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1.やんごとなきお方からのご依頼
第5話 奪還作戦決行へ
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殿下の言う通り、確かにユリウスは何を着せても似合っていて格好いいのだが、彼から滲み出る気品は隠し切れていない。下町で庶民相手のカフェの店主をするようになって少しは馴染んだかと思ったが、やはりそうではなかったらしい。
そんなユリウスはこちらに気付いて、美しい所作で足早にやって来た。
「遅れまして申し訳ありません、殿下。……今宵もお美しいことで」
「ありがとう。惚れていいよ」
「いえ。謹んでご遠慮申し上げます」
ユリウスは殿下の言葉を唇のみにのせた笑みで軽く流して、アレン様に目を向けた。
「アレン様、お久しぶりです」
「ユリウス君、本当にお久しぶりだね。また修練場にも顔を出して、汗を流しに来てくれ」
「ありがとうございます」
騎士になるわけでもなかっただろうが、ユリウスも幼い頃から剣術を習っていたらしい。私はあまり彼の事を知らないようだ。
「ところでユリウス。さっきアレンにも言っていたんだけどね。君には、その服は似合っていない。とても従業員には見えなくて、明らかに浮いているよ。悪目立ちするから着替えて客役をやって」
「お言葉ですが、それでは何かあった時に補助できませんから」
「けどねー」
「それよりマディ」
殿下の言葉を遮ってユリウスの視線がこちらに移るが、その瞳は冷たい。
何だろう。早速、何かやらかしただろうか。
「マディこそ、その格好は何だ」
「え?」
今日は長い栗毛を編み込んで一つまとめにし、薄くはあるが、化粧もしてもらっている。ドレスは無駄な装飾が一切省かれたワンショルダータイプで身体に沿った黒ドレスだ。太ももからスリットが大胆に入っているのはご愛敬だろう。
こんなドレスを身につけるなんて初めてだから、服に着られているのかもしれないが、ドレスコードとしては合っていると思う。ましてこれはこの賭場で実際使われていた女性ディーラー用のドレスだと聞く。何も間違ってはいないはずだが。
「肌を露出しすぎだろ」
「え。でも」
私は不安になって左隣を見て、次に右隣を見る。他の女性ディーラー役の方も間違いなく同じ物を着用しているのを確認したところで、再び彼に視線を戻した。
「皆も着ているけど」
「マディには似合っていない」
つまりユリウスは良い意味で似合っていなくて、私は悪い意味で似合っていないと言いたいのか。自覚してはいるが、はっきり言うな!
「似合っていなくて悪かったですね!」
頭には来るが虚しくも反論する言葉はなく、ただ負け犬のように吠えて、腕を組んでそっぽを向くのが精一杯だ。
「ま、まあまあ。ユリウス君も大人げない所があるんだな。まあ、気持ちは分かるけどさ」
苦笑するアレン様の言葉を無視して、ユリウスは殿下を睨み付けるように目を細めた。
「殿下。どうしてこのドレスなのですか」
「ここで実際使われた服を皆に着用してもらっているだけだよ。色香で男性客を釣って惑わせる作戦なんだろうね。実際は華だけではなく、花も売りにしていたみたいだけど」
花を売るって、春を売るの隠語であることぐらいは私だって分かる。と言うか、それを殿下が知っているのもどうかとは思う。
「そこまで分かっていて、どうして」
「経費削減が一つ。もう一つは、ああいう人間はどこの町でも同じ事をやらかしている。色んな賭場にも出入りしているだろう。忠実に再現しなければ疑われる。だからだよ」
「しかし」
「ああ、ほら。標的が到着した合図だ。各々配置につけ」
まだ反論しようとしたユリウスを遮って、殿下はホール全体に指示を送った。
ユリウスは仕方なく口を閉ざすと、私をひと睨みしてから離れる。
何で私を睨むのよ?
