姫』と呼ばれて生きた日々は、リュカの『巫女』として過ごしてきた日々に近いものがあった。
ユーリの立場としてはヒノカ寄りではあるのだが、リュカの境遇が他人事と割り切れない親近感を齎せたからだ。リュカにも、ヒノカに対してもだ。
そんなユーリだからこそ、リュカにとってはとても懐きやすい存在となっているのであった。
「主様」
不意に姿を見せたファラが、今日は大人の姿で現れた。ノルーシャがいなくなり、ファラなりに大人になろうという自覚の表れだ。ノルーシャの死に対して自分なりにケジメをつけたのであろうことは、その表情からは見て取れる。
「ファラ、もう大丈夫?」
「……うん。ごめんなさい」
「……? どうして謝るの?」
スイの問いかけにファラが首を左右に振った。
シャムシャオに言われた言葉がきっかけで、自分がまたかつてと同じようにスイを一人きりにしてしまったのだと気付いたから謝った。
そんな言葉を素直に口にするのは、ファラも少しばかり気恥ずかしかったのだ。
ファラとスイのやり取りの横から、タータニアがファラに「久しぶり」と声をかけると、ファラも返事をして返す。
そこへ、突如現れたファラが会話に参加した姿を見たユーリとリュカもやって来るなり、ファラへと声をかける。
「あの時以来、ね」
「……世話になった」
「いいえ、こちらこそ」
短く会話するユーリとファラの二人。
スイがガザントールでアーシャこと『銀の人形』に身体を乗っ取られた時の会話を思い出しながら、ファラが少しばかり気まずい気分で視線を逸らすと、その先に立っていたリュカと視線がぶつかった。
「……天魔様、です?」
「金龍のファラさんよ。スイ君の〈使い魔〉なんだけどね」
「き、きき、金龍ですか……!? で、伝説上の架空の存在だとばっかり思ってたですよっ!」
ユーリにファラの正体を知らされ、目を丸くしながら声をあげたリュカが、ファラに向かって口を開けたまま「ほえー」と声を漏らした。
ファラがリュカの頭を指先でコツンと押すと、驚いたリュカが後ずさった。
「口、開けてると虫が入るよ」
「ご、ごめんなさいですっ!」
「……別に謝ることないけど」
「ご、ごめんなさいです……」
金龍という正体に対して遠慮してしまったのか、すっかり萎縮して謝罪を口にするリュカにファラが嘆息した。
背の低い少女に何度も謝られては、まるで自分が悪者みたいだ。ついそんな気持ちをファラが抱いてしまうほど、リュカは頭を上下に動かして謝り続けていた。
「ほら、リュカちゃんも気にしないで行きましょう。スイ君、あの山が目的地かしら?」
二人のやり取りに助け舟を出す形で、ユーリが話題を変えた。
「えぇ、あの山中にある祠だそうです」
昨夜シャムシャオから細かい位置を聞かせてもらったスイが、ユーリが指さした先にある山を見て肯定した。
ノルーシャのログハウスからさらに北東に向かった先には、岩肌のあらわになった山が存在している。
標高も大した高さではなく一見すればただの小さな山でしかないのだが、そこにもノルーシャによって封印が施されている。山の中にある【転移魔法陣】を迂闊に踏んでしまわぬようにと配慮されたものだそうだ。
転移されてきた者が山を出るのは簡単だが、外から山の中へと入ろうとすると、道を迷わされてしまうのだ。
山に向かって歩きながら、昨夜のシャムシャオの説明を思い返したスイは、胸元につけていた緑色の宝石があしらわれたペンダントを取り出した。
「それは?」
「以前師匠――ノルーシャ様が作った結界は、このペンダントを身につけていれば封印が解けるんだ。あのログハウスもそうなんだけど、ノルーシャ様が結界を張った場所は多いからね」
「あぁ、あれね……」
タータニアとユーリが懐かしい記憶を思い返し、遠い目で呟いた。
初めてノルーシャと出会うべくログハウスに向かったあの日、散々森の中を歩かされた記憶が蘇っていたことなど、スイは知らない。
