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四度目の人生
第30話 良い報告と悪い報告
私が処刑されるまでに、シメオン様は牢屋に二度訪れたことはない。だから、二度目に訪れる時は、きっといい結果を持ってきてくれる時だと信じていた。――信じていたかった。しかし。
「……シア様。アリシア様」
小さな声で名前を呼ばれ、肩を揺らされたところで、私ははっと目を開いた。すると目の前には深くフードを被ったローブ姿の人がいて、思わず叫びそうになったが、すぐに大きな手で口を塞がれた。
「私です。シメオンです。驚かせてしまって申し訳ございません。手を離します。お静かに。いいですね?」
私がこくこくと頷くと、私の口からシメオン様の手が離れた。
今は夜だ。
天井高く設けられた窓から太陽の光がかろうじて入ることはあっても、月や星の光まで届くことはない。だからいつもこの牢獄の夜は酷く暗く、何もすることはできないので暗くなったら眠ることが習慣になっていた。
そこへ黒のローブをまとったシメオン様が小さなランプを片手にやって来たのだ。驚かないはずがない。
「シメオン様、どうされたのですか。何があったのですか? 何か進展が?」
「ええ。良いご報告と悪いご報告があります」
こんな夜に忍び込まなければならないほどの重要な話ということだ。私は一つ深呼吸すると頷いた。
「はい。お願いいたします」
「はい。まずは良いご報告ですが、お預かりした包帯に染みこませた紅茶から毒物は検出されませんでした」
「やはり! それがあればわたくしの無実は証明されますね? いえ、証明されなくても、もう一度新たな方向で再調査はされますよね?」
「……ええ。それがあれば再調査されるでしょう」
朗報に心逸ったが、シメオン様のご様子を見て、とても嫌な胸騒ぎがした。
悪い報告とは一体何だろう。
「では、悪いご報告というのは」
「はい。続きまして、悪いご報告をお伝えいたします。その毒物の検査結果と証拠品の包帯ですが――盗まれました」
「っ!」
私は叫びそうになった自分の口を押えた。
「つまりそれは……」
「ええ。菓子に関わる再調査をされたくない人間、エレーヌ王女殿下側の人間の仕業でしょうね。あるいは王太子殿下のご指示かと。王太子殿下は、ミラディア王女殿下の殺害未遂事件に直接関わっていないと見ておりますが、リーチェ侯爵令嬢がエレーヌ王女殿下と共謀している以上、幇助はされていることでしょう」
シメオン様は眉をひそめ、悔しそうに噛みしめる。
「秘密裏に調査しているつもりでしたが、私が調査を始めた頃から既に第三者機関へ間者を忍び込ませていたのだと思われます」
だとしたら、それは王太子殿下の指示によるもので間違いない。彼には陛下、王妃殿下に次いで指先一つで簡単に人を動かすだけの権限が与えられている。
「どうしたら……。それがないとわたくしの無実が立証できないのに」
お茶に毒は入っていなかったという証拠品を作るために、シメオン様を傷つけてまで回帰したと言うのに。――いいえ。駄目。希望を捨てては駄目。他に私の無実を立証してくれるものはないか考えなければ。何か。何か。
我知らず両手を強く組む。
「アリシア様。それでこれからのことですが」
「――あ!」
私ははっと顔を上げる。
「そういえば、わたくしに脅されて毒を入れたと証言した侍女はどうなったのでしょうか。彼女はきっと騒ぎに乗じて毒物の瓶を仕込まれて、リーチェらに脅されただけです。ですから身の安全を保障することを約束すれば、彼女に証言してもらえるかもしれません」
「アリシア様」
「も、もちろんそれだけでは立証は難しいかもしれませんが、再考の一つにしていただけるのでは。皆が見守る中、彼女もまた毒を入れる機会などなかったのは明らかなのですから」
自分のことで精一杯で、侍女のダリアさんのことまで考えが及ばなかったが、そもそも彼女は無事なのだろうか。彼女もどこかの牢屋に入れられているのだろうか。
「……毒を入れたと証言した侍女ですか」
「ええ!」
やはり既に王太子殿下側に囲われていて、証言は難しいのだろうか。それともまさか、もう既に口封じされて……?
