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連載
隠れて護衛⑧
目を覚ます。
「あ、姉ちゃん、起きたな? アップ」
寝起きに晃太の支援魔法。
胸の辺りが温かい。
「あ、私、どうなったん?」
身体を起こす。よく見たら、宿泊している宿の寝室や。
「ルージュの魔法で寝とっただけや。どうな具合は?」
「具合、具合………」
言われて考える。ああ、ホークさんの剣が、首を刎ね飛ばして、それから、あれ?
先ほどは自分の心臓の音しかしなかったのに、なんで冷静に考えているんや? まるでグロい映画のワンシーンの様にしか思えない。なんでや?
「闇の支援魔法が効いとるようやな」
晃太がほっとしている。
「あんたは大丈夫な?」
「ちゃんとかけとる。わいは直に見とらんし、な」
「そうな」
「なあ、晃太、あれからどうなったん? エマちゃんとテオ君は? フェリアレーナ様は?」
「無事にトッパに入っとるよ」
私は寝かされていたベッドから起きる。あれから4時間程経っていると。髪を触ると、綺麗になってる、なぜや? もしかしたら、あれは夢なんかな?
鷹の目の皆さんの無事を確認しないと。それから、ホークさんの手を叩いてしまったし。ビアンカとルージュ、仔達、ノワールの無事もみらんと。
ドアを開けるとホークさんが立っていた。
「ユイさん、お加減は?」
「はい、晃太の支援魔法で。ホークさん、先ほどはすみません、手を払ってしまい」
「いいんですよ」
良かった。
エマちゃんとテオ君も心配や。
階段下にはビアンカとルージュが鎮座している。
『落ち着いたようなのですね』
『そうみたいだけど、魔法で一時的に抑えているだけよ』
『そうなのですね、定期的に魔法をかけて、徐々に減らすのですね』
『ユイ、おかしいと思ったら我慢してはいけないわよ』
「ありがとうビアンカ、ルージュ」
2人の気遣いが嬉しい。仔達は居間で寝ている。元気は相変わらず丸出し。
「怪我はなか? ノワールは?」
『怪我なんてしないのです』
『ノワールはおとなしくしてるわよ』
「そうね、良かった」
エマちゃんとテオ君が駆け寄ってきた。
「ユイさん、大丈夫?」
「ユイさん、ごめんなさい、俺、何の役にも立てなくて………」
エマちゃんは顔に擦り傷、テオ君は泣きそうだ。ああ、エマちゃん、あのワイヤーみたいのに絡まれてた。傷はどんなんやろう。テオ君は結局私が余計なお世話をしたからね。あの時、自分でもよく分からず動いてしまったから。微妙なお年頃の男の子だし、何より、私はテオ君にしては護衛対象なのに、あんな形で守られてしまった。いろいろ未消化なんだろうなあ。
「エマちゃん、大丈夫よ。怪我はどう? 見せてん」
私はエマちゃんの傷口チェック。ポーションのお陰か、顔の傷はフレッシュな感じでなく、傷口周囲も赤くもなく、数日後の落ち着いている感じになっている。そのうち瘡蓋になるかな。腕の傷は、薄く内出血になり、あちこち剥離していた感じだが、剥離自体は小さく、こちらも深くはないようや。あのワイヤーかなり悪質やったみたいで、もし、皮膚にそのまま巻き付いたら、皮膚が捻れるように切れていただろうと。大怪我やん。これくらいですんだのは、ジャケットと衝撃吸収の付与のおかげと。良かった、武装けちけちせんで。傷口にはワセリンでも塗るかね、ディレックスにあったかな?