再びむっとしながら私もまた自身のテーブルについた。
「それにしても、こっちには来ないね」
件の人物が入って来て随分時間が経ったにもかかわらず、私のテーブルには一向に訪れない状況に、殿下はつまらなさそうに呟いた。
他のテーブルではどこも盛況の様子なのに、ここは殿下の他に囮役の騎士が二人座っているのみだ。一応ここでもゲームを行っているが、殿下との身分差で恐縮しているのか、はたまた男性とは思えない美しさにやられたのか緊張気味で、会話もほとんど無い。ここは他とは違い、和やかさとは程遠い。
皆、楽しそうだなぁ……。
ちょっと遠い目になった。
「おまけに本気でやっている? さっきから僕、負け無しなんだけど。僕が相手だからって遠慮しなくていいよ?」
殿下は小首を傾げ、自分の持ち札、絵札と10の数字が書かれたカードをテーブルに置いて、指でとんとんと叩いた。
カードゲームはあまり詳しくないので、引いたカードの数字の合計を21に近づけるゲームを担当することにした。
1は『1』か『11』を選べ、絵札は全て『10』として計算する。合計が21に近い方が勝ちで、できるだけ近づけるのがいいが、それを超えたら無条件に負け。なお、もし同数だとしたら『21』を含め、枚数が多い方を勝ちとする独自ルールを加えた。
「申し訳ございません。しかし恐れながら殿下がお強いのかと」
苦笑しながら答えて、私は再び視線をさっと周囲に滑らせた。
今はどういう状況になっているんだろう。まあ、別に私相手じゃなくても、他で取り返してくれればいい話ではある。
それでも思わず小さくため息をついた私に、殿下は何やら違った意味で捉えたようだ。
「心配しなくていいよ。人が集まらないからって、君の人気が無いという話じゃない。男は胸しか見ていないから。――ね?」
労りのお言葉を私にかけてくださり、横の騎士にも同意を得るために問いかけた。
「は、はい!? 俺は、あ、いえ、私はえっとそういう。――なあ!?」
「えっ、お、俺!? い、いえ、はい、その、ええっと。ひ、人それぞれかと!」
私と殿下の狭間で、泡を食っている二人の騎士の姿が何とも気の毒である。
それにしても身分の低い私にまでお気遣いいただき、輝く笑顔で慰めてくださるとは何とお優しい御方か。
私は微笑を返した。
……しかしお気づきだろうか。その笑顔の裏で、殿下の言葉が私の胸をより深く抉っていることに。ええ、ええ。人知れず心の涙をそっと拭いましたよ。
「さてと。近況を聞いてみようか」
殿下は視線を横に流すと、少し離れた所で給仕していたユリウスに合図をして呼び寄せた。彼は一瞬私を見たが、すぐに殿下に視線を向ける。殿下は扇を広げると内緒話するように顔を寄せた。絵になる二人だ。
私は会話を聞き取ろうと耳を澄ませた。
「占い師と自称する割には特別勝ちが続いているわけではありません」
「ふーん。やっぱり占い師と言うのは名ばかりだね。賭場師役の皆も素人だから、わざと勝たせるというのは難しいか」
「そうですね。我々の目的は全て回収することです。負けばかり続くとさすがに彼も身を引くでしょう」
「うん、そうだね。じゃあ、いよいよ君の出番かな。最初は勝たせて、最後にどかんと逆転して全額巻き上げるんだ」
殿下は私に視線を寄越すと、いとも簡単に言ってくれた。そのまま扇をとんと閉じると、横の騎士に目線を送る。
「じゃあ、君たち。この勝利金を持って、目標の男の側でさりげなく話してきて。ここの新人ディーラーのおかげで大儲けしたとね」
「はい! 承知いたしました」
直立不動で命令を受けると彼らは去った。
「これからが君の仕事だ。頼むね。じゃあ、僕は一度席を立つけど、ユリウスとすぐ側にいるから安心して」
「は、はい」
私がユリウスに視線を送ると彼も小さく笑って頷く。
彼の笑みにほっとしたが、息を吐いて高鳴る鼓動を整える時すら待たずして、例の男がやって来た。
不健康そうな痩せ型で、薄い唇に腫れぼったい目が人相を悪くしている。この男が詐欺師か。
