つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第103話 最強なのは

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「はぁぁぁ。良かった。ユリア勝った……」

 胸がドキドキして破れるかと思った。
 一つ息をつくと緊張から解放され、体からは力が抜けて崩れかけた。
 殿下は咄嗟に手を伸ばそうとしてくださったけれども、瞬く間に手を引っ込める。

「悪いが触れられない。自立してくれ」

 現実的な殿下のお言葉に目が覚めて、私はしゃんと体を立たせた。

「もちろんです。わたくしは大丈夫ですとも!」
「そ、そうか。ともかく良かったな」

 しらっとした私の目に殿下は言葉で取り繕う。
 仕方なく、はいと頷こうとした時。

「ま、待て!」

 焦ったような男性の叫び声が聞こえてきて視線を鍛錬場へと戻す。

「い、今のは少し油断しただけだ。もう一度だ! もう一度俺と戦え!」

 アラン騎士がユリアに指をびしりと突きつけているのが見えた。周りもそんな彼を煽るような声と野次る声、咎める声で溢れている。
 ユリアと言えば当然、彼を黙って見ているだけだ。

「ま、負けたくせに言い訳して往生際が悪いわ!」

 私はまだ組んでいた手をぎゅっと握りしめる。

「どうする。止めに入るか?」
「ええ、もちろ――」

 殿下に問われて答えようとしたけれど、ユリアはジェラルドさんに振り返る。再戦する気でいるようだ。お伺いを立てている。すると彼から渋々了解を得たらしい。
 ユリアは身を屈め、アラン騎士の手から落ちた木剣を取ると彼に投げ寄越した。

「ユリアはやる気みたいです……。それならばわたくしは彼女の意志に任せます」
「分かった」

 頷く殿下を確認して、ユリアに視線を送った。
 すでに二人はまた剣を手に対峙している。両隣で行われていた試合も気づけば中断しており、二人に注目していた。

「始め!」

 審判が声をかけるが、アラン騎士は先ほどの試合で警戒したのか、隙を突こうと考えているのか、じりじりと動くだけで踏み込んで来ようとしない。同様にユリアも彼に合わせてわずかに移動するだけで、両者睨み合ったままだ。

 二人の気迫が伝わるのだろう。周りは野次の声や応援の声すらなく、ただ固唾を呑んで見守っているばかりだ。

 最初に動いたのはユリアだった。一息に距離を詰めると剣を振り下げた。しかし女性の力はやはり軽いのだろう。易々と受け止められて剣を押し下げられる。
 身を崩して隙ができてしまった瞬間、アラン騎士はにっと笑ってユリアに剣を振りかぶった。

 振り下ろされる!
 ――と思った瞬間。

 ユリアは上へと斜めに構えた剣でアラン騎士の剣を受け流した。すると今度は彼に隙ができ、ユリアは上げていた剣を切り返すとそのまま振り下ろして切っ先を彼に突きつけた。
 ぶれることのない剣先だ。

「そ、そこま――」

 審判がユリアの勝利を告げようとした瞬間、アラン騎士は彼女に向かって足蹴りを仕掛ける。――が、一瞬早く気付いたユリアは後ろへと飛び下がり、すんででかわした。

「アラン、いいぞ!」
「やれやれーっ!」
「いや。あれはないだろ!」
「ちょっと!? 何あれ!」
「酷ーい!」
「男らしくなくないっ!?」

 アラン騎士に声援を送る同僚、呆れた同僚や苛立った女性の声を交えて辺りがざわめく。
 私は振り返って殿下を見る。

「殿下、あれは!」
「実践だと許される行為だな。騎士の職務とは命がけなのだから」

 きっと睨み付けると、殿下は咳払いした。

「まあ、剣の試合という意味では良くはないだろう」
「当たり前です! ユリアは、彼女はそんな……あー」

 再び視線を変えてユリアを見ると、私は引きつり笑いをした。
 試合を止めようとするジェラルドさんを、腕一本伸ばして制止している。

 ユリアのあの顔……少々苛立っていますね。彼女は怒れば怒るほど表情が無くなっていくので、周りには気付かれないだろうけれども。
 さしずめ、こっちが下手に出ていたらつけ上がって、というところだろうか。

 ユリアは体勢を立て直して足を一歩踏み込むと、空気を冷たく切り裂く音を立てながら前後左右と剣を巧みに回し、最後はアラン騎士に向かって真顔で突きつけた。

 そのパフォーマンスに観衆は沸き、アラン騎士は少し怯んだようだけれど、すぐに余裕の笑みを浮かべて、かかって来いよと仕草を見せる。

 お望み通りとばかりに間を置かずにユリアは地を蹴ると、バンッと叩きつけるような音だけ残して一瞬のうちに身を屈めた状態で彼の背後に回っていた。

 何が起こったのか分からず誰もが沈黙し、近くにいるはずの審判までが茫然としていると、ジェラルドさんが立ち上がる。

「そこまで。ユリア・ラドロさんの勝利です」

 ジェラルドさんが宣言するや、アラン騎士は軽い音を立てて剣を落とした後、自らはぐらりと体を崩してばたりと倒れた。

「うーん。これは自力では立てそうにありませんね。君たち、彼を医務室に。胴に強い一撃入りました」
「は、はい!? はいっ!」

 動揺もせず冷静な判断をして、テキパキと的確に指示をするジェラルドさんこそ最強なのだと悟った。
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