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ローレシアン王国鎮圧編

モルシュタイン

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「だ、旦那とりあえず、お久しぶりです」
ザルガスが戸惑いながらも俺に手を差し出してくる。
立ち上がって近寄った俺もその手を握り返してながら
「ごめんな。長いこと居なくて」
ザルガスに頭を下げた。
「いやいや、領主代理も楽しいもんですよ」
ザルガスは恥ずかしそうに髭を触る。
「モーラにも伝えたけど、そのまま領主して貰ってていい?」
「勿論ですよ。元盗賊団と共に、しっかり治めきって見せまさあ」
そして、微動だにせず鋭い眼で見つめ合う巨体のザルグバインと
ライーザをチラ見しながら
「あの綺麗な女性はどなたですかい?」
ソファに腰掛けたライーザについて、俺に小声で聞いてくる。
「話せば長いが、菅の昔の死んだ仲間だ。冥界から連れてきちゃったみたい」
「スガ様のですか……通りで……」
ザルグバインがため息を吐きながら、口を開く。
「物の怪になってしもうたか……」
「そのようだ。お前の話は、冥界で他の大老達から何度も聞いた」
「わしもあんたと直接合うのは始めてじゃわ。
 生前の菅様から、ずっと思い出話されててなぁ」
ザルグバインの言葉にライーザは髪に顔を隠して俯く。
そうか……事前情報が大量にあったから、面識の無いお互いを一目で見抜いたのか。
ライーザが菅の仲間第一世代なら、ザルグバインは第二世代以降なんだな。
てっきり知り合いかと思ってたが、よく考えるとライーザが
ザルグバインより遥かに年上なのか。
二の腕から先が無い右手を揺らしながら
「亡霊だ。気にしないでくれ、そのうち消えるから」
ライーザが静かに答えると、ザルグバインはニヤリと笑い
「くくく、怨霊の類ではなさそうじゃな。
 ……タジマ様から力を吸うとるのじゃろ?」
「そうするべきと言われた」
ライーザが髪をクシャクシャとかきながら答える。
「ならええわ。難しいことは若い世代に任そう」
「私も流れに任せるよ。考えるのはもう面倒だ」
ザルグバインは、落とした巻物を拾いなおし
さっきまでアルデハイトの座っていた側のソファに座る。
俺もライーザの隣に座りなおす。
ザルガスはザルグバインがでかすぎて隣に座れずに、
俺の隣に座った。ライーザの逆隣である。

「で、今日来たのは、初戦の戦勝祝いもあるんじゃが」
とザルグバインは、テーブルに散乱している食べかすを脇に寄せながら
巻物を一気に横に広げる。
「どちらかと言えば、こっちが本題じゃわ」
どこかの地図のようだ。
「なんですかこれ?」
訊ねた俺にザルグバインが難しい顔をして答える。
「晩年のスガ様がワシに残して行った物じゃ。
 世界の深淵に通じる遺跡や場所が描かれておる。
 次の流れ人が、信用できそうなら見せてくれと言われた」
ライーザと、ザルガスは口を結んで話の行方を見守っている。
そこにはこの世界の文字の読めない俺にも分かるような様々な絵図が描かれていた。
浮いている都市らしきものや、海底の神殿
海峡を跨ぐ巨人たちの石像、空の果てまで伸びる塔
燃え盛る火山、溶けた廃虚の跡、砂漠の形をした化け物……。
あ、それに、これは……聞いたことあるな……。
数あるうちの一つである、その印象的な絵を眺めていると
「眠龍に興味がお有りかね」
ザルグバインが、その龍の形をした島を指さす。
「ナホンという国の下に、眠り続けている龍が居るという話は何度も聞きました」
「ふーむ。そんなにご縁があるなら、話に行ってみるのもいいかもしれんな」
「話せるんですか?」
「ナホンの中心地に大きな木造の神殿があるのよ。
 わしらが行ったときは……たしかそこの巫女に頼めば
 機嫌が良い時は話を聞いてくれたな」
そこで彼は一度黙り
「お主もスガ様と行ったじゃろ?」
ザルグバインは浅黒いスキンヘッドの大きな顔をライーザに向ける。
「記憶に無い。あいつが旅に出たのは、たぶん、私が死んだ後じゃないか」
「そうじゃったかな。いかんな、年寄りは物忘れが激しいわ」
「がっはっは」と笑った後にザルグバインは話を続ける。
「この巻物の絵の半分ぐらいの場所をワシらは廻ったわけじゃ。
 そしてローレシアン八宝を手に入れて帰還した」
「大老と言われている人たちの大半が、その時の旅の仲間なんですね?」
旅の仲間たちが九十代のザルグバインと同世代ならば
例えば、六十くらいの大老ミイはさらにその人たちより若いはずだ。
いつも聞き忘れるが、いつか本人から親としての菅の話も聞いてみたい。
「そうじゃな。当時、若かった我らを壮年のスガ様が、鍛えながらの旅であった」
ザルグバインは天井を眺めて、懐かしそうな顔をする。
そして三本の巻物をまとめて俺に渡してくる。
「もうその時の旅仲間たちも、大半は冥界に逝った。
 あとはタジマ様たち、若い者に任せたい」
俺は気持ちが伝わってきたので、丁重に受け取った。

