プルートの逆襲

LongingMoon

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十九. 天王星

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ミロメシアが土星を出発してから2週間が経過し、天王星にあるスペースコロニーへの着陸態勢に入りつつあった。

天王星は、太陽系惑星の中でも変わった動きをする星の1つだった。
そのことは、土星と天王星の間で、じいさんが何度か繰り返して、皆に説明してくれた。

「いやー、オレには何回聞いてもわからん。なあ美鈴」
「何、言ってんの、アンタといっしょにしないでよ。あたしには、だいたいイメージできてるわ」
「へぇー、そうかい」
クリスは、そう言いながら、周りをみまわすと、皆理解しているようで、クリスは白い目で見られていた。

2313年の7月~8月時点、土星から天王星までの距離は、地球から土星までの距離と同じくらい離れており、太陽の光は地球の0.3%ほどしか届かなかった。
天王星の動きは、説明されても、なかなか頭の中でイメージできなかった。

天王星は、太陽系惑星の中で唯一地軸がその公転軌道に対して横倒しになっているというだけのことだが、それが一体どんな天体ショーや気候になるのか想像しがたいものであった。

北半球・南半球はそれぞれ、太陽を半周するごとに昼・夜を交替で分かち合うことになる。自転周期は、日照の強弱をコントロールしても、昼・夜を区別させるものではなかった。

要するに、天王星では昼と夜が、それぞれ42年ずつ繰り返されるということになる。
ミロメシアは、ミランダという衛星のラグランジュポイントにある天王星唯一のスペースコロニーに着陸した。そのコロニーは、2300年代に入って天王星ならびにその衛星やリングを研究するために作られたものであった。研究分野別にいくつかの居住区があった。
このスペースコロニーへの寄港は、燃料補給とミロメシアのメンテナンスというのが主目的ではあったが、それ以外にも意味があった。

