プルートの逆襲

LongingMoon

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十八. 土星

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ミロメシアは、アステロイドベルトから10日ほどで、土星最大のスペースコロニーへの着陸態勢に入った。そのコロニーは、太陽系最大の土星の衛星タイタンのラグランジュポイントにあった。

「やっと、ここまで来れたな。冥王星まで距離的には半分以上残っているがな」
セバスチャンは、呟きながら停止したミロメシアの操縦桿からゆっくり手を放した。
 「それでも、まさか月で生まれたボクが土星まで、やってこれたなんて夢のようだよ」
 「そうね」
 「オレっちもビックリだな」
土星まで来たことのないドクター以外の3人は、感激の言葉を発した。

 「皆わかっていると思うけど、安心するのは、まだまだ早いぞ。ここに敵がいる可能性は低いが、とにかく治安が悪いんじゃ。できれば、補給を早く終わらせて、次の天王星へさっさとむかいところじゃが・・・」

じいさんが、皆の感激に水を差すように、語り始めた。

「土星自体には住むことは不可能と考えられていたが、2250年頃には研究や資源開発のため、2個の研究用スペースコロニーが作られたんじゃ」
「今は、5つのコロニーがある。衛星タイタンのラグランジュポイントに2個、衛星テチス、ディオネ、イアペトスのラグランジュポイントにそれぞれ1個ずつある。
当初、コロニーサイズは小さく、研究用として数百~数千人規模の小さなコロニーしかなかった。しかし、徐々に研究以外の目的で居住する人が増え続け、タイタンの2つのコロニーは一般市民の住むコロニーとなっていったんじゃ」
「2300年頃になると、世界的不況でコロニーを保有する国々の経済事情も悪化し、費用対効果が割に遭わないコロニーを維持することが困難となり、コロニー自体の賃借権を公募に出すことになったんじゃ。これにより、3つの団体計12000人が新たにメインコロニーに住み着くようになったんじゃ」
カズは、興味深そうな顔で、口を開いた。
「へぇ。それじゃ、ずいぶん賑やかで活気のある街になったんだね」
「いや、ことはそんな簡単にはいかなかったんじゃ。コロニーを保有する国々は、多額の赤字を埋めるために3つの団体に対して、インチキ不動産会社のようにかなりの土地をブッキングする形で貸し出してしまったんじゃよ」
「3つの団体は多額の費用を払い取得した土地が、まさかブッキングされているとは思いもせず、それぞれ自分の土地として主張したため、紛争の絶えない血ぬられたコロニーになってしまったんじゃ」
「ずいぶん、ひどい話だね」
カズたちの表情が暗くなった。
「ただ、宗教とはなぜか教祖一族周辺に富が転がり込むようになっている。土星のコロニーだけでは経済が成りたたくても、大宗教の連中には地球から御布施がたんまりはいるしくみにはなっているようなんじゃ。要は、居住区の争いじゃな」

「モニターに映っているのが、土星の概略史と民族状況じゃ」
と言いながら、じいさんがモニタを操作し何やら映し出した。

【土星の概略史】
2169 有人ロケットが、初めてタイタンに着陸
2250 2個のコロニーが研究施設として完成
2260 保有国の思惑で、政治犯が土星のコロニーに流されて住むようにもなった。そして、いつしか流れ者も住み着くようになり、宗教絡みの部族を形成し始めていった。
2290 5個目のコロニーが完成
2300 タイタンのメインコロニーに、公募で更に3つの部族が住み着くようになった。
2305 コロニーは連邦国家として、第1回目の選挙の実施を決定した。
2307 選挙がおこなわれ、2代目の最も大きな宗教代表が初代総督に就任した。