「傷口痒くなるかも知れんけど、掻かんでね」
「はい」
うん、素直や。
「テオ君。怪我はなか?」
「ないです」
「なら、よか。テオ君、よく頑張ったね」
「俺っ、何にもしてないっ」
「ナイフ持ってうちらを最後まで守ってくれたやん。結果はテオ君が満足しなくても、私には、それで十分なんよ」
そう言うが、テオ君はまだ未消化なままだ。ホークさんが小声で、後でフォローします、と。任せよう。
チュアンさんもマデリーンさんもミゲル君も怪我はなし。良かった。
それから、ルームを開けて、両親と花を誘導。
私はあんな場面を目の当たりにしては冷静で、両親には問題ないとしか説明しなかった。それで十分や。本来はフェリアレーナ様を襲撃から守ることやしね。
ただ、流石に食欲はなかった。無理に口に入れたが、匂いもしないし、まったく味がしない。晃太もそんな感じで、2口目に私も晃太も吐き気が出てしまい結局ほとんど残してしまった。いくら支援があっても、仕方なかね。母が心配していたが、理由を話すわけにはいかない。疲れたとかなんとか理由を付けて誤魔化す。明日は時間通りに出発するフェリアレーナ様の輿入れ行列に加わらなくてはならない。
これが次の問題や。私がルージュの魔法で寝ている間に、晃太がマーファの騎士の隊長さんと少し話したそうだ。時間通りに出発するので、まずは遅れない事。お見送りする人達をすり抜けて、とにかく合流しないと始まらない。
それとなく、自然に、マーファに一緒に行きません?作戦だ。で、できるかな? こちらは大根ばっかりなのに。
まずできるのは、早めに就寝、早めに起床だ。
毎日のルーティーンを行う。
「元気、コハク、今日はよう頑張ったね」
ブラッシングすると、元気が心地良さそうに転がり、コハクはゴロゴロと喉を鳴らす。元気はちゃんと威力の調整したし、コハクの土の塊は投擲物を、光のリンゴの次に落としていた。
流石、ビアンカとルージュの仔や。ルリとクリス、ヒスイもよく頑張ったからね、しっかりブラッシング。やはり仔達も疲れていたようで、いつもの寝る前の遊びもそこそこに、従魔の部屋で眠っていた。
就寝の準備をして、宿のベッドに横たわり、晃太の支援のお陰か、疲れていたのかあっという間に寝てしまった。
夜中、目が覚めてしまった。
トイレでも済まそう、と、起きる。そのまま寝ればよかったのに、風に当たりたくて宿の庭に出たのがいけなかった。
庭に設置されていたベンチに腰掛けて、ぼんやりしていると、急に昼間の事が、まざまざと思い出されてきた。
よかれと思って、妥協しなかったホークさんの剣が、人の首を刎ねた。あんなに簡単に人の首って飛ぶの? 骨とか、硬くない? 私の買った剣が、人の首をはねた。人を殺した。私が妥協しなかった剣が。
あ、いかん、いかん、いかん、いかん。
血の海が足元に広がる錯覚が、首のない遺体が、私に向かって倒れる錯覚が沸き上がる。
息が上がる、頭が痛い、吐きそうや。昼間の光景が、私の脳を揺さぶってくる。目眩が起きる。
いかん、いかん、いかん。
頭が痛い、頭が痛い、胸が、苦しい。吐きそうや。
私が選んだ剣が、
『ユイ、どうしたのです?』
『動揺しているわ、落ち着いて』
『そうなのです、ゆっくり息をするのです』
『大丈夫よ、私達がいるわ』
苦しさに喘いでいると、勘づいたビアンカとルージュが、開けっ放しにしていたルームから慌てた様子で駆け寄ってきた。
『大丈夫なのですよ、ユイ、ゆっくり息をするのです』
『そうよ、ユイ、私達がいるわ。ずっと側にいるわ』
ああ、2人の優しさが嬉しい。
私が両手を出すと、当たり前のようにすり寄ってきた。ああ、あったかい。私は2人の優しさと温かさにしばらく埋もれる。ああ、ぼろぼろと涙も溢れる。今は2人の優しさに埋まろう。
昼間の事があり、直ぐに落ち着かなかったが、徐々に呼吸が落ち着いてきた。私が主人なんやから、私がしっかりせんと。
「ユイさん、どうしました?」
呼吸が落ち着いてきた頃に、驚いた様子のホークさんまで駆け寄って来た。もへじ生活のスウェットで駆け寄ってくる。
「あ、あの、落ち着いて来たので、大丈夫です」
そう言って今さらながらに、ホークさんが私に後方に控えるように言った意味が分かって来た。私が、こうなるって分かっていたんじゃないだろうか? 足手まとい以前の問題で、私を対人戦で受ける精神的なものから遠ざけたかったんじゃないかな? だったら、申し訳無い。申し訳無い。申し訳無い。
「ユイさん?」
黙ってしまった私に、ホークさんが心配そうだ。
「あの、ホークさん」
「はい」
「今日はすみません、いろいろご迷惑を…………」
う、再び思い出してきて、きつか。吐きそう。
「ユイさん」
静かにホークさんが言って、私の前に膝を突く。
「俺の方こそ、申し訳ありません。貴女を守りきれなかった」
「え?」
ノワールに乗って助けに来てくれたのに? 本心は嫌だと言っていた、人を斬ったのに? 私を守ってくれたのに?
