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ローレシアン王国鎮圧編

憑いてきた

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ミサキを女王執務室まで、無事送り届けた俺たちは
安堵しながら王城の自室へと戻る。当然、三人とも行き先は同じである。
若干納得いかないが、まぁ、寝室も多いからいいか。
そう考えながら、扉を久しぶりに開けた。

部屋の中は冬だからと言うには冷たすぎる空気が張り詰めていた。
マイカがアルデハイトに目配せして、腰を落とす。
俺も何者かの気配を感じて、腰の彗星剣を抜いた。
アルデハイトがリビングを見回し、一番手前の寝室の扉を指差す。
俺が先頭になって慎重に開けると、そこには……。

「ライーザさん!?」

茶色いロングヘアーを振り乱して
ベッドでスヤスヤとライーザが寝ていた。
マイカが何かを気付いた顔をして、
顔を覆って頭を横に振るアルデハイトに、代理で説明を求める。
「冥界から憑いてきちゃいましたね。我々の足跡を辿ってくるうち
 痕跡が一番残っているここにたどり着いたのでしょう」
「憑いてきた?幽霊みたいに?」
怖すぎるんだが……。
「……ライーザ……もう人間……違う……幽鬼……なってしまた……」
「幽鬼族というのは、この世とあの世の中間に居る半生命体たちです。
 未練を残した生き物や、精神が肉体を超えた者
 そして存在し始めたときからそのようなカテゴリーの生命体の総称です」
「どうすればいい?」
「成仏するまで、タカユキ様が自らに憑かせるしかないかと」
「……流れ人……幽鬼……相性いい……」
「生命力を吸い続ける幽鬼と、無尽蔵の生命力がある流れ人は
 ある意味最強のコンビと言えますよ」
「……戦力……増えた……良かったな……」
ポンポンとマイカは俺の肩を叩くと、別の寝室へと入っていった。
いや、そんなこと言われても……また変な仲間が増えたというか……。
虹色のレインコートを脱いだアルデハイトは
冷蔵庫から冷えたワインの瓶を取り出して
干し肉などのつまみと共にテーブルに並べ、ソファに座る。
「少し、話しをしませんか。ライーザさんが起きるまで」
棚から持ってきた空のグラスを俺の方へと向ける。
まだ昼間だが、まぁ、今日も色々あったから、ゆっくりするのもいいかと
俺も冷蔵庫の中から冷えたマカルジュースの瓶を取り出し、反対側のソファに座る。
お酒は十八歳からである。
「たまには、雑談したいかなと思いまして」
ワインを傾けながらアルデハイトは話し出す。
「セイは凄かったな。俺の魔族イメージが一変したわ」
暴力と性的アピールだけで、知性の欠片も感じなかった。
「正直言いまして、ああいう手合いも、多少はおりますよ。
 粗暴で頭の悪い、獣のような連中です」
アルデハイトは大きく息を吐き出すと
「しかし、殆どは理知的で進歩的です。
 数十ラグヌス(年)前にスガ様と激しい衝突したことも踏まえ
 他種族に門徒を開こうという動きも盛んです」
さらにワインをチビチビと飲みながら
「流れ人というのはですね、タカユキ様」
「うん」
「他種族と似た性質や形態をもった方たちは来るのですが」
「そうだな。タコの流れ人や機械人の流れ人が居たとは聞いた」
「魔族に似た個体は、おそらく最初の流れ人
 ナゲメルチャ・ギマグランヌのみなのですよ」
あのなんちゃら星から呼ばれた羽根の生えた人間もどきか。
「それ以降、来てないの?」
「一人も来ていないのです。
 故に、我ら魔族は勢力を縮小され続けているとも言えます」
アルデハイトはチーズなどを食べながら、二本目のワインを開ける。
顔色は変わらない、酔ってはいないようだ。
「やっぱり人間が多い?」
「そうですね。人間が八割、他種族二割くらいの割合です」
「何かと関係あるのかな……」
「私の推測ですが、いや、あくまで推測ですよ。聞き流してください」
「うん。聞かせてくれ」
「この星自体が人間の流れ人を求めているような気がするのですよ」
「人間を?」
「それも"特定の誰か"をです」
アルデハイトはライーザの寝ている寝室を見ながら
「まるで、失った恋人を求めているような感じがします」
「この星が?」
「残された文献や歴史を紐解けば紐解くほど、
 私はいつも、その様な結論にたどり着くのです。友人たちは笑いますがね」
「そうかぁ……」
しばらく無言で、飲んだり食べたりする。
「あ、訊きたい事、思い出したわ」
「何でしょうか」
「今、この星に、"凶"と俺以外に流れ人って居ないの?」
アルデハイトは考え込んでから、グラスのワインを一気に飲み干す。
「もう何と言うか、タカユキ様と私は一蓮托生的なところがあるので
 お教えしますけれどね。くれぐれも他言はせぬように」
「……うん」
「"凶"とタカユキ様の他に、数体の流れ人が確認されています」
「そんなに居るのか」
アルデハイトは「ふふふ」と自嘲するように笑い
「詳しくは後々、分かってくると思いますが、一体だけ
 今、お教えするべき個体が居ます」
俺が固唾をのんで頷くと