【土星の民族】
土星の歴史の中での民族発生過程上、民族は3つに分類された。それぞれ、流刑民を中心とした民族=「ネイティブ・ピープル」、主に2270年頃から仕事を求めて流れ着いてきた民族=「ジプシー・ピープル」、2300年にコロニーの賃借権を買い取って住み着いた民族=「ネオ・ピープル」と呼ばれるようになっていた。
① ネイティブ・ピープル
2250年代から、住み着いた人々で、当初3つの部族があったが、今は2つになっていた。
② ジプシー・ピープル
 主に、2270年以降流れ済住み着いた人々で、2つの部族があった。
③ ネオ・ピープル
 2300年にコロニーの賃借権を買い取って住み着いた宗教団体で、3つの宗教団体が公募により、権利を得て住み着くようになった。

じいさんの土星の血塗られたうんちくを聞いた後、カズたちは下船し、ターミナルへ移動した。そして、入管手続き、燃料補給ならびにミロメシアの整備を民間の業者へ依頼した。
事前に、じいさんが知り合いに整備を依頼していたので、ややこしい手続きはいらなかった。カズたちは、宿泊施設のあるメインコロニー首都の町へ移動するためのステーションへ向かおうとしていた。

タイミングがよかったのか悪かったのかわからないが、おりしも子供平和会議というものが企画されており、ほかの地域から集まった子供たちとそれを歓迎する子供たちがいっしょに移動しようとしているところに、合流する形となった。

ちょうど、いっしょに移動し始めたところで爆音とともにサイレンが響き渡った。
逃げまどう子供たちがいた。カズたちは係員の指示にしたがって非難している乗客の最後尾を、子供たちといっしょになって階段を下りていった。しかし、前方の乗客との距離はいつの間にか離れていた。しばらくして、どこからかまた大音響が非常階段エリアにこだました。すると、非常階段に設置されている非常扉が閉じられる音が次々と鳴り響いた。カズたちと7人の子供たちは、階段の途中で非常扉によって遮断され閉じ込められてしまった。
閉ざされてしまった階段の踊り場で、たまたま年長の子供が、1つの宗派の首長の孫であることがわかった。そして、偶然にもその首長はじいさんと大学時代の友人でもあることがわかった。その子どもの話によると、入植した時、それぞれの宗教団体あるいは民族の人たちは、それぞれ自分たちのテリトリーの中で動いていた。しかし、公共施設、公共サービス、司法、立法、行政をめぐっての利害が発生し、更に人口が増えるに連れて紛争を繰り返すようになった。コロニーという限られたスペースの中で戦争こそなかったが、テロ行為は日常茶飯事のように発生するようになっていったとういうことだった。
「争いのない世の中を作るんだと言っていたのに、あいつはいったい何をやっているんだ」
じいさんは声を荒らげた。
 そこから、カズたちと7人の子供たちは自己紹介し、自然と子供たちがそれぞれどんな境遇で生きてきたのか話し合うことになっていった。土星の子供たちの自己紹介によると、構成は以下のとおりだった。
【7人の子供たちの構成】
名前    民族    性別 年齢  説明
オルフィナ ジプシー  女  11  後から流れ着いてできた部族の子
ムート   ジプシー  男  11  オルフィナと同じ部族の子
クッハ   ネオ    男  14  新たに入植した現最大宗教祖の孫
ムシージ  ネオ    男  14  クッハの友達
ジイハ   ネオ    女  13  クッハの友達
ツカ    ネイティブ 男  12  2250年代から、住み着いた部族の子
カッキ   ネイティブ 女  11  ツカの友達

続いて、年の近いカズが自己紹介うを行った。
 「ボクは、普通の高校生なんだけど、わけあって、ここにいる仲間たちと宇宙船での航海にでることになったんだ」
 「今、地球は、なぞのウィルスが特定の人たちを狙い撃ちするように蔓延し、ぼくたちは、そのウィルスに感染した人達と関係があって、それぞれ大切な人を助けるために、宇宙船での旅をしているんだよ」

