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Eine Serenade des Vampirs編

女魔法使い

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 シュタインはあの後松明たいまつの正体を偵察に行ったのだった。村の放牧場の外れの所に多くのゴブリンを引き連れた女魔法使いの姿を見た。人間の姿も見えた。人間やゴブリン達は武装していた。
(この部隊で村を襲撃するつもりかな?)
 隊の先頭に女魔法使いが立っている。目の前の放牧場の柵を手下のゴブリンが二匹で壊しているのを見ている。
 シュタインは徐ろに魔法の呪文を唱え始めた。
「スタンナルム ミンダルムチ 光の矢よ バーナム」
 するとシュタインの周囲に無数の光の矢が出現し、柵を壊している二匹のゴブリン目掛けて飛んで行った。
「ゲブ!」
「ゴフ!」
 二匹のゴブリンは大量に光の矢を浴びて意識を失った。女魔法使いは驚いて矢が飛んできた方を見る。焼かれている村の炎が後ろにあるのでシルエットしか見えない。
「何者だ!」
「人に名を聞く時は自分が先に名乗るものじゃないのかい?」
 シュタインはゆっくり歩きながら近付いてきた。
「何をふざけた事を……だが良いだろう。我が名はセナリア。大魔法使いセナリアだ!」
「なるほどね。僕はシュタイン。しがない魔法探究者さ」
「魔法探究者のシュタイン? もしや、月影の魔法使いか!」
「そう呼ぶ人もいるよ」
 セナリアはそれを聞くとワナワナと闘志がみなぎってきた。
「ハリルベルクでの屈辱、祖父に代わって晴らしてくれる!」
「ハリルベルク?」
 シュタインには何の事か分からなかった。
「僕が何かしたかい?」
「今を遡る事六十年前だ! 私の祖父が統治していた海賊を滅ぼしただろうが!」
 そう言うとセナリアは持っていた杖を捨て剣を抜いて地面に刺した。
「サンラナカーゴ マササラナーノ 地霊よ集いたまえ サルナルトート」
「ハリルベルク? 海賊?」
 シュタインはイマイチ事情が飲み込めなかった。
 セナリアの剣はうっすらと茶色に光りだした。その剣を地面から抜くとシュタインに切り掛かってきた。
「私の祖父はお前に捕まった海賊の長だ!」
 剣を斜め左上から振り下ろす。シュタインは後ろに下がりながらそれをかわす。
「もしかしてムースと退治した海賊の事かな?」
「その海賊だ!」
 セナリアは右から左から剣を振りかざしてきたがシュタインはのらりくらりとそれをかわすのだった。
「その頭目の孫が君って事かい?」
「そうだ! 我が一族の恨み、ここで晴らしてくれる!」
 そう言うとセナリアは後ろに跳びのき間合いを取った。そして少し離れたところで事の成り行きを見守っていたゴブリンを中心とする手下達に指示を出した。
「この男を殺せ!」
 しかしシュタインは慌てるでもなくしかし素早く魔法の呪文を唱えた。
「ボノホーヤ ラムニム ガラマーヤ……」
「させるか!」
 セナリアはシュタインが呪文の詠唱に入ったので邪魔しようと切りかかってきた。しかしシュタインの呪文は邪魔される事なく唱え終わった。
「つむじ風より来れ風の嵐 コガンガン」
 シュタインが腕を振り上げると突風が巻き起こった。その風は徐々に強くなってきた。
 セナリアは地面に倒れて掴まった。
 風は荒れ、立っているのもやっとなくらいになってきた。
 シュタインは渦の中心にいるので嵐の影響はない。しかしゴブリンは体の小さな亜人あじんだ。次々と竜巻に飲まれて空高く飛ばされていった。
「ソリナルマ ナラリムヤ コラリラ 天より舞い散れ氷の塊 ナラムーサ」
 地面に掴まって耐えているのがやっとのセナリアにはシュタインの呪文を止める術はなかった。
 シュタインが呪文を唱え終わると竜巻の上の方に黒い雲が立ち込めて雨が降ってきた。冷たい雨だ。雷が起こり地面に落ちた。しかしそこに冷たい風が混ざると途端に雨は雹に変わった。拳ほどはある雹がセナリアやゴブリン達に襲いかかる。
 ゴブリンを中心とする手下の者達は逃げ惑うが雹は容赦なく襲い次々と倒れていった。
 セナリアも体中に激しい痛みが走る。
「月影の……魔法使い!」
 そして大きな雹がヘルメットを着けていないセナリアの後頭部に当たるとセナリアは意識を失った。
     *
