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【Web オリジナル】 地下都市と『紅炎の魔女』
地下都市フォルタ
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過去に造られたという【転移魔法陣】。
薄暗い洞窟の奥で、岩で造られた土台に描かれた魔法陣が淡い光を放っていた。
「……生徒会室の入り口に描かれてる魔法陣と似てる」
そこに描かれていた魔法陣を見てスイが呟いた。
所々に差異は見られるが、系統が同じ魔法陣の描き方は似ている。
〈魔導言語〉によって空間や位置を指定されているが、使用する魔力量は生徒会室に描かれた魔法陣とは比べ物にならない程に多く必要だ。
「これって、少しでも改造すればどこにでも指定出来るですか?」
「それは難しいと言われているわね」
リュカの問いにユーリが答えた。
「魔法陣の中でも、特に【転移魔法陣】は形成が難しく、扱いにくいと言われているわ。転移先の魔素の濃度や、魔力を込める微細な系統を間違えれば失敗する。
今の時代に使われていない理由は一般的には軍事力を一瞬で運べるから、と言われているけれど、それ以前に解析が出来ていないからなのよ」
「でもそれなら、失敗しても調整すれば良いと思うですよ」
「そうね。確かにリュカちゃんが言う通り、失敗したら調整すれば良い。でもその代わり、失敗した人間はほぼ確実に死ぬことになるわね」
ニッコリと笑みを浮かべるユーリから返ってきた残虐な現実に、リュカが目をむいた。
「し、ぬ……? ど、どうしてですか……?」
「そもそも【転移魔法】は、空間を歪ませる魔法だと云われているわ。ちょっとした扱いの失敗が座標なんかの指定に影響が生まれるせいで、失敗すればその人間の命も保証出来ないのよ。
有名な事故なんかだと、転移した先で身体が捩じ切れて姿を現したり。あぁ、もっと酷いものじゃ身体の皮膚が……――」
「――わ、分かったですっ! もう良いです! 諦める方が良いです!」
カタカタと身体を震わせて、リュカは自分の耳を両手で塞ぎながらユーリの言葉を遮った。
とは言え、これはその姿を笑顔で見つめているユーリの悪ふざけだ。
そんなユーリの楽しげな様子から、なんとなくではあるが事情を察したタータニアがスイに歩み寄り、真偽を問う。
スイはタータニアに向かって冗談だよとでも言わんばかりに肩を竦めた。
「でも、ユーリさんの言うような悲惨な末路にはならないとは思うけど、危険性はあるだろうね」
「危険性? デタラメじゃないの?」
「うん。例えば転移した先に人がいたり、座標が狂って地中や水中、空中に投げ出されたりしたら、まず間違いなく命の危険が生まれると思うよ」
つらつらと答えるスイの横でタータニアの顔が青褪めていく。これから自分達が乗るものの危険性を語られたのだ。それも無理はない。
タータニアの表情に気付いたスイが安心させるように笑顔で口を開いた。
「これは安全だよ。じゃなかったらリュカさんだって僕らと会えてはいなかっただろうし。心配しなくても平気だって」
「っ!? ま、まるで私が実験体に使われたような気分なのですよっ!」
「……スイ君。悪気はないとは思うけど、その言い方はもうちょっと気を付けた方が良いんじゃないかしら……」
先程までリュカを散々からかっていたユーリにすら自分の物言いを注意されるという、なんとも理不尽極まりない扱いに口を尖らせたスイであった。
◆
――〈リヴァーステイル島〉に到着したスイ達の目に映ったのは、岩壁が剥き出しになった洞窟に松明の灯りで映し出された自分達の影がゆらゆらと揺れている光景だった。
取り立てて何もない広がった部屋に、ポツンと設けられた【転移魔法陣】の上で、生徒会腕章を使った転移に慣れていたスイは特に動じることもなく周りを見回した。
その横でタータニアが自分の身体を見回していたが、そこに触れないのはスイなりの優しさとでも言うべきだろうか。