ようやく森を抜けて封印された山の入り口へと辿り着いたスイ達。
ノルーシャから授かったペンダントにつけられた緑色の宝石が光を放ち、周囲に虹色の波紋が広がった。封印が一時的に解除されたのだ。
ノルーシャのログハウスの近くでも何度も見た光景だっただけに、たいして驚いた様子を見せないスイやファラ。何かがあればどうにでも対処出来る自信から堂々とした立ち振舞でその場にいたユーリとタータニア。
そんな面々を前にたった一人驚きに声をあげてしまったリュカが恥ずかしそうに俯き、顔を赤く染め上げていた。
いざ中へ進もうというところで、スイとユーリがピタリと足を止めた。
「……魔獣、ですね」
「えぇ、そうみたいね」
気配を察知したスイとユーリが言葉を交わし、その横でタータニアが斜めに背負っていたバスタードソードの柄に手を当て、腰を落とした。
「ファラ、リュカさんはお願い」
「はーい」
「お、お願いしますです!」
お願いする側になったリュカが、巫女の装束を揺らしながらファラの後ろへと隠れる。
ほぼそれと同時に、森の茂みから巨躯誇る黒い熊が現れた。
「……ユーリさん、魔法は効かないです」
「あら、心配してくれるの? でもあの程度、魔法を使う程でもないのよね」
ユーリが地面に手を翳すと、足下に黒い闇が生まれる。その上へと手を翳すと、闇の中から刀身が波打った刺突剣――フランベルジュが這い出るように姿を見せ、ユーリがそれを手に取った。
くるくると回しながら風斬り音を奏で、ピタリと魔獣に向かって切っ先を向けた。
「タータニアさん、やりましょうか」
「はい」
「スイ君、ここは手出し無用よ」
スイが頷いて答えると、タータニアが背中に背負っていたバスタードソードを斜めに傾け、熊の魔獣に向かって飛び込んでいく。
タータニア特有の素早さは磨きがかかり、前傾姿勢で上体を低く構えながら魔獣へと肉薄する。咆哮をあげた魔獣を相手に一切表情を崩すこともなく、タータニアが高く跳ぶ。その後ろから追走していたユーリが姿を現し、刺突剣を構えたまま熊の魔獣へと肉薄する。
魔獣がどちらを狙うか逡巡する様子を見せるが、前方のユーリに狙いを絞った。腕を振り上げ、ユーリを迎撃するつもりのようだ。
体高にして二メートル半程はあろうかという大きな魔獣。その豪腕が、ユーリへと振り下ろされる。直撃する寸前でユーリは横に跳びながら魔獣の足を軽く切りつけると、大きくそのまま駆け抜けた。
「終わりよ」
ユーリは短く告げると、魔獣の注意を引く為だけに動いたのだと物語るかのように刺突剣を地面に突き立て、闇に呑み込ませた。
その直後、上に跳んでいたタータニアが背負っていた鞘の留め具を外して鞘を投げ捨て、刀身を見せたバスタードソードの柄を左手で握りしめた。
空中で右手の〈門〉から魔法を発動させ、強烈な風を放って身体を回転させると、その勢いのまま両手で柄を持ち直し、ユーリへと身体を向けていた魔獣の後頭部へと向けって剣を振るった。
勢いの乗った一撃が、太い魔獣の首を刎ねる。
回転していたタータニアが器用に地面に両足をつけ、横滑りしながら速度を止めてみせると、魔獣に背中を向けたまま剣についた血を払った。
瞬殺だ。巨躯が力無く崩れ落ちる。
先述された通り、魔獣を狩るには多くの武装した兵が必要になる程の強さを誇っている。
それをたった二人、ものの数秒で沈黙させてみせたのだ。
「この三年間、遊んでいた訳じゃないわ」
まるでサプライズを成功させたかのように告げたユーリの視線を受け、タータニアも同意を示して首を縦に振ってみせる。
その姿にリュカが大声で賛辞を贈るその横で、スイは苦笑していた。
(……タータニアさん、からかったらあの方法で攻撃してくるのかな……)
魔法の活用は当然だが、先程のタータニアの速度は、恐らく自分が『魔闘術』でも使わない限り反応出来なさそうだと判断したスイであった。