子供たちは、カズたちの勇気と実行力に感心した。そして、がんばって無事に地球へ帰って、事件を解決できるように励ましの声をかけてくれた。しかし、子供たちみんなの表情には、どこかに暗い影があった。
そして、今度は、子供たちが順番にそれぞれの境遇を話し出した。
最初に、話し出したのはネオ・ピープルのクッハだった。
「ぼくの両親は、5年前に9歳のときに暗殺されました。今は、祖父母とくらしています。祖父は、教団の長であり、僕自身も何度も殺されそうになりました。だから、今日も危険だから行くなと言われて軟禁されていましたが、なんとか抜け出してきました。正直、恨みや仕返しがしたいといつも思っていたし、今もそれがないと言ったら嘘になります。でも、このまま大人になったら永遠に今のままの地獄のような社会が変わらないと思い、今日は参加しました。ぼくが、このコロニーへ来たのは1歳の時になります。もちろん、地球でのことは全く記憶にありません。ぼくにとっては、ここが故郷なのです。だから、大人になってもこのままの状態であることはたまらないのです」
 次に話しだしたのは、ジプシー・ピープルの女の子オルフィナだった。
「私はこのコロニーで生まれ、ここしか住むところはありません。でも、大人たちは住む場所をめぐっていつもいがみあいをつづけてきたことを見てきました。そして、紛争で、私のおじや友達も死にました。心の中で、『いつも誰かなんとかしてー』とさけんでいます。それは、様々なコロニー内の領土や権利によって生活は変わるかもしれないけど。なんとか、みんながいろいろ我慢してやりくりして、平和になってほしいの。私たちのためと思っているんでしょうけど、私にとっては大人たちがいがみあってるのが、一番いやだわ」
 次に、ネイティブ・ピープルの女の子カッキが話し出した。
「はっきり言って、あなたたちは私たちのどん底の生活を知らないからそんな悠長なことが言っていられるのよ。あなたたちは、私たちが築き上げていった生活を奪った上、私たちを消滅させようとしているのよ。あなたたちは、征服者なのよ。わかってるの」と泣き叫ぶやいなや、カッキのボーイフレンドのツカが逆上して、クッハへカッターナイフで襲いかかった。
そこは、カズがなんとか、クッハをかばったがカズは右胸にかすり傷を負った。
次の瞬間、ツカは自分自身の左手首を切り裂き、真っ赤な血飛沫が噴き出した。
すると、いつも冷静なドクターが「バカモン、なんてことをするんだ。一つしかない、命だぞ」と怒鳴りつけながら、すぐさま応急処置にとりかかった。
そして、我に返ったカッキが「ツカー、何をするのよ」と絶叫した。
「僕は、カッキのため、僕たちの部族のため、戦って喜んで死ぬんだ」
「何を言ってるの。私は、私は、ツカがいないと生きていけないのよ」
「おまえら、何を言ってるんじゃ。ワシらに全部任せろ。お前らの命もお前らの生活もワシらがなんとかしてやる。だから、死んではならん。みんなも、人殺しなど断じてならんぞ。仕返しなど、何も生み出さん」とドクターは言いながら、素早くツカの止血をし、血管の縫合に入っていた。
そして、更に彼の思いをぶちまけた。
「なぜ、殺しあう、殺しあう前に、とことん話し合えれば、誰も死ななくても、いいはずだ。宗教の違い、民族の違い、文化の違い。過去から培ったものをみんな守りたいに決まっている。同じ領土をわかちあった瞬間に、捨てるものも覚悟しないといけないんだ。でも、捨てることは新たな始まりでもあるんだ。お互いに、何かを捨てて、いっしょに新しいものを作っていかなければならないんだ。ここでは、どんなに、泣き叫んでも、人を呪っても、誰も助けてはくれないんだぞ」
「そうだ。そうだ」と子供たちは、口ぐちに叫んだ。
