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第38話 悪役なりの矜持
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私は身を起こし、青ざめて言葉を失っている彼から離れた。
言いたいことを言ったら、すっとした。さあ、退散だ。
「それではね。これで失礼いたしますわ。ごきげんよう」
そう言い残して、今度こそ身を翻していこうとすると。
「ま、待てよ!」
衝撃から立ち直ったらしい彼がこちらへと腕を伸ばすのを感じたので、私は腕を上げ、肩越しに振り返って見据えた。
「分かりませんか? わたくしに触れるなと言ったのです」
「っ!」
彼は息を詰め、腕を落とすように下ろす。
所詮、公爵令息のボンボンに過ぎなかったらしい。まあ、それに関しては人のことをとかく言えた立場ではない。
と、上から目線で思っていたら、彼はこちらを睨み返してきた。
「あんた、俺を臆病者だと言ったな」
あら。口調が変わった。
「……確かにそう言いましたが何か」
「その言葉を今すぐ訂正しろ」
私は彼に向き直ると腕を組んで、まだ相手にしなければならないかと思い、ため息をつく。
「なぜあなたに訂正しろと命じられなければならないのです」
「俺がこのゲームに参加するからだよ」
「……ゲームに参加? 自ら駒になるつもりだと?」
「ああ。その代わりに俺を前線に立たせろ」
さっきまでは飄々としていたのに、途端に熱くなっている。ボンボンなりに多少のプライドは傷ついたのか。それとも考えていた以上に単純だったのか。
かと言って、殊更好感度は上がらないけれど。
「前線ねぇ。あなたが矢面に立つということですか?」
「そうだ。俺と勝負しろ」
彼は私を指さしてきた。
厄介な相手に絡まれた。さっさと立ち去っておけば良かったのだ。そもそも勝負とは、私と一体何がしたいと言うのか。
頭痛でこめかみに手をやり、顔をしかめる。
「わたくし、あなたを相手にしている程、暇ではございませんの。他を当たってくださらない?」
「あんたの都合なんて知らないよ」
ああ、もう。これ以上、厄介事は背負いたくないのに、どうして次から次へと問題事が。
「先ほどお話しされた根も葉もない噂を潰して回り、また、わたくし自身でエミリア様に対峙しなくてはいけないので、あなたのお相手までできませんわ」
「は? 何でそんな事するわけ?」
「わたくしは自分がしたことには責任を持ちます。けれど自分がしたこと以外で、責任を負わされるのだけは我慢なりません。悪役にだって悪役なりの矜持があるのです」
「悪役って君が? 普通自分で言う?」
しまった。悪役発言は不必要だった。
表情をふっと緩めたかと思うとすぐ眉をひそめる彼に、私は余裕の笑みを浮かべてみせる。
「ええ。あなただってそう思われたから、わたくしに絡んできたのでしょう」
「そうだけどさ。でもエミリア・コーラルに嫌がらせをしたことは君じゃないなら、別に自分で悪役って言わなくてもいいんじゃないの」
「……わたくしが悪役でいることを望まれているのですよ、世界には」
「何?」
ぼそりと小さく呟いた私の声を拾いきれなかった彼は眉根を寄せた。
「あなたも言っていたではありませんか。弱者が強者をくじくのならば、なお面白いと。その強者が悪役であれば、さらに皆に喜ばれるのでは?」
「だからって自ら進んで悪役になる必要はないじゃないか。そんなことをしたら、醜聞が広まって王家との婚約も白紙に戻される可能せ――」
彼はそこまで言うと言葉を切った。そして真剣な目を私に向ける。
「まさか君、ルイス殿下との婚姻を取りやめたいのか?」
先ほどまでは無能感を全面的に出していたのに、ここに来てまた鋭い指摘をする彼に大きく息を吐いた。
ああ、頭が痛い。
「人聞きが悪いですわね。違いますわ、そんなことは望んでおりません。彼女は身分も弁えず、わたくしの婚約者に馴れ馴れしく近付いているのですもの。きちんとご理解いただくためにご説明するのは当然のことでしょう? それが人から見たら意地悪や悪者だと言うのでしたら、そうなのでしょう」
私は腕を組みながら横目で彼を見る。
これで何とか誤魔化せただろうか。
「ふーん」
「そんなわけですから、あなたに構っている暇はございませんの」
「分かった」
あら。意外と物分かりが良かったよう――。
