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第90話 クラウディア令嬢の傲慢な振る舞い
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叱責がこもったようなクラウディア嬢の呼び止めに、私はびくりと肩を振るわせた。
「よくも黙って行けるわね、あなた」
「は、はい? 何でしょうか」
クラウディア嬢が通り過ぎるまで壁に寄って礼を取っていたし、侍女として最低限の礼儀は払ったはずだ。けれど歩き出すのが早かっただろうか。それとも、もしかして噴水で出会った侍女と気付かれた?
顔を伏せて極力身を小さくしていたら、彼女は片足で苛立ったようにドンとヒールで地面を叩いた。
と言っても厚みのある絨毯が敷かれているので、音はほとんど吸収されている。
「何でしょうかですって? 見て分からない? わたくし、ハンカチを落としてしまったの」
視線を床に落とすと、なるほど、淡い色の上品そうなハンカチが落ちている。
「侍女ならさっさと拾いなさいよ。使えない愚図ね!」
は? 愚図ですって? そちらこそ何言ってるのよ! 私がぶつかって落としたわけでもなく、それっぐらい自分で拾いなさいよ!
と、言い返したいところをぐっと我慢した。
下手に目立つな私。目立つな私。
何度も心の中で唱える。
「失礼いたしました」
私は努めて冷静に答え、身を屈めるとハンカチを拾うべくそれを手に触れた瞬間。
――ガッ!
「きゃっ!?」
不意にクラウディア嬢のヒールでハンカチを押さえられて、私は驚き声を上げてしまう。
彼女は構わずそのまま自分のハンカチをぐりぐりと踏みにじった。
この人、何しているの!? 馬鹿なの!?
ただ唖然と見守る。
「もうそれはいらないわ。下民が触れて汚れてしまったもの。洗ったとしても卑俗の匂いは落ちないでしょう。捨てておいてちょうだい。ああ、いえ。何ならあなたに差し上げるわ。あなたにとっては今後一生手にすることもない高級品でしょうし。――ではね」
彼女はふふんと嘲笑うと身を翻して、歩いて行ってしまった。
私はと言うと、言葉も出ないほど彼女の行動にただただ呆気に取られていた。
あまり上級令嬢と接触したことはないけれど、それでも特別何もしていない相手に対してあんなに傲慢に振る舞う人は今まで見かけたことがないからだ。
下民とか、卑俗とか言ってくれちゃったけれど、彼女の方が余程相応しい言葉じゃない! なーにが、あなたにとっては今後一生手にすることもない高級品でしょうし、よ! その通りですけど何か!?
放心状態から立ち直ると、さすがにふつふつと怒りがわき上がってきた。ぎりぎりとハンカチを握りしめる。
一体何様なのよ! ああ、侯爵令嬢様だっけか! もし私が万が一、公爵令嬢だったらどう始末をつける気よ。ええ、公爵令嬢の品格はそもそもありませんけど!
ぷんぷんと肩を怒らせながら護衛官室前までやって来た。
私はジェラルドさんに気取られないよう、懸命に深呼吸して精神を落ち着かせる。そして何とか笑顔が作れるほどの余裕を取り戻した私は扉をノックした。
「どうぞ」
「失礼いたします、ジェラルド様」
「ロザンヌ様、お着替えになられたのですね。殿下にご来訪をお伝え――ロザンヌ様? どうかなさいましたか?」
殿下の執務室に繋がる扉に歩きだそうとしていたジェラルドさんは、私の顔を見て首を傾げる。
護衛官という職務は人の心も察するよう訓練されているのかもしれない。
私は頬に手をやって笑顔で答えた。
「いいえぇ。大したことではありませんの」
「そう、ですか? もし何かご不便な事やご心配事がありましたら、いつでもご相談ください」
気遣うような瞳を向けられたけれども、ジェラルドさんは無理に踏み込むことをしない。
「ありがとうございます。ジェラルド様がそう言ってくださるだけで、わたくしは心が強くなれます」
「私はロザンヌ様のそのお言葉を光栄に思っております」
「まあ。とんでもないことですわ」
ジェラルドさんとお話ししていると、とげとげしていた気持ちが柔らかくなって自然な笑みが浮かんでくるから不思議だ。そう言えば、鍛練場でも鮮やかに皆を統率していた。彼の魅力であり、才能なのだろう。
「それでは殿下に入室許可を取りますね」
「はい。お願いいたします」
ジェラルドさんが扉をノックし、私の来訪を告げるとすぐに許可が取れたようだ。どうぞと扉を開放してくれたので、私はしずしずと入って行った。
「よくも黙って行けるわね、あなた」
「は、はい? 何でしょうか」
クラウディア嬢が通り過ぎるまで壁に寄って礼を取っていたし、侍女として最低限の礼儀は払ったはずだ。けれど歩き出すのが早かっただろうか。それとも、もしかして噴水で出会った侍女と気付かれた?
