婚約破棄ですか? ならば慰謝料を請求いたします

樹里

文字の大きさ
1 / 3

(上)

しおりを挟む
「ルディアンナ・ブラントーム。君とは婚約破棄させてもらう!」

 卒業式後に催される学園最後の社交パーティーの場で、この国の第一王位後継者のアデル殿下がすぐ側に男爵令嬢を控えさせて、侯爵令嬢であるこのわたくしに向かってそう言い放った。

 愚かな人だと思った。
 広げた扇でこぼれる笑みを隠す。

「……婚約破棄ですか? わたくしは国王陛下からの通達を受けておりませんが、それは殿下の独断でしょうか。だとしたら許されることではありませんよ」

 そもそも自分たちの意思で婚約が決まったものではないのだから。

「確かに私の独断だ。だが、陛下も承認されることだろう」
「なぜでしょう」
「それは君が王室に入る人間としてふさわしくない人物だからだ!」

 幼き頃より王太子の婚約者候補として、自由を奪われたわたくしに向かって。
 頼んでもしないのに無理矢理、婚約者とされたわたくしに向かって。
 それでも自分の感情を抑えて厳しい妃教育を受けてきたわたくしに向かって。
 少しでも殿下の気持ちを理解しようと、最大限の努力をしてきたわたくしに向かって。

 あなたはそう言うのですか。
 人に寄り添うこともしなかったあなたが。

「あら。どういった所でしょうか。わたくしはお后教育を受け、将来的に立派な王妃になるために真摯に向き合い、力を尽くしてまいりました」
「はっ。どの口が言う」

 アデル殿下は腕を組むと鼻で笑った。

「君の悪行は私の耳にも既に伝わっている。エリーゼに冷たく当たり、暴言を吐き、果てには彼女に暴行を加えたと聞いている。酷い女だな、君は。そんな女が王妃になるかと考えるだけで背筋が寒くなる」
「とんでもない誤解ですわ。おっしゃるような事はしておりません」

 感情的な殿下を逆なでするように、わざとゆっくり扇をあおいでみせる。

「下級貴族の分際で、公の場で私の名をたやすく呼ぶなと言ったそうじゃないか」
「あら。実際、間違ったことを申したでしょうか。学校の場は皆、平等の下と申しましても、限度がありますわ。親しげに呼びかけるなど、王族の権威を揺らがしかねない浅はかな言動です。見過ごすことはできません」
「私が許可したんだ。何が悪い」

 何が悪いのかを今ご説明申し上げたところですが、ご理解できていないようで残念です。
 扇の下でため息をつく。

「私に軽々しく近付くなとも言ったそうだな」
「それも当然でしょう。わたくしという婚約者がいるのを知ってのことですから。婚約者がいる者に対して馴れ馴れしく接することは不貞行為に近いことですわ」

 それは彼女のみならず、殿下に対してもだ。
 わたくしの言わんとしていることを読み取ったのだろう。殿下は不快そうに眉をひそめた。

「互いに同じ学舎の学生として親しくしているだけだ」
「猫なで声で殿下の御身に接触することがですか? 学生の身分を越えた必要以上の行為です」

 今もほら、彼女は怯えたように殿下の背中に半分隠れ――唇だけは薄く引いて不敵に笑っている。

「わたくしが彼女に伝えた事は淑女とは何たるか、あるいは王侯貴族に対する接し方の指導ですよ。それを悪口だの、冷たい態度などと心外です。まして暴行など、わたくしのあずかり知らぬことですわ」
「ふん。いずれ調査を元に、お前の素行の悪さが露呈することになるだろう」

 何もしていないものはしていない。どんな調査があろうとも結果は白だ。

「叩いても埃一つ落ちることはないでしょう。殿下が捏造でもなさらない限りは」
「――無礼者!」
「あら。これは言葉が過ぎましたね。ごめんあそばせ」

 笑みを浮かべながら謝罪する態度に殿下の苛立ちがひしひしと伝わってくる。もちろんわたくしとしても、心からの謝罪ではない。

「今の態度だけでも十分に王家に対する不敬罪として捕らえることができるぞ。覚悟しておくんだな!」
「殿下こそ本当に後悔いたしませんか? わたくしにあらぬ罪を被せ、このような場で侮辱したことを謝罪し、言葉を撤回することができるのは今しかありませんよ」
「私が? 後悔して反省するのは君の方だろう」

 殿下の気持ちは頑なで、これ以上動くことはないらしい。背中に隠れるエリーゼ嬢に視線をやると、彼女はまるで勝ち誇ったかのように小首を傾げて笑っている。
 わたくしはもう一度ため息を落とした。

「そうですか。殿下のお気持ちは分かりました。ですが、これは殿下の一方的な婚約破棄に当たります。持参金の返納、名誉毀損の賠償金、そして慰謝料をご用意して待っていらっしゃることね。それではごきげんよう。――未来永劫さようなら、アデル殿下」

 私は扇を閉じて身を翻すと会場を後にした。


 ようやく。
 ようやくこの役目から解放される。

 人気のなくなったところで。

「うーん。せいせいした!」

 わたくしは指を組んで腕を上へ上へと大きく伸ばした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうでもいいですけどね

