文字の大きさ
大
中
小
238 / 878
連載
首都でも、帰途でも②
海上に野太い悲鳴が上がる。
原因はそう、ビアンカの暴走運転だ。
まずルージュが魔法のカーテンを、船に何重もかける。これで海でもかなり気配が消せるそうだ。それから舵を取る船員さんの後ろに立ち、方角を指示。鼻先でちょいちょいだ。船員さん、真っ青。ぶつぶつ何か言ってた。
「ごめんよ、野菜が嫌いなんて言って。お前の飯はいつも最高だったよ。ああ、かーちゃんをちゃんと支えるんだぞ、お前は姉ちゃんなんだからな。姉ちゃんに甘えてばかりはダメだぞ、野菜は食わないと……………」
なんやねん。
船員さんがどこまでも真剣なので、突っ込めず。
私は鷹の目の皆さんや、船員さんや、オスヴァルトさんとブエルさんにどこかに掴まるように指示。絶対スピード出しそうだからね。
『いいのですか?』
「あんまり飛ばさんでよ。海に落ちたらケガじゃすまんのやけん」
『私がフォローするわ』
『じゃあ、行くのです』
「本当に、頼むよ」
私はとりあえず縁に掴まる。
「わい、嫌な予感しかせん」
「偶然やね。私もや」
やっぱり、船長さんの漁場が…………
『ふううぅぅぅぅッ』
なんて思っている間にビアンカが風魔法を炸裂させる。
で、飛んだ、船が。
多分、完全に海面から浮き上がった訳ではないが、ぐわん、と船が浮く。それに伴い、私達の体も浮く。
「なぁぁぁぁぁぁぁッ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁッ」
「おおおぉぉぉぉぉッ」
私も悲鳴を上げる。
ちょっとッ、ちょっとッ、ちょっとッ。
がうん、がうん、がうん、と船が飛び石の様に飛ぶ。
マストや帆が凄まじい音を立てる。
ちょっとッ、待った待ったーッ。
視界の隅で私はあり得ない光景を目にする。
元気が転がっている。
横にじゃなくて、縦に。まるでタイヤの様に、転がっている。
なんのコメディやねんッ。
「ぎゃぁぁぁぁッ、元気ーッ」
元気はそのまま固まって、お互いを支え合っていた船員さん達に直撃。まるでボウリングの玉が、ピンに直撃した感じ。ストライク。
違う、違う、違う。
そのまま、反動で海に落下しそうな船員さんを、ルージュが闇の触手を伸ばして、つり上げていく。
別の悲鳴が上がる。
「助けてーッ」
そうなりますよねッ。
ギャーッ、私も縁から手が離れる。ホークさんが掴んで小脇に抱えてくれるから、何とかなるが、ホークさんの顔にまったくの余裕がない。チュアンさんにはエマちゃんとテオ君がしがみついている。そして腕にはマデリーンさん。あら、ミゲル君は? あ、つり上げられてるっ。
「ち、ちょっとッ。ビアンカッ、スピード、落としてーッ」
私は悲鳴を上げた。
「ちょっとビアンカさんッ。あんまり飛ばさんでって言ったよねッ?」
『加減したのです』
「あのね、船が浮き上がるくらいまでせんでよかっ。元気が危なかったやんッ」
『私がフォローしたわ』
「だまらっしゃいッ」
私はきーきー吠える。
甲板の上に転がる船員さん達。そしてブエルさん。ブエルさんは海面すれすれまで落ちたそうで、もれなくつり上げられていた。他にも闇の触手でつり上げられた船員さんは半分気絶してるし。
皆さんに謝罪やら、介抱やらでおおわらわだ。もう。
元気は転がっていたのに、まったく動じてなくて、倒れている船員さんをペロペロしてる。
オスヴァルトさんがどこから出したのか、ハンカチでブエルさんの顔に風を送ってる。
「しっかりしろ、これしきの事で」
いや、オスヴァルトさん。結構怖かったはずですよ。
この中でまともに立っているのは、船長さんとベテランの船員さん、オスヴァルトさんと、ホークさんとチュアンさんだけ。晃太はルリとクリスを両手で抱えて座り込んでいる。コハクは少しうろうろ、ヒスイは私の足元。で、私は膝がガクガク。ホークさんに支えてもらってビアンカとルージュを叱る。
『でもユイ、まだ少し先なのです』
