昇華混じりの雪柳 淡い恋の白い肌

香野ジャスミン

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翼と拓人は、鈴宮の待つ病院の地下に降りた。
そして、外に出る扉を開けると、車がつけられていた。
「こちらに、どうぞ」
待っていた鈴宮が車のドアを開け、拓人たちを入れる。
「どちらまで向かいましょう」
運転席から、声がする。
拓人は、
「お爺様の屋敷に向かってくれ」
鈴宮も乗り込み車が動き出す。

病院の地下から道に出ると、至る所に、まだマスコミと思われるカメラや記者がいた。
「この窓は、特殊な物なので、外からは様子がわかりません」
窓を見ていた翼に運転手が声をかける。
眼鏡をかけていて表情がどこか、鈴宮と似ている。
拓人を見ると、頷く。
「鈴宮とは腹違いの実だ」
「…よろしくお願いします。
 雪柳 翼と申します」
どこかまだ、不安な様子で拓人の服を無意識に掴んでいる。
「まだ、マスコミがいますね・・・
 このままだと、またすぐに気づかれますね」
鈴宮がそういうと、拓人も頷く。
「しばらくは、注目されるでしょうね」
実の言葉に翼も静かになる。
― そうなのか・・・・
自分の境遇が注目の的であることを翼は知る。

車は、都会の街並みを抜け、田畑の広がるエリアに来た。
「ここは、東京?」
翼は、久しぶりの街並みが随分と変わっているのに驚いた。
昔は、コンクリートにアスファルトなど人工の物で囲まれているのが当たり前だった。
今、自分の知っている感覚では、まだ東京の都内のはずである。
「浦島太郎とまではいかないが、翼の知っている東京ではないだろうな」
高齢化が進み都会の環境より長閑な環境を好まれるようになっている時代となっていた。

日本家屋の大きな屋敷が見えてきた。
車が近づくと、門が開いていく。
ゆっくりと中に入ると、そこには、大きなお屋敷があった。
白砂と小石の目立つ枯山水のある庭園、静かなのにとても華やかだ。
「ここ・・・旦那様の?」
拓人に問いかけると頷く。
「翼が来るのを待っている。
 みんなも中に入るように」
そう言って、止まった車内から翼をエスコートするように拓人が屋敷の中に招き入れる。
「おぉぉぉ!!
 雪柳・・・いや、今は、翼さんか・・・
 元気になったようだの・・・」
待ちきれずに屋敷から出ていたのは、翼が花街にいた頃からのなじみ客、三葉様だった。
翼は、思わず花街と同じように低い姿勢で挨拶をしようとする。
「旦那様、ご無沙汰しております」
「あぁぁぁ!
 もう、よい。翼さんに戻ったんじゃろう・・・」
そう言われ、拓人を見る。
「翼さん」
耳元で、拓人に言われ思わず翼は顔を赤くする。
拓人をじっと見て、何かを訴えているが、知らないふりをしている。
そんな二人の様子を見る三葉は、どこか羨ましい様子だ。
「はぁ…
 ええの…
 拓人や。まぁ上がれ」
翼の初々しい反応を見て、ため息をつき、中に入っていく様子の三葉の旦那を翼は照れた様子で見る。
「結局、私が翼の願いをきいたのを少し、悔しがっているようです。
 でも、またオセロの相手ができたと、喜んでいましたよ」
屋敷の廊下を歩きながら、拓人は翼に話をする。
ふと、翼は足を止め、庭を見る。
「キレイ・・・」
白砂が陽の光を浴び、小石がその光をはねている。
描かれている線の一つ一つがとても流れているようだ。

しばらく見て、それから再び足を進め、旦那の待つ部屋へと行く。
「庭を気に入ったようだなっ
 ほほほっ!」
嬉しそうに話をしている様子を見ると翼も嬉しくなる。
この人は、緊張を解すのにも秀でている。
「旦那様・・・「いやじゃ」
・・・・
拓人の顔を見て、気付く。
「えっと…
 三葉さ「もっといやじゃ!」
・・・・
翼は、目の前で嬉しそうにしている三葉様を見る。
「お爺様…?」
伺うように聞いた翼の仕草が、三葉の心をくすぐらせた。
「かわいい…
 拓人や、雪柳の時より、翼さんの方が可愛らしいぞ」
そう言いながら、翼の方に近付き、翼の手を握ろうとする。
「お爺様!!」
拓人の声に動きを止めて残念そうに見る。


「お茶をお持ちしました」
そう言って、顔を見せたのは
「黒須さん?!」
翼は、思わず声を上げ、驚く。
「いらっしゃいませ、翼さん。
 私、今は、三葉 彰と申します」
翼は黒須改め、彰と三葉を見て混乱している。
「私の旦那様なの」
――!!
その言葉に、翼は気づく。
黒須はずっと翼を心配してくれていたのだと。
翼の父を知っている黒須は、花街に残していくことをとても気にかけていた。
「花街を出る時の、私の願いはね、『雪柳を見守って』なの」
―!
翼は、その言葉に…
涙が零れ落ちるのを感じた。


苦しいけれど、自分だけが頑張ればと思って過ごしたことも、陰でずっと見守ってくれていた。
では、あの時、黒須が花街を訪れて翼を尋ねてくれた時…
「…鮫島の動きが本格的に過激になってきたからね。
 でも、どうしてもそれまでに、あなたの身体が心配だったの。
 …手遅れだと気づいたとき、本当は、私がこの手で鮫島を壊したかったわ。
 でも、それも一人ではできないし、もっと正攻法で行くべきだってこの人が…」
そう言って、黒須改め、彰が三葉を見る。
「…ありがとうございます」
翼が、静かに頭を下げる。

「本当に、感謝しています。
 私一人では、たぶん、鮫島の所にいたでしょう。

 拓人さんが、もし、後だったら…
 私は、鮫島の元に向かうつもりでした」
―!!
三葉達も、拓人達も驚いている。
翼は、花街での様子を語り始めた。
「鮫島には、ずっと気遣ってもらっていましたし‥‥
 私に執着し始めているのもわかっていました。

 たぶん、愛人か、鮫島のいいコマとしてつかわれるのだと思っていました。
 でも、花街を出入りしていて、色子の願いをきくということを知らなかったとは、考えもしませんでした」
事情を話す翼は、複雑な顔を浮かべている。

翼は、そんな現実を迎えずに済んだことだけで、満足していた。
だからこそ、その恩を返せるなら、どんなことも受け入れるつもりでいた。
「…父や母を弔ったら、どうぞ、私をどんなことにでもいいので使ってください」
翼は、額を畳につけて必死願う。

だが、その願いは、誰も望んでいる物ではなかった。
うーん…
と、三葉の唸る声がする。

傍に彰が来て、翼を起こす。
「…もう、その話はしないで。
 あのね、私はもう一つ、願ったのよ」
彰は、ウインクをしてニコニコと笑顔を見せている。
「それはね、雪柳を幸せにできる人を紹介すること」
―!!
翼は、拓人を見る。
―先輩を見ると、涙が…溢れてくる‥
「…翼を俺の元に戻すためだ」
そう言って、拓人は翼の涙を指ですくって抱きしめるのだった。

望まれていた…

「ええの…
 彰、儂も…」
三葉が、手を広げて待っている。
彰は慌てて
「もう、今はいいですからっ!」
照れた様子でそれにこたえている。

拓人と翼は、その様子を見て、心からほほ笑むことができたのだった。
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