上 下
11 / 50

11

しおりを挟む
ある日、鮫島が一人だけやってきた。
「やぁ・・・
 今日はね。
 君にいい物を持ってきたんだ。
 ここにいたら、どうしても情報が入ってこないだろう。
 私が、ちょっと懇意にしている人から譲ってもらったんだ。

 どうだろう・・・
 このサプリ。
 これを飲んでみたら、もっと君は美しくなる」

美しく・・・・
女の人のように?
― 女だったらって言われない?―
客からの貢ぎ物は基本的に、色子の物となる。
色子の興味を引き付けるために、貢ぐ。
受け取る判断も、また色子だった。

「あの・・・
 母は、元気でしょうか?」
遠慮しがちに、小さい声で尋ねる。
鮫島は、先ほどまでの温厚な態度から、急に冷たくなる。
「それは、今、聞くことではないだろう」
それを言われると、何も返せない。
所詮、客のご機嫌を損ねたら、売り上げも落ちる。
鮫島が新たに顧客を呼ぶ可能性もある。

そう思うと、雪柳は何も言えなかった。
再びガラリと雰囲気を温厚なものとし、
「では、次来るまでに、これを一日、朝と夜に飲むんだよ」
そう言い残し、鮫島は帰っていった。

鮫島が残していったサプリ。
容器のパッケージは何もない。
中の物は、ピンク色。
試しに一つ飲んでみる。
これを飲むと美しくなる。
鮫島は美しくなると言っていた。
少しでも、女性に近づけるように・・・



サプリを飲み始めて、ある評判が流れていた。

白菊の雪柳が最近、変わってきたらしい。
この噂は、花街を知る者ならすぐに興味が出てくるだろう。

持ち前の容姿に、自分を魅力的見せるように着た和服。
そして、最近特にでてきた色香。
白い肌が見える首筋。
着物の中から出てくる手は白魚のよう。
以前は、男性のような手だった。
最近は、丸みのあるとても柔らかそうな肌となっていた。
髪も長くのばされているのだが、艶もよくなっている。

鮫島から渡されたサプリは、確かに雪柳を美しくしていった。
一年。
また一年。
なくなる頃に鮫島は現れた。
そして美しくなったと褒め、そしてサプリを置いて行った。

その頃には、黒須も色子としての年季は明け、緑は客と花街を去って行っていた。
「え・・・・」
店が休みの日、面会だと、花街を去った黒須が雪柳を訪ねてきた。
「お母さん、亡くなったわ・・・」
花街をでてから一度も、連絡を取らなかった。
それは、里心を起こさないためにと考えて二人で決めたこと。
鮫島には一度、尋ねたが、冷たく避けられて知ることはできなかった。
「・・・あの。
 それは、事故とかでなくなったということでしょうか?」
雪柳の質問に黒須は、じっと見つめ、横に首を振る。
「事故ではないみたい。
 自殺らしい」
―・・・そんな・・
 母が、母がそんなことをするはずがない。
雪柳は、黒須に詰め寄った。
「そんなはずっありません!!
 父が・・・!
 黒須さん、父がいるんです。
 !!父は・・・父は生きているのでしょうか?」
花街に居る時には見たことのない、雪柳の感情を込めた表情を見て、黒須は驚く。
「ごめんなさいね。
 そこまでは、知らないの・・・」
「父は、まだ病院であのまま・・・」
部屋は沈んだ空気になる。

絞り出すような声で雪柳が尋ねる。
「・・・母の葬儀は、どうなるのでしょう。
 私は、ここから出ることはできません・・・」
黒須は、小さい声で答える。
「それが、もう、終わっていたのよ」
―!!???
何故?
誰が・・・
!!
母の実家?
黒須は、その雪柳の表情を見て先回りして答える。
「・・ご実家では、ないわ」
・・・えっ
黒須が顔を近づけ
「鮫島って知ってる?」
・・・
「はい。
 母がお世話になっていて、私のお客でもあります。
 ここに、来るようにと勧められたのも鮫島様です。
 鮫島様が・・・。
 また、お礼をしなくては。
 どんどん、借りが増えてしまう・・・」
安心した表情の雪柳を、黒須はじっと見る。
「ねぇ、あなた。
 何か薬を飲んでないかしら?」

黒須の突然に雪柳が怪訝な顔をする。
「特に、病気などはおかげさまでしていません。
 あっ。
 薬ではないですが・・・
 毎日、欠かさずに、飲んでいるものは、ありますよ」
その答えに、黒須が反応する。
「それは、何かしら?」

雪柳はその問いの答えをはぐらかした。
もう、何度目になるだろう。
同じ言葉を、何度も言われてきたからだ。
「ふふふ・・・秘密です」
その表情を見た黒須は、違和感を覚える。
いくら美容に気を付けても、男は所詮男。
骨格も、体つきも、どんなにしても男として生まれたのには、変わらなかった。

どんなに女性的にしていても、身体から出てくるホルモンは止めることができない。

・・・・ホルモン・・・
―!!!
この子、確か女になりたいと言っていた。
それを思い出した黒須は、雪柳の姿を見る。

身体に丸みが出ている。
着物で誤魔化されているが、確かに胸のあたりも少し丸みがある。
髪も、男性特有の硬さのある髪質ではなく、艶のある柔らかいもの。

花街では、見ることのない薬。

「あなた、冗談じゃ済まされないわ。
 いいから!」
―リリリン―
面会を終える時間を知らせるベルが鳴る。

「黒須さん、教えていただき、ありがとうございました」
雪柳が立ちあがり、部屋を出ようとする。
「雪柳!!
 待ちなさいっ!」
一礼して部屋を出ていく雪柳。
その周りには、黒服の男たち。

ガシャン・・・
閉じられた花街と繋がる扉を黒須は、見つめる。
抱く懸念が、取り返しのつかない方向にすすんでいる。
それだけは、分かったのだった。
しおりを挟む

処理中です...