 ミカは半分機嫌が悪かった。シュタインは村を救う事に消極的だったくせに、ちゃっかり一番美味しいところを持って行ったのが気に入らなかった。
 セナリア一味はロープで縛られて村長の屋敷の前の道に転がされている。
「それにしても何でこの村を襲ったんだ?」
 セナリアが不服そうに答える。
「祖父の叶わなかった夢を叶えようと思ったまでだ」
「祖父と言っても海賊だろう。その海賊の夢って何なんだい?」
「一族や仲間達が国の指図を受けずに自由に生きる事さ」
(国の指図を受けずに? 普通に生活していればそれは叶うのではないかしら)
 ミカは不思議に感じた。しかし口には出さなかった。
「理想郷、とか言い出すんじゃないだろうね」
「理想郷? そうだな。そう言ってもいい。私達は誰にも縛られず自分達だけの世界に生きたいのさ」
 そこで村長が口を挟んだ。
「なら勝手にやれば良い。しかしどうしてこの村を巻き込んだ?」
「拠点が必要だからだよ。生きて行くための拠点がな。それには村を乗っ取るのが一番早い」
「ふむ……志があるのは良いがちと歪んでいるな」
「月影の魔法使い! 貴様だけは絶対に許さんぞ!」
「ああ、分かったよ。またいつでも挑んでくると良い」
 そう言うとシュタインは村の外れの方に歩きだした。
「ほら、ミカ、リグル、ザイル。火事を消しに行くよ」
 村はまだ燃えている。襲撃は阻止したが鎮火を急がなければならない。
「待て! 逃げるのか!」
「逃げも隠れもしないけど君に付き合ってはいられないんでね」
 そう言うと火の手が上がってる方へ走って行った。ミカ達も慌てて付いて行った。
 村の火事はシュタインの魔法で程なくして収まった。
「師匠。あの一味はこの後どうなるんですか?」
「さてね。村長の判断だろうけど本来なら国の役人に引き渡す事になるだろうね」
「やたらと師匠の事を恨んでいたので心配です」
「ふふ、心配してくれるのはありがたいけどあの程度の腕にやられることは無いよ」
(確かにそうかも)
 ミカは思った。ミカが戦った男の技量は剣も魔法もミカと同等レベルだ。自分如きの人物に師匠がやられる筈ない。
「安心しました」
「そんな事より明日も早いよ。睡眠の心配をした方が良い」
 シュタイン達は村長の屋敷に戻った。例の一味は取り敢えず村長の屋敷内の大木に縛り付けておく事になったようだ。
「こんな明け方まで尽力して頂いて、本当にありがとうございます」
「礼には及びませんよ。放っておいたら自分達だって被害を受けていたんですからね」
「そうですよ」
 リグルも付け加えて言った。
「一宿一飯の恩義ですよ」
「しかし……もう夜が明けそうだね。一応寝るかい?」
 ミカは驚いた。もう朝なのか。空はまだ暗く日の出が近付いてるようには見えない。
「一応寝ても良いですか?」
「そうするかい? じゃあ僕は例の一味を見張りがてら起きてる事にするよ」
 ミカは取り敢えず自分にあてがわれた部屋に戻ってベッドに入った。しかしこの騒ぎや実践の興奮などで中々眠れず、やっと入眠したのは日が昇り始めた頃だった。なので、すぐにリグルが起こしに来たのだった。
 寝ぼけ眼で支度をして食堂へと向かった。シュタイン達は既に席に着いていた。
「遅くなりました」
「眠れたかい?」
「それが中々寝付けなくて……」
「あの騒ぎだったからね」
 そんな話をしていると村長とその娘リニエが朝食を運ぶ使用人と共に食堂に入ってきた。
「お待たせ致しました。朝食に致しましょう」
 皆んなは昨夜の話をしながら朝食を取った。
「で、あの一味はどうするんですか?」
「あの一味の処置は今悩んでいますが国の役人にお願いするのが一番でしょうな」
「でしょうね。それ相応の罰を与えないといけない」
「役人が村に到着するまでは木に縛り付けておきます」
「今猿ぐつわを噛ませてますが、食事の時以外くれぐれも外さないように。外す時も魔法を唱えないように気を付けて」
「分かりました」
 シュタイン達は朝食を終えると直ぐに準備をして出発する事にした。村長やリニエ、村の人々が村外れの門まで見送りに出てくれた。
「今回は誠にありがとうございました」
「では、我らはこの辺で失礼する」
 リグルはそう言うと馬を歩かせた。シュタインもそれに続く。ミカもポートとスターボードに鞭を入れて馬車を走らせた。
 村人達はシュタイン達が見えなくなるまで見送ってくれた。
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