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オープニング~放浪編

パスカー砦

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ざわついている周囲を気にも留めず
ラングラールはルーナムをじっと見つめる。

「メグルスの馬鹿者が、"書簡は偽者だ。だまされるな"とか申しまして……」

「手勢を率いて、パスカー砦に篭ったと……」
ラングラールは実に楽しそうに推測した言葉を繋いだ。
ルーナムは仕方なさそうに首を縦に振る。
「ふっ、あっはっは!!」
大声で爽やかに笑うラングラールを周囲は何事かと注視した。
「あいつは本当に面白い!それでこそ、我が見込んだ将よ」
「しかし……」
「タジマ殿、ミーシャ殿、そしてその配下の方々」
ラングラールは俺たちを振り向いて、
「戦いになるかもしれんが、よろしいか」
と軽い口調で言い放つ。
「おう!!俺たちはいつでもいいぜ!!」
「タジマの兄貴はどうですかい!!」
今までざわついていたのが不思議なように
血を滾らせている元盗賊団たちを見ながら俺は
「いいぞ。もう何でもどんとこいだ!!」
半ばやけくそで右手で張った胸を叩き、ミーシャも真似をした。
「よし、決まりだ。兵は神速を尊ぶ」
「ルーナム、半ダール以内に砦に攻め込む軍を編成してくれ。
 出陣の際に城は空にし、捕虜や人民は解放しろ。ついでにネーグライク国に返す」
「……このルーナム、若様を信じますぞ!」
老人もやけくそ気味にナージャス城の中に駆け込んでいく。

俺たちはそのまま城外で待つことになった。
全員もってきた食料や水を馬車の中からおろし、地面に座り昼食を頬張る。
「間違いなく、タジマ殿が無傷で追い払った五千の我が軍の大半は、この城に居るはずだ」
「そしてメグルスの配下は約七百」
「城攻めの最低数である城兵の五倍は超えている。……いけるな」
俺の前で独り言なのか、聞かせたいのか
グルグルと歩き回りながらラングラールは呟く。
「メグルスってのはお前の部下なんだろ?何でもう戦う話になっているんだ?」
「ふふっ、奴は頭が固いのだよ。決めたら滅多に曲げぬ」
「そうか……総司令官ってのも大変だな」
何となく同情した俺の言葉にラングラールは端正な笑顔で微笑み返し。
そしてまたグルグルと歩き回りながら、独り言を呟きだした。
「ミーシャ、半ダールってどのくらい?」
ふと気付いたので隣で、美味しそうにパンをかじっている
バンダナを巻いたいつもの格好の妹に聞いて見る。
「六十ミニターで一ダールだよ。半ダールは、三十ミニターだね」
「そうか……」
たぶん六十分で1時間、つまりは半ダールは三十分だな。と俺はおおざっぱに理解する。

「よし。策が出来た」
ラングラールが立ち止まる。
そして飯を食べながら座っている俺たちに、
「君たちに先に作戦を説明したい。そのままで良いので聞いてくれ」
とその長身で上から語り掛ける。
「いいぞ。話してくれ」
俺が手を上げて了解して、ミーシャや元盗賊団たちも一斉に頷き、ラングラールの方を見る。
「このまま行軍していくと、おそらく砦につくのは日が沈んだころとなる」
「なのでパスカー砦へ夜襲をかける!!」
「おぉ……」
元盗賊団たちがざわつく。夜襲って言うのは確か、
あえて夜に攻めることだったな。歴史漫画ではよくあるシーンである。予習はばっちりだ。
「我が軍の大半はパスカー砦の前方から派手に火を焚きながら攻める。もちろんオトリだ。タジマ殿たちは遊撃軍五百と、後方に城壁が崩れている地点があるので
 そこから通路を通り、一気に内部になだれ込んでくれ」
ラングラールは一息入れてさらに
「おそらく、メグルスも後方の崩れに重点的に兵を配置しているだろう。
 そこは前方から私が演説をし。揺さぶりをかけ、兵の離反を狙う」
そして、自ら納得したように頷きながら
「以上だ。宜しく頼む」
ラングラールはそれだけ説明すると、颯爽と城内へと歩いていった。
「タジマの兄貴、あいつは戦は強いんですかい?」
ザルガスが中腰で近寄ってきて、ムサい顔を近づけ、こっそりと囁く。
「分からん。だが俺がネーグライク城から追い払うまで、
 すごい早さで、この国を征服しようとしていたみたいだ」
小国とはいえ、女王が気付かない早さで二城を落としていたのは事実だ。
「ふーむ。どうにも見たことのない感じの優男で、
 俺らにはあいつの考えていることがわからんのですよ」
「お前らを信用していいと、俺に言ったのもあいつだ」
「……そうですかい。……ならば、俺らもあいつを信用すべきかもしれませんな
ザルガスはそう話すと、俺たちの背後まで戻っていき
元盗賊団を集め、何かを話し合っていた。
少し不安げになったミーシャがギュッと俺の二の腕を握る。

