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オープニング~放浪編

同盟締結

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牢から出され、流れるような美しい金髪を整え、
ネーグライクの貴族服を着せられたラングラールは
囚われていた恨みなど微塵もないかのような堂々とした表情で
城内の会議室でネーグライク女王や臣下たちと同盟の交渉を始める。
十分ほどでそれは終わり、
ラングラールは会議室の角で交渉を見守っていた俺たちに歩み寄った。
「ネーグライクの実力を認め、対等な同盟ということにした。
 我が軍が切り取った領土も全て返そう。
 当然のことだが、本国への言い訳も私がしよう」
「ただし」
ラングラールは念を押すように、真面目な顔で

「"ネーグライク最強の戦士"である"流れ人"の君が
 我が国の加勢をしてくれるという条件付きだ」

「いいだろう。よくわからんけど、それしか手がないなら、喜んで行ってやる」
どうせ、あてのない旅である。こうなったら
とことん運命に弄ばれてやろうじゃないか。
俺はラングラールを睨みながらそう思った。
隣ではミーシャが小さくなって、心配そうにこっちを見つめている。
それに気付いた俺は、
「俺の妹と彼女の馬も一緒でいいか?弓の達人だ。
 俺の補佐役として、必ず必要だ」
「兄さん……」
ラングラールは、ミーシャをしばらく観察した後に
「良いだろう。おそらくこの子も常人ではない。流れ人殿にはかなり劣るが……」
ミーシャはラングラールの見立てにムッとしていいのか
それとも喜ぶべきなのか、かなり微妙な表情をして俺を見る。
その時、

「救世主様!!城外にあなた様の知り合いだという男たちが来ていますが!」

焦った兵士たちが数人会議室に駆け込んできた。
そしてラングラールと会議室の奥の女王と重臣たちの顔を見て黙り込んだ。
「取って喰いはしないよ。あっはっは!!」
長身のラングラールは怯えきった兵士たちに金髪をなびかせて笑い
「どうした。流れ人殿よ。行かないのか?」
と催促する。
「ミーシャ、俺に知り合いなんて居たっけ?」
「村の人たちはこっちにはこないはずだし……誰だろ」
俺たちは兵士に案内してもらい、城門の前まで歩いていく。
なぜかラングラールも自然と後ろについてきていた。

そこには、数人の武器をもった兵士に囲まれた
上半身裸で座り込んだの十五人の筋肉質な男たちが居た。
皆、恐ろしげな顔つきをしていて、身体や顔に多数の刀傷のある者もいる。
「おお……きてくれましたか……」
俺とミーシャは気付く。
「お前ら、あの山で出会った盗賊団だろ……」
脇に座るピンクのモヒカンで割れたサングラスをかけた男が
「俺たち改心したんです!!」
と叫んで
「ライガス!!てめぇは黙ってろ!!俺が話しする」
と中心に座るボサボサの髪に口ひげを蓄えたマッチョな男が、
ドスの効いた野太い声で止める。
「我々は各地で旅人を襲っていたチンケな盗賊だったんですが……」
俺たちの背後でラングラールが腕を組んで、この光景を静かに見つめている。
「あの山で、我々を瞬時に打ち倒したあなた様の武術と……」
「たった一人で軍隊を引かせたあなた様を山の上から見ていて……」
「あなた様について行きたいと思ったのです」
そこでその大きな男は土下座をして
左右や背後に居る男たちも全員続いた。
大の男たちがそろって土下座している光景を眺めながら
「ミーシャ、どうしようか……」
ついて行きたいと言われても、俺は高校生のガキだし
どう見ても目の前に並ぶ男たちは、二十代から四十代の年上たちである。
これからラングラールと共にローレシアン王国にも行かないといけない。
困りきった俺は、ミーシャを見つめる。
「うーん……」
ミーシャは両手を広げてお手上げのポーズをした。
「よいだろう。だが貴様らは、主君のために命をかける気はあるのか?」
俺たちの背後から不意に出てきたラングラールがいきなり許可をして
俺とミーシャは唖然とする。
「……ある。ひでぇこと沢山して、もう社会的には死んだようもんだ。
 そんな俺らが魂込められる英傑を見つけた……」
「命かけるに決まってるよな!!お前ら!!」

「ウオオオオオオオオオォオォォオオオ!!!」

という同意を示す大きな雄たけびが全員の口から響き渡る。
耳を塞ぐ俺とミーシャの前でラングラールは顔色一つ変えずに
叫ぶ男たちを観察する。そして
「全員、信用していい……」
と一言だけ俺に呟いて、後ろに下がった。
しかたがない、こいつの言葉は不思議な説得力があるのだ。
「分かった。全員今日から俺の家来だ!!」
男たちから再び喜びの雄たけびが上がる。泣いている者もいる。