天王星のスペースコロニーには、じいさんの友人ワトソン博士が住んでおり、彼への思い入れがあった。
「オゾン層研究の第1人者であった彼のもう1つの顔として、土星での宗教紛争の仲介人として尽力してくれるはずだ」と。
地球にいる人達を蝕んでいるウィルスの発症重度には紫外線が大きな影響を及ぼしていた。紫外線のシャワーは単にウィルスの問題だけでない。紫外線を吸収してくれるオゾン層は、20世紀から始まった産業の冷媒用ガス等によって破壊の一途をたどり、特に南極・北極でオゾン層のないエリアであるオゾンホールが拡大していった。降り注ぐ紫外線は、両極の氷山を溶解し海面水位の上昇を招いたり、皮膚癌や視力障害など様々な問題を引き起こしたりしていた。
  ミロメシアのクルーたちは、ワトソン博士の研究分野から推測して、彼が住んでいると思われる居住区へ行くことにした。
  天王星のコロニーは研究目的に作られたものなので、子供はほとんどいなかった。そんな環境下ではあるが、ミロメシアのクルーが居住区の中心地にある公園に近づくと、たまたま子供達が群れ遊んでいるのを見かけた。その中を注意深く見てみると、その中心にいるのがワトソン博士であった。博士は遊びながら、子供達にいろんなことを教えていた。一行は、その円陣の輪の外から聞き耳を立てた。
 子供達への話が一段落したところを見計らって、じいさんが声をかけた。
 「久しぶりだな。ワトソン」
「やあ。よく、ここまで来たな」
ワトソン博士が手を差し延べた。
 「セバスチャン、おまえさんも、あの事故からよく立派な宇宙飛行士になれたもんだな」
セバスチャンは、じいさんの意表をついた大掛かりなサプライズの罠にかかった。
「えっ、じゃあ、あの時行方不明になったワトソン博士なのですか」
「そうだ。あの時、私も大怪我をしたままマフィアに拉致されて、監視された状態でアステロイドベルトにある病院に入院させられて、1年の月日を過ごした。当初、本当に意識不明の重症を負わされていたが、徐々に回復していった。無論、やつらには気付かれないようにね。ある時、やつらの目を盗んで脱走し、昔からの知り合いだったここの研究所長さんに助けられて、研究生活を送るようになったというわけだ」
じいさんは、ある程度事前に事情説明の連絡はしており、ここで返事をもらうことにしていた。
じいさんが、改めて土星での宗教紛争の事情を話したところ、ワトソン博士は宗教紛争の仲介役を快く引き受けてくれた。博士は、それだけでなく彼の本業である地球でのオゾン層破壊の解決対策研究が実を結びつつあることを語り始めた。
「オゾンがいくら発生したとしても、空中でオゾンを分解してしまう触媒的存在があれば、常に空中オゾン濃度は一定レベルまで押し下げられてしまう。重要なことは、その触媒物質をどうやって消失させるかなんですよ。それで、成層圏のオゾンバランスを一定にキープしなくてはならない」
「そこで、私はなんとか空中の触媒物質の固定化すなわち空中から除去する方法を研究し続けた。その昔空中窒素を固定したハーバー・ボッシュ法のように」
「空中の触媒物質を固定するというのは、至難の業だった。というのは、天然に存在する物質として固定化しようとしても、触媒物質と化合する構成元素が金属類となれば飛ばすことはほとんど不可能なので、バイオテクノロジーでなんとかならないか研究し続けたんですよ。昔からハロゲン系気体物質を取り込むバクテリアの研究は細々と続けられてきましたが、私はそのバクテリアの中から最適なのを発見し、研究し続けて成層圏で生存できるまでに改良することに成功しました。そのバクテリアは都合がよいことに酸素濃度が高くなると死んでしまうという嫌気性だったのです」
「成層圏で拡散後、酸素濃度が高くなる対流圏まで落下したものは死滅する。すなわち、成層圏では一定濃度の触媒物質があれば、それらをとりこみながら増殖し、触媒物質がなくなれば死滅していく」
「いいかえれば、そのバクテリアは成層圏でのみ生存し、触媒物質がなくなるまで、分解し続けるというものでした」
「もちろん、成層圏での、紫外線、気圧、気温等の条件で、死滅する以上に、増殖しなくては意味がない。むろん、私は既にその最適なバクテリアのDNA配列まで到達することができました。現状は、最終テスト段階まできています」
「あなたたちが、冥王星からの帰りに再びこの星を訪れる時までには完成させられるでしょう」
ミロメシアのクルーは、その博士の力強い言葉に励まされ、じいさんの顔に赤みが射した。
「我々も必ず抗ウィルス剤を手に入れて、ここへ帰ってくるからよろしく頼む」

ミロメシアは天王星を後にして、最終目的地冥王星へ旅立った。この惑星間航行が、全行程の中で一番長い道のりで、約20日間を必要とした。
「カズ、今回もやるぞ」
セバスチャンが、カズに気合いを入れた。
「もちろん、まかせといてください」
「今回は、一番長い。わかっているとは思うが、宇宙天気予報では大規模なフレアの影響を受ける。影響を受ける時間帯は、今晩の深夜2:00~4:00だ。念のためクルーはシールドルームでやりすごす」
クリスにとっては、セバスチャンの言っていることの意味が不明で、不思議そうな表情を浮かべた。
「そのフレアっていうのは何だい」
「カズ、ちょっと説明してやれ」
「フレアは太陽大気中の爆発のことで、地球ではデリジャー現象という電離層異常現象が発生し、磁気嵐やオーロラが発生したり、衛星や無線通信に悪影響を及ぼしたりするんだよ。でも、地球は分厚い磁気圏に守られていて、その放射線による人体への影響はないということらしいんだ。しかし、この宇宙空間ではそうはいかないんだよ。ただ、このフレア現象はほぼ正確に宇宙天気予報で予想可能なので、準備を怠らなければ問題はないんだよ」

