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連載
始末?④
ヴァンダは屋敷に戻ったが、家族はまだ帰宅しておらず、自室で待つことに。
馬車移動で疲れたのか、うつらうつらしていると、子供のはしゃぐ声で目が覚めた。
窓から覗くと、見たことのない子供が走り回っている。
ヴァンダは腹が立った。
キント家の跡取りである長女アハートには、一人息子ダーイフがいる。ただ、ダーイフは生まれつき体が弱く、ほとんど寝たきりの生活だ。いつもベッドから、外を見ている。動けなくて、外を見ているだけ。いつも退屈そうに、何かを諦めたように見ているだけ。
(ダーイフがいるのに、何を考えてるのぉ。ダーイフに聞こえるじゃない)
ヴァンダは腹が立った。寝たきりのダーイフがいるのに、使用人は無神経に子供を遊ばせている。注意してやると、ヴァンダは部屋を出る。
別に子供好きではないが、ダーイフだけは、無条件でかわいい存在だ。
「ちょっとぉ、あんた誰よぉ。ここはキント家の庭よぉ」
強めに言うと、あわててメイドが飛んできた。
子供はぱっ、とメイドにしがみつく。
「あんたの子供? ここをどこだと思っているわけぇ?」
メイドは、その言葉にきょとんとする。
「お嬢様、ここはキント家の庭ですよ」
「分かっているわよぉ、誰よ、この子はぁ」
「ダーイフ様ですよ」
「はぁ?」
思わず子供の顔を見る。確かに面影はある、だけど違う。顔色が、体つきが、なにより走り回っていたことが。寝たきりで青い顔をして、少し動いたら息がきれるような体力しかなかったのに。
「本当にダーイフなのぉ?」
「ええ、そうですよ」
「全然違うじゃなぁい、ダーイフは顔色が悪くて痩せて寝てばかりだったのよぉ」
「あ、そうですね。ヴァンダお嬢様はご存知なかったですね。でも私の口からは何も申せません。旦那様達から口止めされてますので、申し訳ありません」
メイドはぺこり、と頭を下げる。
「ダーイフ様、さ、おやつにしましょう。ヴァンダお嬢様、ダーイフ様の事は旦那様達から聞いてください」
そう言ってメイドはダーイフの手を引き屋敷に。
どういう事だろうとおもいながら、両親や姉達の帰りを待つ。
夕方になり、両親達が帰ってきた。居間に呼ばれると、みな厳しい顔だ。2年ぶりなのに、おかえり一つない。
ソファーに座ろうとすると、
「誰が座っていいと言った」
父親が鋭く言った。
「何よぉ、立ったままなのぉ」
「そうだ、座るな。座るなら床に座れ。それから黙れ。その間延びした話し方、イライラする」
父親の言葉は鋭いままだ。仕方なくヴァンダは立ったままの体勢を取る。
「ヴァンダ、お前、何をやったか分かっていないようだな。私達を前にして謝罪の一つもないのか?」
「何の事ぉ?」
ヴァンダはとぼけてみる。言いたいことは分かるが、認めたなら負けだ。それにあのハルスフォン伯爵夫人イザベラに対しては、バレンティナの責任だ。
「黙れっ、あのテイマーの事だっ。ご意見番が後見人をされているのだぞっ」
怒鳴る父親に、ヴァンダは小さく鼻で嗤う。
「ギルドから注意がきているのは分かっていたはずっ。なぜ手を出したっ」
「手は出してないわぁ」
出したのは口だけ。
「いい加減にしなさいヴァンダ」
姉アハートが低い声で言う。
「あんたのせいで、どれだけ迷惑してると思っているの? それにあのテイマー様には、私達は感謝しなくてはいけないのよっ」
「はぁ? 何の事ぉ?」
アハートの言った意味が分からない。だって、ヴァンダはあのテイマーには迷惑しかかけられていない。恥はかくし、冒険者ギルドカードは使えなくなるし、罪人のように扱われるしで散々だったから。
