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ローレシアン王国編

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夕食後、俺たちは要塞内の崖近くで
アルデハイトの指示通り、いくつかの罠をし掛け始める。
日が暮れてからも防衛を続けている兵士たちは
こちらを見もせずにひたすら
崖下に矢や石を落として、時間になると一斉に交代をしていく。
「三交代かな」
なんとなく言うと
「旦那、兵士たちのローテは、朝、昼、晩みてぇだわ」
鉄の棒を担いだザルガスが教えてくれる。
「当たってた」
地元の工場で親が働いてる友達から、よく聞く話である。
夜勤がきついとのことだ。夜型だと夜勤が楽だとも聞く。
そんなことを思い出していると
「"凶"は昼夜問わず、崖から登ってきては要塞内を破壊しようとして
 サーニャ一人から撃退されてたらしい」
隣でしゃがんで罠を設置しているミノが
休憩中の兵士たちから聞いてきた情報を話す。
「南端の東西二城があるころには、
 そこで八宝使用者三人でスクラムを組んで戦ってたらしいが
 半ラグヌス(年)前に"凶"に二人殺されてから、
 戦力バランスが崩れ始めたらしいですぜ」
「そうか……」
聞きながら俺は釘を打ち付ける。
「御頭ぁ、全然支援兵がこないのは何でですかい?
 全ローレシアン兵が、ここに詰めかけててもいいくらいだろ?」
ミノは向こうで鉄棒を刺す位置を図っているザルガスに声をかける。
確かに支援の兵士が送られている感じがしない。
俺たちが入って来た北部の城門は閉められたままである。
ザルガスは鉄棒を地面に力任せに刺すと、俺とミノに手招きする。
「他軍と、ここの第二王子軍の連携が上手くいってないようだ
 聞いてはいたが、ここまでとはな」
ミノから傘を渡され、煙草に火をつけたザルガスは
マッチの残り火でもう一本に素早く火をつけミノに渡す。
「ライグァークはともかく、"凶"ならば
 残った八宝使用者全員で挑めば、軽く撃退できるだろうにな」
「ラングラールがメグルスこっちによこさないのも、何かあるんすかね」
「あれは色恋もあるが、他王子に協力したくないからというのが
 どっちかっていうと大きい気もするな」
「……」
大人の複雑な話だな。と俺は黙って聞く。
「ところで、ローレシアン王って若年の女性なんでしょ?
 何であの有能なラングラールを差し置いて、即位してるんですかね」
「……あんまし迂闊なことは言えねぇが、すぐ死にそうな王族を
 皆で無理やり祭り上げたって噂だぜ。次の強い王までの繋ぎでな」
うん。めちゃくちゃ怖い話になってきた。
平和な田舎町に住んでいた俺にとっては、もはやホラーである。
「おっかねぇな。権力なんて持つもんじゃねぇすわ」
「まあ、俺らも旦那と共に、すでに薄汚ねぇそん中に入ってるんだけどな」
「クワバラクワバラ」
ミノが苦笑しながら、濡れている土で煙草をもみ消した。
「楽しそうなお話をされていますね」
傘をさしたアルデハイトがニコニコしながら近寄ってきた。
広い聴覚で俺たちの話を聞いていたらしい。
「私としては、このくだらない国が荒廃する直前まで放っておいて
 それから、タカユキ様と共に救うっていうのが一番だと思うんですけどねぇ」
「おまえ、ほんとロクなこと考えねぇな」
とザルガスは吐き捨ててから、
「……まぁ、概ね、同意だけどよ」
と苦笑する。ミノも隣で笑っている。
「タカユキ様が、全てもっていかれれば良いのですよ。
 あなた様の才覚でこの国を作り変えてしまえばよいのです」
「そしたら俺たちも重臣だな。いいねそれ」
ミノがアルデハイトに悪い顔を向ける。
「ふふっ。そうなれば、我ら魔族も安泰ですからね」
俺にアルデハイトは口を歪めた顔を向ける。
しかしなぁ……。
「いや、でも放っといたら人や他種族も沢山死ぬだろ?」
「タカユキ様の覇道のために、必要な犠牲です」
「そんなあやふやなものより、
 俺らが避けられる悲しみなら、避けてあげたほうが良くないか?」
「ふふ。ご立派でいらっしゃる。だからこそ信用できますけどね。
 この三下どもよりも」
アルデハイトは高笑いしながら、雨の中消えていった。
「ちっ。ああいうのが魔族だからな……すぐに言葉を裏返しやがる」
「まぁまぁ、あいつもあいつなりに俺らに協力してくれてますし」
怒気を放ったザルガスを、ミノがそれとなく諌めて、
二人は罠の設置作業に戻った。
俺も釘打ちを続ける。