「ふーん、なるほど」

「今夜0:00まで加速して、いったん慣性モードに入り、フレアをやりすごす。まずは2時間後に加速モードに入るぞ」
「ラジャー。2時間後に加速モードに入ります」

ミロメシアは2時間後に、加速モードに入り冥王星を目指した。全員がコックピットに集まり、過去にあったフレアについての雑談をしていた。すると、他に誰もいないはずなのにトイレのドアの開閉ランプが点灯した。クリスが、そこで第一声を上げた。
「あれれっ、もうフレアの影響が出始めているのかぁ」
「バカな。そんなことはありえない。オレとカズはコックピットに残るので他のみんなはで見てきてくれないか」
「オッケー。行ってくるぜ」
クリスがみんなの顔を見回した。
セバスチャンとカズ以外のみんなはトイレの前に立ち、恐る恐る自動ドアをオープンさせた。一見して中には誰もいなかった。便器のコンパートメントの扉もあいたままの状態だった。ドアが閉じているのは、掃除道具のコンパートメントのみだった。
クリスは、ひきつった笑顔を浮かべた。
「美鈴ちゃん、あのドア開けてみてよ」
「何バカなこと言ってんの。アンタが開ければいいでしょ」
クリスは恐る恐る扉を開いた。みんなもその後ろからのぞいていた。
すると、中から「やあ、こんばんは」といって、1人の少年がでてきた。
少年は、天王星でワトソン博士といっしょにいた少年で、じいさんと博士の会話を横でずっと聞いていた。それで、そのミッションに憧れて、こっそりミロメシアに乗り込んでしまった。
「おまえさん、こんなとこで何やってんだぁ」
じいさんも、目を丸くした。
「おまえさん、確かワトソンとこにいたクリックとかいう名前の少年だったな」
「まあ、かわいらしい珍入者ね。でも、お疲れのようね]
クリックは真っ青な顔をして、ぐったりしていた。
ドクターが「どれ」といって、クリックを抱き上げ、頭に手をあててから脈をとった。
「ちょっと、熱があるみたいだな」
そこへ、その会話をコックピットで傍受していたセバスチャンが、顔を真赤にして怒鳴り込んできた。
「ばかやろう。なんて、あぶないマネしやがるんだ。1つ間違えれば、宇宙船の中は無酸素状態になるんだぞ」
「ダメよ。セバスチャン。そんな大声で怒っちゃ。クリックは、病人なんだから」
セバスチャンはトーンダウンした。
「そうか。しかし1つ間違えれば、フレアで被爆する可能性もあったんだぜ」
ドクターが、優しい笑顔を浮かべた。
「まあ、ここは私にまかせてくれ。先にシールドルームで手当して、点滴打って眠らせておくよ。美鈴もいっしょに来て手伝ってくれ」
「はい」
2人はクリックをつれて、シールドルームへ向かった。クリック少年は、そんなやりとりを意識もうろうと聞きながら、ドクターに抱きかかえられたまま既に眠りにつていた。

