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ローレシアン王国編

機械槍

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四人ほどの屈強な衛兵が入り口に立っている大きなテントの中へと
俺たちは入っていく。
入る間際に、「子供が見るものじゃないわ」と
クラーゴンがミーシャを止めたので
ナバがミーシャの付き添いで外に残ることになった。
テントの中には四隅に槍をもった衛兵が一人ずつ立って
中心に置かれた四角い鉄柵の檻を監視している。
檻の中心には、奇声をあげて泥まみれになりながら
転がりまわっている半裸の美女が居た。
前髪パッツンのロングの金髪で、手足が長い、この人がサーニャだろうか。
たぶんまともな時は綺麗な人だったのだろう。
「明日は、マカルの雨が降るでしょうあははははははははは」
意味不明な予言のような奇声を発しながら、
唯一履いているカーゴパンツを手を血まみれにしながら引き裂いていく。
「助けないのか?」
とクラーゴンに訊ねると
「どうしようもないわね。
 見栄えも悪いし、危険だしで、落ち着くまではこのままよ」
と無念そうな表情で首を振った。
「"穢れ"の蓄積が、精神異常を引き起こすとは聞いていたのですが、
 これほどとは……興味深いですね」
アルデハイトは目を輝かせて、檻の中で暴れるサーニャを見つめている。
「旦那、もう出ましょうや。見てらんねぇや」
カーゴパンツを引き裂いたのちに今度は自らの下着を剥ぎ取って、
口に入れ咀嚼し始めた、檻の中の全裸のサーニャに、
ザルガスは顔を顰めて、俺に出るように促す。
隣のミノも同じ表情で
「いくら綺麗な裸でも、泥まみれの頭のおかしい女じゃねぇ……」
何とも言えない気持ちの俺の背中を押し、強引に外へと連れ出していく。
レインコートのフードを目深に被ったセミーラも後ろから続く。
「どうだった?」
と出るなり聞いてくるミーシャに
「いや、八宝使用者もたいへんだなぁと思ったよ……」
とだけ俺は答えて、ザルガスたちと中から
アルデハイトとクラーゴンが出てくるのを待つ。
二人は気が合うらしく、テント内で話し込んでいるようだ。

しばらく土砂降りの中待つと
クラーゴンとアルデハイトが出てくる。
そして、クラーゴンは俺を見て
「決めたわ。タカユキ様、ちょっと城塞内に入ったあと、付き合ってもらえる?」
と意味ありげに微笑んだ。

今度は俺たちは中心部の城塞へ向けて進んでいく。
通路の左右には所狭しとテントが立ち並び
崖の方角からは、ゴルスバウと昼夜問わずの防衛戦をしているらしい
ローレシアン兵士たちの怒声が絶えない。
「戦ってるな……」
「そうね。あなたたちが来る前には、
 "凶"がここまで登ってきてたから、今は静かなもんだけどね」
俺の言葉にクラーゴンが返す。
「さきほど見たサーニャが、要塞内での激闘の末に機械槍を三発命中させて
 両手を失い、やっと逃走したそうです」
テント内で話を聞いていたらしいアルデハイトが補足してくれる。
「分析官の話では、明日にはその手足も再生するらしいけどね。
 流れ人という噂も本当みたいだわ」
クラーゴンが忌々しく言い放つ。
うう、俺もそんな感じなのだろうか。手足が再生か……。
「しかし……八宝最強の使い手も、ああなると、悲しいものね。
 お昼までは、まともに話していたのよ」
言葉とは裏腹にクラーゴンは、
再び傘を回し、ステップを踏んで上機嫌に進み始めた。
強がりなのか、気分転換をしているのかは分からない。
単純にこの状況を楽しんでいるという可能性もあるが……考えたくない。

クラーゴンは、兵士たちに俺とアルデハイト以外を
城塞内最上部にある自らの司令室へと案内させると
「兄さんと、一緒に居たい……」
とぐずるミーシャを
「ちょっと借りるだけよ。すぐ行くから待っててね」
と言い聞かせながら背中を押して離した。