以前は多少からかうような言葉をぶつけても何とかなってきたが、これからはどうやらそれが危険を伴う可能性があるのだと、そんな予感が生まれていた。
――その後しばらく、スイがタータニアに対して完全敬語を使って話し始めたせいで、タータニアはスイの心境を知ることもなく疎外感を感じることになるのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ヴェルディア大陸、王都ヴェル。
スイがいた頃の平和であったヴェルとは比べ物にならない物々しい雰囲気が漂っていた。
ブレイニル帝国との対アルドヴァルド同盟。
それ以来、王都にブレイニル国籍軍が常駐しつつ、街中の不審者の警邏なども強化されている。
それだけならばまだ生活に支障が出る程ではないだろう。
現在ヴェルの街中では、戦争に対する穏健派と強硬派の二つの勢力が生まれていることが、ヴェルの街の雰囲気を物々しい空気に変えている原因と言えるだろう。
あの三年前のヴェルディア魔法学園への襲撃で家族を亡くした者も多く、そんな彼らは強硬派としてアルドヴァルドへの攻撃を訴えているのだ。
アルドヴァルド王国の差金であったという情報が一体どこから漏れたのかも解らないまま、いつの間にやらそれは公然の事実とされ、この三年間で強硬派が動きつつあった。
――そして今日も、噴水広場前では強硬派による決起集会と銘打ったデモ行為が行われ、騎士団員らとの睨み合いが続いていた。
「……困ったものね」
ヴェルディア魔法学園の生徒会室。
三年前よりもずいぶんと背も伸び、顔も少しばかり大人びた雰囲気を放つようになった茶髪の少女が呟いた。
三年前と同じように髪を左右で二本結びにしている、侯爵家令嬢シルヴィ・フェルトリートだ。
最近の街中でのデモ行為は日に日に強硬派が強気な姿勢を見せ続けている。
おかげで、とでも言うべきだろうか。穏健派――と言うよりも日和見を決め込んでいた者達も同調の姿勢を見せているのだ。
「どうしたんですか?」
「あぁ、クリス君。また強硬派のデモで生徒が帰れないって意見が出てきたの。先生達と一緒にこれから彼らを説得しに行かなくちゃいけないのよ」
シルヴィに声をかけてきたのは、かつてのスイと同じく『生徒会代表』の生徒として生徒会入りを果たし、スイと同じく教会の出身者であるクリスという少年だ。
「そういうことなら、ボクも行きます」
「いいえ、大丈夫よ。それにクリス君だってまだ四年生なんだから、行ったって馬鹿にされて辛い思いをするだけよ」
「ボクもあの襲撃で、大事な人を亡くした一人ですから。彼らの気持ちは解らなくはないですよ」
淡々とした調子で話すクリス。かつてのスイを彷彿とさせる、どこか感情が乏しい雰囲気を漂わせながら告げたクリスに、シルヴィは目を細めた。
「あぁ、勘違いしないでください、会長。ボクはただ、説得したいだけです。彼らに混じろうなんて思っていませんよ?」
「……そう。なら良いんだけど……。だったら一緒に行きましょうか」
「はい」
シルヴィに背中を向けたクリスの姿を見て、シルヴィは眉間に皺を寄せた。
――どこか不気味だ。
クリスに対してシルヴィが最初に抱いた印象は、それだった。
青みがかった白い髪は、かつてのスイに似た髪型をしている黒い瞳を携えた少年。
まるでスイの幻影を追っているかのような危うさ、とでも言うべきだろうか。
初めて会った時から、シルヴィはクリスという少年には気を許そうとはしていない。
(……この子は、スイとはまったく違う意味で危ういのよね……)
心の中で独り言ちたシルヴィはクリスを危ういと表現してみせる。
まるで取り憑かれたような態度。それに他者に対して興味を持たなかったスイとは違い、他者に対して見下しているかのように敬語を扱うクリス。