「ここが〈フォルタ〉の西下層部です!」
転移の危険性を口にされていたせいか、失敗するのではないかとヒヤヒヤとしていたのはリュカも同じだ。
転移の成功と帰って来た安堵に声をあげ、全員の前へと躍り出た。
その横に、ファラもまた姿を現した。転移するまでは一時的に消えていたのだ。
「〈フォルタ〉の西下層部?」
「はいです。私達が住む〈フォルタ〉は、中央、西、東の三つに分かれているのですよ。
この西下層部は【転移魔法陣】。東下層部にはヒノカ様のいらっしゃる社が。中央は居住区となっているですよ。
私は『巫女』なので東側に住んでいるですけど、街の人は皆中央下層にいるです」
リュカが簡単にではあるが〈フォルタ〉について説明しながら振り返る。
「とにかく、まずは私達の帰還とヒノカ様について長に報告に行くことになるです。中央下層に向かうですよ」
リュカに言われ、スイ達一行は黒下駄を踏み鳴らリュカの後をついて、西下層部の入り口と思しき道を歩いて行く。
「壁に埋められているのは【魔導式ランプ】と同じよね?」
「そうですよー。でもここは火の属性を多用しているので、光の属性はあまり使っていないです」
「属性……?」
「はいです。魔石の属性が火の鉱石が多いのです」
ユーリとリュカのやり取りから聞き慣れない言葉をスイが尋ね返すと、リュカはさも当然のように答えた。
その答えを聞いて、スイとユーリは互いに目を合わせて頷いた。
「ねぇ、リュカちゃん。もしかして魔石そのものに属性が宿っているってことかしら?」
「……? 当然ですけど……」
「……そう」
小首を傾げて答えるリュカへ、ユーリが何やら思案気味に答える。
そんなやり取りを見ていたタータニアが、隣を歩いていたスイに向かって声をかけた。
「どうしたって言うの?」
「えっと、タータニアさん。【魔導具】っていうのは、核になる魔法陣を刻んだ魔石っていうのがあるっていうのは知ってる?」
「……まぁ、私だって一応はヴェルディア魔法学園にいたんだし、それぐらい理解しているけど」
馬鹿にされているのかとムッと口先を尖らせたタータニアに、思わずスイが苦笑する。
「ただね、今までは魔石に属性なんてものは関係なく使われていたんだ」
「うん、確かに聞いた事はないわね」
「うん。もしリュカさんが言うように、魔石に適正の属性っていうものがあるんだとしたら、それが魔力の効率を大きく変えることになるって解るよね?」
「なんとなくは解るけど。でもそれがどうしたの? 良いことでしょ?」
効率が良くなるのであれば、効果が飛躍的に上がる事を示している。それはつまり、利便性を向上させるヒントになるだろう。
そういう意味でタータニアが告げた言葉に、スイは首を左右に振った。
「違うよ、逆なんだ。
それがリュカさんにとって当たり前ってことは、『エイネス』や『ヘリン』の頃には当然知られていた技術。でもそれが今は存在していないってことになる」
それで良いのではないか。
そう考えかけたタータニアが、何かに気付いたかのように目を見開いた。
「……ッ、まさか、禁忌指定されている技術ってこと?」
「そうなってしまうだろうね。
〈フォルタ〉の常識は、『エイネス』の常識かもしれない。もしも外部に漏れてしまったら、禁忌指定された技術を独占しようとする者達にとっては宝の山みたいなものになる。
下手をしたら戦争の火種にされかねないぐらい危険な場所ってことになるんだ」
スイがタータニアに説明している横で、ユーリもリュカに向かって同じような説明を行っていた。
外界との接触を行って来なかった故に生き残れた〈フォルタ〉の民。
もしもこの技術を独占し悪用しようという集団がいたとするなら、禁忌とされた知識が無尽蔵に転がっているこの〈フォルタ〉は狙われかねない危険な場所なのだ。
そうした自覚も、外界と隔絶しているリュカには想像出来なかったのだろう。ユーリの説明よりも直接的なスイの言葉を聞いて顔を青くしていく。
「まぁ、心配する必要はないわ。いざとなれば、ウチで面倒を見るわ」