兵士に案内されながら階段を登っていく仲間たちを眺めながら
俺は訊ねる。
「俺たちはどこへ?」
「せっかくだからね。ちょっと試してみたいことがあるのよ」
クラーゴンは地下へと続いている通路へと俺たちを誘う。
「安普請ですねぇ」
周囲の石壁を眺めるアルデハイトが言い放つ言葉にクラーゴンはクスリと笑う。
「そうね。本来なら南端の二城がゴルスバウを止める役割だったからね。
 だいぶ無理して補強してるわ」
どうやらこの要塞のことらしい、と俺は理解して二人についていく。
ジメジメした地下通路を下っていくと、通路の左右に
たくさんの扉のある場所へとたどり着いた。

その中でもっとも奥にある扉の前には
二人の見るからに屈強な真っ白な鎧を着た衛兵が並んでいる。
この鎧は王都で見たものと同じものだ。
この人たちは、ローレシアン中央軍の人たちなのだろう。
「お役目ご苦労。今から入るから、しばらく休憩してていいわ」
クラーゴンはそう言って、兵士たちが去るのを確認すると
銅のような金属で出来た扉を左右に押し開ける。
何もない広い石造りの室内の中心には、ポツンと
一本の、不思議な装飾の槍が置かれていた。

部屋に入るなり、俺は吸い込まれるようにその槍へと近づいていく。
手にとって眺めてみると、2メートルほどの長さの槍の長いグリップの上部には
薄緑色をした掘りの深い人間の顔型の装飾がある。
目口を閉じ、まるで眠っているようなそれには髪も眉毛もなく
男女の見分けもつかない。

更にその上には、長く鋭い突くのに適していそうな
三又に分かれた金属製の穂がついている。
俺はふと気付いて、振り返ると
クラーゴンとアルデハイトは、扉の近くで
十メートル以上離れてこちらを眺めていた。
「こないのか?」
「ええ。私たちはここでいいわよ」
クラーゴンは微笑んで手を振る。その隣ではアルデハイトが
興味深そうに俺と槍を見ている。
どういうことだろうと思いながら再び槍を見た俺は
いつの間にか両目を見開いている槍についた装飾品の顔と、目が合った。
「……!?」
「……純正ミーティアノイド確認……同調を開始します……」
平坦な機械音声みたいな声で喋る。
「……???」
「血圧正常……四肢欠損無し……生体内バランス……良好」
「ヒューマノイドタイプ……セックス、メイル……」
「……思考テストを開始します……」
「……あの……」

「あなたが愛する生物が三体同時に危機に瀕していますが
 あなたは一体しか助けられません。以下のどの行動をとりますか。
 
 1.ペットを助ける 2.母親を助ける 3.恋人を助ける
 4.去る  5.助けずに弱るのを待つ 6.あえて三体の死期を早める
 7.何もしない」

勝手に喋り捲る人型の装飾品にだんだんイライラしてきた。
「そんな、ふざけた質問に答えられるわけないだろ!!」
あ、やっちまったかも。
でもこういう心理テストじみた質問はむかつくのだ。
なんで一人しか助けられないのかが、そもそもわからんし
答えも相手が勝手に用意した限定されたものばかりなので、いつも納得いかない。
「……スピリチュアルタイプ……フール。肉体的資質と鑑みて、全機能を解放します……」
槍についた顔は、それだけ喋ると再び眠りについた。
呆然としていると、扉の近くからクラーゴンが
「すばらしいわ!思ってた以上よ!」
と俺を褒めてきて、アルデハイトも何故かその隣で拍手をしている。
「……???」
「槍を置いてこっちに来て。司令室でみんなを待たせているでしょ」
と何が起こったのか分からない俺は
クラーゴンから手招きされるままに、その部屋から出た。
クラーゴンは扉を再び閉め、衛兵たちを呼び、再び警護につかせると
俺とアルデハイトを今度は上階へと誘う。
階段を上がりながらボソッと
「これでサーニャも助かるわ。……ありがとね」
と俺たちに聞こえるように呟いていた。

