聖女な過去(前世)は黒歴史?

青太郎

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【過去】 勇者side

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魔王討伐後、勇者は王都から離れ、かつての魔王城近くにあった寂れた町へと向かった。

聖女が最期を迎える直前に立ち寄った町。
既に町の人々は散り散りになり、町中に空き家が溢れていた。

いくら魔王が倒されたとはいえ、かつての魔王の住処からほど近いこの町は惨劇の痕跡と辛い記憶が色濃く残り、この町から離れた人々の中でも戻ってくる者は僅かだった…

人も少なく、活気も戻りにくい…魔王の悲劇の爪痕が色濃く残された町。

そんな町の中でも、特に目立たない場所に建てられた一軒の屋敷へと住み始めたのだ。

屋敷では窓も開けず、陽も浴びず、まるで生きながらにして時を止めたように過ごした。

魔王討伐後、浮かれた人々が溢れるような活気のある町やこれから先を夢見る人々の溢れる空間にいるよりも…静かで訪れる者もいないようなこちらの方が余程気持ちが落ち着いたのだ。

聖女を失ったあの日から、彼の中の“時間”は動かない…。

彼女の笑顔も、声も、想いも。

道具のようにアッサリと割り切ったこの国に、怒りすら湧かなかった。

その眼差しは虚ろで、心は冷たく凍りついたかのようだった。

魔王討伐という使命の果てに、愛した聖女を失う事となるなんて、考えてもいなかった。

…何も気付かず、ただひたすらに魔王討伐を目標に聖女達と旅をしていた…その旅の先に聖女との未来があると信じて…

しかし、そんな過去の自分の浅はかさを思い出すたびに…自分自身を嫌悪した。


世界を救っても、彼女はいない。

彼女以外からの称賛も栄光も、ただ虚しい空っぽのものでしかない…

自分が欲しかったのは…求めていたのは…

…彼女だけだったのだから…

絶望と後悔と自己嫌悪に苛まれ…何をする気にもなれず、ただただ日が過ぎるのを待っているだけの日々だった…




しかし、そんなある日…屋敷へと数台の馬車が乗りつけたのだ。

誰にも知られる事なく、ここで静かに余生を迎えようと思っていた筈だったのだが…どうやら自分の居場所は王に知られていたのだろう。

魔王討伐後、周りの事など何も気にせず…ふらふらとここまで来た時に後をつけられていたのかもしれない。


扉が開き、絢爛なドレスの裾を翻して堂々と現れたのは――王女一行だった。

この国の唯一の王女クラリーチェ。

魔王に苦しめられたこの争乱の時代の中、王宮の奥深くで大切に大切に守られて、表には一切出てこなかった筈の深窓の姫君。

金髪碧眼の美しい顔には自信を浮かべ気高さと傲慢さを纏った姿はまさしく貴族女性の見本のような姿だった。

そんな王女クラリーチェが後ろに騎士や護衛などを引き連れてやってきたのだ。



「お久しぶりね、勇者様。私がわざわざ会いにきて差しあげたわよ」

王女は日に焼けたことのなさそうな白く美しい肌によく似合う繊細なレースと美しい刺繍の入った豪華なドレスを身に纏っていた。

重い物を持った事など無さそうな綺麗な細い指にはキラキラと光る豪華な指輪が嵌められ、更には手入れの行き届いた艶のある髪には繊細な彫刻と宝石が施された美しい髪飾りが付けられていた…

まるで、魔王との争乱など無かったような…豪華なドレスや宝石を何の気負いもなく当たり前のように身に纏う姿は、今まで何の苦労もなくそれらを身につけて過ごしていた様子が感じ取れた。


「……帰れ」

そんな者を見る為に顔すら上げたくなかった。

…だが、クラリーチェはそんな勇者の様子など気にする事もなく、勝手に部屋へ上がり込む。

「ふふ、相変わらず無愛想ね。でもそんなあなたも素敵。……仲間だった聖女がいなくなって、それなりに時間も過ぎた事だし…さすがにもう悲しみも癒えたのではなくて…?」

「………」

国の為…人々の為に犠牲となった聖女を軽く扱うその口調に動かなくなった筈の感情がピクリと動く。


「…私、ひと目見た時から貴方のことを気に入っていたのよ。…貴方の力を知ってからは、ずっと思ってたの。勇敢で賢くて強い…そしてとっても綺麗な顔の貴方は私に相応しいわ。…だから私の隣に立つ名誉を貴方に贈ってあげる事にしたの」

何も言わなかった。…けれど、その沈黙は肯定ではない。

僅かな勇者の変化に気がつく事もなく、クラリーチェは得々と話し続ける。

「…そもそも“聖女”の死を悲しむなんてもう十分なのではなくて?
…聖女…って…えっと名前はなんだったかしら……えっと………ま、いいわ。
あんな子が勇者様と一緒に世界を救ったなんて言われてるけど……そもそもそれがおかしな事よね…美談のつもりかもしれないけど、あんな子じゃあ…ねぇ…」