大帝国の重鎮の一角であるユーリの発言に対してリュカはいまいち理解していないが、とにかくスイもリュカを心配させまいと笑顔を見せることにする。
一体何がどうなっているのかを理解していないリュカは、とりあえずコクコクと首を上下させた。
「よ、良かったです……?」
リュカが自信なさげに確認するかのように呟いた。
先程からころころと表情の変わるリュカに、思わずユーリの嗜虐心が刺激されるが、今言った言葉は本気だ。
もしも何らかの形で〈フォルタ〉の存在が外部に知られ、ましてやアルドヴァルドに攻められようものなら、アルドヴァルドは〈魔導兵器〉だけではなく新たな力を手に入れることになる。
そうなる前に、ブレイニル側との交渉の席を設ける必要がありそうだと密かに決意する。
そんなユーリの決意を知らずに、リュカは一行を連れて先導して歩き続けた。
今歩いているのは、中央下層に続く通路だ。どうやら、岩壁が剥き出しになっていたのは【転移魔法陣】の置かれた西下層部のみだったようだ。
術式への影響を懸念して周囲の岩壁を加工しなかったのかとスイが尋ねてみると、加工以前にこの場所も普段は封印されており、誰も近づけないとリュカが答える。
最下層部には【魔導具】を利用した多重の結界が張られているらしく、『巫女』であるリュカの魔力――つまりはヒノカの魔力が解除のキーとなるようだ。
スイが身につけているペンダントと同じような仕組みの結界から、少なからず魔女がいたエイネスの時代辺りには主流な方法だったのだろうとスイも当たりをつける。
リュカの口頭の説明によれば、フォルタは、断面的に見れば「T」の字を逆さにしたような造りをしているそうだ。
外界と繋がっているのもこの中央の居住区であり、大きな竪穴をそのまま利用し、そして改造を続けて今の形を作り上げたのだそうだ。
そんな説明を聞きながらしばらく歩き続け、結界を抜けたスイ達一行が足を止めた。
「ここが……」
「広い……」
スイに続いてタータニアが呟いた。
洞窟となっている西下層と中央下層を繋いだ通路を抜けると、スイ達の視界には自分達の視線より高い位置に築かれているフォルタの都市部が目に映った。
街並みは煌々と輝きを放ち、真っ暗なはずのこの地下を明るく照らしている。
宙空に浮かび上がるように存在している地下都市は、地面から生えた太い円柱状の柱が支柱となり、その上に造られた円状の広い土台の上に築かれているようだ。
壁際の通路から眼下に広がった支柱の根本を覗き込むと、そこには畑が作られ、家畜なども飼われていた。
閉鎖的な都市フォルタだが、水は内部を流れる地下水脈から引き上げ、食料は都市部の中に畑などによって賄われている。
タンパク質の摂取という点では、フォルタの外に広がる樹海の中の獣を狩ることも多いが、食肉用に育てられている牛や豚などもいるとはリュカの言だ。
どうやら支柱と思しき円柱も、数本は【魔導式エレベーター】としても使われているらしく、青白い光を放った筒状の稼働空間を上下に行き来している。
見たこともない光景に息を呑んだ一行であったが、リュカが「こっちです」と声をかけて先導し、再び歩き出した。
スイ達がやってきた西下層部へ繋がる洞窟。その前方から視線より高い位置にある都市部を繋いだ宙空を伝う登り坂道を歩いて行くと、徐々にフォルタの街の景観があらわになった。
「……懐かしい」
眼前に広がった街の造りを見て、ファラが小さな声で呟いた。
煌々と輝いたライトが、過剰なまでに眩く都市部を照らしている。
常夜の地下都市フォルタ。その光景は、ファラが懐かしむエイネスの時代に見たものと酷似していたのだ。
木々や石畳で覆われたヴェルディア大陸の街。
冷たい鉄などが使われたリブテア大陸のガザントール。
ある意味特徴的な街ではあったガザントールよりも、むしろ『魔導研究所』――つまりは〈放棄された島〉や、かつてアーシャが眠っていたガザントール北東にあった施設に似ている。
