昇華混じりの雪柳 淡い恋の白い肌

香野ジャスミン

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ガチャガチャとベルトを外す音が聞こえる。
雪柳は、音だけを聞いて、自分には守ってくれる人は誰もいないと気づく。
アスファルトの上で、自分の汚物にまみれ、ずぶ濡れになっている。
自分は、女になりたいと思っていた。
ただ、このように慰み者になるつもりは、ない。

雪柳の身体を誰かが触れた。
思わず、その手を避けようと身体を動かして姥貝てみる。
「何、勝手に動いてんだよっ!!」
背中に思いっきり、衝撃が走る。
足?
踏みつけられて背中を踏まれている。
「もういいでしょう。
 行きますよ。
 早く乗せなさい」
その声で、男は諦めたように悪態をつきながら、乱雑に雪柳を車に乗せる。
そして、再び揺れる車中の中で、濡れた身体を震わせながら、じっと耐える雪柳だった。

雪柳が連れてこられたのは、鮫島が別宅にと構えているとある邸宅。
その家には、大きな門が構えてあり、近づくと導かれるように車は入っていった。
「着いたぞ。
 降りろ」
乱暴に身体を触られながら、車から降ろされる。
「おや!
 どうしたんだい?そのずぶ濡れの恰好は?」
―!!!
この声、鮫島!
目隠しを外されず、濡れた状態の雪柳の正面には、鮫島がいるようである。
「へへっ。
 ちょいと、こいつが粗相をしましたんでな。
 軽くジャブジャブと洗ってきたんでございます」
乱暴に扱っていた男が、鮫島のご機嫌を損ねないように伝える。
「なんてことだ!!
 お前、雪柳がかわいそうじゃないかっ!!
 まさか、何かしたんじゃないだろうなっ!?」
怒られると思っていなかった男が慌てて鮫島に弁解をしようとするが、聞く耳を持つ気はないようだ。

「―!!誰か!!
 こいつをつまみ出せっ!!」
言われた男は、慌てる。
「話が違いますぜ、鮫島さんっ!!
 終わったら、サインをくれるって?!」
―男が鮫島に何かを頼んでいるのだろう・・
ただ、鮫島にとって、それは、どうでもいい話。
「何のことだ?
 こんな状態の雪柳を、病院から連れて来るなんて!!
 ―ぁぁあぁ・・雪柳、怖かっただろう・・」
そう言いながら、鮫島は、雪柳の身体を触る。

まるで、男が独断で連れ出したかのように聞こえる。
でも、鮫島の指示がなければ、この男は行動をうつすはずがない。
鮫島が触れる後ろの足から太もも、腰、尻、背中、脇腹、腕、肩・・・
場所が変わるたびに、嫌悪感が増えていき、雪柳は身体を震えさせていく。
「鮫島様、雪柳様は濡れています。
 病院からですので、身体を温めたほうがよろしいかと・・・」
ずっと病院からついてきている男が、提案をする。
「おおぉぉ!!では、わしがっ!」

鮫島は、具合が悪いのかと思えるほど鼻息が荒い。
「鮫島様、何でも焦っては、いけません。
 楽しみは、ゆっくりと・・・」
そう言って、男は、
「失礼します」
声をかけたと思ったら、雪柳の身体を軽々と持ち上げる。
ずっと、拘束されたままなので、正直、自由にしてほしい。
されるがままで、雪柳は男と2人、建物の中に入っていった。

「ここで過ごす部屋を用意しています。
 そちらに、浴室があります。
 誰も入らないようにします。
 私で良ければ、手をかします。
 どうですか?」
そう言われても、布を咥えては話が出来ない。
それに気がついたようで、はずされる。
この人、鮫島の扱いを転がすようにしている。
それに、雪柳に対する態度は、とても親切だ。
どういうこと?
どうして、こんなに気づかいをされるのか、わからない。

黙ったままの雪柳を危惧して腰掛けれる場所に座らされる。
足、手、目の拘束を解かれ、辺りが確認できるようになってきた。

目の前の男は、どこか一条寺先輩に似た人だった。
この人は、がっしりとした体格。
ただ、先輩は細身で柔らかい印象だった。
雪柳は、今、こうして鮫島の場所にいる。
それでも、誰かを見るたびに、先輩を探してしまう。
この人は、耳の形、横を向いたときの横顔が似ている。
一緒に・・・いて、自分は苦しくなるのだろう。
それでも、いいと思った。
じっと、男を観察している雪柳の表情が、悲痛なものへと変わる。
「では、少しの間。
 ・・・手を貸していただきたいです」
男は、返事をし、浴槽に湯を溜め始めた。
その間に、雪柳の着れそうなゆかたを持ってきた。
「鮫島様が、用意する物は寛ぐには少しばかり窮屈ですので、勝手ながら用意をしました」
男の姿をじっと見つめて、その言葉の意味を解く。
それは、自分の判断で用意したということ?
どうして?
細やかな気遣い、優しい言葉。
まるで自分のことを随分前から知っているような・・・
雪柳は、ゆらゆらと心が揺れていくのを自覚した。

入浴を終え、部屋の一角で身体を横たえる。
畳みの上に直に寝転んで、頭の中を整理する。

車の中で一瞬、見た拓人さんは、あの頃の先輩そのものだった。
自分の様子を心配している顔を見て、懐かしくもあり、残酷だと思った。
先輩ともう、会えるとは思っていなかった。
自分の生い立ちと、先輩の環境は、天と地のようだった。
だから、馴染みの御老人から孫の話し相手と言われて紹介してもらった時も本人だとは思わなかった。

女性になれば、好きになってくれると思っていた。
でも、それは、先輩ではない誰かにだ。

女ではないと言われること。
そのことだけで、自分を否定されたように思えた。

先輩には、男として受け入れて貰った気持ちをそのまま男として、いたかった。
自分でも、どうかしていると思う。
あの頃、女じゃないという言葉だけで、自分を否定した。
母親から女ならと言われたり、鮫島から言われても、その時の傷は、すぐに癒えたのに。
でも、先輩の言葉一つで、自分はここまで囚われているのだ。

それも、もう終わりだ。
都合のいい夢をみた後は、現実が待ち受けている。
断ることのできない鮫島が、現にこうして自分を手に入れている。
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