「ここは何のゲームかな」
「こちらは『21』になります」
「そうか。じゃあ、よろしく頼む」
「はい」
緊張を緩和できないまま始めたことが原因だろう。手が滑ってカードをテーブルにまき散らしてしまった。
「し、失礼いたしました」
しかし殿下が流した『新人ディーラー』の言葉に信憑性が増して、かえって男に安心感を与えたようだ。
「いや。気にしなくていいよ。ゆっくりやろう」
「は、はい。ありがとうございます」
今度こそ呼吸を整えるとゲームを始めた。
「また俺の勝利だ」
男がにぃっと唇を横に引くのを、私は強ばった笑みで答えた。
先ほどから数回勝たせているが、あまり連続して勝たせると不信感を抱かれるかもしれない。しかし最後の勝負で全財産を賭けさせ、一気に巻き上げるためには、勝利を確信させる必要もある。どうしたものか。
すると。
「こちらの席、よろしいでしょうか?」
男に声をかけたのは殿下である。
私と違って緊張の欠片も見せないのは王宮生活で培われたものなのか、元々の性格がふてぶてしいだけなのか、殿下は臆することなくにっこり笑みを浮かべた。
「先ほどから拝見しておりましたの。とてもお強いのですね。素敵!」
「あ、ああ。ありがとう」
「わたくし、このゲームは初めてですの。教えてくださる?」
「もちろんですよ。私のチップをお使いください」
「ありがとうございます」
しなだれかかる殿下に男の鼻の下はすっかり伸びている。
ああ、もう何か。男って……(以下略)。
思わず冷めた目で二人のやり取りを見守る。
「こう、これでいいかしら」
「いいですね。それで行きましょう」
「ええ。それでは勝負!」
きりっと表情を引き締めて、こちらを見つめる殿下。
私はもちろん勝負を受けて二枚のカードで合計数18のカードを開示すると、殿下は二枚のカードで20だった。
「きゃあ! やったわ。勝ちましたわ!」
「やりましたね!」
「ありがとう。あなたのおかげですわ」
嬉しそうに彼の腕に自分の腕を絡ませる殿下。
何だろう。この憎々しいまでの愛らしさは。愛しさ余ってパーではたきたい気持ちになる。……いや。相手は殿下だ。気を確かに持て。頑張れ、私。
悔しいが、殿下のおかげで男はすっかりご満悦になり、大きな自信にも繋がったようで勝たせやすくなった。さらに評判を呼び――まあ、この会場の者は全て偽客だが――客からの感嘆の声を浴びて、勝負強さの実感に拍車をかけたようだ。
しかし、勝たせ続けるのもそろそろ限界だし、男も元手を倍以上にはできたと考えているはずだ。このまま勝ち逃げされてはならない。
同じ事をユリウスも感じていたようで、彼は一歩前に出ると男に近付く。
「お客様、そろそろ」
そこまで言ったところで、殿下がすかさず口を挟む。
「あら、あなた。この方がお強いからと言って、追い出すつもりではありませんわよね」
「それは」
「いやいや。構いませんよ。確かに夜も更けて来ましたしね。しかしねぇ。楽しい夜に美しいご婦人の気分を害するのはいかがなものかと」
「……それでは、あと一勝負だけということで」
さすがユリウスと殿下だ。男を上手く誘導し、最後の勝負に持ってきた。
「では最後の勝負だ」
私は注意深く頷くとシャッフルして、カードを二枚ずつ交互に配り、互いに確認する。
私のカードは『1』と『10』だ。と言うことは『1』を『11』と見なせば計21となり最強で、占いでも私の勝ちと出ている。つまり逆張りでは……負け。逆張り通り従うならば、手持ちのカードは目に留まらないからカードの交換ではなく、もう一枚追加で引くという占い結果になる。……けれど。
躊躇する私とは裏腹に、男はにやりと笑って口を開いた。
「俺の全財産を賭けよう」
会場がどよめくと同時に私の鼓動も激しく打った。
男は勝利を確信している。彼も私と同じく21に違いない。
