スイの魔法

白神 怜司

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【Web オリジナル】 地下都市と『紅炎の魔女』

『魔人化計画』

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 アルドヴァルド大陸にあるアンビーの研究室。
 そこには、ガザントールの地下でアリルタによってかつてスイらが見せられたような、巨大なガラス板が浮かび上がり、それがモニターの役割を担っている。

 手元の操作盤を操って情報を探っていたアンビーは、モニターとなっているそれを見上げて眼鏡の向こう側で目を見開いた。

「……なんてモンにまで手を出してるんッスかね、この国は……」

 画面に映し出されたのは、凄惨な研究内容だ。
 魔法を――と言うよりも魔素を喰らう魔獣を解剖し、その身体を人体に投与して魔獣と同等の力を持った人間を造り出す計画。その実験の成功の為に、何人もの戦闘訓練を行った孤児を実験体にしているという研究内容が書かれていた。

 ――現在、アンビーはアーシャとミルテアの二人と共に〈魔導兵器〉の解体に尽力を続けている。そんな過程の中で見つけた、一つの施設にあったデータがこの『魔人化計画』と呼ばれる代物だ。

 こんなものにまで手を出して、一体このアルドヴァルドは何を考えているというのか。アンビーは混乱から沈みかけた思考を引き上げて、再び研究内容へと目を移した。
 そこへちょうど、ミルテアのアーシャの二人が部屋の中へと入って来た。

「ねぇ、ご飯だけど……って、何よ、それ……」

「……『魔人化計画』……?」

 二人の視線がアンビーの先にあった巨大なモニターへと向けられた。

「数日前に襲った施設が生きてたから、情報をもらったんッスよ。アルドヴァルドが何故〈魔導兵器〉を集めようとしているのか。その先に一体何の目的があるのかを探ろうと思ったんッスけどね」

 モニターを背に振り返ったアンビーが忌々しげに呟いた。

「……現在の言葉が使われている事から考えても、恐らくは今も稼働中の計画といった所かしらね」

「そんな……ッ! 一体何の為に!」

 冷静にモニターを見てそう判断したアーシャへ、ミルテアが声をあげた。そんな二人を前にアンビーはいつもの白衣についたポケットに手を突っ込むと、再びモニターを見上げて口を開いた。

「さて、どうッスかね。ただ、これでハッキリしたッスよ。〈魔導兵器〉をアルドヴァルドが集めていたのは、ただ私の行動を縛る為のカモフラージュだったに過ぎなかったってことに……ッ」

 ギリッと奥歯を噛み締めて怒りを顕にしたアンビーに、アーシャが「どういう事?」と声をかけた。
 アンビーは一度深く溜息を吐くと、再びアーシャとミルテアの二人に向かって振り返った。

「確かに〈魔導兵器〉は危険な兵器ッス。もともと、『狂化した魔女』に対して使うことを前提としていた代物だったッスから、対人兵器としては最悪の部類に入るッスね。その始まりを作ったのが私だって事は、二人にも話したッスよね?」

「えぇ、聞いてはいたけれど……。でもそれは――」

「――そう。スイ君という、『狂化した魔女』に対抗出来る存在が現れる前までの予防策だったッスよ。それでも成果が得られるかは解らなかったッスけどね。
 だけど今はもう、スイ君が現れて〈魔導兵器〉の存在価値は消えた。だから私が壊しに回るだろうとアルドヴァルド側は踏んでいたんだと思うッス」

「……でも、それだったら封印したままにしておくべきだったんじゃないですか?」

 アーシャとアンビーの会話を聞いていたミルテアが尋ねてみるが、アンビーは首を横に振ってそれを否定した。

「封印箇所に置いておけば、他国がそれを手に入れる可能性もあるッスからね。他国に力を渡さない、それに加えて私という存在をこのアルドヴァルド大陸に縛り付ける為に、アルドヴァルドは〈魔導兵器〉を集めていたんだと考えるのが妥当ッスね」

「一体何の為にアナタを縛り付ける必要があったの?」

「簡単ッスよ。この『魔人化計画』から私の目を背ける為ッス。
 この『魔人化計画』そのものが、一度は私が提唱して破棄させた実験だったんッスよ」

 アーシャとミルテアの二人が、アンビーの言葉に瞠目した。

 かつて、まだアンビーが『断崖の魔女』として生きていたその時代、アンビーは『狂化した魔女』への対策を取るべく〈魔導兵器〉の作成に取り掛かっていたのだ。

「そうッスね。キミ達には、知っておいてもらっても良いかもしれないッスね……――」

 アンビーは決意するかのように、そのままゆっくりと過去を語った。





――――





 ――『大魔導時代』。
 エイネスという時代を表現するのであれば、その一言がもっとも相応しい言葉であったと言えるだろう。
 空に浮かんだ大陸に住まうと言われている『白銀の魔女』を筆頭に、数多くの『魔女』の継承者がその名を世に知らしめた時代だ。