「……我が魔族の国都に、首と胴体だけで、培養液につけられて
 保存されている人間の流れ人が居ます」

「……」
衝撃的な発言に、色々と俺の頭を考えがめぐる。
確かに頭と胴体があれば、生き残るのは知っている。
しかしなんで、そんな状態で……。
アルデハイトを見つめると、頭を横に振って話し出した。
「スガ様が亡くなられたころでしょうか。
 我が国の領土内に、人間の青年の流れ人が、突如現れました」
「……」
「まだスガ様からの数々の虐待が、心に新しかった我々の
 一部急進勢力が、まだ弱々しく、右も左も分からない彼を即座に捕え
 手足を切り取り、強力な成長停止剤の中に放り込んだのです」
「それやばいな。聞かされた流れ人が俺じゃなかったら、ぶち切れてるだろ」
度重なる人外や女難との遭遇で俺のスルースキルは、今や、かなりのものである。
簡単には怒らない。とりあえず話は黙って聞く。
「ふふ……彼をどうするかは、国会の議題にも毎年上るのですが……」
「棚上げされていると……」
「その通りです」
「内戦が終わったら、解放しに行っていい?同じ人間だし、放ってはおけないだろ」
「難しいですね。"凶"も含め、人間の流れ人が三人ともなると
 我ら魔族の立場的には、相当な脅威になりますから」
「……意識はあるのか?」
「ほとんど無いと思います。幾重にも退行催眠術をかけた上で、
 魔族用の睡眠剤を投与し続けていますから」
「……酷い話だが、ある意味、助かってるかもな」
「そうですね。自分が、どんな状態かも知らぬまま
 眠り続けている方が幸せかもしれませんね」
「いつかもう絶対解放するわ。決めたからな」
人間として放ってはおけないだろ。何とかしてやらないといけない。
どんな形でも助けたい。
「そう仰ると思っていました……やるにしても時期を見て、お願いしますね」
アルデハイトは再び、グラスのワインを飲み干す。

いきなり冷えた雰囲気が背後から忍び寄ってきて、振り返ると
下着姿のライーザが後ろに立っていた。右手は無く、胸には大きな穴が開いている。
「見つけました。やはりここでしたね」
クシャクシャの長髪をかき分けて、ライーザは微笑む。
「まぁ、どうぞ」
アルデハイトがライーザに俺の隣の席を勧める。
「どうも」
ぶっきらぼうに返して、ライーザはドカッと座る。
いつの間にか、服が変わっていて、白いシャツとショートパンツ姿になっている。
「高度な幽鬼は、自己イメージを変えられますからね」
「ああ、私、幽鬼になったんですか。気付かなかった」
ライーザはアルデハイトから勧められたグラスを受け取ってワインを飲み干す。
「うわっ、マズ」
「この世の食べ物は、多分みんなそんな感じですよ」
「何食べたらいいんですかね?」
「タカユキ様の生命力ですね」
一瞬、アルデハイトの顔を見返したライーザはすぐに意味を理解して
「……ああ、ははっ。じゃ、そうします」
とカラカラと笑いながら答える。俺は笑い事ではないが
この場は黙ってアルデハイトに任せる。
「なんで、冥界から出ちゃったんだろ」
「ライーザさんはこの世に未練があるのですよ」
「そうなんですか?なんだろ」
髪をクシャクシャとかきながら、ライーザは考える。
「まぁ、とりあえず、この後ちょっと面倒な戦いに
 我々は巻き込まれそうなので、よかったら……」
「いいですよ」
あっさり答えたライーザに、アルデハイトは嬉しそうに頷いた。
「戦うのは好きだし」
ライーザに一礼したアルデハイトは
「やることは全て終わったので、久しぶりの長期睡眠に入ることにします。
 明日の夜中には目覚めますので」
と俺に言付けると、素早く奥の寝室へと歩いて行った。
取り残された俺はとりあえずライーザに握手を求める。
「どうぞよろしく」
「すいません。しばらく寄生させてもらいますね」
ライーザは屈託の無い笑顔で微笑んで、手を握り返す。
その後、俺はライーザから、自分が死んだ後の世界を教えてくれと頼まれて
知っている限りの話を三時間くらいかけて、ゆっくり聞かせた。

「ザルグバイン、まだ生きてるのか……」
ライーザは、そこが一番気になったようだ。
そこでタイミングよく、部屋の扉がノックして開けられて
ザルガスと共にローブ姿のザルグバインが巨体を屈めて部屋の中へと入ってくる。
そしてソファに座っている俺たちを見て、手にもっていた数本の古い巻物を床へと落とす。
「ライーザじゃと……死んだのでは……」
「ああ。冥界から戻った。ああ、お前がザルグバインか」
事情のわからないザルガスは、二人の顔を何度も見てから
俺に助けを求める表情を向けた。
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