深夜0:00直前。
カズが「加速モード解除30秒前、10秒前、・・・」とカウントダウンし、ミロメシアは慣性航行に移行し、中のクルーは無重力状態となった。
「よし、オレたちもシールドルームへ移るぜ」
2人は操縦席のシートベルトをはずして、シールドルームへ移動した。
「本当に人騒がせなガキだぜ。まあオレもたいがいムチャなことをやってきたがな」
セバスチャンがクリックを見ながら言った。
シールドルームでの沈黙から、口火を切ったのはクリスだった。
「しかし、これから2時間もこの部屋でじっとしているのも退屈だなあ」
美鈴が、突っ込みを入れた。
「じゃ、あんたは、レクレーションルームでもいってきたら」
「いやだよ。まだ死にたくないし、オレが死んだら悲しむかわい子ちゃんがいっぱいいるんだぜ」
「何バカなこと言ってんのよ」
そこで、カズが目を輝かせながら、言葉を発した。
「よし、それじゃみんなで、冒険の話っていうのはどうかな。ボクはいろいろ話聞きたいなあ。ボクが一番下だからっていうわけではないけど、一番経験をつんでいる年上の人からっていうことで」
クリスが応えた。
「ボウズ、そりゃなかなかいいアイデアだ。みんなどうだい」
一同、クビを縦に振って、賛成の意を示した。
ドクターが「じゃ、じいさんからだな」
「よし、いいだろ。たくさん話があり過ぎてどれにするか考えていたんじゃが、わしがアステロイドベルトで体験した不思議な話をしよう」
 「あれは、今から45年くらい前で、わしがちょうど40歳の時の頃じゃった。わしは、アステロイドベルトで、長い間鉱物の研究をしておった。核パルスロケットが実用化され、人類にとってアステロイドベルトは格好の資源採掘場となっていた。わしは、とある小惑星で研究を続けておったのじゃが、当時世界中の大企業が先を競ってアステロイドベルトへ乗り出して行った。中には、お粗末な装備で航行し、遭難する宇宙船も数知れずの状態じゃった。わしも命は惜しいから、そんな輩にはできるだけかかわりあいにならんようにしとったんじゃが、『燃料も尽きて酸素も数時間しかもたんので、助けてくれ』という悲壮な電波をたまたま傍受してしまい、助けんわけにもいかんようになった」
「わしは救助船を出して、その宇宙船にドッキングさせて一番近い居住区のある小惑星へ向かう軌道へのせてやったんじゃ。そこまでは、よかったんじゃがのう。切り離すタイミングで、どういうわけか、わしの船の方が故障しちまったんじゃよ。その時は、どうもなかったんじゃが、研究所のある小惑星へ向かって1時間ほどしてから、エンジン出力が落ち始めてあえなく船の動力が止まってしまったんじゃ」
「無論、遭難信号は出しておったんじゃが、誰も傍受してくれんかった。宇宙船は燃料を失っていく一方で、わしは軽量の救命用宇宙船に可能な限りの酸素と燃料を積んで、研究所の連中が助けにきてくれるのを待っておったんじゃ。しかし、どういうわけかその救命船は、遭難船がいた位置から大幅に離れてしまった上、通信機器も動かなくなり、ワシの命運もつきたと思いながら漂流したんじゃ」
「それから2週間ほど漂流しているうちに、偶然にも移動可能範囲にある小さな小惑星をレーダーにキャッチしたんじゃ」
「わしは救命船で彷徨うより、小惑星とともに漂流する方が安全と思い、残り少ない燃料で小惑星まで航行し、着陸したんじゃ。しかし、相変わらず通信機器は動作せず、さすがにわしも年貢の納め時かと腹をくくったんじゃ」

「ところが、絶望しながら辺りを見回すと、その小惑星には奇妙なな起伏があったんじゃ」
「よく見てみると、どういうわけかそこにミサイルの尾翼のようなものが突き出ておったんじゃよ。わしは夢でも見てるか、わし自身死んでしまったのかと思ったよ。しかし、やはりそのモニュメントに近づいてみてみると、それはわしらが子供の頃に、企画されたアステロイドタイムカプセルといって、これから将来を担う子供たちのために、目指すべき小惑星の多くににタイムカプセルミサイル型ロケットを撃ち込んだものだった。そのミサイル型ロケットは、救難用にも設計されていて、その位置を示す強力な電波を発信できるようにもなっていた。そこで、わしはそれを利用させてもらってから、3日が過ぎ、救助隊に助けてもらうことができたんじゃ」
「あとで、わかったことなんじゃが、その時100機を超える救助船がわしを捜索してくれていたそうじゃ。その中には、ありがたいことにこれまでわしが助けてやった人達もたくさんいたんじゃ。まあ、わしがそんないわくつきの小惑星にたどりつくことができたのは今でも説明ができないので、このことはほとんど誰にも話すことができなかったんじゃ」

