つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
224 / 315

第224話 後光が差すのは

しおりを挟む
 翌日。
 すっかり元気になっていた私は学校へ行く準備をし、殿下へ朝のご挨拶をしようと扉前に立つ。
 身なりと息を整えてノックするとすぐに返事があった。

「失礼いたします」

 いつもになく遠慮がちに静かに開けると(別にいつも乱暴に開けているわけではない)、既に準備を整えていた殿下が私に笑みを見せた。
 その笑顔にどきりとする。

 こ、こんなに煌びやかな笑みを見せる方だったかしら。あ、待って。初対面の時は確かに王子様という後光効果で、キラキラしていたような気はする。でも今じゃすっかり慣れて後光を感じなくなったのに、今日はなぜこんなに殿下が輝いて見えるのでしょう。

 いや、それはともかくですね。さっきから自分の心臓の音がうるさいです。
 朝からとくとくと鼓動が速くなる。

「おはよう」
「お、はようございます」

 うぅっ。
 殿下はせっかく普通に接してくださっているのに、私だけいつもと普通じゃないよー。

「制服を着ているが、もう今日から登校するのか?」
「え? あ、はい。熱も下がりましたし、体は至って元気ですし」

 殿下はこちらへと近付いてくるが、私は無意識に下がってしまう。

「もう一日ぐらい休んだらどうだ?」
「いえ。もう大丈夫です」
「そうか? まだ顔が赤いような気がするが?」
「っ。そ、それは殿下のせいです」

 いつの間にか壁際まで押し迫られ、たまらず殿下を仰ぎ見て睨んだ。

「なぜこんなに接近してくるのですか」
「君が私から遠ざかろうとするからだ」

 殿下は壁に手をついて、逃走経路を塞いだ。
 な、何と卑怯な!

「殿下がっ、先に近づいて来られたからですっ」
「私が近付いたらなぜ逃げる」
「そ、それは」

 分からないけれど。何となく。
 しかし、はっと思いついて私はぽんと手を打つ。

「殿下の御身を考えてのことです! ほら、わたくしに下手に近付きますと倒れますし」
「今思いついただろう」

 殿下は不機嫌そうに身を起こして腕を組むので、私は身を小さくした。

「……はい。申し訳ありません。本日は殿下が王子様みたいに輝いて見えたものですから、ちょっと怯んでしまいました」
「うーん。貶されているのか、褒めてくれているのか、判断が難しいところだな」

 苦笑いする殿下に、いつもと変わらぬ日常が戻ってきた気がして、私はほっと笑顔を取り戻す。

「でも、君の目に映る私がいつもと違うのならば、それは君のせいだ」
「――っ!」

 やっぱりいつもと同じ日常ではない! 朝から色気がありすぎなのですが!
 体温が伝わってくるぐらいの距離まで私の頬に手を寄せてくる殿下に顔が熱くなる。

「あ、あの。殿下」
「触れられないのは残念だ」

 呼吸を止めて我慢していたが耐えきれず声をかけると、殿下は諦めたように手を下ろした。

「そ、それではわたくしはそろそろ参りますね」
「ああ。気をつけて」
「ありがとうございます。……では行って参ります」

 私は何とか笑顔を作って礼を取り、逃げるように部屋を出た。


 はぁ。
 身がもたない……。これもその内に慣れるものなのだろうか。だけど、決して嫌でもないし、止めてほしいわけじゃない。むしろ――むしろ何!?

 私は思考を追い出すように頭をぶんぶんと勢いよく振る。

「ロザンヌ様。そんなに頭を振りながら歩いたら転びます」
「あ、ああ。うん。ごめんなさい」

 ユリアと共に馬車の停留場所へと向かっている途中だった。
 変に思われたかなと、ちらりと横顔を窺うと相変わらずの無表情顔だ。

「何か」
「ううん。ユリアの平常心が羨ましいなと」
「だとしたら、肉体鍛錬の賜です。鍛錬には精神力も必要ですから。ロザンヌ様も一緒になさいますか」
「いえ。結構」

 ユリアと同じメニューをこなすことになったら、肉体も精神も崩壊しそうだ。
 即座に私は断った。

「ロザンヌ様は、最近運動不足なのではないでしょうか」
「まあ。確かに実家にいる頃に比べれば、そうよね」

 実家では自分でやれることは自分でやることが鉄則だったし、ここではあまり自由に動き回れないけれど、少し歩けば必要な物が手に入るし。

「ではやはり私と一緒に鍛錬いたしましょう」
「いえ、だからね――あ。ジェラルド様。おはようございまーす」

 ユリアに再び迫られて私は目の前に見えた助け船に駆け寄ったが。

「――あ」

 足元の何かに引っかかって身を崩す。
 転ける――と思った瞬間、ふわりと前から抱きかかえられた。
 見上げるとジェラルドさんの笑顔が降ってくる。

「お怪我はありませんか、ロザンヌ様」

 不思議。
 ジェラルド様は最初にお会いした時からその輝きが失われていない。なぜ? ……あら。殿下はまるで輝きを失っているみたいで、失礼だったかしら。
 あ。いけない。お礼お礼。

「ジェラルド様。ありがと――うぇっ?」

 直後、腕を引かれて景色が流れる。そして背後のユリアの中にしっかりと収まった。

「だから申しました。転びますよと」
「あ、うん。ごめんなさい。……あら? 何か怒っている?」
「怒っていません」

 解放されて、ユリアに向き直った私は笑顔を向ける。

「あ、分かったぁ。ユリアったら、妬いたのね」

 ……ん? 妬いたって誰に対して? ジェラルド様? それとも。

「ねねね。もしかしてジェラルド様に助けられたわたくしに嫉妬したの?」

 ユリアにだけ聞こえるようにこそこそと尋ねると、彼女は片眉を上げる。

「あ、動揺した!」
「妬いていませんし、動揺もしていません」

 私が指摘すると、彼女はますます表情を引き締めた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。 メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。 そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。 まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。 実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。 それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。 新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。 アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。 果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。 *タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*) (なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。 そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。 たった一つボタンを掛け違えてしまったために、 最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。 主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

処理中です...