この勝負が最後だから、引き分けでも男はこれまで積み重ねた勝利金を持って帰ることができる。これ以上のリスクを背負う必要は無い。片や、私が勝つためには3枚目を引く必要がある。しかし、もし3枚目で10か絵札以外を引いて負けたら、こちらがさらに倍額を払わなければならなくなるのだ。
ユリウスは逆張りでも百発百中は言い過ぎだと言った。ただ、あの場凌ぎで彼が平然と嘘をついていただけかもしれない。けれど一方で彼が言った通り、私の占いは決して完璧ではないのかもしれないと思う。どれくらいの的中率なのか分からないが、もしそのわずかな数字がこの一勝負に当てはまってしまったら……。
この場の誰もが固唾を呑んで見守る中、私はカードを持つ手の震えを止められなかった。
そんなユリウスはこちらに気付いて、美しい所作で足早にやって来た。
「遅れまして申し訳ありません、殿下。……今宵もお美しいことで」
「ありがとう。惚れていいよ」
「いえ。謹んでご遠慮申し上げます」
ユリウスは殿下の言葉を唇のみにのせた笑みで軽く流して、アレン様に目を向けた。
「アレン様、お久しぶりです」
「ユリウス君、本当にお久しぶりだね。また修練場にも顔を出して、汗を流しに来てくれ」
「ありがとうございます」
騎士になるわけでもなかっただろうが、ユリウスも幼い頃から剣術を習っていたらしい。私はあまり彼の事を知らないようだ。
「ところでユリウス。さっきアレンにも言っていたんだけどね。君には、その服は似合っていない。とても従業員には見えなくて、明らかに浮いているよ。悪目立ちするから着替えて客役をやって」
「お言葉ですが、それでは何かあった時に補助できませんから」
「けどねー」
「それよりマディ」
殿下の言葉を遮ってユリウスの視線がこちらに移るが、その瞳は冷たい。
何だろう。早速、何かやらかしただろうか。
「マディこそ、その格好は何だ」
「え?」
今日は長い栗毛を編み込んで一つまとめにし、薄くはあるが、化粧もしてもらっている。ドレスは無駄な装飾が一切省かれたワンショルダータイプで身体に沿った黒ドレスだ。太ももからスリットが大胆に入っているのはご愛敬だろう。
こんなドレスを身につけるなんて初めてだから、服に着られているのかもしれないが、ドレスコードとしては合っていると思う。ましてこれはこの賭場で実際使われていた女性ディーラー用のドレスだと聞く。何も間違ってはいないはずだが。
「肌を露出しすぎだろ」
「え。でも」
私は不安になって左隣を見て、次に右隣を見る。他の女性ディーラー役の方も間違いなく同じ物を着用しているのを確認したところで、再び彼に視線を戻した。
「皆も着ているけど」
「マディには似合っていない」
つまりユリウスは良い意味で似合っていなくて、私は悪い意味で似合っていないと言いたいのか。自覚してはいるが、はっきり言うな!
「似合っていなくて悪かったですね!」
頭には来るが虚しくも反論する言葉はなく、ただ負け犬のように吠えて、腕を組んでそっぽを向くのが精一杯だ。
「ま、まあまあ。ユリウス君も大人げない所があるんだな。まあ、気持ちは分かるけどさ」
苦笑するアレン様の言葉を無視して、ユリウスは殿下を睨み付けるように目を細めた。
「殿下。どうしてこのドレスなのですか」
「ここで実際使われた服を皆に着用してもらっているだけだよ。色香で男性客を釣って惑わせる作戦なんだろうね。実際は華だけではなく、花も売りにしていたみたいだけど」
花を売るって、春を売るの隠語であることぐらいは私だって分かる。と言うか、それを殿下が知っているのもどうかとは思う。
「そこまで分かっていて、どうして」
「経費削減が一つ。もう一つは、ああいう人間はどこの町でも同じ事をやらかしている。色んな賭場にも出入りしているだろう。忠実に再現しなければ疑われる。だからだよ」
「しかし」
「ああ、ほら。標的が到着した合図だ。各々配置につけ」
まだ反論しようとしたユリウスを遮って、殿下はホール全体に指示を送った。
ユリウスは仕方なく口を閉ざすと、私をひと睨みしてから離れる。
何で私を睨むのよ?