志位斗 茂家波
恋愛
「ミラージュ令嬢!!貴女との婚約を破棄する!!」 ‥‥と、かつての婚約者に婚約破棄されてから数年が経ちました。 まぁ、あの方がどうなったのかは別にどうでもいいですけれどね。過去は過去ですから、変えようがないです。 思いついたよくある婚約破棄テンプレ(?)もの。気になる方は是非どうぞ。

幸せな花嫁たち

音爽(ネソウ)
恋愛
生真面目な姉と怠け者の妹はそれぞれに相応しい伴侶をみつける…… *起承転結の4話構成です。

【完結】さよなら、馬鹿な王太子殿下

花草青依
恋愛
ビーチェは恋人であるランベルト王太子の傍らで、彼の“婚約破棄宣言”を聞いていた。ランベルトの婚約者であるニナはあっさりと受け入れて去って行った。それを見て、上手く行ったと満足するビーチェ。しかし、彼女の目的はそれだけに留まらず、王宮の平和を大きく乱すのだった。 ■主人公は、いわゆる「悪役令嬢もの」のヒロインのポジションの人です ■画像は生成AI (ChatGPT)

【完結】従姉妹と婚約者と叔父さんがグルになり私を当主の座から追放し婚約破棄されましたが密かに嬉しいのは内緒です!

ジャン・幸田
恋愛
 私マリーは伯爵当主の臨時代理をしていたけど、欲に駆られた叔父さんが、娘を使い婚約者を奪い婚約破棄と伯爵家からの追放を決行した!     でも私はそれでよかったのよ! なぜなら・・・家を守るよりも彼との愛を選んだから。

『婚約破棄はご自由に。──では、あなた方の“嘘”をすべて暴くまで、私は学園で優雅に過ごさせていただきます』

佐伯かなた
恋愛
 卒業後の社交界の場で、フォーリア・レーズワースは一方的に婚約破棄を宣告された。  理由は伯爵令嬢リリシアを“旧西校舎の階段から突き落とした”という虚偽の罪。  すでに場は整えられ、誰もが彼女を断罪するために招かれ、驚いた姿を演じていた──最初から結果だけが決まっている出来レース。  家名にも傷がつき、貴族社会からは牽制を受けるが、フォーリアは怯むことなく、王国の中央都市に存在する全寮制のコンバシオ学園へ。  しかし、そこでは婚約破棄の噂すら曖昧にぼかされ、国外から来た生徒は興味を向けるだけで侮蔑の視線はない。  ──情報が統制されている? 彼らは、何を隠したいの?  静かに観察する中で、フォーリアは気づく。  “婚約破棄を急いで既成事実にしたかった誰か”が必ずいると。  歪んだ陰謀の糸は、学園の中にも外にも伸びていた。  そしてフォーリアは決意する。  あなた方が“嘘”を事実にしたいのなら──私は“真実”で全てを焼き払う、と。  

完結 私とは無関係なので来ないでくださいね?

音爽(ネソウ)
恋愛
見栄をはった男とそれを信じすぎた女の話

真実の愛<越えられない壁<金

白雪の雫
恋愛
「ラズベリー嬢よ!お前は私と真実の愛で結ばれているシャイン=マスカット男爵令嬢を暴行した!お前のような嫉妬深い女は王太子妃に相応しくない!故にお前との婚約は破棄!及び国外追放とする!!」 王太子にして婚約者であるチャーリー=チョコミントから大広間で婚約破棄された私ことラズベリー=チーズスフレは呆然となった。 この人・・・チーズスフレ家が、王家が王家としての威厳を保てるように金銭面だけではなく生活面と王宮の警備でも援助していた事を知っているのですかね~? しかもシャイン=マスカットという令嬢とは初めて顔を合わせたのですけど。 私達の婚約は国王夫妻がチーズスフレ家に土下座をして頼み込んだのに・・・。 我が家にとってチャーリー王太子との結婚は何の旨味もないですから婚約破棄してもいいですよ? 何と言っても無駄な出費がなくなるのですから。 但し・・・貧乏になってもお二人は真実の愛を貫く事が出来るのでしょうか? 私は遠くでお二人の真実の愛を温かい目で見守る事にします。 戦国時代の公家は生活が困窮していたという話を聞いて思い付きました。 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義です。

【完結】第二王子はループしている~悪役令嬢に仕立て上げられた公爵令嬢は王太子から婚約破棄された。彼女の幸せを願う僕は過去へ戻る~

綾森れん
恋愛
「シェリル、お前と交わした婚約は破棄させもらう」 華やかな夜会の席でベルナルド第一王子はシェリル・フィオリーニ公爵令嬢に言い放つと、シェリルの義妹イザベラに向きなおった。 「新たにイザベラと婚約することをここに宣言する!」 だがこの光景、ローラン第二王子には見覚えがあった。 なぜなら彼はループしていたから。 イザベラを王家に嫁がせたいがために暗躍する継母の策略で、悪役令嬢に仕立て上げられたシェリル嬢を救うため、ローラン第二王子は時間を巻き戻す魔道具を使ったのだ。 だが彼は過去に戻る際、記憶を失ってしまったため何もできなかった。シェリル嬢はまた継母にいじめられ、ベルナルド第一王子からは婚約破棄されてしまった。 もう一度ループして今度こそシェリル嬢を救おうと、ローラン第二王子は決意する。

処理中です...