罠の設置を終えた俺たちは、城塞内のそれぞれの部屋へと戻った。
俺の部屋ではミーシャが待っていて抱きついてくる。
妹はセミーラたちとここの地下室で
例の機械槍を安全に外へと出すための作業や
"凶"を捕えた後のための監禁室を作っていたのだ。
「作業別でつらかったあああああ……兄さあああん」
「寒くなかった?」
「もう背中に抱きついたから……あったかいよ」
俺の背中のミーシャはギュッと力を強める。
俺は仕方ないかと思ってしばらく放っておく。
またミーシャが風邪引く前に、雨期、早く終わらないかな。
「あ、そうだ。クラーゴンさんから伝言があるよ」
背中に抱きついたままミーシャは話しかける。
「なんだ?」
「機械槍は"オートモード"で使えって」
「よくわからないけど、マニュアルモードは難しいんだって」
「うん。覚えておくよ」
「あと、サーニャさんが回復に向かっているらしいよ」
「そりゃよかった!」
こっちきてから、唯一良い話だ。
「兄さんのおかげだって。"穢れ"が外へ流れていってるんだって」
「よくわからんけど、治ってるならよかったよ」
俺たちは、少し雑談したあとに、ベッドと床に寝袋を敷いて寝た。
もちろん寝袋が俺である。寝苦しさからかもしれないが
その夜、俺はこの世界に来てから初めて
元の世界に居たころの夢を見る。


……


「ねぇ但馬」
「なんだ美射」
校舎の屋上で、二人で昼飯を食べているところのようだ。
教室に居たくない美射が、屋上へと嫌がる俺を半ば無理やり引っ張ってくる。
俺らにとってはよくあった光景である。
夏用の白いセーラー服の美射が
「この青空って誰が作ったんだろうねぇ」
ポエミーな一言を呟く。
「そうだな。宇宙とか自然なんじゃないの?」
どうでもいいのでそう返すと
「ぜーんぜんっ、ロマンがなーい!」
美射が口を膨らませて、俺に指をさした。
「そう言われてもなあ」
目前には真夏の青空がどこまでも広がっている。
「ねぇねぇ、タジマ、もしさ、もしもだよ」
「なに?」
「世界が、一から創れたら、どんなのがいい?」
「……そうだな。アニメや漫画みたいにドラマチックで
 次々色んなことがあって、飽きない世界がいいかな」
「そうなんだ」
「ゲームみたいに、一癖も二癖もある仲間たちに囲まれて、
 モンスターと戦ったりするとかでもいいな」
「なんで?」
美射は上目遣いで俺の顔を覗き込んで訊いてくる。
こういう時の美射は真剣である。なので俺も真面目に答えるしかない。
「俺、この町に生まれた時からずっといるし、
 県外の大学落ちたら、ここで一生終わりそうな気がするんだよな」
「私は、但馬が居るならどこでもいいけどねー」
「いや、まあ、それはいいとして」
「よくなーい」
「とにかくな、未来が分かりきってるここじゃなくて、
 退屈じゃないところに行きたいんだ」
「そうなんだ。覚えとこう」
美射は一人でコクコクと頷いた。
「美射は、もし色々と好きにできるなら、どんな風になりたいの?」
「私はずっと寝ていたいかなあ。
 現実のこと全部忘れて但馬のことだけ考えて、幸せな夢を見るの」
「うわ、それはさすがに引くわ」
ドン引きである。完全に頭がおかしい。
「いいじゃないのー引かないでよー」
苦笑する俺の隣で、心底幸せそうな顔の美射は微笑んだ。
二人で校舎の遥か遠くまで広がる、
夏の青空を見上げる。