「だから、がまんするところはがまんして、自分たちだけの思いだけを果たすのではなく、必ず、相手の思いも1つずつ受け入れていくんだ。土星のコロニーには、地球にはない明日があるんだ。いつでも、宇宙空間へ飛び出せるんだ。我々にとって、もっとも近い恒星へだって。お前たちは、いけるんだぞ。生まれたときは、みないっしょだろ。たまたま、生まれた環境で、その習慣が身に付いているだけなんだ。だから、習慣や文化や考え方が違うために争っているのは、お前たちのせいじゃないんだ。お前たちなら、お互いに理解し合って、お互いの習慣や文化や考え方を分かち合えるはずだ。とにかく、いろいろ話し合うんだ。考えていることに、共通点もいっぱいあるはずなんだ。夢を語り合うんだ。いつか、この狭いコロニーを脱出して、新天地を見つけるんだ。お前たちなら、できるはずだ」
「うん、ボクは、やるよ」
「わたしも、やるわ」
クッハが、殺されかけたカッキに語りかけた。
「なあ、カッキ。キミのまわりにいる不幸な目にあってる人達の話をもっと聞かせてくれないか。ボクらは、それを忘れずに胸に焼き付けて改善し、このコロニーを平和な棲家にしたいんだ」
カッキは、意識朦朧としながらも言い放った。
「そ、そんなことを言っても、一体全体どうやっておまえらに何ができるんだ」
一同沈黙し、空気が凍りついた。
沈黙していたじいさんが話し出した。
「ワシに考えがある」
「おまえたちは、それぞれのピープルの子どもたちにネットゲームのチャットを利用して呼びかけ、できるだけ多くの子供達を空港ホールへ集結させるんじゃ。きれいなやり方じゃないが、子供たちを人質として各ピープルの代表たちを集めるんじゃ。それから、あとはワシに考えあるので任せくれ」
ドクターの応急手当も終わりかかったころ、サイレンが止んで非常扉が開き始めた。今回の事件は、1階エントランス付近で爆発が起こったとのことであった。ネオ・ピープルの要人を狙ったテロであったが、予定より早く爆発したため、大事にはいたらなかった。
 自殺をはかったカッキについては、1階ロビーでじいさんの知り合いに来てもらい、病院へ連れていってもらうように依頼した。そして、残った子供たちと行動を開始した。
 やがて、子供たちは、続々と空港のホールへ集まった。200人くらいの子供達が集まった。ホールでは、クリス、美鈴、カズの即興サーカスで子供達は大喜び。そして、各宗教の首長の子息達は両親に空港へすぐ来るように呼びかけた。
次々に首長達がやってきた。彼らは、子供達が楽しんでいる姿を見て頭の中が真っ白になった。
そこで、突然クッハたち6人が首長達に呼びかけた。
「争いはやめよう」
じいさんが、続けて「この子供達の言うことがわかったら空港最上階ホールに集まるように」と語りかけた。
そして、そのホールの円卓でじいさんが「争いでは何も解決しない。定期的かつ真剣に話し合いを続けて行くんだ。・・・」と熱弁を奮った。
むろん首長たちは、相手を非難し、罵り合う局面もあったが、じいさんは一つ一つ丹念にそれぞれの主張を聞き入れ、それぞれの非と正当性を説明し、話し合いの必要性を解き、長時間に及ぶ会議の末、賛同が得られた。そして、各首長達に握手を求め話し合いは成立した。
「ただし、当然当事者同士の話し合いだけでは、解決できるわけがない。平等の立場で見ることができる調停人が必要である。棲家を持たず、太陽系を点々としながら、ただ人類のために自信の全てをかけてきた科学者が天王星にいる。彼なら必ず喜んで仲裁に入ってくれるはずじゃ。わしらは、別の理由で彼に会う予定をしている。わしらは、生きて必ず、彼をここへ連れてくる。だから、絶対争うな。できるだけ、問題は現状のままにして、お互いの言い分を議事録にまとめておいてくだされ。彼が来れば、様々な解決策を考えてくれるはずじゃ。あなたたちも、好きで争っているのではないんじゃろ。それならば、がまんして待つことじゃ」と、首長たちをなんとか説き伏せ、会議の仕方など詳細な打ち合わせを行った。
「皆、すまんな。わしが早くここから、出発したいと言っておきながら、時間をとってしまったな。わしは、実は月でくらしながらも、ここのことが昔から気になっていて、なんとかしたかったんじゃ」

