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第11話 “ト”までもうハッキリ言ってもいいかと
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体験型展示を終えた頃には、展示室内の熱気とは別に、妙な疲労感が俺の背中にのしかかっていた。
アルテミスは無表情ながらどこか満足げな様子で、「記録完了」と言いながらちゃっかり俺とのツーショット記念ショットを自分の内部メモリに保存していた。
(……あの無表情で、ちゃっかりメモリ保存とかしてんの、なんかズルいんだよな……)
体験展示ホールを出て、吹き抜けのホールを通って出口に向かう。
もう帰るだけだ。ようやく、これで解放される──そう思った矢先。
「ケイ、これは人間でいう『デート』に分類されますか?」
……俺の脳内で何かが爆発した。
「はぁ!?」
突然の爆弾発言に、思わず足が止まる。
アルテミスは相変わらず冷静な顔で、まっすぐに俺を見上げていた。
真顔のまま、そんなトンデモ単語を放り込んでくるな。
「美術館や博物館でのデートは一般的であると学習しました。こうして二人で来ている以上、これは『デート』なのでは?」
「いやいやいや、待て待て待て!」
俺は思わず額を押さえる。深く息を吐いた。
「……お前な、デートってのは、こう……『好きな相手と一緒に過ごす楽しい時間』みたいな、そういうもんだろ?」
「現在、ケイと私は共に行動し、私は学習を楽しんでいます」
「俺は楽しんでねぇよ!」
即答した。
なのに、アルテミスはきょとんとした顔で小首をかしげる。
「では、ケイが楽しめば、これはデートになるのですか?」
「違う!」
「なるほど。ケイが楽しくないからデートではないのですね」
「そもそも俺、付き合わされてるだけだからな!」
しばらく思案していたアルテミスは、納得したように──いや、納得するな──コクンと頷いた。
「では、ケイが自主的に私を誘えば、それはデートに分類されますね」
「しねぇから安心しろ!!」
美術館を出たころには、もう心身ともにぐったりしていた。
夜の空気はひんやりとして、ようやく静けさを取り戻せそうな気がしたのに──
「本日の展示では、色彩による象徴表現と光源の扱いに共通点が見られました。特に3階第2ホールの──」
「……なぁ、そろそろ静かにできねぇか?」
「しかし、学習した内容のアウトプットは重要です」
「お前、アンドロイドのくせに美術館好きすぎるだろ……」
「次の企画展のチケットを取得しました」
「お前もう勝手に次の取ってんのかよ!?」
「継続的な学習は重要です」
「どこまで俺を引きずり回す気だ……」
「次回はケイも楽しめるよう、事前に趣味を考慮して選定します」
「絶対嘘だ! お前、俺の趣味なんて一ミリも考えてねぇだろ!」
「さて、どこに行きたいですか?」
「この世にそんな場所はねぇ!」
「では、私が決めますね」
「おいッ!!」
俺の叫びが夜空に吸い込まれていく。
その隣で、アルテミスはほんの少しだけ歩幅を合わせるようにして、満足げな無表情をこちらに向けていた。
帰り道。
美術館を出てからというもの、アルテミスは終始、無表情ながらどこか満足げだった。
まあ、本人がそう言ったわけじゃないが──たぶん、そういうプログラムだ。
通りに出ると、信号待ちの人混みの中に混ざる。
午後の光がだいぶ傾き、街灯がうっすらと点き始めていた。
ふと、隣を歩くアルテミスが口を開く。
「……ケイ。あなたには、家族がどれくらいいるのですか?」
唐突な問いに、思わず足が止まりかける。
「は? なんだよ急に」
「あなたの行動傾向や嗜好を理解するために、基盤となる環境要因を収集しています」
「……アンケートかよ」
思わずため息が漏れた。
確かに、こいつはそういう“学習”を重視するアンドロイドだ。
でもよりによって、そんな話を今? このタイミングで?