これらが同時代に造られたのであろうことは、散見される建物や取り付けられたライトからも推測出来た。
「懐かしいって、来たことあるの?」
ファラに向かってスイが問いかけると、ファラは首をゆっくりと左右に振った。
「ううん。昔、マリーと一緒に街に出て行くと、こういう眩しい街が多かったの」
「そうなんだ……」
目を細めて懐かしむファラと並んで、ユーリとタータニア、それにリュカの後ろを歩いていたスイは都市部へと足を踏み入れた。
行き交う人々の服装は、リュカの服装とはまた少し異なる着物を着用している。
その為か、フードのついた白いローブ姿のスイや、旅装に身を包んだタータニア。相変わらずの黒一色といった服装のユーリの姿が浮いて見える。
物珍しいものを見るかのように寄せられた好奇の視線。
外界の服というのはやはりこのフォルタでは珍しいようだ。
「この都市部に住んでいる人達で全員?」
「それだけじゃないのですよ。壁面のあの明かり見えるですか?」
リュカに促されたスイとタータニア、それにユーリが壁面を見回した。
壁は岩壁が剥き出しになっているが、点々と等間隔に光を放っている。その下には扉が取り付けられているようだ。
「あれって……家?」
「そうなのです。ここ――フォルタでは、家族を持った人は外周区と呼ばれる壁際の家で住むのです」
リュカが説明を続けた。
「この都市部に住む人はむしろ少ないぐらいです。都市部は上層部に住んでいる若い職人見習いの人が一人で住んだりすることが多いです。あまり上層に住んでいると、時鐘が聞こえないですから」
「時鐘?」
「はいです」
どうやら午前中に二回、正午に一回。午後に三回、このフォルタでは時鐘と呼ばれる大きな鐘が音を奏でるらしい。
職人の多いこのフォルタでは、そういった鐘の音を合図にでもしない限り仕事や制作にのめり込んでしまう者が多いらしく、時計という概念があまり浸透していないそうだ。
「見えたです。あの建物の中に、長がいるですよ」
リュカが前方を指差して告げる。
指差した先に立っていたのは、横に長く上から見れば「コ」の字の形をした平たい建物だった。
門を抜けた先に広い庭先が広がり、石畳が入り口に向かって伸びている。
入り口の扉の前へと向かったリュカが、入り口の扉を横にスライドさせて顔を覗かせた。
「おかーさーん、ただいまですー」
「お母さん?」
「言われてみれば『紅炎の魔女』ヒノカの地だものね。『巫女』の縁者がそういう立場にいるのもおかしくないかもしれないわね」
小首を傾げたタータニアへ、ユーリが盲点だったと言わんばかりに告げた。
その横で、スイは庭先に視線を向けた。
池がある庭先に面した、扉もないむき出しの廊下が面した造り。
時折カコンと音を慣らす、竹筒の細工は、水の重さを利用しているようだと当たりをつける。
見たこともない建物を前に、つい知的好奇心が姿を見せつつあった。
当然、他所様のお宅で勝手に動き回ることなど出来ず、スイがその衝動を抑えていると、ようやく家の中から一人の女性が姿を現した。
「リュカ、帰って来たのね。それで、こちらの方々は?」
「ただいまです、お母さん。この人達こそ、ヒノカ様の仰っていた『銀』の方達なのですよっ」
どうだ、と言わんばかりに小ぶりな胸を膨らませ、リュカが鼻息荒く告げた。
「あらあら、それはそれは……。ようこそおいでくださいました。ささ、どうぞお上がりください」
「あ、フォルタは靴は脱いで入るですよ。私が手本を見せてあげるです」
得意気な調子はスイ達にも向けられ、その姿を優しく見守るリュカの母とリュカに連れられてスイ達一行はリュカの家へと入って行くのであった。
************************************************
作業の関係により、次話はまた日にちズレが生じそうです。
一週間以内にはアップ予定です。
評価、お気に入り登録、有難うございます。
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