「ダーイフよっ」
アハートは叫ぶ。
「あのテイマー様がドラゴンを仕留めてくれなかったら、ダーイフは今いないわっ」
ダーイフは肺が悪かった。
それは生まれつきの為、再生魔法は効果がない。ダーイフを救ったのは、ドラゴンのポーションだった。
マーファで確保されたドラゴンで作られたポーションは、順番待ちをしていたダーイフの寸前で在庫がなくなった。どれだけ絶望したか。だが、数ヶ月後、軍隊ダンジョンで装甲竜(アーマードラゴン)が確保された。そして念願のドラゴンのポーションが手に入った。
まさに最後の希望。
ダーイフにドラゴンのポーションが来た。
そして、絵本でドラゴンのポーションを見て夢見ていたダーイフは、不味いはずのそれを飲み干した。
効果は直ぐに出た。
まずは呼吸が穏やかになり、徐々に食事量が増えていった。誰かに支えられて座っていたのに、自分の力で起き上がる。日に日に改善していった。青白い顔に、朱が入り、ガリガリに痩せていた体に肉がつき出した。
ベッド上で寝たきりだったのが、ゴロゴロ自分で転がり、気がついたら部屋の中を歩き両親を驚かせた。
そして今、数ヵ月後の今、庭を走り回っている。
どれだけ歓喜し、どれだけ感謝したことか。
「あのテイマー様がいなければ、ダーイフは長くはなかった。あのテイマー様はダーイフの命の恩人なのよっ」
アハートが声を張り上げる。あまりの迫力に、ヴァンダは内心引く。
「で、でもぉ。ドラゴン仕留めたのは、従魔でしょう? あのテイマーは関係ないんじゃなぁい」
「本当にバカね」
そう言ったのは、もう一人の姉、マガリーだ。
「その従魔がドラゴンを仕留めたとしても、ドロップ品を管理してギルドに回すという判断は主人であるテイマー様よ。そのテイマー様が、出し惜しみせずにギルドにドラゴンを回したから、ダーイフにドラゴンのポーションが回ってきたのよ。もし買い取りに値段をつり上げようとして、出し惜しみしたら、それだけダーイフに回ってくるのが遅くなった。下手したら間に合わなかったかもしれないのよ」
「そ、それはぁ」
分が悪いなあ、と思いながら、口を開く。ダーイフの回復を知っていたら、あんな噂を流さなかったのに、と内心愚痴る。
「でもあの女、失礼なのよぉ。伯爵家の…………」
「黙れっ」
父親が大声を張り上げる。
「ダーイフの件だけではないっ。お前のせいで工房が迷惑をこうむっているんだぞっ」
「はぁ?」
キント家は宝飾品を扱う工房を経営している。だが、マーファの冷蔵庫ダンジョンから出た宝石の購入ができなかった。一度だけ、優衣が断った事だ。わざわざ工房主がマーファまで出向いたのに、締め出された。それがどこからか漏れ、少なからず影響が出てきている。
あのテイマーを怒らせた工房、と陰口を叩かれ、キャンセルが出た。一つ二つでない。
「でも、質さえよければ…………」
「バカッ、信用がなければ何の意味もないのだぞっ。失った信用は、信用を得るより何倍も苦労するのが分からないのかっ」
父親の怒鳴り声が響く。
「お前はそうやって人をバカにしたように話して、学生時代から、工房に迷惑ばかりかけよってっ」
ヴァンダは、王立学園にいた頃から、4人でつるんでは人をバカにした。そのバカにされた生徒の親、中には貴族がいて、キント家の工房を利用することを避けた。その親達が口から口に噂をして、客離れがあった。
ヴァンダが首都を去り、姉達が奔走し、やっと固定客も増えたのに。また、振り出しに戻った。
父親は肩で息をして、自分を落ち着かせる。
「テイマー様の件で、城に呼ばれた」
「えぇ?」