『そうね、あと半分まではないわよ』
「あのね、そういう問題やないのよ? これどうするん?」
私は気絶者を示す。
「落ちたらケガじゃすまんのよ?」
私の形相がおかしかったのか、ビアンカとルージュが流石にひく。
『わかったのです、スピードを落とすのです』
『そうしましょう』
「進まない選択はないんかい」
私の突っ込みは2人に届くわけない。
「ユイさん、まだ行くの?」
ちょっと半泣きのエマちゃん。
そうだよね。
ミゲル君はぐったりして、チュアンさんとマデリーンさんが介抱している。
「帰ろうか?」
『何を言っているのです?』
『そうよ、せっかくここまできて。ブラックツナ、美味しいのでしょう?』
『そうなのです、食べたいのです』
「あのね…………」
確かにさ、食べたいけどさ、晃太と父が楽しみにしてるけどさ。
どうしよう。船長さんと相談しようかな?
ん?
ビアンカとルージュがおらん。
二人して海を覗いている。
嫌な予感。
「危なかよ?」
『あ、ユイ、大丈夫なのですよ。今、下にいろいろいるのです』
『ちょっと肩慣らしするから、心配しないで』
はい、嫌な予感的中ッ。
「ちょっと待ってん、お二人さんッ」
止めてみたが、間に合うわけない。
『拘束モード 闇の束縛者(ウブラ・カウティーラ)』
流石神様のブースト、あっという間にルージュの体にゼブラ模様が浮かび上がる。
「ユイさん、あれは?」
支えてくれているホークさんが固まっている。
「ルージュの魔法ですけど…………」
説明しようとする前に、何十本もの闇の触手が、海に突き刺さっていく。多分、何をするか予想できるけどさ。
『いいわッ、ビアンカッ、上げるわよッ』
『任せるのですッ』
「皆さん、船内に避難をーッ」
私は遅い避難勧告。
だけど、遅かった。
ザッパーンッ
次々に闇の触手でつり上げられていく魚達。いや、魚やないのがおる。
「ヘビーッ」
「シーサーペントですよッ、ユイさん下がってッ」
ホークさんが私を後ろに下げて、矢を構える。オスヴァルトさんも戦闘体勢だ。足でブエルさんを蹴飛ばしている。あれ、きっとブエルさんを安全な場所に移動させるためよね。
『ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ』
ビアンカの恐ろしい鼻息炸裂。細い水の矢が、次々に魚を貫通していく。せっかく矢を構えたホークさん、微妙な顔だ。
『いけないのです、コウタの支援魔法のレベルアップを忘れていたのです。あれはお前がやるのです』
と、ビアンカがホークさんに言うが、ホークさんはビアンカの言葉がわからないから首を傾げる。
シーサーペント、闇の触手でぐるぐる巻きにされて動けない様子。だけど、甲板は大騒ぎよ。止めを刺された魚を、ポイポイ運ばれてきて。船員さん、大騒ぎよ。なんやねん、なんで皆でっかいの? 下手したら3メートル越えがゴロゴロいるんやけど。
「ユイさん、ビアンカさんはなんと?」
「あー、シーサーペントはお譲りしますって。晃太ー、ホークさんに支援ばー」
晃太は、ぶつぶつ、蛇はいやや、と繰り返しながらホークさんに支援。
「晃太、蛇にもダウンば」
「ああ、いやや」
そう言いながらも、シーサーペントにデバフを連発。
「これが支援魔法ですか」
ホークさんが感心しているが、その向こうでオスヴァルトさんがデバフをしている晃太に注目している。
『さっさとするのです。せっかく集まってる魚が逃げるのです』
「ホークさん、どうぞー」
気を取り直して、ホークさんが矢を2本つがえて放ち。多分、首?に見事に命中し、生木の折れる音が鳴る。シーサーペントの頭がぐらり、と力なくぶらり。すごい一撃。
「流石ですホークさんッ」
すごか、流石元弓士。
「いやいやいやいや、俺の純粋な力じゃないですって、コウタさんの支援ですって」
そう言っている間にも、次々魚が闇の触手により釣られていく。そしてビアンカがふんふん鼻息連発。
これって入れ食いっていうのかね?