「よし、帰るとするかザルガス。今夜は戦勝の前祝でもしようか」
「大将。是非つきあわせてください」
前夜二日酔いになるほど飲んでいたザルガスがまた飲もうとするのを
心配しつつも、俺は黙っておいた。
飲みながら、それぞれの職場の愚痴を毎晩話していたうちの両親を
見て育った俺には、大人には飲まなければやってられない時があるのは知っている。
二人を見送ろうと通路に出ると、軍服姿の大老ミイが
数人の兵士を引き連れ、エレベーターから出て、走りよってくる。
「あぁ、おじ様も居られるのですか。良かった……」
大老ミイは不思議そうな顔のザルグバインを見て
安心した顔をして、俺たちに
「モルシュタインが単独で王城に乗り込んできました!!娘を返して欲しいとのことです!!」
「なんじゃと……」
ザルグバインが頭に血管を浮き上がらせる。
俺の背中でコキッコキッという音をさせて
いつの間にか穴の空いた軽鎧に大剣を背負った格好になっているライーザが骨を鳴らす。
そのまま足早に、ミイの先導で複雑な中央城を歩き続け
外に大量の衛兵たちが詰めている通路を通っていき
モルシュタインが待機しているという大会議室の中の扉を開けた。

窓の外から夕暮れが良く見える、大会議室のテーブル奥には
小柄で七三に分けられた白髪の黒縁メガネをかけた小奇麗な男性の老人が座っていた。
勲章のついた紫色の軍服を着込み、一見して人間にしか見えない温和な雰囲気だ。
入ってきた俺たちを一目見た老人は、一瞬驚いた顔をしたあと
実に楽しそうに笑い始めた。コロコロと良い雰囲気で笑い続ける老人に用心しながら
俺たちは近づく。
「ザルグバインに……そちらはライーザだな。地獄から蘇ったか。
 その発展途上のが流れ人か。ミイは相変わらず賢しそうだ」
俺たちを一人ずつ指差しながら、老人は笑う。
「どうぞ。着席したらどうか。取って喰いはしないよ」
反対側の席へと着席を促される。全員が着席したのを見ると、
「前置きは無しにしよう」
と黒縁メガネを光らせて、老人は話し始める。
「スガ亡き今や、私がこの西の大陸最強であるのは、皆も知っているだろう?」
「……」
「この忌々しいマシーナリーの手の入った城と
 ローレシアン国内の全住民の命と引き換えに、娘を返して欲しい」
余裕のある笑みを全員に向けた後、彼は
「私が言いたいことは、それだけだ。さっさとそうしてくれ」
次の瞬間、テーブルを踏み越えて、左手で切りかかったライーザの大剣を
左手の小指で受け止め、軽く弾き飛ばす。
ライーザはクルクルと回り、俺たちの席の後ろに着地した。
「ふん。瞬きのライーザは両手あってのものだろう?」
何事も無かったかのように、老人はメガネをかけなおして襟を正す。
ミイは泣きそうな顔で俺たちを見回す。
動かないザルグバインは両腕を組み、老人を睨みつけている。
ザルガスは真っ青な顔で小さくなっている。
ライーザは俺の背後からまた老人に斬りかかる隙を伺っているようだ。
ダメだこのままだと誰か死ぬ。暴力でこの老人に敵う気がしない。
仕方なく、俺が発言する。ええい、どうにでもなれ!!
「……国会の承認は得てるんですか?」
くそっ……なんか真面目な言葉が出てしまった。
老人は少し拍子抜けした表情をした後に
「娘を愛するが故の、個人としての行動だ。それが何か問題かね?」
そう言った後、黒縁メガネの奥から殺されそうな視線で俺を睨みつける。
「軍司令の立場の貴方が言うのならば、
 これって実質、軍事的な脅迫ですよね。国内の軍事問題になるのでは?」
うぅ……絶対何か違う……こういうんじゃない……。