スイを追っているようで、それでいてずいぶんと遠く離れているような少年だ。
「どうしました?」
「あぁ、ごめんなさい。騒動ばかりだからちょっと疲れちゃってね」
「そうですか。無理しないでくださいね」
「ありがとう」
当たり障りない会話は字面から見れば良い後輩に見えるが、そこに心配しているような色は一切見て取れない。
社交辞令を本当に社交辞令としてしか捉えていないような、空っぽの言葉を口にするクリスの態度。その姿に悪寒すら感じているシルヴィであった。
クリスと元スイの担任講師であるメルーア、それに『獣育学』の担任講師であるリニックを伴ってシルヴィが強硬派のデモが行われている現場に向かっていく。
フェルトリート侯爵令嬢の名は伊達ではなく、デモに参加していた者達もシルヴィの姿に気付くと、一人また一人と口を噤んでいく。
「ヴェルディア魔法学園の生徒会会長、シルヴィとして話にきました。
アナタ達が行っている抗議活動に生徒達が恐怖し、帰れないと訴えています。子供達を怖がらせることなど不本意でしょう。今すぐに騒ぎを収め、この場所を占拠せずに散会してください」
凛とした佇まいでそう語ったシルヴィに、強硬派の大人達が小声でヒソヒソと声を交わす。
シルヴィの言う通り、さすがにこんな野暮な真似を子供達に見せるのは躊躇われたのか、騒動は収拾をつけようとしていた。
その時だった。
シルヴィに向かって何かが投げつけられた。
メルーアとリニックがシルヴィを庇い、事無きを得たが、どうやら石を投げつけたらしい。さすがに看過出来る問題ではないと判断した兵士達が武器を構え、リニックも怒りをあらわに強硬派の者達を睨みつけた。
一触即発の睨み合い。
どちらかが端を発せば、すぐにでも燃え上がりそうな空気が充満する中、その間に躍り出たのはクリスだった。
「皆さん落ち着いてください。ボクも大事な人を、三年前のあの襲撃事件で亡くした一人です」
たかが十歳の子供の胆力とは思えない程に、まっすぐ強硬派の人々を見上げたクリスが続けた。
「確かにアルドヴァルドは憎い相手です。多くの人を殺し、傷つけ、奪っていった。でも、ここで同じヴェルディア人が傷つけ合うなんておかしいとは思いませんか?
少なくとも僕らが憎むべきはあの仇敵のみであって、同じヴェルディア人ではないはずです」
「おいクリス、やめ――」
「――そうだ。確かに俺達が憎むべきはアルドヴァルドだ!」
仲裁に入ったクリスの言葉は、結果的には強硬派を加熱させるような発言であった。
慌てて止めに入ろうとしたリニックの声を遮り、他の男が声をあげる。
クリスはリニックの制止を振り切り、再び口を開いた。
「でも、今は僕らヴェルディア魔法学園の生徒もいます。怒りは解りますが、どうかここは退いてもらえませんか? 会長が言った通り、騒動になってしまうのは不本意なはずです」
続いたクリスの言葉に、一度燃え上がりかけた熱が引いていく。
リニックやメルーアも強硬派に向かって今日のところは解散してくれと声をかけていく中、シルヴィはクリスをじっと見つめていた。
(……ワザと言った、訳じゃないわよね……)
先程の火に油を注ぐ言い方。
普段から冷静に振る舞っているクリスが、果たしてこんな場面で加熱させるような言い回しを選ぶような、そんな歳相応のミスをするのだろうか。
そんな疑問がシルヴィの中には浮かび上がっていたのだ。
そんなシルヴィに背中を向けて、クリスは俯いた。
――背中を向けられたシルヴィは気付くはずもない。
口角を上げ、ニタリと歪な笑みを作り上げていることなど、気付けるはずもなかった。
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次話 3/9 22時
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