次々魚が上がっていく。
あ、いかん。
「ストップストップッ、甲板が抜けるーッ」
原因はそう、ビアンカの暴走運転だ。
まずルージュが魔法のカーテンを、船に何重もかける。これで海でもかなり気配が消せるそうだ。それから舵を取る船員さんの後ろに立ち、方角を指示。鼻先でちょいちょいだ。船員さん、真っ青。ぶつぶつ何か言ってた。
「ごめんよ、野菜が嫌いなんて言って。お前の飯はいつも最高だったよ。ああ、かーちゃんをちゃんと支えるんだぞ、お前は姉ちゃんなんだからな。姉ちゃんに甘えてばかりはダメだぞ、野菜は食わないと……………」
なんやねん。
船員さんがどこまでも真剣なので、突っ込めず。
私は鷹の目の皆さんや、船員さんや、オスヴァルトさんとブエルさんにどこかに掴まるように指示。絶対スピード出しそうだからね。
『いいのですか?』
「あんまり飛ばさんでよ。海に落ちたらケガじゃすまんのやけん」
『私がフォローするわ』
『じゃあ、行くのです』
「本当に、頼むよ」
私はとりあえず縁に掴まる。
「わい、嫌な予感しかせん」
「偶然やね。私もや」
やっぱり、船長さんの漁場が…………
『ふううぅぅぅぅッ』
なんて思っている間にビアンカが風魔法を炸裂させる。
で、飛んだ、船が。
多分、完全に海面から浮き上がった訳ではないが、ぐわん、と船が浮く。それに伴い、私達の体も浮く。
「なぁぁぁぁぁぁぁッ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁッ」
「おおおぉぉぉぉぉッ」
私も悲鳴を上げる。
ちょっとッ、ちょっとッ、ちょっとッ。
がうん、がうん、がうん、と船が飛び石の様に飛ぶ。
マストや帆が凄まじい音を立てる。
ちょっとッ、待った待ったーッ。
視界の隅で私はあり得ない光景を目にする。
元気が転がっている。
横にじゃなくて、縦に。まるでタイヤの様に、転がっている。
なんのコメディやねんッ。
「ぎゃぁぁぁぁッ、元気ーッ」
元気はそのまま固まって、お互いを支え合っていた船員さん達に直撃。まるでボウリングの玉が、ピンに直撃した感じ。ストライク。
違う、違う、違う。
そのまま、反動で海に落下しそうな船員さんを、ルージュが闇の触手を伸ばして、つり上げていく。
別の悲鳴が上がる。
「助けてーッ」
そうなりますよねッ。
ギャーッ、私も縁から手が離れる。ホークさんが掴んで小脇に抱えてくれるから、何とかなるが、ホークさんの顔にまったくの余裕がない。チュアンさんにはエマちゃんとテオ君がしがみついている。そして腕にはマデリーンさん。あら、ミゲル君は? あ、つり上げられてるっ。
「ち、ちょっとッ。ビアンカッ、スピード、落としてーッ」
私は悲鳴を上げた。
「ちょっとビアンカさんッ。あんまり飛ばさんでって言ったよねッ?」
『加減したのです』
「あのね、船が浮き上がるくらいまでせんでよかっ。元気が危なかったやんッ」
『私がフォローしたわ』
「だまらっしゃいッ」
私はきーきー吠える。
甲板の上に転がる船員さん達。そしてブエルさん。ブエルさんは海面すれすれまで落ちたそうで、もれなくつり上げられていた。他にも闇の触手でつり上げられた船員さんは半分気絶してるし。
皆さんに謝罪やら、介抱やらでおおわらわだ。もう。
元気は転がっていたのに、まったく動じてなくて、倒れている船員さんをペロペロしてる。
オスヴァルトさんがどこから出したのか、ハンカチでブエルさんの顔に風を送ってる。
「しっかりしろ、これしきの事で」
いや、オスヴァルトさん。結構怖かったはずですよ。