「ささ、皆おつかれだろうから、さっさと作戦会議を終わらせるわよ」
司令室に入るなりクラーゴンは
ソファや椅子にそれぞれ座って待っていた皆の顔を見ながら
奥へと歩いて行き中心のテーブルに二枚の地図を広げる。
一枚は、ここクァーク要塞周辺の地形が詳細に描かれた地図で
もう一枚は、東部の関所でも見た第二王子領の現状が
詳細に書き込まれている地図である。
俺はミーシャに抱きつかれて、ソファの隣に座る。
アルデハイトは端の空いている椅子に着席した。
「策はあるんでしょ?アルデハイトちゃん」
いつの間にかアルデハイトを気に入ったらしいクラーゴンが真面目な顔で問うと
「説明します」
アルデハイトは立ち上がって、作戦を説明し始めた。

「作戦自体は単純です。
 "凶"を捕らえて、ルクネツア城で眠っているライグァークを起こし
 そして"凶"を仇だと思い込ませ、ここまで連れてきます。
 ゴルスバウ軍をライグァークが壊滅させた後には
 動きを封じた"凶"を私がゴルスバウ国内まで高速で移送します。
 ライグァークは"凶"追うでしょう。
 これで両者を一気に憂いなく追い出せるので安心です」

みんなが口をアングリと開けて絶句している。
「アルデハイトちゃん……言うは易しよ……」
クラーゴンもメガネのズレを直しながら指摘する。
「でしょうね。この作戦のポイントは二つです。
 一つ目は"凶"をいかにして捕獲するか。
 二つ目はライグァークにどうやって仇だと信じ込ませるか。です」
気にせずに話し続けるアルデハイトに皆はさらに動揺する。
「できんのか、そんなこと」
ザルガスが強面を歪めて疑問を呈した。
「二つ目に関して言えば、
 ライグァークは我々魔族の間では、頭が悪いことで有名な竜です。
 隙なくやれば、騙すこと自体は難しくないでしょう」
「そうなのか……」
皆に再び動揺が走る。
「旦那ぁ、御頭、あいつの言ってることはウソじゃねぇ。
 俺も昔、南海諸島で漁師してたとき、その話を何度も聞いたことがある。
 図体でかいわりに、頭が悪くて、よく騙されるらしいわ」
白髪のナバが、ザルガスと俺の顔を見て頷いた。
「問題は一つ目なのですが、それに関して言えば、
 先ほどタカユキ様が、正式なバグラムの機械槍使用者
 ……つまり、八宝使用者になられました」
「え……えええええ????兄さん、そうなの!?」
いまいち元気のなかったミーシャが
いきなり立ち上がって驚きを顕にする
いや、俺がききたいくらいだわ。多分さっきの変な槍のことだろうけど
完全に悪い大人たちに嵌められた気しかしない。
クラーゴンの方を見ると、ニヤニヤしている。
「彗星剣もすでにもたれていますし、これに機械槍が加われば
 ますます強力になられたタカユキ様が
 流れ人の一人や二人捕らえるのは簡単でしょう」
アルデハイトが無責任に言い放つ
……まったく自信はないが、隣で興奮状態のミーシャ含む、
皆の期待する目には逆らえない。
ここは難しい顔をして黙っておこう。辛いけど……。
「……"穢れ"は大丈夫なの?」
急に心配そうになったミーシャがアルデハイトに訊ねる。
「問題ないはずですよ。スガ様も生きているときは八宝を自ら使用していましたが
 精神異常を起こしたという話はききませんし」
そこでミノが髪の長い癖毛の頭をかきながら
「俺ら出番がなさそうなんだけど、寝てていいかぁ?」
と茶化して、セミーラたち何人かが笑う。
「皆さんには、夕食後に、"凶"を捕えるための罠の設置を手伝ってもらいたいですね。
 できれば今夜中には作り終わりたいですから」
アルデハイトは気分を害することもなく微笑んだ。
「よし!!それでいくわよ!!
 アルデハイトちゃんの作戦に、我が軍は全面協力するわ。
 全部追っ払えたら、私はローレシアン聖騎士勲章貰って、
 ゴルスバウ討伐遠征軍の司令官になるわ!!」
クラーゴンは俄然やる気になり、テーブルを拳で叩いて、吼える。
皆もなんとなく、その勢いに呑まれるように立ち上がり
「ウオオオオオオオ!!」
と吼えている。
俺も拳を振り上げて一応真似だけはしてみた。
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