月影の魔法使い 〜The magic seeker of the moonlight shadow〜

よしだひろ

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エングラントの槍編

助太刀

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 昨夜早く寝た為、翌朝は早めに目が覚めたが、頭はスッキリしていた。朝食を取り、出発の準備を整える。
「さてと。カンガムまで一日程です。余談ながら街道を通らず野山を行けば、カンガムを通らずにヒューロンに抜けられます。三日かかりますけどね」
「リグルはレンジャーだからそれでも平気でしょうけど、ウェザーやリーには辛い道のりよ」
「ミカ様にもですね」
 二人はそれぞれの馬に跨ると、宿場を後にした。
 道が大きく曲がっている。川は道から離れていった。少し行くと前の方で数人のパーティーが何者かと戦っていた。
「ミカ様はここでお待ちください」
 リグルはそう言うとウェザーの腹を蹴りその人々の所へ走っていった。
 どうやら前を歩いていた旅のパーティーが、冬眠に向けてご馳走を探していたジャイアントベアと予期せぬランデブーをしてしまったようだ。
 パーティーは六名いるが、旅慣れていないのか一匹のジャイアントベアに手こずっている様子だった。リグルは声をかけた。
「助太刀するぞ!」
 リグルは走り込んでパーティーの間を割って入り、ジャイアントベアの右肩に斬りかかった。
 リグルの放った剣は深くジャイアントベアの肩に刺さった。そしてウェザーは素早く後ろへ駆け抜けた。
 ジャイアントベアは反射的に後ろへ行ったリグルの方を向いた。
「今だ! お主達! 後ろから斬りかかるのだ!」
 そう言われたパーティーの一人が雄叫びを上げながら斬りかかった。その声に反応して ジャイアントベアが顔を後ろに向ける。
「馬鹿者! せっかくこちらに注意を引き付けたと言うのに」
 リグルは、立ち向かってくる男に向き直ろうとしているジャイアントベアに向かって再び走り出す。そして手綱を引いた。ウェザーは後足で立ち上がり、勢いをつけて体重と共にジャイアントベアの背中にのし掛かる。
 ジャイアントベアはバランスを崩して前のめりにつんのめった。
 雄叫びをあげて向かってきた男のロングソードがジャイアントベアの右肩に当たった。
 ジャイアントベアは右肩に二度打撃を受けて悲鳴と取れる鳴き声をあげた。そして堪らず街道から逸れて草原の方へ逃げ出した。
 パーティーのメンバーはそれを追おうとしたので、リグルは制止した。
「待たれよ! 深追いしてはいけない!」
 メンバーはその声に躊躇して動きが止まった。その隙にジャイアントベアは遠くへ行ってしまった。
 興奮したメンバーの一人はそれでもジャイアントベアが去った方を見ていた。
「何故止めたのだ! 仕留められたのに」
「いや、ネッケンよ。このお方の言う通りだったのだよ。深追いは禁物だ」
 ネッケンと呼ばれた男は興奮冷めやらず、鼻息が荒かった。
「どなたか存じませんが危ない所を助かりました」
「我々は賞金稼ぎのパーティーです。私はグノムバートと申します。ブーディス教の牧師をしております」
 するとパーティーのメンバーは次々と名前を名乗り始めた。
「私はジャンノム。探検家だ」
「我が名はネッケンだ。同じく探検家だ」
「私はティルス。私もブーディス教を信仰しております。宣教師です」
「俺はドワーフのドンゴン。彫刻家だ」
「私もドワーフのリムよ。ドンゴンの妻として助手をしているわ」
 皆が名前を言い終える頃、タイミングよくミカが合流した。
「私はリグル。レンジャーをしている。こちらはミカ様だ。魔法探究者の弟子だよ」
 それを聞いて皆はざわついた。
「魔法探究者? 魔法使いの事か。なんと珍しい」
「何はともあれ、危ない所をありがとうございました。助かりました」
「仕留められたがな」
 ネッケンが突っかかった。
「やめなさい、ネッケン」
 しかしリグルは懐が深い所を見せた。