この中でまともに立っているのは、船長さんとベテランの船員さん、オスヴァルトさんと、ホークさんとチュアンさんだけ。晃太はルリとクリスを両手で抱えて座り込んでいる。コハクは少しうろうろ、ヒスイは私の足元。で、私は膝がガクガク。ホークさんに支えてもらってビアンカとルージュを叱る。
『でもユイ、まだ少し先なのです』
『そうね、あと半分まではないわよ』
「あのね、そういう問題やないのよ? これどうするん?」
私は気絶者を示す。
「落ちたらケガじゃすまんのよ?」
私の形相がおかしかったのか、ビアンカとルージュが流石にひく。
『わかったのです、スピードを落とすのです』
『そうしましょう』
「進まない選択はないんかい」
私の突っ込みは2人に届くわけない。
「ユイさん、まだ行くの?」
ちょっと半泣きのエマちゃん。
そうだよね。
ミゲル君はぐったりして、チュアンさんとマデリーンさんが介抱している。
「帰ろうか?」
『何を言っているのです?』
『そうよ、せっかくここまできて。ブラックツナ、美味しいのでしょう?』
『そうなのです、食べたいのです』
「あのね…………」
確かにさ、食べたいけどさ、晃太と父が楽しみにしてるけどさ。
どうしよう。船長さんと相談しようかな?
ん?
ビアンカとルージュがおらん。
二人して海を覗いている。
嫌な予感。
「危なかよ?」
『あ、ユイ、大丈夫なのですよ。今、下にいろいろいるのです』
『ちょっと肩慣らしするから、心配しないで』
はい、嫌な予感的中ッ。
「ちょっと待ってん、お二人さんッ」
止めてみたが、間に合うわけない。
『拘束モード 闇の束縛者(ウブラ・カウティーラ)』
流石神様のブースト、あっという間にルージュの体にゼブラ模様が浮かび上がる。
「ユイさん、あれは?」
支えてくれているホークさんが固まっている。
「ルージュの魔法ですけど…………」
説明しようとする前に、何十本もの闇の触手が、海に突き刺さっていく。多分、何をするか予想できるけどさ。
『いいわッ、ビアンカッ、上げるわよッ』
『任せるのですッ』
「皆さん、船内に避難をーッ」
私は遅い避難勧告。
だけど、遅かった。
ザッパーンッ
次々に闇の触手でつり上げられていく魚達。いや、魚やないのがおる。
「ヘビーッ」
「シーサーペントですよッ、ユイさん下がってッ」
ホークさんが私を後ろに下げて、矢を構える。オスヴァルトさんも戦闘体勢だ。足でブエルさんを蹴飛ばしている。あれ、きっとブエルさんを安全な場所に移動させるためよね。
『ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ』
ビアンカの恐ろしい鼻息炸裂。細い水の矢が、次々に魚を貫通していく。せっかく矢を構えたホークさん、微妙な顔だ。
『いけないのです、コウタの支援魔法のレベルアップを忘れていたのです。あれはお前がやるのです』
と、ビアンカがホークさんに言うが、ホークさんはビアンカの言葉がわからないから首を傾げる。
シーサーペント、闇の触手でぐるぐる巻きにされて動けない様子。だけど、甲板は大騒ぎよ。止めを刺された魚を、ポイポイ運ばれてきて。船員さん、大騒ぎよ。なんやねん、なんで皆でっかいの? 下手したら3メートル越えがゴロゴロいるんやけど。
「ユイさん、ビアンカさんはなんと?」
「あー、シーサーペントはお譲りしますって。晃太ー、ホークさんに支援ばー」
晃太は、ぶつぶつ、蛇はいやや、と繰り返しながらホークさんに支援。
「晃太、蛇にもダウンば」
「ああ、いやや」
そう言いながらも、シーサーペントにデバフを連発。
「これが支援魔法ですか」