そして、ミロメシアのクルー達は、燃料補給を終えたミロメシアに再び乗って、天王星へ旅立った。

土星から天王星への行程は、2週間をこえるこれまでと比べてかなりの長距離運転になる。
セバスチャンは、ここでカズを宇宙の男として育てる絶好のチャンスと考えていた。
「カズ、おまえもチンチンに毛が生えてるいっちょ前の男なら、ここらで一発操縦してみるか」
「変なこと言わないでよ。ここに、正真正銘のレディーがいるのに。それに、カズはまだ子供よ。そんなの任せられないわ」
「操縦を覚えるのには、若さと体力が必要なんだぜ。それじゃ、クリスにでも頼むのか」
その瞬間、全員が首を激しく横にふった。
「なんじゃ、それ。オレだって、宇宙船の一つや二つくらい操縦できるぜ」
再び全員前にもまして、大きく首を横に振った。
「おまえさんのアクロバット飛行も見てみたいが、いっしょに同乗するのはまっぴらゴメンということらしい」
すると、一同、安心したように首を縦に振った。クリスはふてくされて、しぶしぶひきさがった。
「カズ、これまで、教えてきたことは、ちゃんと覚えているな」
「バッチリ大丈夫だよ」
「普通はフライトシミュレータで最低でも1か月はみっちりたたきこまれて宇宙に出るもんだが、この空間は生きたシミュレータとして、持って来いなんだぜ」
セバスチャンは、瞳を輝かせていた。
どうやら、カズにここで操縦桿をにぎらせることは、セバスチャンの当初からの目論見でもあったようだ。

「カズには、宇宙船の航行方法について、叩き込ませてもらったが、皆さんには、あまり話したことはなかったと思うので、ここらで簡単に説明させてもらいたいと思うのだが、どうだろうか。もちろん、じいさんには何も説明することはないが、補足することがあったら、お願いします」
「あたしも、是非知りたいわ。宇宙のことを、もっともっと」
「オレも退屈だし、教えてくれよ。宇宙のこと」
「私も、好奇心なら誰にも負けないくらいあるぞ。頼むよ、セバスチャン」
じいさんは、だまって頷くだけだった。
「宇宙船の操縦は、ほとんど自動運転でよくて、加速航行、慣性航行、減速航行の切り替え時に、モニタを監視して方向や速度を補正する。それぞれの運転モードに入っている時は、ヒマな時間を過ごすことが多いから、オレが横についていれば誰が操縦しても、それほど危険性はない。と言いたいところだが、その僅かな危険が命取りになるんだぜ」

「能書きはこれくらいにして、基本的なところから、説明すると、・・・」

セバスチャンは、カズを操縦席に座らせて、時々、カズの様子とモニタを監視しながら、説明し始めた。

「宇宙で長期間かけて、遠距離へ到達しようとする時、まず何らかのエネルギーを使って加速し続ける必要がある。何らかのエネルギーとは、2200年代に入ってからは、核分裂や核融合によるエネルギーが主流となり、2300年代に入ってから反物質とよばれる自然界に存在しない量子エネルギーが使われ始めるようになったんだ」

「もちろん、莫大なエネルギーを一気に暴発させると、その宇宙船にのっている人間は愚か、宇宙船自体が消滅してしまう。それどころか、人間は地球の重力ほぼ1Gの世界でしか生存できない造りになっている。もし、地球上で地球の重力が倍の2Gにでもなってしまったら、ほとんど人は動けなくなってしまう。つまり、宇宙船が2Gで加速し続けると、数時間で宇宙船に乗っている人は死んでしまうんだ」