「なに、若者はそれぐらい果敢でなければな。しかし若者よ。自分の実力を知ることも大事だぞ」
 ネッケンは納得できないと言う表情でそっぽを向いた。
「で、どちらへ向かわれるのかな?」
「ハリルベルクに向かっています」
「ならカンガムまでは我々と一緒か。道中共に行かぬかね?」
「むしろ助かります」
「ミカ様、構いませんか? ミカ様?」
 ミカは心ここに在らずと言う面持ちで一連のやり取りを聞いていた。
「あ、ごめんなさい。ちょっと意外だったもので。私は構わないわよ」
「ではよろしくお願いします」
 ミカとリグルはそのパーティーと共に街道を行くことにした。
 パーティーのメンバーは縦に三人、三人に分かれて隊列を組んだ。ミカとリグルはその後ろについて歩いた。
「ミカ様、先程意外とおっしゃったのはどう言う?」
「え? ええと、その……」
 ミカはリグルが実はジャイアントベアと戦えるほど強いのだと言う事に驚いていたのだが、それを言うとリグルが傷付くと思い言葉に詰まった。
「あ、そうよ、そうそう。なんであの戦いにリートが出てきてくれなかったのかしら?」
「リートは人間とは違いあくまでも主の命にのみ忠実に動くものです。今リートに課せられた命はミカ様を危険から守る事。先程の戦闘ではミカ様は安全な所においででしたので、リートは知らん顔をしていたのでしょう」
「意外と冷淡なのね」
 そんな話をしていると、隊列の一番後ろを歩いているドワーフのドンゴンとリムが馬に近付き、話しかけてきた。
「我らドワーフは馬には跨らないが、馬とは波長を合わせていい付き合いをしておるんだ」
「切り出した石を運んでもらったり遠くの友達へ手紙を届けてもらったりね」
 ミカは不思議に思った。
「手紙? 馬に手紙を乗せて引っ張っていくのですか?」
「違うんだよ。馬に行き先を伝えて馬自身に運んでもらうのさ。もっとも馬の心が分かるドワーフの間でしか通じない方法だけどな」
 少しドワーフ訛りが混じっていた。
「あらやだ、あんた。エルフは馬の心が分かるっていうよ」
「エルフなんてもんは、遠く南のそのまた南のずーっとずーっと南に行ってしまった種族じゃねーか」
 ミカはこの世界に暮らす生き物の事も勉強している。人間のように高い知能を持つ人間以外の生物を主に亜人と呼ぶ。
 亜人には、知能の高い順に、エルフ、ドワーフ、オーク、ゴブリン、トロールがいる。中でもエルフの知能は人間を遥かに上回っていて、高度な文明を持っている。しかし遠い昔、世界中のエルフの一族は一斉に南を目指し旅立ったまま、誰一人として帰ってこなかった。
 オーク、ゴブリン、トロールは邪悪な心を持ち、常に自分勝手でわがまま、凶暴で好戦的な所から、人間やドワーフとは常に敵対している。中でもオークは知能が優れていて人間と同等の知能を持つものまでいる。各地で人間の村や街を襲っては金品を略奪したりして生きていた。
 ドワーフは森林の多い山岳地に住んでいる事が多い。岩石を削って彫刻品を作ったり、宝石を掘り起こしたりしている。洞窟に住んでいるが、その洞窟を削って広げて奥へ奥へと掘り進んで大きな洞窟を作ったりもしている。
 ドワーフは髪の毛がモジャモジャで長いあご髭を蓄えている事が多い。男性も女性も彫りが深く眉が太い。女性でも体毛が濃く人間から見ると性別は分かりにくい。
「エルフについては私も本で読んだけど、なんだか不思議な種族ね。暑さ寒さに強く多少の毒にもやられない。頭が良くて技能も優れている。魔法を使う者も少なくなかったとか」
「ふむ。俺の何代目か前の爺様はエルフを知っておったよ。魔法と言えばお嬢さんも魔法を使うのかい?」
 ミカは大きく首を振った。魔法の勉強を半年してきただけで、まだ魔法を使った事はない。
「今はまだ師匠の元で勉強中よ」
「師匠の名前はなんて言うんだい?」
 リグルが答える。
「シュタイン様です」
「シュタイン様? もしかして月影の魔法使いかい?」
「俗にそう呼ばれているようですね」
「月影の魔法使い?」
 ミカは初めて聞いたので師匠に通り名がある事に驚いた。
「そんな風に呼ばれているの?」