……


「美射、おまえさぁ……いつまで俺に……」
と寝言で美射に文句を言おうとしたところで俺は目覚める。
部屋のドアを激しく誰かが叩いている。
寝袋を脱いで、目をこすりながら扉を開けると
片手斧を持ち、腰に手榴弾を山ほど下げ
分厚い皮鎧を着て完全武装したザルガスが焦った顔で

「旦那!!"凶"が出た!!」

と大声で告げてきた。
「兵士たちが止めてるけど、そんなにはもたねぇ!!」
ザルガスの声を背後で聞きながら、俺は素早く服とレインコートを着て
レインブーツを履く。さらに彗星剣を腰に下げてザルガスに頷いた。
外は土砂降りの雨で、ベッドではミーシャが
幸せそうな顔で寝息を立てて眠っている。
起こさないように静かに扉を閉め、駆け足のザルガスについていく。

城塞の外へ出ると、すでにアルデハイトが待っていた。
「ミノさんたちやオークは罠の発動場所で待ってもらってます」
「タカユキ様、これをどうぞ」
真っ白な布に包まれた長いものを渡してくる。
「もしかして機械槍か?」
「はい。"穢れ"が移送者にかからないように特殊な布を巻きつけてあります」
「使用時には手で引き剥がしてください。
 貴方様が使われている間は、"穢れ"は周囲には向かいません」
「よくわからんけど、布破ってから使えばいいんだな」
「そういうことです」
アルデハイトは、布で巻かれた機械槍を背中に括りつけた俺と
ザルガスの手をとると、瞬く間に空へと上昇して
眼下に見える要塞の現在の様子を見せる。
「すげぇな……」
ザルガスがそれをみて唸る。
崖の下には少なく見ても数万人以上の兵士が詰め掛けて
東西に広がる様々な地点から登ろうとしている。
ローレシアン側はバラけて防衛しようとしているが
どう見ても人手がたりない。
「こりゃ要塞防衛的にはもうダメだな。
 ゴルスバウ側はきっちり増援がきてたらしい」
ザルガスがフードを被りなおしながら呟く。
「タカユキ様が来ていなかったら、今日落ちてたでしょうね」
アルデハイトはそう言うと、ローレシアンの防衛兵たちが
集中している一点に降下していく。
「もうじき、やつが登りきるはずです」
アルデハイトは俺たちを降ろすと、兵士たちの長へと話に言った。
すぐに戻ってきて
「退くように言いました。できるだけ短い時間で片付けましょう。
 他のゴルスバウ兵たちまで登ってきてしまいます」
千人近い防衛兵たちが一斉に百メートルほど後退すると
崖下から黒い塊のようなものが飛び上がってきた。

俺たちの目の前に
全身に漆黒の鎧を着た剣士がクルクルと回って着地する。
鳥のクチバシのような先が尖ったフルフェイスの兜で
周囲を見回したそいつは、すぐに俺たちを見つけた。
そして、無言のまま、背中の剣を抜いてこちらへと近寄ってくる。
アルデハイトが大きく手をあげると
周囲の兵士たちはさらに距離を取った。
俺は彗星剣ルートラムを鞘から抜いて、両手で構える。
背中の機械槍は微妙に振動しはじめた。
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