信号が青に変わる。
俺たちは横断歩道を渡りながら、なんとなく話を続けた。
「今はバアさんと二人暮らしだ。って行っても俺はほぼ研究室に寝泊まりしてるけどな。それ以外は……いねぇよ。昔はいたけど、今はもう、ほぼ他人だ」
アルテミスはしばし黙って俺の横を歩いていたが、やがて静かに口を開いた。
「……失礼しました。不快でしたか?」
「いや、別に。聞きたいなら聞けばいいさ。全部話すかどうかは別だけどな」
言いながら、自分で驚いた。こんなに素直に答えるとは思ってなかった。
──ま、今日の疲れで脳が回ってねぇだけだ。
「では、補足質問を──」
「面倒だからそれ以上深掘りするなら、バアさんにでも聞いてくれ」
「了解しました。次回、シズ様に確認します」
「いや、待て待て。バアさんに任せたら、余計なことまで全部話される……」
頭を抱える俺に、アルテミスは首を傾げた。
「ならば、なぜご自身で話そうとされないのですか?」
「それは──」
答えかけたが、言葉に詰まる。
なんで、だろうな。
気づけば、俺たちは駅前の広場に出ていた。 喧騒の中、淡い夕暮れが落ちていく。
「……ま、別に今じゃなくてもいいだろ」
俺がそう締めくくると、アルテミスは静かに頷いた。
「了解しました。今は、記録を保留します」
お前の記録に“保留”なんて項目があるのかよ……。
そうツッコもうとして、やめた。
なんとなく、このまま歩く静けさが、今はちょうどいい気がした。
アルテミスは無表情ながらどこか満足げな様子で、「記録完了」と言いながらちゃっかり俺とのツーショット記念ショットを自分の内部メモリに保存していた。
(……あの無表情で、ちゃっかりメモリ保存とかしてんの、なんかズルいんだよな……)
体験展示ホールを出て、吹き抜けのホールを通って出口に向かう。
もう帰るだけだ。ようやく、これで解放される──そう思った矢先。
「ケイ、これは人間でいう『デート』に分類されますか?」
……俺の脳内で何かが爆発した。
「はぁ!?」
突然の爆弾発言に、思わず足が止まる。
アルテミスは相変わらず冷静な顔で、まっすぐに俺を見上げていた。
真顔のまま、そんなトンデモ単語を放り込んでくるな。
「美術館や博物館でのデートは一般的であると学習しました。こうして二人で来ている以上、これは『デート』なのでは?」
「いやいやいや、待て待て待て!」
俺は思わず額を押さえる。深く息を吐いた。
「……お前な、デートってのは、こう……『好きな相手と一緒に過ごす楽しい時間』みたいな、そういうもんだろ?」
「現在、ケイと私は共に行動し、私は学習を楽しんでいます」
「俺は楽しんでねぇよ!」
即答した。
なのに、アルテミスはきょとんとした顔で小首をかしげる。
「では、ケイが楽しめば、これはデートになるのですか?」
「違う!」
「なるほど。ケイが楽しくないからデートではないのですね」
「そもそも俺、付き合わされてるだけだからな!」
しばらく思案していたアルテミスは、納得したように──いや、納得するな──コクンと頷いた。
「では、ケイが自主的に私を誘えば、それはデートに分類されますね」
「しねぇから安心しろ!!」
美術館を出たころには、もう心身ともにぐったりしていた。
夜の空気はひんやりとして、ようやく静けさを取り戻せそうな気がしたのに──
「本日の展示では、色彩による象徴表現と光源の扱いに共通点が見られました。特に3階第2ホールの──」
「……なぁ、そろそろ静かにできねぇか?」
「しかし、学習した内容のアウトプットは重要です」
「お前、アンドロイドのくせに美術館好きすぎるだろ……」
「次の企画展のチケットを取得しました」
「お前もう勝手に次の取ってんのかよ!?」
「継続的な学習は重要です」
「どこまで俺を引きずり回す気だ……」
「次回はケイも楽しめるよう、事前に趣味を考慮して選定します」
「絶対嘘だ! お前、俺の趣味なんて一ミリも考えてねぇだろ!」
「さて、どこに行きたいですか?」
「この世にそんな場所はねぇ!」
「では、私が決めますね」
「おいッ!!」
俺の叫びが夜空に吸い込まれていく。
その隣で、アルテミスはほんの少しだけ歩幅を合わせるようにして、満足げな無表情をこちらに向けていた。
帰り道。
美術館を出てからというもの、アルテミスは終始、無表情ながらどこか満足げだった。
まあ、本人がそう言ったわけじゃないが──たぶん、そういうプログラムだ。
通りに出ると、信号待ちの人混みの中に混ざる。
午後の光がだいぶ傾き、街灯がうっすらと点き始めていた。
ふと、隣を歩くアルテミスが口を開く。
「……ケイ。あなたには、家族がどれくらいいるのですか?」
唐突な問いに、思わず足が止まりかける。
「は? なんだよ急に」
「あなたの行動傾向や嗜好を理解するために、基盤となる環境要因を収集しています」
「……アンケートかよ」
思わずため息が漏れた。
確かに、こいつはそういう“学習”を重視するアンドロイドだ。
でもよりによって、そんな話を今? このタイミングで?
信号が青に変わる。
俺たちは横断歩道を渡りながら、なんとなく話を続けた。
「今はバアさんと二人暮らしだ。って行っても俺はほぼ研究室に寝泊まりしてるけどな。それ以外は……いねぇよ。昔はいたけど、今はもう、ほぼ他人だ」
アルテミスはしばし黙って俺の横を歩いていたが、やがて静かに口を開いた。
「……失礼しました。不快でしたか?」
「いや、別に。聞きたいなら聞けばいいさ。全部話すかどうかは別だけどな」
言いながら、自分で驚いた。こんなに素直に答えるとは思ってなかった。
──ま、今日の疲れで脳が回ってねぇだけだ。
「では、補足質問を──」
「面倒だからそれ以上深掘りするなら、バアさんにでも聞いてくれ」
「了解しました。次回、シズ様に確認します」
「いや、待て待て。バアさんに任せたら、余計なことまで全部話される……」
頭を抱える俺に、アルテミスは首を傾げた。
「ならば、なぜご自身で話そうとされないのですか?」
「それは──」
答えかけたが、言葉に詰まる。
なんで、だろうな。
気づけば、俺たちは駅前の広場に出ていた。 喧騒の中、淡い夕暮れが落ちていく。
「……ま、別に今じゃなくてもいいだろ」
俺がそう締めくくると、アルテミスは静かに頷いた。
「了解しました。今は、記録を保留します」
お前の記録に“保留”なんて項目があるのかよ……。
そうツッコもうとして、やめた。
なんとなく、このまま歩く静けさが、今はちょうどいい気がした。
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