「ミカ様はもしかしたらご存じないのかも知れませんが、魔法探究者たるもの、時々外の者と協力して冒険に出かける事があるのですよ。力強い探究者は人気も出ますから自然と通り名が生まれるのです」
「と言うことは、師匠は力強い探究者って事?」
「はい。しかもかなり」
 ドンゴンとリムも頷いた。
「月影の魔法使いっていやぁ、風と氷の使い手で有名だな」
 それはミカも聞いたことがあった。師匠は主に風や氷の魔法について研究している。
 魔法探究者はどんな魔法でも使えるわけではなく、自分が研究している物しか使えない。シュタインは主に風と氷(温度)について研究しているので、その魔法を得意とする。
 基礎魔法を使えば風や氷以外の魔法も使えるが、強力な魔法はそれでは出せない。またシュタインは神と契約を結んでいるので神の力を借りる契約魔法も使える。
「師匠がそんなに凄い人だなんて知らなかったわ」
「まあ普段は研究ばかりしてるから、真のお力は垣間見えませんけどね」
 一行はのんびりと街道を歩いた。時折草原の方から何か音がするとパーティーのメンバーは身構えるのだが、リグルは慣れたもので気配で危険なものなのか分かるようだった。
 カンガムには日が暮れる頃着く事ができた。通行自由の門をくぐり街の中に入った。
「私とミカ様はミネルバの店に行くが、あんたらはどうするつもりだ?」
 グノムバートが言った。
「我々は特に宿を決めていません。良かったらそこへ行ってもいいですか?」
「それは構わんが、部屋は空いているか聞いてみない事には分からんよ」
「構いません」
 一行はミネルバの酒場にやってきた。リグルが入り口をくぐるとすぐにミネルバがそれを見つけた。
「いらっしゃい! リグルさん。二、三日前にも来たわよね?」
「仕事の帰りだよ。ポルシュまで行ってきたんだ」
「そうなの。あら、でも随分人数が増えたんじゃないの?」
 リグルは事情を説明した。そしてこの人数が泊まれる部屋が空いているか確かめた。
「八人ねぇ。そして女性は別の部屋がいいのね。じゃあ、四人部屋を二部屋と二人部屋を一部屋でどうかしら?」
「それで頼むよ。料金は前払いだったね」
 ミネルバはそれぞれの部屋の鍵を用意してくれた。一行は一旦それぞれの部屋に分かれる事になった。夕食までのんびり過ごす事にして。
 ミカはリムと二人部屋に入った。リムは腰に差していたショートソードを外してテーブルに置いた。柄には見事なフェニックスの彫り物があり、その瞳には立派なサファイヤが輝いていた。
「見事な彫刻ですね、その柄」
「ああ、これね。旦那のドンゴンに彫ってもらったんだよ」
 ドワーフはとにかく手先が器用だ。そして彫刻が大好きだ。
「このリングは私が作ったものよ。そしてこの兜は従兄弟のグリードが作ったの」
 リムは色々と自慢してきた。ミカは少々厄介なところをつついてしまったと後悔した。
 一通り自慢話が終わる頃、グノムバートがドアをノックした。
「そろそろ夕食にしませんか?」
 ミカはしめたとばかりに即応した。
「そうですね! すぐに行きますので先に行ってて下さい」
 リムはまだ話したそうにしていたが、ミカに促されて部屋を出た。
 階下に降りると既に皆揃っていた。四人がけのテーブルに二手に分かれて座っている。探検家のジャンノム、ネッケン、ドワーフのドンゴンは既に飲み始めていた。
 ミカとリムも料理を注文してワインをもらい席に着いた。二人が席に着くとグノムバートが言った。
「改めてミカ殿とリグル殿にはお礼を申し上げます。昼間は危ないところをありがとうございました」
 するとリグルは言った。
「そんな事は気になさらずに、今夜は楽しく飲もうではないか」
 そしてドンゴンが口を挟んだ。
「もう飲んでるがね、がはは」
「そうですよ。楽しく飲みましょう」
 タイミングよく料理が運ばれてきた。
「あ、申し訳ありませんが、乾杯は食前のお祈りの後にお願いします」
 グノムバートとティルスはブーディス教の信者だ。食事の前にお祈りをするのがしきたりだった。
「今日も無事に食事をいただけることを感謝します。神の息吹きあれ……では乾杯しましょう」
「プロー!」
 皆は乾杯の掛け声とともにグラスを頭上に掲げた。そしてそれぞれ口にグラスを運んでワインを飲んだ。