再びむっとしながら私もまた自身のテーブルについた。
「それにしても、こっちには来ないね」
件の人物が入って来て随分時間が経ったにもかかわらず、私のテーブルには一向に訪れない状況に、殿下はつまらなさそうに呟いた。
他のテーブルではどこも盛況の様子なのに、ここは殿下の他に囮役の騎士が二人座っているのみだ。一応ここでもゲームを行っているが、殿下との身分差で恐縮しているのか、はたまた男性とは思えない美しさにやられたのか緊張気味で、会話もほとんど無い。ここは他とは違い、和やかさとは程遠い。
皆、楽しそうだなぁ……。
ちょっと遠い目になった。
「おまけに本気でやっている? さっきから僕、負け無しなんだけど。僕が相手だからって遠慮しなくていいよ?」
殿下は小首を傾げ、自分の持ち札、絵札と10の数字が書かれたカードをテーブルに置いて、指でとんとんと叩いた。
カードゲームはあまり詳しくないので、引いたカードの数字の合計を21に近づけるゲームを担当することにした。
1は『1』か『11』を選べ、絵札は全て『10』として計算する。合計が21に近い方が勝ちで、できるだけ近づけるのがいいが、それを超えたら無条件に負け。なお、もし同数だとしたら『21』を含め、枚数が多い方を勝ちとする独自ルールを加えた。
「申し訳ございません。しかし恐れながら殿下がお強いのかと」
苦笑しながら答えて、私は再び視線をさっと周囲に滑らせた。
今はどういう状況になっているんだろう。まあ、別に私相手じゃなくても、他で取り返してくれればいい話ではある。
それでも思わず小さくため息をついた私に、殿下は何やら違った意味で捉えたようだ。
「心配しなくていいよ。人が集まらないからって、君の人気が無いという話じゃない。男は胸しか見ていないから。――ね?」
労りのお言葉を私にかけてくださり、横の騎士にも同意を得るために問いかけた。
「は、はい!? 俺は、あ、いえ、私はえっとそういう。――なあ!?」
「えっ、お、俺!? い、いえ、はい、その、ええっと。ひ、人それぞれかと!」
私と殿下の狭間で、泡を食っている二人の騎士の姿が何とも気の毒である。
それにしても身分の低い私にまでお気遣いいただき、輝く笑顔で慰めてくださるとは何とお優しい御方か。
私は微笑を返した。
……しかしお気づきだろうか。その笑顔の裏で、殿下の言葉が私の胸をより深く抉っていることに。ええ、ええ。人知れず心の涙をそっと拭いましたよ。
「さてと。近況を聞いてみようか」
殿下は視線を横に流すと、少し離れた所で給仕していたユリウスに合図をして呼び寄せた。彼は一瞬私を見たが、すぐに殿下に視線を向ける。殿下は扇を広げると内緒話するように顔を寄せた。絵になる二人だ。
私は会話を聞き取ろうと耳を澄ませた。
「占い師と自称する割には特別勝ちが続いているわけではありません」
「ふーん。やっぱり占い師と言うのは名ばかりだね。賭場師役の皆も素人だから、わざと勝たせるというのは難しいか」
「そうですね。我々の目的は全て回収することです。負けばかり続くとさすがに彼も身を引くでしょう」
「うん、そうだね。じゃあ、いよいよ君の出番かな。最初は勝たせて、最後にどかんと逆転して全額巻き上げるんだ」
殿下は私に視線を寄越すと、いとも簡単に言ってくれた。そのまま扇をとんと閉じると、横の騎士に目線を送る。
「じゃあ、君たち。この勝利金を持って、目標の男の側でさりげなく話してきて。ここの新人ディーラーのおかげで大儲けしたとね」
「はい! 承知いたしました」
直立不動で命令を受けると彼らは去った。
「これからが君の仕事だ。頼むね。じゃあ、僕は一度席を立つけど、ユリウスとすぐ側にいるから安心して」
「は、はい」
私がユリウスに視線を送ると彼も小さく笑って頷く。
彼の笑みにほっとしたが、息を吐いて高鳴る鼓動を整える時すら待たずして、例の男がやって来た。
不健康そうな痩せ型で、薄い唇に腫れぼったい目が人相を悪くしている。この男が詐欺師か。
「ここは何のゲームかな」
「こちらは『21』になります」
「そうか。じゃあ、よろしく頼む」
「はい」
緊張を緩和できないまま始めたことが原因だろう。手が滑ってカードをテーブルにまき散らしてしまった。
「し、失礼いたしました」