その瞬間…

空気が変わる。

ゆっくりと、彼は顔を上げた。

目に映るのは、怒りでも憎しみでもなく――ただ、深く澱んだ闇。

静かな屋敷の空気はよどみ、風の通らないその部屋に、場違いな笑い声が響く。

「ふふふふふ。…あの聖女って……何というか…ほんと、みすぼらしかったもの」

王女クラリーチェは、恥じらいもなく、無邪気に笑う。

何気なく、何の悪意もなく――けれどそれが、何よりも毒だった。

「髪はいつもボサボサだし、衣も粗末でいつも古くて小汚い…みんなにいいように使われてるのにそんな事にも気が付かないで笑ってて。…あんなのが“聖女”様なんて…ほんと笑っちゃうわ」

椅子に座ったままの彼は、指先をわずかに震わせ拳をぎゅっと握りしめる。

「……やめろ」

低く、小さな声だった。

だが、王女は気付かない。

「でも…まぁ、あの子は確かに便利だったわよね」

クラリーチェの笑みは、どこまでも屈託がない。

綺麗に着飾ったドレスの裾を揺らし、まるでお茶会の話題の延長のように言葉を続ける。

「“この祈りが民の為になる”とか、“奇跡の癒しを国のために”とか言えば、どんな手柄も、わたしたちに譲ってくれたしね。…下民達は私たち王家や教会へと感謝してくれたし、報酬だって……ふふ、あの子がいなければ、私達、あそこまでお城で不自由なく過ごせなかったかもしれないわ」

…それは、聖女の祈りや功績を奪い取った者の自慢だった。

けれど彼女自身はそれを“当然”と思っているようで、利用したとも思っていないのだろう。

「…そもそもあの子って平民だったんでしょう? しかも孤児。
拾われなければ、飢えて死んでたのよね?それを考えたら、役に立って、名誉ある最期を迎えたんだから感謝して欲しいくらいよねーーー」

――拳が震える。

部屋の空気が更に変わる。
窓の外で風が鳴り、燭台の火がかすかに揺れた。

だがクラリーチェは、それにも気づかず、無邪気な笑みのまま語り続けた。

「ねえ、わたし思うの。あの子、ほんとに“生贄”に相応しい存在だったわ。
まぁ、最初からそういう風に育てられてたんだから当然なのだけど……でも、命を捨てて魔王を倒す“道具”として、教会がわざわざ準備するなんて…教会も大変よね…」

彼の目が、見開かれる。

「……なに?」

その一言は低く、重く、冷気を含んでいた。
だが、王女は気づかない。

「ふふ…あら?知らなかったの?…本当のことよ。だってお父様が昔、言ってたの。
『あの子は素晴らしい“器”だ。“生贄”として使うには最高だ』って。
『最初から、聖女になるように教育して、あとは都合の良い時に差し出すだけ――要らなくなれば処理すれば良い…』って。
そんな者には勿体無いから食事も服も支給は最低限で…ふふ…影では皆、『使い捨ての“聖女”さま』って呼んでたわよ。
…だから、あんな子が死んだって誰も本気で悲しんでない…やっと役目を果たしたって皆、喜んでいたわーーー」

「…」

「…そもそも孤児なんて親も家もなくて誰にも必要とされてなかった存在なのよね――あ、ねえ、考えてみて?
あの子、生贄になるために拾われて、育てられて、そうして死んでいっただけマシだったんじゃないかしら。
だってどうせ“いらない子”で“捨てられた子”だったのだし…」

それは、無知からくる悪意なき暴言。
だが、それが一番、人の心をえぐる。

「…まぁ、でも、そんな風に使い捨てられるなんて“便利な聖女様”よね。…かわいそうって言えばかわいそうだけど、でも仕方ないわ?
だってあの子、そのためだけに生かされていたのだしーーー」

――バンッ!

テーブルがひしゃげた。

気付けば、彼は立ち上がっていた。

拳を叩きつけた机が、ひび割れ、周囲の空気が一瞬にして張り詰める。

「……黙れ」

その声は、地の底から絞り出すような――怒りと、哀しみに濡れていた。

勇者の心の中で、何かが弾けた。

かつて守ろうとした国。
命をかけて信じた光。
共に歩んだ仲間たちの笑顔。
聖女が命を懸けて救ったすべてが――真っ黒に塗り潰されるような感覚だった。

「…」

声が出ない。
言葉が出ない。

熱いものが込み上げる。
怒りとも、悲しみとも、違う。

ただ、虚しさと暗い闇だけが胸に広がっていく。

「……お前らが…彼女を……殺したんだ…」

震える唇から漏れたその声が王女クラリーチェの聞いた最期の言葉だった。

何故なら、怒りにより溢れた魔力によってクラリーチェは直ぐにこの世界から消し去られてしまったのだから……

そして…その時、その瞬間に…この世界に新たな魔王が誕生したのだ。






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