 当時【魔導具】は、あくまでも魔法をうまく扱えない男性陣や、魔力の扱いが苦手な女性向けの装具として世に出ていたばかりで、利便性はそこまで求められていなかった。
 それだけ、魔法という存在が世の中に普及し、知り渡り、そして誰もが扱えた時代だったのだ。

 そんな時代だからこそ、とでも言うべきだろうか。『魔女』としてその名を馳せているにも関わらず【魔導具】に対して着目した『断崖の魔女』――アンビーの存在は、人々の目から奇異に映った。

 その始まりはもちろん、最初は『狂化した魔女』に対抗する為にではない。
 魔法の実力がそのまま立場の優劣となってしまうようなこの時代に、アンビーはそういった考え方に異を唱え、人々が千差万別なく便利な暮らしを出来るようにと始めた研究だったのだ。

 当時、人里を離れた森の中に自分の研究施設を造り上げていたアンビーであったが、『魔女』の名を冠しているにも関わらず【魔導具】に没頭する彼女は、やはり人々からは受け入れられず、孤独な生活を送っていた。
 そんなアンビーのもとへ、アルドヴァルドの一人の女性研究員が現れ、アンビーへと告げた。

「【魔導具】の開発によって人々の暮らしを良くしようという、『断崖の魔女』様の崇高な目的に深く感銘を受けました。つきましては、是非我が国の研究機関に施設の提供と助力。加えて、研究のサポートをさせていただきたいと思っているのです」

 その言葉に、アンビーはしばし唖然とした。

 これまで偏屈でおかしな魔女だと周囲に後ろ指をさされてきたアンビーに、一国の代表者としてやって来た使者がそんな言葉をかけてきたのだ。
 それは、初めて自分の行ってきた研究を認められたようなものだ。

 いくら『魔女』の立場であるとは言え、潤沢な資金がある訳でも満足な研究機関がある訳でもない。ましてやアルドヴァルドと言えば、小国ではあるが数多くの【魔導具】を生み出してきた研究者の国という特色を持っていた。

 アンビーは震えた。
 そんな彼らからそこまで言わせることが出来たのだ、と。

 ――同時に、脳裏にチラりと『狂化』の可能性が浮かぶ。
 アンビーもまた、その可能性については先代の『断崖の魔女』の経緯から理解していた。

 だが当時アンビーは未だ十七歳だった。
 危険への危機感よりも、自分が認められた喜びが勝ってしまった。
 そうしてアンビーは、アルドヴァルド王国へと居を構えるに至ったのであった。





――――





「――そうして、私はアルドヴァルドにやって来て数多くの研究に手を出したッスよ。始まりは【魔導具】。そしてアーシャ、つまりは〈魔導兵器〉と呼ばれる類のものを。
 研究は進み、当時はただの研究員であった連中は自分達でそれらを改善させていく。そうする内に、私は気が付けばただの意見役となって手が空くようになったッス。
 そうして空いた時間を利用して、『魔女』の力を破棄する為の方法を調べ続けたッス。その過程で生まれたのが、この『魔人化計画』ッス」

 アンビーの過去。
 アルドヴァルドと彼女を結びつけるきっかけとなり、アーシャが『銀の人形』として生み出され、何故アルドヴァルドの手の内に入ってしまったのか。
 アーシャはようやくその経緯を知った気がした。

 要するに、アンビーはアルドヴァルドに利用され、そして眠りに就くと同時に裏切られたようなものだ。

 いざ眠りから醒めてみれば、〈魔導兵器〉は戦争を起こす火種となり、『銀の人形』はスイを守る存在ではなく、戦争を起こすきっかけとなって世界を狂わせた。
 当然その全てを知ったアンビーは、怒りのままにアルドヴァルドを蹂躙しようと考えたそうだ。だがそれをする訳にはいかなかった。

 もうすでに、アンビーの身体は『狂化』の傾向が出ている。
 それは眠りに就く前からであったが、大きな魔力を消耗すればそれはそのまま自分の身体を蝕む毒のように広がっていくだろう。

 だからアンビーは耐える事を選んだ。
 アルドヴァルドに自分の目覚めを告げ、時代が変わったのだと気にしていないかのように振る舞い、彼らの手の内に収まる素振りを見せてヴェルディア魔法学園へと入学した。