しかし殿下が流した『新人ディーラー』の言葉に信憑性が増して、かえって男に安心感を与えたようだ。
「いや。気にしなくていいよ。ゆっくりやろう」
「は、はい。ありがとうございます」
今度こそ呼吸を整えるとゲームを始めた。
「また俺の勝利だ」
男がにぃっと唇を横に引くのを、私は強ばった笑みで答えた。
先ほどから数回勝たせているが、あまり連続して勝たせると不信感を抱かれるかもしれない。しかし最後の勝負で全財産を賭けさせ、一気に巻き上げるためには、勝利を確信させる必要もある。どうしたものか。
すると。
「こちらの席、よろしいでしょうか?」
男に声をかけたのは殿下である。
私と違って緊張の欠片も見せないのは王宮生活で培われたものなのか、元々の性格がふてぶてしいだけなのか、殿下は臆することなくにっこり笑みを浮かべた。
「先ほどから拝見しておりましたの。とてもお強いのですね。素敵!」
「あ、ああ。ありがとう」
「わたくし、このゲームは初めてですの。教えてくださる?」
「もちろんですよ。私のチップをお使いください」
「ありがとうございます」
しなだれかかる殿下に男の鼻の下はすっかり伸びている。
ああ、もう何か。男って……(以下略)。
思わず冷めた目で二人のやり取りを見守る。
「こう、これでいいかしら」
「いいですね。それで行きましょう」
「ええ。それでは勝負!」
きりっと表情を引き締めて、こちらを見つめる殿下。
私はもちろん勝負を受けて二枚のカードで合計数18のカードを開示すると、殿下は二枚のカードで20だった。
「きゃあ! やったわ。勝ちましたわ!」
「やりましたね!」
「ありがとう。あなたのおかげですわ」
嬉しそうに彼の腕に自分の腕を絡ませる殿下。
何だろう。この憎々しいまでの愛らしさは。愛しさ余ってパーではたきたい気持ちになる。……いや。相手は殿下だ。気を確かに持て。頑張れ、私。
悔しいが、殿下のおかげで男はすっかりご満悦になり、大きな自信にも繋がったようで勝たせやすくなった。さらに評判を呼び――まあ、この会場の者は全て偽客だが――客からの感嘆の声を浴びて、勝負強さの実感に拍車をかけたようだ。
しかし、勝たせ続けるのもそろそろ限界だし、男も元手を倍以上にはできたと考えているはずだ。このまま勝ち逃げされてはならない。
同じ事をユリウスも感じていたようで、彼は一歩前に出ると男に近付く。
「お客様、そろそろ」
そこまで言ったところで、殿下がすかさず口を挟む。
「あら、あなた。この方がお強いからと言って、追い出すつもりではありませんわよね」
「それは」
「いやいや。構いませんよ。確かに夜も更けて来ましたしね。しかしねぇ。楽しい夜に美しいご婦人の気分を害するのはいかがなものかと」
「……それでは、あと一勝負だけということで」
さすがユリウスと殿下だ。男を上手く誘導し、最後の勝負に持ってきた。
「では最後の勝負だ」
私は注意深く頷くとシャッフルして、カードを二枚ずつ交互に配り、互いに確認する。
私のカードは『1』と『10』だ。と言うことは『1』を『11』と見なせば計21となり最強で、占いでも私の勝ちと出ている。つまり逆張りでは……負け。逆張り通り従うならば、手持ちのカードは目に留まらないからカードの交換ではなく、もう一枚追加で引くという占い結果になる。……けれど。
躊躇する私とは裏腹に、男はにやりと笑って口を開いた。
「俺の全財産を賭けよう」
会場がどよめくと同時に私の鼓動も激しく打った。
男は勝利を確信している。彼も私と同じく21に違いない。
この勝負が最後だから、引き分けでも男はこれまで積み重ねた勝利金を持って帰ることができる。これ以上のリスクを背負う必要は無い。片や、私が勝つためには3枚目を引く必要がある。しかし、もし3枚目で10か絵札以外を引いて負けたら、こちらがさらに倍額を払わなければならなくなるのだ。
ユリウスは逆張りでも百発百中は言い過ぎだと言った。ただ、あの場凌ぎで彼が平然と嘘をついていただけかもしれない。けれど一方で彼が言った通り、私の占いは決して完璧ではないのかもしれないと思う。どれくらいの的中率なのか分からないが、もしそのわずかな数字がこの一勝負に当てはまってしまったら……。
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