「であるから、莫大なエネルギーが暴発しないようほぼ1Gの加速度で航行できるようエネルギーの放出をコントロールしなくてはならないんだ」

「それでは、地球の重力と同じ1Gで加速し続ければ、理論上、どんなに遠くの宇宙にでも行けることになると思うだろ。答えはノーで、光の速度に近づけば近づくほど、加速に必要なエネルギーが増大して、理論上、光の速度に達することはできないらしい」

「そのあたり、オレも理論を極めているわけではないが、難しい話はここにわかりやすく書かれた本があるから、後でそれでも読んでくれ」

「それから、やっかいな問題としては、宇宙は完全な真空ではなくて、1立方メートルあたりに1個の水素原子が存在している。また、太陽系のような恒星系に近づくと、水素だけでなく、スペースデブリと呼ばれる宇宙の塵も存在し、高速でぶつかってしまうと宇宙船は壊れてしまう。スペースデブリからのリスク回避と技術的なエネルギー効率を考慮すると、ミロメシア級の宇宙船でも光の十分の一程度のスピードまでしか出すことはできないんだ」

「光の十分の一のスピードに到達した宇宙船は、リスク回避のためいったん加速をやめるんだ。そうすると、宇宙船は、加速をやめた時点のスピードで等速航行を続ける。これが慣性航行と呼ばれているんだ。慣性航行の間、宇宙船は外部からも内部からもほとんど何の力も受けなくなり、無重力状態となるんだ。ただ、ここでも重力がなかったらなかったで、あまり長期間続くと人間の体は退化するとともに、血流やホルモンバランスが崩れていく。このため、慣性航行は1か月以内に調整しながら、航行するのが一般的だな。慣性航行中、宇宙船の操作はほとんど必要ないが、光速の十分の一といえども、スペースデブリのリスクには常に目を光らせておかなくちゃならないんだ」

無重力で、体の緩みに誘われて心を緩めてしまってはならにことを、カズはセバスチャンから嫌というほど聞かされていた
 
 「これまでの説明で、慣性航行のままで宇宙船は目的地に到着できないことは、わかったか。クリス」
 「おう、それくらい理解できるぜ。先生」
 「あたしも、よくわかったわ」

「もし、目的地から減速し始めてもそのまま加速し続けた距離と同じだけ、目的地を通り過ぎてしまうんだ。だから、出発する前と慣性航行中に、しっかり計算して、目的地で静止できるよう減速を始めなければならないんだ。減速は、単に進行方向と反対向きに加速するだけのことだから、宇宙船での操作方法はあまり変わらないんだ」
 「もちろん、急激な減速は急激な加速と同じなので、進行方向に対してほぼ1Gで減速しなくてはならないし、忘れちゃならないのは、到着予定地の状況把握である。目的地が、たとえ小さな天体であっても、重力、磁場そして人的な災害など、何が待ち構えているかわからないからなんだ」
・・・
セバスチャンは、1時間ほどしゃべり続けた。

「このミッションでは、天王星と冥王星の間が一番長いが、土星と天王星の間は比較的
安全で、長い時間があるので、わしもたまには話をしよう」
じいさんの最後の一言で、セバスチャンの話は終わった。

 慣性航行中は、スペースデブリの監視、セバスチャンによる目的地付近到達時の注意事項、じいさんによる目的地での予定行動など、毎日レクチャーが繰り返された。

「カズ、わかっていると思うが、目的地への到達時が一番危険で、敵にも狙われやすいが、敵だけでもないことがよくわかっただろう。土星では」
「そうだね。地球から離れ、冥王星に近づくにつれて、敵も攻撃してくる確率が高くなってくるよね」
「そうだな。地球を離れれば離れるほど、敵だけじゃなくて、治安も悪くなるからな。ある意味、人間が一番怖いのかもしれん」
セバスチャンは、顔の傷を撫ぜながら、ため息をついた。

宇宙では海の航海と同じで、どんな突発的な事故が起こるかわからず、常にセバスチャンかカズのどちらかが操縦席についた。当初は、じいさんとセバスチャンが交替で操縦席についていたが、土星から天王星までの航海ですっかりカズがじいさんの代役を果たすようになった。
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