午後の爽やかな風が吹く、晴れた平原の中を
五千のローレシアン軍に続いて十七人の俺たちが進んでいく。
ラングラールは軍隊の先頭に立ち、進軍先を指揮している。
「兄さん、何か大事になってきたね……」
ミーシャが眉をひそめ、愛馬ライオネルの背中から声をかけてくる。
「ブヒヒッ……」
ライオネルも不安げに相槌を打つ。
「そうだな。でも不思議と不安がない。多分大丈夫だ」
そう答えて俺は妹を安心させた。本当に不安がないのだ。
この感覚は中学の野球部のときに、県大会一回戦で九回裏ツーアウトから
奇跡の逆転サヨナラホームランを打った時の感触に似ている。
不思議と心が静かで、落ち着いていた俺は
相手ピッチャーの内角低めのストレートが止まって見えた。
次の瞬間、気付くとボールはレフトスタンドの上段を越えて、場外に消えていた。
ポンポンをもって一人応援団だった美射がスタンドではしゃぎまわり、
ネクストバッターサークルの山口が吼えながら
ホームベースを踏んだ俺に駆け寄ってきた光景は
今でも鮮明に覚えている。
とはいえ、まぁ、そのあとの二回戦では強豪と当たり、
ぐうの音も出ないほどボロ負けしたんだが。

「兄さんがそう言うなら、大丈夫だよね」
ミーシャは完全に落ち着いた顔に戻り、
ライオネルも何故か釣られるようにシャキッとしていたのが面白かった。

夕暮れが沈むころに、俺たちは目前に
複雑な山の地形を上手く利用して建てられたやっかいそうな砦を見つけた。
山自体は低いのだが、左右に広く伸びていてまるでそれ自体が壁のようだ。
山肌に上手く沿って建てられている幾重もの石壁は横に伸び
一キロくらいはありそうだ。さらにそれらを木々が覆い隠し、
攻める側の死角が相当多い。
ネーグライク国の領土を守っているのだから
おそらく山の反対側も似たようなやっかいな感じだろう。
「全隊、止まれ!!」
ラングラールが背後の俺たちにも聞こえるような大きな号令を放ち、
五千の兵士たちと、俺たちは山が見える平原の途中で止まる。
「ここに陣を張る。直ちに設営せよ!」
ラングラールはそう命令すると、馬でこちらまで歩いてくる。
「夜が更けるまで、部隊はここで休憩する。
 その間、タジマ殿たちは武装をして、少し私と付き合ってもらえるか」
「どこへ行くんだ?」
馬上の男に、顔をあげて訊く俺に
硬そうな鎧を着込み、豪華な飾りのついた大剣を背負ったラングラールは微笑んで
「秘密だ」
と静かに笑った。