「えぇ? じゃないっ。国から注意が行くような人物に、お前は何をしたっ。宰相にきつくきつく言われた。気の毒に、テルツォ家の夫人は今にも倒れそうだったぞ。サエキ様にまで圧をかけられた、どの様な対応をするのか、となっ。生きた心地がしなかったぞっ」
「でもぉ……………」
「黙れ黙れ黙れっ、お前に権利はないっ。キント家の当主として、お前がやったこと、それに関する工房への影響を鑑みて、お前に命ずるっ」
ヴァンダは激しく嫌な予感がした。
「お前の貴族籍のカードを使用停止にするっ。そして、工房と職人寮の掃除婦を命ずる。部屋は寮の空いている部屋だ。こちらで寝泊まりできると思うなっ」
「嫌よぅっ、なんで私が掃除なんかぁっ。カード止められたら生活できないじゃないぃっ」
「食事は朝と晩は寮で出る。必要なものは働いて稼げ。働いた分に対しての報酬は払ってやる。だがな、ずるはできんからな、皆に言ってある。お前が仕事をサボらないか見張れと。だが、決して手伝うなと」
「あんまりよぅ、私は伯爵家の娘よ。そんなことしたら、キント家の評判が悪くなるわぁ」
掃除婦なんて絶対に嫌だ。
「だったら出ていけ」
父親の言葉が凍りつくように冷たい。
「出ていけ、キント家から除籍してやる。好きに生きればいい。お前がこき下ろしていた『平民』になり、お前が言うように地面を這いずりながら生きろ」
「はぁ? そんなことしたら、ますます評判悪くなるんじゃあ」
平民になんかにされたら、元キント伯爵令嬢と後ろ指差される。自ら望んでそうなったわけではないからだ。それが嫌だった。
「当然そうなるだろうな。だが、お前はそれだけの事をしている。甘い処罰にすれば、それこそキント家の恥だ。今更、お前の頭で、自立なんて出来ないだろうな」
「だったら、私は工房の事務するわぁ。読み書き出きるし、計算だって出きるし」
「冗談じゃないっ」
今度はマガリーが声を上げる。
「ヴァンダを事務に入れるなんて私は絶対反対っ。売上金に手を出すはずよっ」
「ちょっと、失礼ねぇっ」
「前例があるじゃないっ。工房のお金に手を出して、制作途中の品を触ってわざと壊したじゃないっ。あの後、職人がどれだけ大変だったか、覚えてないわけ? あんたの頭は鶏以下ねっ」
「なんですってぇ」
マガリーの話は真実だが、ヴァンダは頭に来た。
「落ち着きなさいマガリー。ヴァンダ、籍を抜かれて無一文で生きていくか、掃除婦、どちらかしかないぞ。時間はやらん、今決めろ。掃除婦の働き次第では、きちんとした、正社員として対応してやる。そうだな、3年続いた時点で評価してやる。もしサボってばかりなら、どんな対応するか、分かっているだろうな?」
有無を言わせない父親の言葉。
結局、ヴァンダは除籍されたら、一人で生きていけない。だから、選択肢は一つ。
ヴァンダはその日のうちに、寮に移った。
サロンには、もう関われないと告げるためだ。ロベルタの様子が心配だったが、やはり自分が可愛い。気にしていられなかった。
掃除婦を選択したが、結局、サボり癖が直らず、いつまで経っても正社員になれなかった。どうせ、すぐに元の生活に戻れるとたかをくくっていた。
だが、いつまで経っても両親と姉達の許しはおりなかった。
今回ばかりは本気だと感づいたのは、ずっと後。粗末な部屋、粗末な食事、粗末な服、荒れていく手。いらいらした。
唯一の安らぎは、ダーイフが元気に走り回っているのを、遠くから見ることだけ。
そして月日が流れて行くうちに、ダーイフは背が伸びていった。半成人を無事に迎えた時、ヴァンダの心境が変わった。
半成人は無理だと言われたダーイフが、晴れ着を着て、両親に手を引かれているのを見て、ヴァンダは何故か涙が溢れ出た。
ドラゴンのポーションが、ダーイフを救った。随分遅くなったが痛感した。
マガリーの言うように、少しでも遅れていたら、と思うようになった。