この話に、心打たれたカズが応えた。
「そりゃ、やっぱり、物質と物質の間には、まだまだ説明のできないサイコロジックなひっぱりあう力があるのかもしれませんね」
「他の人が聞いても信じられないかもしれないが、オレも信じるぜ。じいさんの話」
クリスがにしては珍しく真顔で言い放った。
すると、一同みんな首を何度も縦に振った。
スヤスヤ眠っているクリックを除いて。

「まあ、わしはその時、そんなこんなで、九死に一生を得たことだけは確かなことじゃて。次は、ドクターの番じゃな」

 「じゃ、私の番ということで、私も危機的な状態で救助されたことについて、話をするよ」
「5年前の話なのだが、当時、突然エボラ熱ウィルスの亜種が猛威を奮いだし、私はその抗ウィルス剤を開発するために研究していた。そして、そのウィルスの遺伝子にあたるRNA変異パターンを調べ上げるために、キリマンジャロの麓のある部族で、部族の人たちと寝食を共にしていた」
「生物の遺伝子はDNAだが、ウィルスの中には、その親戚みたいな存在のRNAという物質を遺伝子にしているのが、多種多様に存在しているんだ」
「ある日、キリマンジャロの中腹に住んでいるという一家の子供の1人が高熱を出して死にそうなので助けてほしいという父親が私のもとを訪れた。父親は、たいそう偏屈な変わり者で、麓の部族との交流はほとんどなく、彼の唯一の理解者である彼の妻と5人の子供たちと暮らしていた」
「そんな彼でも、子供のこととなると必死の思いで、抱えられるだけの野菜や肉を抱えて、悲壮な顔をして部族の首長の元を訪れてきた。彼は私に関する話を聞いて、助けてほしいと頼み込みに私に会いに来た」
「もちろん私自身の生い立ちからして、彼らを見捨てることはできなかった。そして、私はその父親とともに、丸2日をかけてキリマンジャロ中腹で危機にさらされている子どものもとへ向かった」
「子供は、やはり熱病に侵されていた。しかし、幸いにも熱病は、既に有効な抗ウィルス剤の生成に成功している少し古いタイプの熱病だった。それで、点滴と抗ウィルス剤を3日間投与し、その子の一命を救うことができたんだ」
「そこで、2日ほどその子の治療を行い、私は帰路についた。途中まで、父親の見送りを受けて、難所を乗り越えたところで、子供のことが心配なので麓まで見送るという父親を追い返したんだ」
「しかし、そのことが私にとって、人生最大のリスクを招いてしまうことになった。
その父親と別れて1時間程歩いたところで、注意して歩けばなんていうことはない山道だったのだが、大雨による崖崩れを避けて、道の端で足を踏み外してしまったんだ」
「その時、大けがによる出血と骨折に加えて熱病にまでかかってしまったんだ。自分で止血と骨折の添え木の応急処置を施したのだが、胸の打撲は肺にも損傷を招いてしまった。熱病もあり、瀕死の状態のまま、時間が過ぎていった。そこで、私はもう意識を失いつつあり、生死の境を彷徨っていた。目をあけているつもりでも、視界は真っ暗で、夢か現実かわからない状態だった。どれだけ時間が経ったのかわからなかったが、かすかにヘリの音が聞こえたような気がした」
「気が付いたら私は病院のベッドに横たわっていた。そして、ナースが何やら大声で騒いでいると思っていたら、30歳くらいの医者が私の手を握って涙を流していた。『ドクター・マンデラよくぞご無事で』と言いながら笑みを浮かべた。『君は誰だい』と尋ねると、彼は『私の名前はキートンです。15年前に、フランスであなたに命を助けてもらったキートンです』と言った」
「私が、『おお、君はあの時の少年か。立派になったなぁ』と返事をすると、彼は私をどうやって救出してくれたかを説明してくれた」