「あなた様の、お名前を教えてください。
 私はこいつらの元頭で、ザルガスと言います」

口ひげの男がそう述べ
「俺、ライガスです!!」
とピンクのモヒカングラサン男がまた脇から叫ぶ。
「ずりぃぞ!!ガルムドールです!!」「マルケス!!」「ナバ!!」
と全員が名前を叫び、収集がつかなくなって来たところで
「うるせぇ!!ご主君の名前がわからねぇだろうが!!」
ザルガスが全員を一喝して静かになる。
「但馬孝之だ。タジマとかタカユキとよんでくれ、よろしくな!!」
どうすればいいか分からない俺はとりあえず、フレンドリーに名乗ってみる。
「すばらしい……炎が燃え盛っているような響きですな、しかし静寂も潜んでいる……」
ザルガスは俺の名前を感動しながら例えると
「タジマ様、我々は死ぬまでついていきます」
と土下座して、再び周囲の男たちも続いた。
そこでタイミング悪くミーシャが
「ミーシャ・タジマだ!!兄さんに良く尽くせよ!!」
かわいらしい声で不自然に偉ぶって名乗り、一瞬空気が固まる。
そして男たちが大爆笑しながら
「妹さまも、我々をよろしくお願いします!!」
大きく歓声をあげた。
「そうか、タジマタカユキ……か……」
俺はラングラールが背後で小さく呟いたのを聞いた気がした。
遠くでは太陽が沈んでいく。

翌日早朝に、俺らはさっそくナージャス城に向かうことにした。
すでに昨夜、ラングラールの書いた書簡をもった
ネーグライク城の兵士が同盟締結を伝えに行き、無事帰ってきてはいるが、
「本人の顔を見ねば、優秀な我が軍は決して信用はしないだろう」
というラングラールの意見に従うことにした。

正装し馬に乗ったラングラールと、
ネーグライク女王から貰った王家秘伝のとても軽い金属で出来たプレートメイルと
剣を纏った徒歩の俺
馬のライオネルにまたがった弓を背負うミーシャ、
そして十五人の元盗賊団の厳つい男たちが
ネーグライク女王からの好意で斧や槍など、各々好きな武装貰い
周囲を警戒しながら歩いたり
食料などを入れた屋根のある大きな馬車の御者をしている。
ガキの俺には集団を従わせるのは多分できないと思い、
元盗賊団は引き続きザルガスに任せることにした。

歩き続けると昼前には、平原に建っている小城の前に俺たちは着いた。
「開門せよ!!私はラングラールである!!」
大きな声で城門に呼びかけると、素早く城門が開き、
中から赤鎧の兵士たちが数百人に出てきて、流れるような動きで
俺たちの一団を取り囲む。
「若様!!」
兵士たちの中から、白髪をオールバックにして
丸メガネをかけ、見事に整えられた口髭を蓄え、灰色のスーツの様な服を着た
体格の良い老人が走ってくる。
馬を素早く下りたラングラールは、その老人と強く抱き合った。
「爺は……爺は、もうだめかと……」
「ルーナム、心配をかけてすまなかった。だが、すばらしい幸運もあり、
 私はさらに強靭になり帰ってきたぞ」
「流れ人様はどこですかな?」
老人キョロキョロと俺たちを眺める。
「その鎧を着て、剣を携えた若者だ」
ラングラールは、俺を指差す。
老人は俺の前に素早く進み出ると、

「ルーナムと申します。王からラングラール様の補佐役を仰せつかっております。
 この度は、我が軍が"流れ人"様に大変な失礼を……」

と頭を下げる。
「????」
「爺、いいんだよ。それらはもう終わったことだ」
ラングラールは深々と頭を垂れる老人を見て、苦笑する。
意味が分からない俺やミーシャは首をかしげ、
"流れ人"という言葉を聞いた元盗賊団や、周囲の兵士たちは、ざわつき始める。
「ほら、皆が不安がっているじゃないか。
 私たちはこれからすぐに、パスカー砦にも向かわないといけないのだ」
「同盟をして領土も返すという伝令は、もう砦にも伝わっているね?」
金髪碧眼で端正な顔立ちをしたラングラールの爽やかな微笑みに
ルーナムは顔を曇らせて
「それが……」
と切り出した。
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