ホークさんが感心しているが、その向こうでオスヴァルトさんがデバフをしている晃太に注目している。
『さっさとするのです。せっかく集まってる魚が逃げるのです』
「ホークさん、どうぞー」
気を取り直して、ホークさんが矢を2本つがえて放ち。多分、首?に見事に命中し、生木の折れる音が鳴る。シーサーペントの頭がぐらり、と力なくぶらり。すごい一撃。
「流石ですホークさんッ」
すごか、流石元弓士。
「いやいやいやいや、俺の純粋な力じゃないですって、コウタさんの支援ですって」
そう言っている間にも、次々魚が闇の触手により釣られていく。そしてビアンカがふんふん鼻息連発。
これって入れ食いっていうのかね?
次々魚が上がっていく。
あ、いかん。
「ストップストップッ、甲板が抜けるーッ」
感想 867
あなたにおすすめの小説
「今日限りで君を解雇する」――20年仕えた地味なメイドですが、料理も手紙も暗殺者対策も私がやっていました
「エナメル。今日限りで君を解雇する」
20年仕えた屋敷をクビになった、地味なエルフのメイド・エナメル。
だが、晩餐会の料理も、侯爵への手紙も、調度品の手配も、屋敷を狙う暗殺者の処理も――すべて彼女が陰で支えていたものだった。
エナメルが去ったあと、屋敷は少しずつ綻び始める。
一方の本人は、そんなことも知らず。
「さて。次はどこで雇っていただきましょう」
地味で目立たないベテランメイド・エナメルの、新しい奉公先探しが始まる。
※本作は『メイドのエナメルは今日も静かにお仕えします』シリーズの第1作です。本作単体でもお楽しみいただけます。
異世界転移した僕と彼のスキルは「貯金箱」と「犬」だったので即追放。でもこれが意外と強かった
高校の英語の授業中、勇者召喚で僕たちクラスメイト7名は異世界にやって来た。
目的は魔王討伐では無くて、高難易度ダンジョンの封印?!
でも僕ユイトのスキルは「貯金箱」、エイジは「犬」。
役立たず認定で、二人とも城を追放されてしまった。
のんびり暮らそうとしたけどそうもいかなくなって。
僕たちは奇妙なスキルを駆使して異世界で生き延びる。
緩~いファンタージ物語です。のんびりと書いていきます。
本文はなるべく簡潔に、サクサク進むようにしています。
暇つぶしに読んでいただいて、楽しんでくださると嬉しいです。
なろう様にも投稿。
捨てられた幼女ですが、公爵家に拾われたら家族みんなの愛が重すぎました
幼い頃に母親に捨てられ、孤児院で暮らしていた少女リリア。
「役に立たなければ、また捨てられる」
そう思い、いつも“いい子”でいようとしていた彼女は、ある日、公爵家の馬車を助けたことをきっかけに屋敷へ招かれる。
そこで待っていたのは、娘に甘すぎる公爵夫妻に、妹を構いたがるレオン、そしてリリアを甘やかしたい使用人たち。
戸惑いながらも、少しずつ公爵家に居場所を見つけていくリリア。やがて夫妻から「私たちの娘になってほしい」と告げられて――。
これは、捨てられないために“いい子”でいようとしていた少女が、重すぎるほどの愛情に包まれ、本当の家族を見つけていく物語。
初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました
夫婦となって初めて迎えた夜、セレンティアは夫リオールから「俺には、愛する人がいる」と告げられる。
彼が初夜を済ませた理由は、三年後に白い結婚として婚姻無効を申し立てられないようにするためだった。
けれどリオールは知らなかった。セレンティアの祝福《一日回帰》が、自分自身の身体にも使えることを。