『あれから、私はあなたのことが忘れられずに、医学の道へ進むことにしたのです。あなたが遭難したらしいことは世界中に報道されて、私は矢も立っておられず、私が勤めている病院の院長にムリを承知で、あなたの捜索に行きたいことを話しました。すると、院長は病院のことは私に任せて君は一刻も早く行きたまえと言ってくれました。院長は、ドクター・マンデラをもし失うようなことになれば、世界中の人達何千万を失うに匹敵することだとまで言い切って、アフリカまでの航空機代だけでなく、キリマンジャロ近辺のヘリ業者からヘリまで調達してくれました』
『私はいったん麓の部族を訪れた後、あなたが助けたという子供の家を訪れました。そして、その父親をヘリに乗せて、崖崩れ現場であなたを発見しました。その間に4日間が過ぎており、正直奇跡を信じるしかありませんでした。あなたを発見した時、呼吸も心音も弱く、応急処置を施した後、南アフリカ共和国キンバリーの病院へ行きました。8時間の手術で、あなたをあの世から連れ戻すことができました』
「その病院はキートンの友人一家が経営している病院で、1カ月ほど私はその病院に入院したあと、私の研究に興味を示したその病院の院長の協力で新型エボラの抗ウィルス剤やワクチンの確実な処方に成功した。そして、その後の治験・量産化はその病院にお任せし、新種エボラも鎮静化させることができたんだ。世の中、助け助けられることで、人類の進歩が成り立っていることを思い知らされた事件だったと、今でもつくづくと思い出しながら、仕事をしてるんだよ」
その話を聞いて、皆、感動のあまり言葉を失っていた。
いつの間にか目をさました、クリックが「そうかすごいなあ。ぼくも、将来お医者さんになりたいなあ。ワトソン博士のようにもなりたかったけど、ぼくは今の話を聞いて、絶対お医者さんになりたくなったんだ」
「よし、ボウズおまえならきっとなれるさ。立派な医者に」
柄にもなく、クリスが言った。
しかし、今回ばかりは、みんな「うんうん」と言いながら、頷いていた。
「よし、次はオレの番だな」
セバスチャンは、「あれは、10年前、オレが駆け出しのパイロット時代のことだった」と言って、2303年に起こった海王星での事故の話を始めた。
セバスチャンは、自分がひよっ子パイロットとして、海王星の衛星トリトン調査団に加わって、事故に会い先輩パイロット達に命を助けられるも大怪我をして、故郷のスペインへ帰っていった話をした。
そして、話の最後に、「オレは、今でもあの時に、オレの命を助けてくれた先輩パイロットたちのためにも、一流の宇宙飛行士になって先輩達の夢を叶えたいんだ」と言った。
それは、太陽系惑星を自由に行き来し、エッジワースカイパーベルトと呼ばれる海王星の外にある準惑星にまで、行くことであった。冥王星もその1つであった。
3人の話と、それに対する質疑応答で、フレアをやり過ごすための2時間が過ぎてしまった。それで、クリスと美鈴とカズの話は次の機会にということになった。
「よし、それじゃミロメシアの点検を始めるぞ。カズ、手伝え」。
「まず、ミロメシア内の放射能レベルを、ここのモニタへ映し出すんだ」
セバスチャンの頭の中は、一刻も早く冥王星へ到達することに集中していた。
「了解。放射能レベルは問題ありません」
2人を先頭に他のメンバーもシールドルームを後にした。
その後、ミロメシアは順調に冥王星へ向けて航行できた。そして、ミロメシアはいよいよ目的の冥王星の衛星カロンへあと2日とせまっていた。
「あれ何。星に大きなハートの地形が見えるわ。ロマンティックね」
美鈴が少し興奮ぎみだった。
「あれが、冥王星だ。2006年から9年かけて、人類はニューホライズンズという無人探査機をあの星へ飛ばした時に見つけたんだ。ロマンチックな話でもあればいいんだが、今は、敵の巣窟に近い状態だしな・・・」
セバスチャンの緊張は高まっていた。