でも、なんかこういう言葉しか出てこない。
老人から発せられた凄まじい殺気がテーブルの上を駆け巡っていく。
……やっぱり言うべき言葉に失敗したようだ……ちくしょおお……。
あまりの殺気にザルガスは泡を噴いて突っ伏した。
「なるほど。我ら魔族の事情に詳しいと見える」
殺気を引っ込めた老人は、黒ぶちメガネを取り
真っ赤に輝く瞳で俺を見つめる。こええけど、ここで引いたら多分死ぬ……。
何となく分かる。この老人の前では、半端なほうが危険だ。
くそがあああああ……真面目コメントを続けるしかねえええ……。
「娘さん返したら、軍を魔族国まで引いてくれませんか?」
心中怯え切ったまま、必死に平静を保つ俺に
「そんな条件を飲めるとでも?」
殺気が飛んでくる。
「娘さん大事でしょ。モルシュタイン家の跡継ぎでしたっけ」
とにかく押し続けると
「……」
老人は黙ったので、もう一押しと
「一人娘なんですよね」
さっきアルデハイトから聞いたばかり知識を連発する。
全力でぷっこんでいく、ここで引いたらヤバい。
この怖すぎる爺ちゃんを口で負かすまで押し続けるしかない。
さらに俺は
「それに、こんな非公式接触しているのを本国が知ったら
 やばいんじゃないですか?」
まだまだだ!
「民主主義国家なら、国会で証人喚問とかされますよね。
 名家モルシュタイン家としては、そんな汚点は残したくないですよね」
「……」
黙り込んでしまった老人を見つめる。
恐らく、暴走するタイプではない。この人の言葉は全て脅しだ。
粗暴な娘とはまったく正反対の理知的な父親なのだろう。
何となくわかる。なぜなら娘と同じなら、もう中央城は跡形も無いからだ。
「口が達者だな……しかし理にはかなっている」
老人はそれだけ言って、再び黙り込む。
「クソモルシュタインなんか、ぶっ殺せばいいんだよ」
と再び前に出ようとするライーザを手で押し留め
俺はトドメの一言を放つ。
「何より、武人としてこの行動はどうなのですか?
 戦った上でならともかく、脅してただで持ち帰ろうとするって……」
その言葉に、再び凄まじい殺気を放った老人は、身の毛もよだつような咆哮をして
八枚の真っ赤な翼を背中から羽ばたかすと、会議室の高い天井へと飛び立ち
逆立った白髪と燃えるように光る両目で、俺を見下ろしながら
「ならば!!戦場で、貴様の命と引き換えに娘を返してもらおうぞ!!」
と大きく叫んで、会議室の窓を割って、外へと素早く飛び立って行った。
全員が呆然とその様子を眺める。
冷や汗を拭うザルグバインがテーブルに手をつきながら
「タジマ様……あんた、超一流の武人に今とんでもない侮辱したな……」
「やばかったですかね?」
口から流れでるように煽っていたが、やはり不味かったのか……。
うん、だろうな……。
「あんな怒ったモルシュタインを始めてみたわ。
 どうにかして勝つ方策見つけないとな……」
……この場を乗り切ったのはいいが、俺の立場は悪くなったわけだな。
いつものことだが、今回は何にもしないままだと、生き残れる気がしない。
勝つ方策か……どうしよ。知恵袋のマイカとアルデハイト寝ちゃってるし……。
あ、思念の部屋だ!!今すぐ……今すぐ行かないと!
と思いついた俺は気を取り直して、
突っ伏したザルガスを介抱しながら、救護兵を呼んでいる大老ミイに
思念の部屋まで案内してくれる人を貸して欲しいと頼んだ。
不安感でこのまま動かないでいると、押しつぶされそうだ。
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