セレンティアは自分の身体の時間を一日前へ戻し、三年間、侯爵家の妻として務めを果たすことを決める。
夫に愛されるためではない。三年後、白い結婚としてこの家を出ていくために。
番の証が出ないと捨てられたので、神様に確かめてもらいます
「番の証が出ぬからだ」
和平のために獣人国へ嫁いで四年。獣王ガイウス様との儀式は三度、三度とも証は出ませんでした。「人間の娘では神は認めぬ」——そう言われて、離宮へ。
雨漏りの下で眠り、井戸をさらい、畑を耕して。泣かなかったのは強いからではありません。獣人には、匂いでわかってしまうから。
嫁ぐ前に三年かけて読み込んだ婚姻法典。その第四章に、こうありました。
『既に誓いを結びたる者が、重ねて他者と誓いを立てんとする時、神は後の誓いを認めず』
——証が出なかったのは、わたしが人間だからではない。
長老会に申し立てたのは、解釈の確認だけ。わたしは悪くない、とは一言も書きませんでした。
遡誓の儀で神殿に浮かんだのは、六年前の秋の「成立」と、わたしの三度の「不成立(重複)」でした。
飛べないと捨てられたので、竜ごと出て行きます
「お前は竜に乗れもしない、ただの妻だろう」
竜騎士団長の夫はそう言って、飛べる従騎士の娘を選びましたわ。
ええ、わたくしは飛べません。十二年、地上におりました。
夜明け前に三十一頭の寝息を数え、歯を磨き、爪の砂を取り、冬に毛布を掛け、契約を編んで。——この国でただひとりの「調律者」として。
竜は、人を乗せない生き物ですのよ。竜自身が「乗せてもいい」と決めない限り。そして竜が誰の言葉で頷いてきたか、あの方は十二年、一度もお考えにならなかった。
離縁されて、わたくしは竜舎を出ました。
三日後から、竜は一頭も飛ばなくなりましたの。
怒っているのではありませんのよ。竜は報復をしませんもの。ただ——寂しいのです。
そして来月は、三年に一度の、契約更新日ですわ。
土下座する王妃の座などいらないので、冒険者に転職します。
「私が愛しているのはエルナ。君だけだ」
エルナは自分の夫でありハーメルン王国の国王であるカメルを愛していた。
彼がどれほど自分より隣国の聖女を優先しようとも。
結婚して二年が経っても初夜を迎えたことがなかろうとも。
しかし。
「エルナ。君に失望した。聖女を陥れていじめるとはな。罪を認め、ひざまずいて謝罪するように」
一年に一度の建国記念宴会であり結婚記念日に、カメルはすべての貴族や外国の使節団が見ている前で、エルナに身に覚えのない罪を認めろと断罪した。
愛が壊れるのは一瞬。
だからこそ、エルナはその場でひざまずいた。頭を地面にこすりつけて謝罪した。
「聖女を陰謀にかけた大罪人エルナは、この時間をもって王妃の座から退き、平民となりますことをお許しください。聖女様とどうかお幸せに」
*ゆるい設定です。不快に思われる方はブラウザバックをお願いします。
婚約破棄を受け入れた瞬間、王太子殿下が青ざめました
王都でもっとも華やかな春の夜会。その中央で、王太子エドワードは冷ややかな目を婚約者へ向けていた。
「リリアーナ・フォン・アルベルト公爵令嬢。君との婚約を、ここで破棄する」
会場が一瞬で静まり返る。
リリアーナは淡い金髪を揺らし、静かに王太子を見つめ返した。
「理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「理由など明白だ。君は嫉妬深く、心が狭い。それに比べ、私は真実の愛を見つけた」
そう言ってエドワードが隣へ引き寄せたのは、男爵令嬢のセシリアだった。