顔を伏せて極力身を小さくしていたら、彼女は片足で苛立ったようにドンとヒールで地面を叩いた。
と言っても厚みのある絨毯が敷かれているので、音はほとんど吸収されている。
「何でしょうかですって? 見て分からない? わたくし、ハンカチを落としてしまったの」
視線を床に落とすと、なるほど、淡い色の上品そうなハンカチが落ちている。
「侍女ならさっさと拾いなさいよ。使えない愚図ね!」
は? 愚図ですって? そちらこそ何言ってるのよ! 私がぶつかって落としたわけでもなく、それっぐらい自分で拾いなさいよ!
と、言い返したいところをぐっと我慢した。
下手に目立つな私。目立つな私。
何度も心の中で唱える。
「失礼いたしました」
私は努めて冷静に答え、身を屈めるとハンカチを拾うべくそれを手に触れた瞬間。
――ガッ!
「きゃっ!?」
不意にクラウディア嬢のヒールでハンカチを押さえられて、私は驚き声を上げてしまう。
彼女は構わずそのまま自分のハンカチをぐりぐりと踏みにじった。
この人、何しているの!? 馬鹿なの!?
ただ唖然と見守る。
「もうそれはいらないわ。下民が触れて汚れてしまったもの。洗ったとしても卑俗の匂いは落ちないでしょう。捨てておいてちょうだい。ああ、いえ。何ならあなたに差し上げるわ。あなたにとっては今後一生手にすることもない高級品でしょうし。――ではね」
彼女はふふんと嘲笑うと身を翻して、歩いて行ってしまった。
私はと言うと、言葉も出ないほど彼女の行動にただただ呆気に取られていた。
あまり上級令嬢と接触したことはないけれど、それでも特別何もしていない相手に対してあんなに傲慢に振る舞う人は今まで見かけたことがないからだ。
下民とか、卑俗とか言ってくれちゃったけれど、彼女の方が余程相応しい言葉じゃない! なーにが、あなたにとっては今後一生手にすることもない高級品でしょうし、よ! その通りですけど何か!?
放心状態から立ち直ると、さすがにふつふつと怒りがわき上がってきた。ぎりぎりとハンカチを握りしめる。
一体何様なのよ! ああ、侯爵令嬢様だっけか! もし私が万が一、公爵令嬢だったらどう始末をつける気よ。ええ、公爵令嬢の品格はそもそもありませんけど!
ぷんぷんと肩を怒らせながら護衛官室前までやって来た。
私はジェラルドさんに気取られないよう、懸命に深呼吸して精神を落ち着かせる。そして何とか笑顔が作れるほどの余裕を取り戻した私は扉をノックした。
「どうぞ」
「失礼いたします、ジェラルド様」
「ロザンヌ様、お着替えになられたのですね。殿下にご来訪をお伝え――ロザンヌ様? どうかなさいましたか?」
殿下の執務室に繋がる扉に歩きだそうとしていたジェラルドさんは、私の顔を見て首を傾げる。
護衛官という職務は人の心も察するよう訓練されているのかもしれない。
私は頬に手をやって笑顔で答えた。
「いいえぇ。大したことではありませんの」
「そう、ですか? もし何かご不便な事やご心配事がありましたら、いつでもご相談ください」
気遣うような瞳を向けられたけれども、ジェラルドさんは無理に踏み込むことをしない。
「ありがとうございます。ジェラルド様がそう言ってくださるだけで、わたくしは心が強くなれます」
「私はロザンヌ様のそのお言葉を光栄に思っております」
「まあ。とんでもないことですわ」
ジェラルドさんとお話ししていると、とげとげしていた気持ちが柔らかくなって自然な笑みが浮かんでくるから不思議だ。そう言えば、鍛練場でも鮮やかに皆を統率していた。彼の魅力であり、才能なのだろう。
「それでは殿下に入室許可を取りますね」
「はい。お願いいたします」
ジェラルドさんが扉をノックし、私の来訪を告げるとすぐに許可が取れたようだ。どうぞと扉を開放してくれたので、私はしずしずと入って行った。
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