 ドワーフは彫刻も好きなら食事も好きなようで、口いっぱいにパンやら肉やらを詰め込んでワサワサむさぼり食べた。
 しかし食いしん坊ではリグルも負けてはいない。パンを一口にちぎってはスープに浸し口に流し込み、肉を食べたかと思うとワインで飲み込んだ。
 ミカは既に見慣れていたので余り驚かなかったが、ドワーフの二人、特にリムがむさむさ食べる姿には少々驚いた。
 ジャンノムがパンをスープに浸して口に運びながら言った。
「それにしても昼間の熊は手強かったなぁ。リグル殿がいなければこちらも痛手を負っていたかもしれんな」
 ネッケンはすぐさま反論した。
「いやいや。あんな大熊、本当なら今頃干し肉になっていたさ。誰かさんが止めなければな」
 と言ってジロリとリグルの方を見た。リグルは肉をモグモグさせながらネッケンの視線に気付いて、一呼吸置いて口の中の食べ物を飲み込んでから言った。
「かもしれんな。しかしジャイアントベアは時に馬程の速さで走るぞ。追いつくまでに疲弊していたかもしれん。そうなれば手負いとは言え中々手強い」
「私は無駄な殺生をせずに済んで良かったと思っておりますよ」
 ティルスが相槌を打った。ブーディス教は無益な殺生を禁じている。
「奴の方から襲ってきたんだぞ。無駄な殺生ではなく正当防衛だ」
「無駄な殺生でも正当防衛でも構わないが、一つ覚えておくといい。己の命は大切にするものだ。戦わなくて済むなら戦わない方がいい」
 そう言うとリグルは再び食事競争に戻った。ネッケンはその正論に言い返したかったが、次の言葉が出てこず、そんな自分にイライラしてワインをあけた。
 ミカはそんなネッケンに気付かずに何気なく聞いた。
「ハリルベルクと言えば港町ですよね? 皆さんはどんな御用でハリルベルクへ?」
「要するに賞金稼ぎです」
 ジャンノムが続けて言った。
「俺とネッケンは元々同じ道場で修行を積んでいたんだ。まあ色々あって口入屋に行ってみた時、そこに賞金首の張り紙がしてあったって訳さ」
 ネッケンが続ける。
「その賞金首は相当の凄腕だ。俺とジャンノムだけだと心細……じゃなくて、道中仲間が多い方が楽しいと思ってな。ドワーフに頼ったって訳さ」
「グノムバートさんとティルスさんは何故一緒に?」
「俺は聖職者など必要ないと思ったんだが、聖職者は神の名の下に魔法が使えるからな。色々助けてもらおうと思った……じゃなかった、えっと、神様に見守られていれば心強いからな」
「神のご加護は道具じゃないですよ。ここぞと言う時にしか魔法は使いません」
 ミカは魔法について多少の事は分かってきている。
 魔法は大きく分けると四種類に分類されている。物質魔法と契約魔法、符呪魔法に召喚魔法だ。シュタインが得意とするのは物質魔法だ。これは理論魔法学に基づいて人間の精神力を魔力に変換して使用する。聖職者や一部の魔法探究者が使うのは契約魔法だ。これは神や悪魔などの超生物と特別な契約を結び、神や悪魔の力を借りる魔法だ。
 契約を結ぶ時は、神や悪魔の力を借りる代わりに何かしらの見返りが必要な場合が多い。例えば聖職者は神への厚い信仰心と引き換えに神の力を借りている。
「それにしても……」
 ティルスはちらりとリグルとドンゴン、リムの方を見た。
 気がつくと三人の食事競争は終わっていて、ワインをグイグイ飲みながら彫刻の話で盛り上がっている。
「人一倍、いや三倍も四倍も食べましたね。食費は無限にある訳じゃないのに」
 ドンゴンはそんなティルスの視線に気が付いて言った。
「何を心配する事がある。今は収穫の秋だぞ。山に入れば木の実やキノコがある。鹿や猪だっているぞ。心配するな。がはは」
 ティルスは、ドンゴンなら猪一頭を一人で平らげかねないなと思った。
 話はネッケンやジャンノムの過去の武勇伝の話になったり、グノムバートやティルスの教えを説かれたりした。
 夜が更けて皆はバラバラと部屋に戻ったが、ドンゴンとリムとリグルは相当息が合ったのか、夜遅くまで酒を酌み交わしていた。
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