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14 車持皇子
しおりを挟む「なんと昨日、車持皇子殿が港から旅立ったらしいですよ。」
次の日、婆さんがパタパタと来たと思ったら嬉しそうに報告をしてくる。
「何やら、かぐやの為に危険な海へと旅立ったと噂になっとるらしいのじゃ」
後ろから爺さんも現れて明るい笑顔を見せる。
「ちゃんと船に乗り込む所を見た人がいるらしいですからね…旅立った事に間違いありません」
「とても勇敢な出港だったそうじゃ。
…かぐや、よかったのぉ」
いや、俺も見てきたけどな。
それにしても1日で爺さん達にまで噂が広まるなんて早すぎだろ…。
何処が御忍びなんだ…。
『この者達に本当の事を話しましょう』
お姫様は喜ぶ爺さん婆さんに昨日見た事をすぐにでも話したい様だ。
しかし、今話しても信じて貰えるか…
「…やっぱりのぉ、かぐやの為なら危険な海にも行けるんじゃな」
「そうですね、こんな可愛い娘と結婚できるのですから当然のことですね」
…。
…いや、…ひょっとしたら信じて貰えるかも知れない。
…しかし、たとえ爺さん達が信じてくれても証拠も何もない今、騒いでもこちらが不利になるだけだ。
…話すにしてもキチンと調べてからの方が良いはずだ。
それに、…爺さん婆さんの事は好きなんだが、結婚関係に関しては何故か不安しか感じない。
なんとなく言わない方が上手くいくんじゃないかと思った。
1人になった時にその事をお姫様に伝えたトコロなんとか納得してくれた。
『…たしかに、無駄に腹立たしい思いをさせる必要はありませんね。
…きっちり証拠を揃えてから伝えるのが良いでしょう』
どうやら、苛立ち気味のお姫様は若干いつもより低めの声でそう返事をした。
翌日、気になってまた船へと向かったが船はすでに目立たない岸へとつけられていた。
あれ?
…2~3日はかかる的な事を言ってたはずなのにな…。
『あそこで何やら騒いでますね』
船から少し離れたトコロに昨日の車持皇子とその側近らしき男の姿が見えた。
-「…船がこんなに揺れるなんて聞いていない。」-
-「…申し訳ありません。これでも穏やかな波らしく…」-
何やら車持皇子がグッタリとしながら側近らしき男へとぐちぐちと文句を言っている。
『どうやら船に酔ったようですね。
…情け無い』
いや、さすがに船に酔うのは仕方ないだろう。
木で出来たあんな船では揺れもすごそうだし、乗り続けるのはたとえ2~3日でも確かにきつそうだ。
しかし、周りに文句を言っても仕方ないだろうとは思う。
-「少し休まれてから、また船を出しますか…?」-
-「…いや。船はもういい。…陸沿いに行こう…」-
-「しかし、歩くとなると距離がございますが…」-
-「…輿か牛車を手配すれば良かろう」-
-「いえまだ都から距離が近いので、…万が一にでも知られてしまったら…」-
-「…ちっ。…仕方がない」-
昨日の爽やかさとは一変、イライラした様子で話している。
やはり目的地はまだ先だったようだ。
陸路でも行けそうな事を言ってたし海沿いにこのまま先に進んだらコイツらの目的地がわかるだろうか。
「お姫様、少し先の辺りを見に行っても良いか?」
『…どうぞ…好きにして下さい』
結局、しばらく休んでからまた船に乗る事になった車持皇子達とは離れて、この先のどこかにある目的地を影の移動で先回れないか試してみる事にした。
「お姫様、…影の移動って便利だな。」
『…良かったですね』
船より早く移動できる影の移動への感嘆の言葉にお姫様はどこか呆れたようなため息と共に返事をくれた。
海沿いに進んだところ、いかにも怪しい場所がなんともわかりやすく見つかった。
関係者以外が入れないように大きく柵に囲われた場所があったのだ。
海側からは入れそうな様子だが、陸側からは決まった場所からしか入れないように竹で出来た高い柵で囲われている。
なかなか広い範囲な上に木や竹が多く生えている為、中が見えないようになっているのだ。
海側には岩場や断崖絶壁っぽい場所もある。
どうみても怪しい。
と、いう事でそのまま影で入ってみることにした。
暫く進むとまた柵がある。
すごい厳重に囲われてるな…
もう一つ柵を越えて進むとやっと何かの建物がいくつか現れた。
小さい集落みたいだな。
別に本当に集落があるわけではなく、いくつかの建物が隔離されたような場所にあったのでそう感じたのだ。
長屋のような木で出来た細長い家っぽいものや、普通の一軒家サイズの家もある。
さすがに神殿作りのような豪華な建物はないが、近くには川も流れているし、それなりに生活できそうな場所である。
少し奥に行くと竪穴式住居のような煙突のある建物もあるが、これは鍛治工房のようだ。
『なんですか…この怪しい場所は』
お姫様も驚いているようだ。
「…多分ここで偽物でも造らせるつもりなんだ」
『まさか、本当にそのような事を考えるとは…』
海側からはやはり入れるようになっているようで道が出来ている。
当然だが、車持皇子御一行はまだ到着はしていないようだ。
そこまで沢山の人ではないが、荷物などを運びこんだり、工房の方で話し込んだりと人もそれなりに居るようだ。
『…ここまでするとは…。
…詳しい事を聞いてみましょう』
「お、おお」
お姫様からなんとも言い難い圧を感じた俺は素直に従う。
これはもしかして静かに怒っているのだろうか。
人の居るトコロに移動して話を聞いてみた。
やはり職人らしき男が弟子と共にここに連れてこられているみたいだが、どうもその職人達も困惑気味のようだ。
車持皇子の家人と軽く揉めている。
職人らしき男が何か訴えている。
『どうやらこの男、内匠寮の者らしいですね』
「…タクミヅカサの者?」
なんだそりゃ。
『…簡単に言うと宮中に仕える装飾を担当している者です。
それなりに腕に自信はあるようですが、こんな場所に連れて来られて不安なようですね』
いや、そりゃそうだろ。
こんな怪しげなところに隔離されたら悪い事させられるとしか思えないよな…
しかも、せっかく宮中に使えてたなら尚更関わりたくないだろうに…
-「主人の側室となる姫からのご要望なのです!それに金に糸目は付けぬとおっしゃる上、見事要望に応えた暁には宮中にてそれなりの地位もお約束すると…」-
『…』
聞こえてくる車持皇子の家人の言葉に空気がずっしりと重くなったように感じる。
ちょっと焦った俺は何かフォローしようと言葉を探す。
『…側室』
…。
お姫様の呟きに俺も動きが止まる、
あれ?
今、側室って言ったか?
側室って正式な妻じゃないよな…。
家人の言い間違い…は無いだろうな。
そんな言い間違いするような奴を秘密満載な場所には配置しないと思うし。
…
…そうか、側室か。
『…金に糸目は付けぬ…と、言いましたね…』
お姫様の言葉に俺は訝しむ。
「…いや、確かに言っていたけど…それがどうかしたか…?」
『では、…とことんお金を掛けて頂きましょう』
顔は見えないのに何故かお姫様が微笑んでいるように感じた。
それと同時にその微笑みを見ることが出来なくて良かったとも思った。
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