それから、少しずつだが、真面目に掃除婦をしていたら、正社員として認められ、ヴァンダはキント家工房専属掃除婦となり、一生過ごした。
馬車移動で疲れたのか、うつらうつらしていると、子供のはしゃぐ声で目が覚めた。
窓から覗くと、見たことのない子供が走り回っている。
ヴァンダは腹が立った。
キント家の跡取りである長女アハートには、一人息子ダーイフがいる。ただ、ダーイフは生まれつき体が弱く、ほとんど寝たきりの生活だ。いつもベッドから、外を見ている。動けなくて、外を見ているだけ。いつも退屈そうに、何かを諦めたように見ているだけ。
(ダーイフがいるのに、何を考えてるのぉ。ダーイフに聞こえるじゃない)
ヴァンダは腹が立った。寝たきりのダーイフがいるのに、使用人は無神経に子供を遊ばせている。注意してやると、ヴァンダは部屋を出る。
別に子供好きではないが、ダーイフだけは、無条件でかわいい存在だ。
「ちょっとぉ、あんた誰よぉ。ここはキント家の庭よぉ」
強めに言うと、あわててメイドが飛んできた。
子供はぱっ、とメイドにしがみつく。
「あんたの子供? ここをどこだと思っているわけぇ?」
メイドは、その言葉にきょとんとする。
「お嬢様、ここはキント家の庭ですよ」
「分かっているわよぉ、誰よ、この子はぁ」
「ダーイフ様ですよ」
「はぁ?」
思わず子供の顔を見る。確かに面影はある、だけど違う。顔色が、体つきが、なにより走り回っていたことが。寝たきりで青い顔をして、少し動いたら息がきれるような体力しかなかったのに。
「本当にダーイフなのぉ?」
「ええ、そうですよ」
「全然違うじゃなぁい、ダーイフは顔色が悪くて痩せて寝てばかりだったのよぉ」
「あ、そうですね。ヴァンダお嬢様はご存知なかったですね。でも私の口からは何も申せません。旦那様達から口止めされてますので、申し訳ありません」
メイドはぺこり、と頭を下げる。
「ダーイフ様、さ、おやつにしましょう。ヴァンダお嬢様、ダーイフ様の事は旦那様達から聞いてください」
そう言ってメイドはダーイフの手を引き屋敷に。
どういう事だろうとおもいながら、両親や姉達の帰りを待つ。
夕方になり、両親達が帰ってきた。居間に呼ばれると、みな厳しい顔だ。2年ぶりなのに、おかえり一つない。
ソファーに座ろうとすると、
「誰が座っていいと言った」
父親が鋭く言った。
「何よぉ、立ったままなのぉ」
「そうだ、座るな。座るなら床に座れ。それから黙れ。その間延びした話し方、イライラする」
父親の言葉は鋭いままだ。仕方なくヴァンダは立ったままの体勢を取る。
「ヴァンダ、お前、何をやったか分かっていないようだな。私達を前にして謝罪の一つもないのか?」
「何の事ぉ?」
ヴァンダはとぼけてみる。言いたいことは分かるが、認めたなら負けだ。それにあのハルスフォン伯爵夫人イザベラに対しては、バレンティナの責任だ。
「黙れっ、あのテイマーの事だっ。ご意見番が後見人をされているのだぞっ」
怒鳴る父親に、ヴァンダは小さく鼻で嗤う。
「ギルドから注意がきているのは分かっていたはずっ。なぜ手を出したっ」
「手は出してないわぁ」
出したのは口だけ。
「いい加減にしなさいヴァンダ」
姉アハートが低い声で言う。
「あんたのせいで、どれだけ迷惑してると思っているの? それにあのテイマー様には、私達は感謝しなくてはいけないのよっ」
「はぁ? 何の事ぉ?」
アハートの言った意味が分からない。だって、ヴァンダはあのテイマーには迷惑しかかけられていない。恥はかくし、冒険者ギルドカードは使えなくなるし、罪人のように扱われるしで散々だったから。
「ダーイフよっ」
アハートは叫ぶ。
