俺のアンドロイドが可愛いわけがない!

未人

文字の大きさ
1 / 50

第1話 アンドロイドの名前はアルテミス

しおりを挟む
「夜中に呼び出して……バアさん、趣味悪いぞ」

 ソファに沈み込みながら、俺はぶっきらぼうに言った。
 向かいのデスクでは、俺の祖母──雪宮シズが涼しい顔でコーヒーを啜っている。

「たまには孫の顔を見たくなるものよ」

 さらっと言われ、俺は鼻で笑った。

「嘘つけ。どうせまたロクでもない用事だろ」
「それに、あなた、夜中しか活動してないでしょう?」
「……ぐぬぬ」

 言い返せず、俺はさらにソファに沈んだ。
 昼夜逆転、睡眠不足、偏食生活──心当たりしかねぇ。
 シズが小さく指を鳴らした。
 すると、部屋の隅から、一人の少女が静かに歩み出てくる。
 銀色の髪。淡い青の瞳。
 滑らかな肌と整った顔立ち──まるで人間だ。

 ……けど。

 呼吸のリズム、まばたきの間隔、身じろぎ一つに至るまで、違和感しかない。
 "完璧すぎる"せいで、逆にゾワッとする。

(な、なんだこの完璧超人……こえぇ……)

 無意識に体が引きつった俺を見て、シズが微笑んだ。

「紹介するわ。あなたをサポートするための、自律型AIアンドロイド──アルテミスよ」
「……アンドロイド、だと?」

 俺はじろじろと銀髪の少女を見た。

(バイオ系でもない、がっつり機械製か……)

 額に手を当て、深いため息を吐く。

(どっちにしたって、ロクなもんじゃねぇ……!)

「彼女は財団で開発している医療支援アンドロイドの試作モデルよ。現場導入前に、個人対象でテスト運用する必要があるの」
「……ハァ?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。

「そんなモルモットみたいな真似、誰が──」
「安心して。あなたの生活改善も兼ねているから、一石二鳥でしょう?」
「兼ねてねぇよ!!」

 ソファに座り直しながら怒鳴る俺を、シズは涼しい顔で見ていた。

「……俺は関係ない。バアさんが勝手に作ったもんだろ」
「そう。関係ないなら、財団からあなたに支給している研究費も、関係ないわね?」
「──ッッ!!」

 体が固まる。
 空気が重くなる。

「ま、待て。俺の研究は──」
「資金がなくても、趣味の電子工作ぐらいはできるでしょう?」

 あっさり言い捨てられ、俺はぎりっと歯ぎしりした。

(クソッ……完璧な人質戦術……!)

 ソファの上で何度か拳を握り、頭をぐしゃぐしゃにかきまわす。

「……わかったよ」

 しぶしぶ吐き出した俺の声に、シズは満足そうに微笑んだ。

「素直でよろしい」

 やるせない気持ちで隣を見やると、銀髪の少女──アルテミスが、無表情のまま一礼した。

「アルテミスです。これより、ケイ・マスターに随行いたします」
「いや、誰がマスターだ!!」

 即座にツッコむと、アルテミスはぴくりと瞬きをして言い直した。

「ケイ・ハイネス」
「ランクアップしてんじゃねぇよ!! つーか、もうプログラミング失敗してるじゃねぇかバアさん!!」

 俺が振り返って叫ぶと、シズは平然とコーヒーを啜りながら言った。

「生のフィードバックが一番よ」
「開き直ってんじゃねぇ!!」

 怒鳴る俺を無視して、アルテミスが無表情のまま、ぺこりと頭を下げた。

「ナイスフィードバック、ありがとうございます」
「誰も褒めろとは言ってねぇ!!」

 さらに、アルテミスは小さく頷きながら言葉を続けた。

「フィードバックをもとに、次回は適切な称号を選択します」
「次回ってなんだよ次回って!!」

 たまらず叫ぶ俺に、アルテミスはきょとんと首を傾げる。

「敬称略でいい! 敬称略!! もう『ケイ』って呼べ!!」

 俺が頭をかきむしると、アルテミスは一瞬だけ小首を傾げ、それから無表情で答えた。

「了解しました。ケイ」

 妙に従順な声色が、逆に不安を煽る。

(……なんか、絶対まだ何かやらかす予感しかしねぇ……)

 俺はポケットに手を突っ込み、やけくそ気味にソファから立ち上がった。

 背後でアルテミスの足音が静かに続く。
 無表情、無音、無駄のない動き──逆にこえぇ。
 バアさんの執務室を出て、ひんやりした廊下を歩きながら、俺はぼそっと言った。

「……ったく、なんで“ハイネス”なんて出てくるんだよ」
「『指導者、尊敬、最高位』という検索結果に基づき、最適と思われる称号を選択しました」

 さらっと返されて、俺は思わずつまずきかけた。

「検索すんな!! しかも俺、そんな高尚な存在じゃねぇ!!」
「了解しました。……では、ケイ──下位互換」
「互換すんな!!!」

 ついに本気で怒鳴った俺を、アルテミスは無表情でじっと見上げた。
 ちょっとだけ首を傾げているのが、逆にイラッとする。

「フィードバックありがとうございます。以後、互換表現は控えます」
「そういう問題じゃねぇよ!!」

 バタバタと廊下を進みながら、俺は額を押さえた。

(……はぁ、先が思いやられる)

 やっとのことで研究棟のドアにたどり着く。
 アクセスロックに手をかざして、扉を開けると、
 すぐ背後にぴたりとアルテミスがついてきた。
 当たり前のように、俺の研究室に侵入してくる。

「おい、勝手に入って──」
「随行任務中のため、ケイに同行します」

 ぴしっと無表情で言い切られ、俺はぐぬぬと口を噤んだ。

(クソ……言い返せねぇ……!!)

 ソファに無造作にバッグを放り投げながら、
 俺は諦めたようにアルテミスを振り返った。

「いいか。オレの邪魔だけはすんなよ。わかったな?」

 アルテミスはきょとんと瞬きし──そして、ぺこりと小さく頭を下げた。

「了解しました。ケイ」

 その声に、わずかに柔らかさが混じった気がして──

(……いやいや、気のせいだろ、絶対)

 俺はわざとらしく咳払いをして、デスクに向き直った。
 その背中に、静かに、しかし確実についてくる足音。

(──これ、絶対、平穏無事に済まねぇ)

 心の底からため息を吐きながら、俺はPCを立ち上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら

普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。 そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。

甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。 平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは── 学園一の美少女・黒瀬葵。 なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。 冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。 最初はただの勘違いだったはずの関係。 けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。 ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、 焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...