冥王星は2006年に惑星から準惑星にカテゴライズされたが、24世紀になっても、科学的根拠は薄いが、冥王星を惑星だと主張する人達もいた。かくゆうセバスチャンもそうだった。
セバスチャンは子供のころ、天文学者である彼の祖父から、冥王星は今の惑星の定義からはずれるかもしれんが公転周期220年で、ちゃんとお天道様を回ってる立派な惑星だよと科学者らしからぬ話を聞かされ続けていた。その話の中で、冥王星はまだしも記憶に留められることは確かだろうが、その衛星とされているカロンなどは、まったく日の目をみないまま、忘却の彼方へ忘れられてしまうではないか。しかも皮肉な話ではあるが、そのカロンの存在自体が、冥王星が惑星でない理由の一つとされていた。カロンは、衛星として位置づけられるには、あまりにも大きすぎて冥王星とのその公転の重心が冥王星の外となっていることが理由だった。そんなことを言ったら、もし地球と火星が2重惑星だったら惑星じゃなくなるのか。その昔のSFで出てきた、2重惑星GとIは惑星じゃなくなるのかなんていう、わけのわからない話を延々と聞かされたりしていた。

いつもの、みんなが集まるサパータイムミーティングの中で、突然セバスチャンは柄にもない話を語りだした。
「みんなカロンにまつわる悲しくも、せつなく、美しいオルフェウスとエウリディーケの神話を知ってるか」
博学のじいさんとドクターは、軽く首を縦に振ったが、クリスとカズと美鈴は、興味津々でどんな話か知りたいと言った。そこで、セバスチャンは語りはじめた。
「オレは現実主義者だが、小学生のころ学校の体育館で、その神話劇を見てこの話だけは忘れられないという逸話があってなぁ・・・」

「この話は、予言と牧畜・音楽・弓矢の神アポロンと、その妹の旅人・泥棒・商人・羊飼いの守護神ヘルメスの兄妹喧嘩の逸話から始まる。妹のヘルメスは、ある日兄アポロンが放牧していた牛50頭を興味本位で奪いとってしまった。アポロンは、たいそう怒り猛り、ヘルメスを叱りつけた。
すると、ヘルメスはこれを兄さんにあげるので許して下さいといって、彼女が自慢にしていたハープの一種リラを奏でた。アポロンは、その音色の美しさに心打たれた上、ヘルメスがそのリラをくれるというので、彼女を許してやった。
やがて、アポロンはそのリラにたいそう興味を示した息子のオルフェウスに譲ってやった。オルフェウスはたいそう喜んで、神々の前だけでなく、野山、海、川、動物たちにまで、リラの音色を聞かせてやった。そのうちオルフェウスも年頃になり、オルフェウスのリラの熱狂的ファンの一人だった妖精のエウリディーケと結婚することとなった」
「なんだ、その妖精ってのは」
「しっ、クリス。あんたは黙って聞いていればいいの」
美鈴が、クリスに一言を浴びせた。