「あのテイマー様がドラゴンを仕留めてくれなかったら、ダーイフは今いないわっ」
ダーイフは肺が悪かった。
それは生まれつきの為、再生魔法は効果がない。ダーイフを救ったのは、ドラゴンのポーションだった。
マーファで確保されたドラゴンで作られたポーションは、順番待ちをしていたダーイフの寸前で在庫がなくなった。どれだけ絶望したか。だが、数ヶ月後、軍隊ダンジョンで装甲竜(アーマードラゴン)が確保された。そして念願のドラゴンのポーションが手に入った。
まさに最後の希望。
ダーイフにドラゴンのポーションが来た。
そして、絵本でドラゴンのポーションを見て夢見ていたダーイフは、不味いはずのそれを飲み干した。
効果は直ぐに出た。
まずは呼吸が穏やかになり、徐々に食事量が増えていった。誰かに支えられて座っていたのに、自分の力で起き上がる。日に日に改善していった。青白い顔に、朱が入り、ガリガリに痩せていた体に肉がつき出した。
ベッド上で寝たきりだったのが、ゴロゴロ自分で転がり、気がついたら部屋の中を歩き両親を驚かせた。
そして今、数ヵ月後の今、庭を走り回っている。
どれだけ歓喜し、どれだけ感謝したことか。
「あのテイマー様がいなければ、ダーイフは長くはなかった。あのテイマー様はダーイフの命の恩人なのよっ」
アハートが声を張り上げる。あまりの迫力に、ヴァンダは内心引く。
「で、でもぉ。ドラゴン仕留めたのは、従魔でしょう? あのテイマーは関係ないんじゃなぁい」
「本当にバカね」
そう言ったのは、もう一人の姉、マガリーだ。
「その従魔がドラゴンを仕留めたとしても、ドロップ品を管理してギルドに回すという判断は主人であるテイマー様よ。そのテイマー様が、出し惜しみせずにギルドにドラゴンを回したから、ダーイフにドラゴンのポーションが回ってきたのよ。もし買い取りに値段をつり上げようとして、出し惜しみしたら、それだけダーイフに回ってくるのが遅くなった。下手したら間に合わなかったかもしれないのよ」
「そ、それはぁ」
分が悪いなあ、と思いながら、口を開く。ダーイフの回復を知っていたら、あんな噂を流さなかったのに、と内心愚痴る。
「でもあの女、失礼なのよぉ。伯爵家の…………」
「黙れっ」
父親が大声を張り上げる。
「ダーイフの件だけではないっ。お前のせいで工房が迷惑をこうむっているんだぞっ」
「はぁ?」
キント家は宝飾品を扱う工房を経営している。だが、マーファの冷蔵庫ダンジョンから出た宝石の購入ができなかった。一度だけ、優衣が断った事だ。わざわざ工房主がマーファまで出向いたのに、締め出された。それがどこからか漏れ、少なからず影響が出てきている。
あのテイマーを怒らせた工房、と陰口を叩かれ、キャンセルが出た。一つ二つでない。
「でも、質さえよければ…………」
「バカッ、信用がなければ何の意味もないのだぞっ。失った信用は、信用を得るより何倍も苦労するのが分からないのかっ」
父親の怒鳴り声が響く。
「お前はそうやって人をバカにしたように話して、学生時代から、工房に迷惑ばかりかけよってっ」
ヴァンダは、王立学園にいた頃から、4人でつるんでは人をバカにした。そのバカにされた生徒の親、中には貴族がいて、キント家の工房を利用することを避けた。その親達が口から口に噂をして、客離れがあった。
ヴァンダが首都を去り、姉達が奔走し、やっと固定客も増えたのに。また、振り出しに戻った。
父親は肩で息をして、自分を落ち着かせる。
「テイマー様の件で、城に呼ばれた」
「えぇ?」
「えぇ? じゃないっ。国から注意が行くような人物に、お前は何をしたっ。宰相にきつくきつく言われた。気の毒に、テルツォ家の夫人は今にも倒れそうだったぞ。サエキ様にまで圧をかけられた、どの様な対応をするのか、となっ。生きた心地がしなかったぞっ」
