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第210話 誰に似たのか、恐いもの知らず

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 ユリアから感情の含まない黒い瞳で真っ直ぐに見つめられた陛下ではあったけれど、さすがの威厳で構えられていた。

「国王陛下。歴史書の翻訳についてのお話ですが」
「あ、ああ」

 あら。態度はどっしり見せていたものの、やはり緊張はしておられたらしい。声が少し上ずり気味だ。

「私のような一般庶民が、頻繁に王家の書庫室に出入りすることはふさわしくないかと思われます」
「つ、つまりそれは」

 断るということ?
 私も、おそらく陛下もそうお考えだったと思うけれど、ユリアはそんなつもりで言ったわけではなかったらしい。言葉を補足する。

「その点はどうお考えでしょうか」
「どうお考え……とは」
「王家の書庫室に入室許可を出すお立場としてのご意見を頂戴したいのみです」

 ユリアのことだから純粋に尋ねているだけなのだろう。けれど、まるで試しているかのような口調に私は内心慌てる。
 誰に似たんだか、この恐いもの知らず!

 陛下はユリアの意図を読み取ろうとじっと見つめている。しかし彼女の表情は全く動くことなく、やがて陛下は目を伏せてため息をついた。

「少し私の話にお付き合いいただけるだろうか」

 適当な言葉で誤魔化したり、堅苦しい言葉を並べたり、綺麗事言ったりすることよりも正直な気持ちを伝えた方が良いとお考えになったようだ。

「ちょうど王家の呪いが始まったとされる時代より旧字が廃止され、今の文字へと変更していった。それはルイス王の時代となるが、その時代以前のこの国の歴史も、王家絶対主義で逆らう者を厳しく制圧するような闇の深い時代だったようだ」

 そういえば、殿下も王家に対する反逆者は処刑後、墓石を建てて弔うことさえ許されていないとおっしゃっていた。

「文字を解読できる人材を探していたのは確かではあるが、同時に過去の黒歴史からも目を背けたかったせいで躍起になって探してはいなかったのだろうと思う」

 呪いが掛かるのは存命する王族のたった一人。呪いが掛からぬ第三者的には、一人さえ犠牲になってくれれば問題はない。そんな思惑もあったのかもしれない。

「私は父と息子が呪いで苦しむのをすぐ間近で見てきた。一方で身内ばかりを気に掛け、君のように苦しむ民には目を向けてこなかった。自分もまた、暴挙を繰り返してきた王と同じだと痛感した」

 デレク管理官が敢えて伝えなかったのも王家を守るため。けれど、その王家を支えるために犠牲にしてきたものがたくさんあったはず。王の目に触れない所で。目に見えないからと言って、その事実が無くなったわけではないのに。

「呪いを解く鍵が、失われた文字のどこかにまだ隠されているかもしれない。ならば王家の呪いを解くためにも、過去の出来事から目を逸らさずに真摯に向き合うためにも、そしてこれからもっと民の声を聞いていくためにも見聞を広げたい。そのためには歴史書を読み解く能力がある人間の助けが必要だ。貴族だとか、著名な学者だとか、庶民だとか身分は関係ない」

 陛下はきっぱりと言い切るとそこで一息を吐いて、肩を落とす。

「王家こそが君から両親を奪い、全ての幸せを奪ったくせに、自分たちが救われたいがために勝手なことを言っていると考えているだろう。身勝手は承知の上で願いたい。どうか私たちに力を貸して欲しい」
「……お言葉ですが、陛下」

 お、お言葉って何!?
 それまで黙っていたユリアが発する言葉にドキドキしていると。

「私は確かに苦しい生活を強いられてきた時代もありました。今日という一日を生き抜くことだけを考えてきた日々もありました。けれど両親と共に幸せに生きてきた時代もありました。そして今は」

 ユリアは私に視線を移す。

「今はロザンヌ様に再び私の胸を幸せで満たしていただき、心の底から笑うことを人生の目標として生きております。私は全ての幸せを奪われたわけではありません。与えられたものも、また大きいのです」
「ユリア……」

 ユリアにはいつも泣かされてばかりだ。けれど涙ぐみそうになって、私はぐっと我慢した。

「陛下。私は父の意思を引き継ぐことで、父の悲願を達成させていただきたいと思います。そうすれば、父は喜んでくれて私の心の中で生き続けてくれるでしょう」
「……ユリア・ジャンメール。ありがとう」

 掠れ声で陛下は礼を述べられると、ユリアは椅子を引いて立ち上がって深々と礼を取った。

「私、ユリア・ジャンメール。改め、ユリア・ラドロは歴史書解読の王命を謹んでお受けいたします」
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