セバスチャンは、何事もなかったかのように話し続ける。
「しかし、ある日エウリディーケが彼女の友達の妖精達と遊んでいる時に、毒蛇に咬まれて死んでしまう。オルフェウスは、たいそう悲しんで、黄泉の国の神プルートへなんとか助けてもらうために、遠い南の島の洞窟にあるという黄泉の国の入口への冒険へ旅立った。そして、ついに、黄泉の国の入口で、その門番と押し問答の末、リラを奏でることによって、なんとか入ることを許してもらう。しかし、途中でも様々な化け物と出会うことになる。
けれども、彼の最大の武器リラの演奏で、化け物たちを鎮めていくことができた。
そして、ついに黄泉の国へ渡る三途の川へ到着した。そこで、話題のカロンの登場となる。カロンは、三途の川の渡し守りで、『生きたものは通すわけにはいかない』といって、簡単には渡してくれなかったんだ。
しかし、ここもオルフェウスが奏でるリラの音色に感銘を受けたカロンは川を渡ることを許してくれたんだ。
川を渡ったオルフェウスに、今度はケルベロスという恐ろしい犬の化け物たちが襲いかかってきた。身をかわしたオルフェウスはすかさず、リラを演奏し、ここもケルベロスたちを鎮めることができた。
そして、ついに黄泉の国の神、冥王星の英名でもあるプルートと対面することとなる。
ここでも、オルフェウスは一生懸命リラを演奏したが、プルートは許してくれなかった。そのうち、プルートの妻ペルフォネーがでてきた。彼女は、漏れ聞こえるリラの悲しい音色に、オルフェウスがエウリディーケを助けたいという澄み切った心を感じ取った。ペルフォネーは心を打たれ、夫のプルートへオルフェウスの願いを聞いてあげるよう頼んでくれた。それで、プルートもしぶしぶエウリディーケを現世へ帰してやることにした。
しかし、この時プルートは条件をつけた。オルフェウスが現世へ帰るまで決して、エウリディーケの顔を見てはならないと」

「オルフェウスは、喜びいさんでエウリディーケの手を引いて、三途の川を渡り、もと来た洞窟を帰っていった。オルフェウスは、何度も振り返りそうになりながらも、ついに黄泉の国の入口から現世の光が見えるところまでやってきた」
「ところが、そこでオルフェウスはエウリディーケの名を呼びながら振り返ってしまったんだ。すると、そこには確かにエウリディーケの顔があった。しかし、その瞬間に繋いでいたはずの彼女の手は離れ、物悲しげな顔がどんどん遠ざかっていったんだ」
「オルフェウスは、泣き叫んでエウリディーケの名を呼んだが彼女は帰ってこなかったんだ」
「また、オルフェウスは帰ってきた道を逆戻りし、なんとか、三途の川の渡し守りカロンのところまでやってきた」
「そして、またカロンへリラの音色をきかせるが、今度のカロンは何故かまったく反応しなかった。オルフェウスはあきらめて悲嘆にくれながら、現世へ戻っていった」
「この神話劇では、オルフェウスは一生、エウリディーケへの思い出のリラを奏で続けたとうことで終わったんだ」

「オレは現実主義者だが、小学生のころ、その神話劇を見てこの話だけは忘れられない逸話があってなぁ・・・」とセバスチャンハは、また語り始めた。
「ものすごく感動した劇が終った後、たまたま体育館の裏でオルフェウスの役者と会って、『エウリディーケをもう1回絶対助けてください』と言ったら、『よしわかった。必ず助けるさ。だから、おまえも夢をあきらめずに勉強でもスポーツでもがんばるんだぞ』と言われたんだ」

「もうちょっと大人になって、神話を調べたら悲しみにあけくれるオルフェウスは、酒に酔った妖精たちに殺されてしまうというのが本当の話らしいことも知ったがな」

「まあ、この準惑星プルートとその衛星カロンは、単なる神話から適当に名付けた面もあるかもしれない。しかし、海王星を超えると、少なくとも冥王星を始めとして、エッジワースカイパーベルトやオールトの雲という暗黒の小惑星帯がある。だから、あながち適当でもないんだ。なんて思ったりもするんだ。まさに、カロンは人類がはるか遠くの小惑星帯へ行くための門番になるわけさ。それから、人類にとって、冥王星やカロンで、謎のウィルスが製造されているというのは、勝手に冥王星を惑星から降格させた報いを受けているのかもしれないぜ。まっ、科学的には、エッジワースカイパーベルトの存在からしてその解釈が正しいのかもしれないことも、オレにはわかってはいるがな」
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