「でもぉ……………」
「黙れ黙れ黙れっ、お前に権利はないっ。キント家の当主として、お前がやったこと、それに関する工房への影響を鑑みて、お前に命ずるっ」
ヴァンダは激しく嫌な予感がした。
「お前の貴族籍のカードを使用停止にするっ。そして、工房と職人寮の掃除婦を命ずる。部屋は寮の空いている部屋だ。こちらで寝泊まりできると思うなっ」
「嫌よぅっ、なんで私が掃除なんかぁっ。カード止められたら生活できないじゃないぃっ」
「食事は朝と晩は寮で出る。必要なものは働いて稼げ。働いた分に対しての報酬は払ってやる。だがな、ずるはできんからな、皆に言ってある。お前が仕事をサボらないか見張れと。だが、決して手伝うなと」
「あんまりよぅ、私は伯爵家の娘よ。そんなことしたら、キント家の評判が悪くなるわぁ」
掃除婦なんて絶対に嫌だ。
「だったら出ていけ」
父親の言葉が凍りつくように冷たい。
「出ていけ、キント家から除籍してやる。好きに生きればいい。お前がこき下ろしていた『平民』になり、お前が言うように地面を這いずりながら生きろ」
「はぁ? そんなことしたら、ますます評判悪くなるんじゃあ」
平民になんかにされたら、元キント伯爵令嬢と後ろ指差される。自ら望んでそうなったわけではないからだ。それが嫌だった。
「当然そうなるだろうな。だが、お前はそれだけの事をしている。甘い処罰にすれば、それこそキント家の恥だ。今更、お前の頭で、自立なんて出来ないだろうな」
「だったら、私は工房の事務するわぁ。読み書き出きるし、計算だって出きるし」
「冗談じゃないっ」
今度はマガリーが声を上げる。
「ヴァンダを事務に入れるなんて私は絶対反対っ。売上金に手を出すはずよっ」
「ちょっと、失礼ねぇっ」
「前例があるじゃないっ。工房のお金に手を出して、制作途中の品を触ってわざと壊したじゃないっ。あの後、職人がどれだけ大変だったか、覚えてないわけ? あんたの頭は鶏以下ねっ」
「なんですってぇ」
マガリーの話は真実だが、ヴァンダは頭に来た。
「落ち着きなさいマガリー。ヴァンダ、籍を抜かれて無一文で生きていくか、掃除婦、どちらかしかないぞ。時間はやらん、今決めろ。掃除婦の働き次第では、きちんとした、正社員として対応してやる。そうだな、3年続いた時点で評価してやる。もしサボってばかりなら、どんな対応するか、分かっているだろうな?」
有無を言わせない父親の言葉。
結局、ヴァンダは除籍されたら、一人で生きていけない。だから、選択肢は一つ。
ヴァンダはその日のうちに、寮に移った。
サロンには、もう関われないと告げるためだ。ロベルタの様子が心配だったが、やはり自分が可愛い。気にしていられなかった。
掃除婦を選択したが、結局、サボり癖が直らず、いつまで経っても正社員になれなかった。どうせ、すぐに元の生活に戻れるとたかをくくっていた。
だが、いつまで経っても両親と姉達の許しはおりなかった。
今回ばかりは本気だと感づいたのは、ずっと後。粗末な部屋、粗末な食事、粗末な服、荒れていく手。いらいらした。
唯一の安らぎは、ダーイフが元気に走り回っているのを、遠くから見ることだけ。
そして月日が流れて行くうちに、ダーイフは背が伸びていった。半成人を無事に迎えた時、ヴァンダの心境が変わった。
半成人は無理だと言われたダーイフが、晴れ着を着て、両親に手を引かれているのを見て、ヴァンダは何故か涙が溢れ出た。
ドラゴンのポーションが、ダーイフを救った。随分遅くなったが痛感した。
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