目を細めるシメオン様に私は息を呑んだ。
「……シア様。アリシア様」
小さな声で名前を呼ばれ、肩を揺らされたところで、私ははっと目を開いた。すると目の前には深くフードを被ったローブ姿の人がいて、思わず叫びそうになったが、すぐに大きな手で口を塞がれた。
「私です。シメオンです。驚かせてしまって申し訳ございません。手を離します。お静かに。いいですね?」
私がこくこくと頷くと、私の口からシメオン様の手が離れた。
今は夜だ。
天井高く設けられた窓から太陽の光がかろうじて入ることはあっても、月や星の光まで届くことはない。だからいつもこの牢獄の夜は酷く暗く、何もすることはできないので暗くなったら眠ることが習慣になっていた。
そこへ黒のローブをまとったシメオン様が小さなランプを片手にやって来たのだ。驚かないはずがない。
「シメオン様、どうされたのですか。何があったのですか? 何か進展が?」
「ええ。良いご報告と悪いご報告があります」
こんな夜に忍び込まなければならないほどの重要な話ということだ。私は一つ深呼吸すると頷いた。
「はい。お願いいたします」
「はい。まずは良いご報告ですが、お預かりした包帯に染みこませた紅茶から毒物は検出されませんでした」
「やはり! それがあればわたくしの無実は証明されますね? いえ、証明されなくても、もう一度新たな方向で再調査はされますよね?」
「……ええ。それがあれば再調査されるでしょう」
朗報に心逸ったが、シメオン様のご様子を見て、とても嫌な胸騒ぎがした。
悪い報告とは一体何だろう。
「では、悪いご報告というのは」
「はい。続きまして、悪いご報告をお伝えいたします。その毒物の検査結果と証拠品の包帯ですが――盗まれました」
「っ!」
私は叫びそうになった自分の口を押えた。
「つまりそれは……」
「ええ。菓子に関わる再調査をされたくない人間、エレーヌ王女殿下側の人間の仕業でしょうね。あるいは王太子殿下のご指示かと。王太子殿下は、ミラディア王女殿下の殺害未遂事件に直接関わっていないと見ておりますが、リーチェ侯爵令嬢がエレーヌ王女殿下と共謀している以上、幇助はされていることでしょう」
シメオン様は眉をひそめ、悔しそうに噛みしめる。
「秘密裏に調査しているつもりでしたが、私が調査を始めた頃から既に第三者機関へ間者を忍び込ませていたのだと思われます」
だとしたら、それは王太子殿下の指示によるもので間違いない。彼には陛下、王妃殿下に次いで指先一つで簡単に人を動かすだけの権限が与えられている。
「どうしたら……。それがないとわたくしの無実が立証できないのに」
お茶に毒は入っていなかったという証拠品を作るために、シメオン様を傷つけてまで回帰したと言うのに。――いいえ。駄目。希望を捨てては駄目。他に私の無実を立証してくれるものはないか考えなければ。何か。何か。
我知らず両手を強く組む。
「アリシア様。それでこれからのことですが」
「――あ!」
私ははっと顔を上げる。
「そういえば、わたくしに脅されて毒を入れたと証言した侍女はどうなったのでしょうか。彼女はきっと騒ぎに乗じて毒物の瓶を仕込まれて、リーチェらに脅されただけです。ですから身の安全を保障することを約束すれば、彼女に証言してもらえるかもしれません」
「アリシア様」
「も、もちろんそれだけでは立証は難しいかもしれませんが、再考の一つにしていただけるのでは。皆が見守る中、彼女もまた毒を入れる機会などなかったのは明らかなのですから」
自分のことで精一杯で、侍女のダリアさんのことまで考えが及ばなかったが、そもそも彼女は無事なのだろうか。彼女もどこかの牢屋に入れられているのだろうか。
「……毒を入れたと証言した侍女ですか」
「ええ!」
やはり既に王太子殿下側に囲われていて、証言は難しいのだろうか。それともまさか、もう既に口封じされて……?
目を細めるシメオン様に私は息を呑んだ。
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