 知識の摺合わせと現代を学ぶのに、学校というものは最も条件に適していた。
 そこでスイを知ったのは僥倖であったと言わざるを得ないだろう。

 ――そこまで語って、アンビーは白衣の腕を捲って二人に見せた。
 赤黒く変色した皮膚を見て、アーシャとミルテアの二人は目を丸くして息を呑んだ。

「……『狂化』は常に私の身体を蝕んでいる。もはや私に残された時間は、今ぐらいの魔法を使わなければ五年程度。大きな魔法を使えば、二年と保たずに『狂化』する。
 もしも危険な状態になったら、二人にはすぐにスイ君を迎えに行ってもらいたい」

 いつもの飄々とした物言いはそこにはなく、真剣な眼差しでアンビーは二人を見つめて告げた。
 その言葉に二人がしっかりと頷くと、アンビーはふっと肩の力を抜いて小さく笑う。

「〈魔導兵器〉の破壊と、『魔人化計画』の阻止。それが目下の目的になるって事ね」

 気持ちを切り替えて前を向こう。そう言わんばかりに、アーシャは改めて自分達の目的を口にした。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 結局昨夜は食事をご馳走になりながら、このフォルタの街の過去についてや、普段の生活の様式など、世間話に花を咲かせる形となった。
 スイ達が眠りに就くまで、リュカが戻って来ることはなかった。
 きっと『紅炎こうえんの魔女』であるヒノカとの別れを惜しみながら、一人自分の家かヒノカの眠るという社に留まったのだろうと誰もが予想していた。

 翌朝、眠りから目覚めたユーリやタータニア、それにファラの三人と共に食事を口にする。
 米を主食にした食事は三人が知っている食事のそれとは異なっていたが、味も決して悪くなく、むしろいつもより食べ過ぎた程であった。

 食後の一時をゆっくりと堪能したところで、今日はどうしようかと相談が始まった。

「主様、私達はヒノカに会いに行ってみようよ」

「……うん、そうだね」

「どうしたの、スイ?」

 あまり乗り気ではないスイの返事にタータニアが声をかけると、スイは言い難そうに頭を掻いた。

「僕がいきなり言ったら、消しに来ましたって言ってるみたいじゃないかなって思ってさ……。ちょっとね」

 到着したその翌日に、いきなりヒノカのもとへと向かってヒノカを消す。それはあまりにも性急過ぎはしないだろうか。
 スイの懸念はそこにあった。

 リュカのヒノカへの思い入れは、彼女の語りぶりからユーリを筆頭に誰もが理解している。必要であるとは言え、そんな彼女の大事な存在を奪ってしまうともなれば頭では理解出来るが心が納得出来るかは解らない。
 むしろ、納得なんて出来るはずもないだろう。ネルティエがそうであったように、スイとてそれを気にしない訳ではない。

「……そうね。だったら、私達でリュカさんを迎えに行って来るわ。スイ君はこの街を好きに見て回るなりすれば良いわ」

「うん、じゃあそうさせてもらおうかな」

 こうして、その日はスイとファラの二人は一緒にフォルタの街を回ってみることにしたのであった。



 フォルタの街は昼夜であろうとその様相を変えることはない。人工的な明かりによって照らされているのだ。強いて変化を挙げるとするならば、人々の活気や人通りの差異が多少は見られるというぐらいだろう。

 街の中は独特な民族衣装に身を包んだ者も多いが、そればかりという訳でもないようだ。作業着として着ている服などは、スイが見慣れたシャツやズボンなどが好まれているらしい。
 上下を一枚で合わせた着物では作業上不便である事も珍しくはなく、頑として民族衣装でなくてはならないという姿勢を貫こうとしている訳ではなさそうだ。

 そんな街の光景を見回しながら街の中を歩いていると、スイが足を止めた。

「ここって……」

 スイが見上げたのは、ヴェルにある王立図書館のそれと全く同じような外観をした、石造りの円柱状の建物だった。
 ちらりと中を覗きこむと、やはりヴェルにあったものとまったく同じような造りをしているらしく、内部の中央には【魔導式エレベーター】が上下する青白い光が見えている。

「中覗いてみる?」

「うん、見てみたい」

 初めて訪れた街で早速図書館を見つけて胸を躍らせる少年など、スイぐらいなものだろう。普通とは少々興味の対象がずれているとでも言うべきだが、スイは意気揚々と軽い足取りで建物の中へと足を踏み入れた。

「……凄い。中まで一緒だよ」

 円柱状の外観だけではなく、その中の本の並べられたスペースの使い方なども同じ。もしかして本の内容も一緒なのかと気になったスイは、早速自分の記憶と照らし合わせながら周りを見て回る。

「どう?」

「うん。同じ本もあるけど、置かれている本は違う物の方が多いみたいだ。ファラ、上の階まで行っても良いかな?」

 目を輝かせてそう尋ねるスイに対して、ファラは若干の呆れを含んだ笑みを浮かべて頷いた。
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