二百人ほどの赤鎧を着て、剣を携えた
異様に雰囲気が鋭い騎兵たちを率いたラングラールは
ライオネルに二人乗りした俺とミーシャ、
そして各々に武器を携え、馬や徒歩の不可解な顔をしている元盗賊団たちを連れ、
遠回りに砦の方角へと向かう。
「さあ、皆のものよ。夕飯前には終わらせるぞ」
馬上から爽やかにそう言い放ったラングラールは
馬の速度をあげ、騎兵たちもついていく。
俺たちも何とかそれに着いていくと、気付いたら砦の西側の山道を登っていた。
砦が築かれている場所と比べると遥かに登るのが容易そうだ。
騎兵は滑らかに山道を進んでいく。
もちろん俺たちもついていく。俺にはラングラールの考えがさっぱり分からない。
さっき話した作戦とやっていることがどう考えても違う。
そして地面が平らな山頂につくと、ちょうど日が沈んだ。
「ふむ、そろそろだろう」
ラングラールはそう言うと、次第に闇が包んでいく砦の方角を
指差して兵士たちを前進させる。
「タジマの兄貴、ほんとに大丈夫ですかね。暗くてよくみえねぇや」
ザルガスが、ライオネルから降りて歩いている俺に話しかけてくる。
「たぶん大丈夫だ。何か知らんが分かる」
相変わらず、心は静かなままだ。
「ういっす。確かにここまできたらやるだけですわな」
うっすらと月明かりに照らされながら、
山の中にしてはまったく木や茂みのない道を騎兵と俺たちは進む。
背後のミーシャも不安を振り払い、
ライオネルに乗りながら今の状況に集中しているのが何故か分かる。
義兄弟の契りを交わしたせいなのかしれないなとか、
俺が根拠のなさげな適当なことを考えていると、
砦の石壁に突き当たった。崩れていて登りやすそうだ。
敵兵の気配はしない。

「よし、崩れているところから登れる者は登れ」
ラングラールが静かに指示を出して
騎兵たちは一斉に馬から下りて、近くの木々に素早く馬を繋ぐと
城壁を素手で登り始めた。そして城壁の上からロープを何本も垂らす
抵抗は一切ないようだ。
「やはり上手くいったか。あの猪武者め……陽動に見事に引っ掛かったな」
ラングラールは言葉とは裏腹に愛おしそうに呟き、
そしてロープを登る。俺たちも続いた。
砦の中はなんと空っぽだった。兵士が一人も居ない。
あまりに上手くいきすぎて、苦笑しているラングラールと
その配下たちは近くの門を空け
繋いでいた馬たちを素早く砦内に入れていく。
そしてそれが終わると兵士たちは各所に散らばり、
ネーグライク側にかがり火を何本も灯して旗を大量に揚げ、
それが終わると、全員ネーグライク側の城壁に走っていった。
十分後には「準備、整いました!!」
と走ってきた一人の兵士がそう告げ。かがり火に照らされたラングラールが頷く。
手持ち無沙汰の俺たちと元盗賊団は、外に繋いでいたライオネルをとりあえず砦内に入れ
砦の門を皆で協力して再び閉めた。
そして腕を組んでいるラングラールを見つめる。
「ん。そろそろ時間だな。タジマ殿たちもどうぞ」
ラングラールは、ネーグライク側のパスカー砦正面門上へと向う。
俺たちも首をかしげながらついていくと
かがり火で照らされた城門の前には、大量の赤鎧の兵士たちが詰め掛けていた。
どうやらメグルス軍のようだ。

「あけてくれーっ!!」

そう口々に叫ぶ兵士たちに、城門の上からラングラールは
「我は、正真正銘、本物のラングラールである!!」
「我の策で貴様らも思い出しただろう!!」
「ただちにメグルス指揮官を縛り上げて献上せよ!!ならば貴様ら兵の行いは水に流そう!!」
と大きく声を張り上げて言い放ち口を閉じ、じっと暗闇の先を見つめる。
すぐに「やめろ!!」「だまされているぞ!!」という甲高い声が奥から響いて
肌に直接真っ白な鎧を着た、燃えるような赤い長髪の女兵士が
全身を縄で縛られ、かがり火の当たっている城門前に放り出される。
俺はその格好を見て、あれは何ていうのか……そうだ、ビキニアーマーだ!と思い出した。露出度が無暗に高い。
「ふふっ、メグルスよ!縛られて気分が良さそうだな!」
城門上からメグルスと呼ばれた女戦士にラングラールは笑う。
「……」
ぎちぎちに縛られ、顔を真っ赤にしたその女性は
悔しそうに口を結び、地面を見つめていた。
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