つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第69話 護衛官は爽やかがいい

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「失礼いたします」

 護衛官室を通って殿下の執務室に入室する。

「ああ。ご苦労さ――どうした? 顔が冴えないな」

 私の顔を見るなり、先制攻撃をしかけてくる殿下。

顔色・・のお間違いでは!?」

 私が拳を作って吠えながら訂正すると、殿下は悪い悪い冗談だと笑った。
 この男、ぜんっぜん悪いと思っていないですよ!

「それで? 何があった?」

 私は自分の席に着こうとしたけれど、殿下が興味深くお尋ねになったので足を止めた。

「本日、二件ほど口舌での戦いを繰り広げて参りましたもので」
「なるほど。それで対戦成績は?」
「一勝一敗といったところでしょうか」
「意外だな。全勝かと思っていた」

 殿下はとうとう持っていたペンまで下ろし、顎の前で両手を組んで聴き体勢になった。

「弁の立つ君を負かした人間はどんな人間か興味があるな」
「殿下のご興味を引くほどの内容ではないのですが、ジェラルド様の送迎についての会話ですね。いつの間にかジェラルド様のペースに呑まれてしまいます」
「ああ。ジェラルドか。彼は理論と感情の揺さぶりを巧みに操って攻めてくるからな」

 なるほど。私は勢いだけで押し切ろうとするから駄目なのか。……弟子入りしたい。

「それでもそのジェラルドも君には甘いようだが」
「え?」
「ジェラルドは、君は芯が通った聡明で素敵な令嬢だと言っていた」
「まあ!」

 私の居ない所でもそう言ってくださるのは、たとえお世辞だとしても嬉しいです。ジェラルドさんへの好感度がグングン上がります。

「どうだ? 彼は君に対する評価が甘いだろう? 最近、彼の目の前が曇っているのではないかと心配している」

 半ば目を伏せてため息をつく殿下に、私の片眉がぴくりと上がった。

「いえいえ。とんでもないことでございます。ジェラルド様は鈍感な、どなた様かとは違って、さすがお目が高いですわね」
「ほぉ。鈍感などなた様とは?」

 今度は殿下の片眉が上がる。

「さあ。どなた様でしょう」

 私はほほほと唇に手を当てて笑った。

「まあ。本気はさておきですね。ジェラルド様がわたくしにしてくださっている送迎なのですが、本当にこのままでよろしいのでしょうか。あまりにもジェラルド様の能力に見合わない任務だと思い、心苦しいのですが」

 本気はさておきとは何だと前置きしつつ、殿下は答える。

「ああ。ジェラルドも不満はないようだし、構わない」
「それは殿下におっしゃらないだけでは。何よりも殿下付きの護衛官長様が朝夕の送迎時のみとはいえ、たびたび席を外していてはお困りになるのではありませんか」
「こちらは問題ない。グランデ副官長も有能だからな。彼が不在の間、しっかり任務を全うしてくれている」

 一度だけ副官長様をお見かけしたことがあるけれど、確か高身長で筋肉隆々の厳つい感じの方だったっけ。

「でしたらなぜその副官長様をわたくしの護衛にお付けにならなかったのですか」
「グランデ副官長は年齢的には彼の方が少しばかり若いが、強面で体格ががっしりしていて女性、子供には少々恐れられるからジェラルドの方が良いかと思ってのことだ」

 確かにジェラルドさんは、その実は筋肉質なのかもしれないが均整が取れた体で、普段はきりっと凛々しくて、笑顔になると爽やかな男前で圧迫感は無くて安心できる。

 いえ、何も副官長様が暑苦しくて男前ではないと言っているのではない。ジェラルドさんが爽やかな男前だと言っているだけだ。

 ただ、殿下のおっしゃる通り、グランデ副長官様だとさらに目立つことになるので、ジェラルドさんが付いてくださる方が私としてもありがたいのはありがたい。

「それに君は私の砦だからな。君に一番の護衛官を付けるのは当たり前だろう。まあ、急務の場合の変更は悪いが」
「……掃除婦に盾、そしてついには砦と来ましたか。様々な称号ありがたく存じます」

 嫌味っぽく言ってみたが、そうかそこまで喜んでもらえるとは良かったなどと軽く流された。――ちっ。

「では殿下とジェラルド様のご厚意をありがたく頂戴いたします」
「そうしてくれ。――ああ、そうだ。例の王宮内の掃除の話だが」
「はい」

 話が切り替わって私も気を引き締める。

「君の学校が休みの日に開始しよう。私もどれほどの影が存在するのか把握し切れていない。とりあえず下見をしようと思う」
「かしこまりました」

 場所だけ聞いておけば、一人で掃除に回ってもいい。危ない危ないって言うけれど、今まで何もなかったわけだし。

「だが、一人で回ることはしないように」
「な、なぜそれを」
「普通にやりそうだろ、君は」

 呆れたような目を向けてくる殿下。

「君はダングルベール子爵からお預かりしている大事なご令嬢だ。危険な真似をさせるわけにはいかない。これは命令だからな。必ず従うように」
「……承知いたしました」

 考えを先読みして釘を刺された私は仕方なく頷いた。
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