「じゃあ、君が本当に悪役かどうか、自分の目で確かめさせてもらう」
ああ。やはり厄介な人間だった……。
言いたいことを言ったら、すっとした。さあ、退散だ。
「それではね。これで失礼いたしますわ。ごきげんよう」
そう言い残して、今度こそ身を翻していこうとすると。
「ま、待てよ!」
衝撃から立ち直ったらしい彼がこちらへと腕を伸ばすのを感じたので、私は腕を上げ、肩越しに振り返って見据えた。
「分かりませんか? わたくしに触れるなと言ったのです」
「っ!」
彼は息を詰め、腕を落とすように下ろす。
所詮、公爵令息のボンボンに過ぎなかったらしい。まあ、それに関しては人のことをとかく言えた立場ではない。
と、上から目線で思っていたら、彼はこちらを睨み返してきた。
「あんた、俺を臆病者だと言ったな」
あら。口調が変わった。
「……確かにそう言いましたが何か」
「その言葉を今すぐ訂正しろ」
私は彼に向き直ると腕を組んで、まだ相手にしなければならないかと思い、ため息をつく。
「なぜあなたに訂正しろと命じられなければならないのです」
「俺がこのゲームに参加するからだよ」
「……ゲームに参加? 自ら駒になるつもりだと?」
「ああ。その代わりに俺を前線に立たせろ」
さっきまでは飄々としていたのに、途端に熱くなっている。ボンボンなりに多少のプライドは傷ついたのか。それとも考えていた以上に単純だったのか。
かと言って、殊更好感度は上がらないけれど。
「前線ねぇ。あなたが矢面に立つということですか?」
「そうだ。俺と勝負しろ」
彼は私を指さしてきた。
厄介な相手に絡まれた。さっさと立ち去っておけば良かったのだ。そもそも勝負とは、私と一体何がしたいと言うのか。
頭痛でこめかみに手をやり、顔をしかめる。
「わたくし、あなたを相手にしている程、暇ではございませんの。他を当たってくださらない?」
「あんたの都合なんて知らないよ」
ああ、もう。これ以上、厄介事は背負いたくないのに、どうして次から次へと問題事が。
「先ほどお話しされた根も葉もない噂を潰して回り、また、わたくし自身でエミリア様に対峙しなくてはいけないので、あなたのお相手までできませんわ」
「は? 何でそんな事するわけ?」
「わたくしは自分がしたことには責任を持ちます。けれど自分がしたこと以外で、責任を負わされるのだけは我慢なりません。悪役にだって悪役なりの矜持があるのです」
「悪役って君が? 普通自分で言う?」
しまった。悪役発言は不必要だった。
表情をふっと緩めたかと思うとすぐ眉をひそめる彼に、私は余裕の笑みを浮かべてみせる。
「ええ。あなただってそう思われたから、わたくしに絡んできたのでしょう」
「そうだけどさ。でもエミリア・コーラルに嫌がらせをしたことは君じゃないなら、別に自分で悪役って言わなくてもいいんじゃないの」
「……わたくしが悪役でいることを望まれているのですよ、世界には」
「何?」
ぼそりと小さく呟いた私の声を拾いきれなかった彼は眉根を寄せた。
「あなたも言っていたではありませんか。弱者が強者をくじくのならば、なお面白いと。その強者が悪役であれば、さらに皆に喜ばれるのでは?」
「だからって自ら進んで悪役になる必要はないじゃないか。そんなことをしたら、醜聞が広まって王家との婚約も白紙に戻される可能せ――」
彼はそこまで言うと言葉を切った。そして真剣な目を私に向ける。
「まさか君、ルイス殿下との婚姻を取りやめたいのか?」
先ほどまでは無能感を全面的に出していたのに、ここに来てまた鋭い指摘をする彼に大きく息を吐いた。
ああ、頭が痛い。
「人聞きが悪いですわね。違いますわ、そんなことは望んでおりません。彼女は身分も弁えず、わたくしの婚約者に馴れ馴れしく近付いているのですもの。きちんとご理解いただくためにご説明するのは当然のことでしょう? それが人から見たら意地悪や悪者だと言うのでしたら、そうなのでしょう」
私は腕を組みながら横目で彼を見る。
これで何とか誤魔化せただろうか。
「ふーん」
「そんなわけですから、あなたに構っている暇はございませんの」
「分かった」
あら。意外と物分かりが良かったよう――。
「じゃあ、君が本当に悪役かどうか、自分の目で確かめさせてもらう」
ああ。やはり厄介な人間だった……。
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