「俺は貴女を、人の命が刈られる瞬間から、守りきれなかった」
「それは、ホークさんのせいじゃ………」
私がホークさんの指示に従わなかった。あの時「目を閉じて」の叫びを聞いたのに。私の身体は違う行動をした。結果これだ、私のせいや。
「いいえ。俺がもっと貴女に進言するべきだったんです。狙いはフェリアレーナ王女だけだと思い、貴女の守りを薄くした。俺の判断ミスです」
「でも、それは」
皆で話し合って決めたことだ。あの時の最優先はフェリアレーナ王女様と、従者の皆さん、マーファの騎士の皆さんだったし。私達は、トッパに逃げればよか、ルージュに光のリンゴさえ出してもらえれば、と。あの黒装束達が、あれだけの手数で迫ってくるなんて思わなかった。おそらく狙いは元気達のはずや。
ホークさんのせいじゃない。
そう、現状の私はホークさんのせいじゃない。
「私がもっとよく考えてれば良かったんです。ホークさんのせいやないんです。これは、自己責任で乗り越えんといかん…………」
「ユイさん」
ホークさんが私の言葉を切る。
「無理に、考えなくてもいいんですよ。受け入れなくてもいいんですよ。今回は、目の当たりにした、それだけなんです」
「でも、いつかは遭遇することやった事やし、これからだって」
そう。冒険者の資格を持つ以上、どうしても仕方ないことやないかな? また、似たような事を頼まれて、断れなかったら。
「そしてまた、苦しむんですか?」
私はホークさんの言葉に息を呑む。
あの場面がフラッシュバックしてきた。
無理や、吐きそう。思わず、口を押さえる。
歪む視界の中で、ホークさんが手を差し出してきた。胼胝のある、大きな男性の手。
今日、人を殺した手。
「俺が恐いですか?」
息が止まりそうになったが、その言葉に私は下に向けていた視線を上げる。
「ユイさん、繰り返しますが、貴女は無理に冒険者をしなくていいんです。ユイさんはビアンカさんとルージュさんの為に資格を取った、それだけでいいじゃないですか。そういった事は全て俺達の仕事なんですよ」
以前聞いた言葉。
「本当に、それで、いいんですかね?」
私の声は情けなく震えていた。
だって、リティアさんに無理言ってランクを上げてしまった。それはスカイランで絡まれたからだ。私のランクを上げたら、安易に手を出せなくなると思って。目を閉じてフライパンを振り回すしかできない私が、ランクAなんて、真面目に冒険者している人達にしてみたら、歯がゆい存在だろうに。それで冒険者しなくていいわけない。
「いいんですよ。ユイさんは、そのままでいいんですよ」
ホークさんは、そんな私の考えを優しく柔らかくしてくれる。
「確かに俺達は対人戦をして、人を殺しています。初めは苦しくて堪らなかった。いつしか、それが仕方ない、自分を守るため、誰を守るためとか妥協し、剣を振るってきました。人がどれだけ簡単に殺し殺されるか分かっているからです。ユイさんと、命に関して価値観が違うんですよ。このまま貴女が、冒険者として無理をしていけば、そんな風に思うようになるかもしれません。俺は、ユイさんに、俺達のようになって欲しくない」
側にいる、ビアンカとルージュは、なにも言わず、じっと見守っている。
「ユイさん、俺は貴女に変わって欲しくない。消え行く命に誠実で、最後まで手を差し伸べてくれる優しい貴女のままで、いて欲しいんです」
何時だったか、時空神様もそう言ってくれた言葉。
「今回の事は事故に遭遇した、ただ、それだけなんですよ。ユイさんが思い詰める必要はない。冒険者資格があるからって、乗り越えなくてもいいんですよ」
乱れていた呼吸が少しずつ、落ち着いてきた。事故に遭遇した、そう言われて、私は、流されていく。無責任かと思ったけど、流されていく。
「いいんですか? それで、いいんですか?」
「いいんです。それで、いいんですよ」
ホークさんは繰り返す。
「ユイさん。俺は貴女に変わって欲しくない。エマとテオは、貴女が大好きだ。それは貴女の根本が、命に対して優しいからです。だから、変わらないでください。大好きな、貴女のままでいてください」
そうなんだ、エマちゃんとテオ君は、私を好きでいてくれてるんだ。なんだろう、嬉しい。誰かに好かれる、なんて嬉しいんだろう。心があったかい。差し出されていた、ホークさんの手が、怖かった感覚が無くなってくる。いつも、ノワールに乗る時支えてくれる手。そう、いつも支えてくれる手。私を、守ってくれた手。
私は、その手に、自分の両手を添える。怖くない。カサカサした、働いている男性の手だ。ちょっと冷たい指先に添える。
「ありがとう、ございます、ホークさん」
「いいえ。俺の役目です。ユイさん、これからもし誰かの護衛依頼が来ても、出来るだけ避けましょう。俺に相談してください。どうしても断れず、対人戦になれば、ユイさんは耳を塞ぎ、目を閉じてください」
「私、邪魔やないですか」
「違いますよ。ユイさんはそれが許されるし、俺達はそれに応えなくてはならない。俺達は貴女の戦闘奴隷なんですよ。貴女を守るのは当たり前なんです」
ありがたい、本当に、ありがたい。そして、嬉しい。お腹の底から嬉しい。
「それからしばらくはコウタさんの支援魔法に頼りましょう。眠れない、食べれないではユイさんの身体が持たない」
「はい」
「さあ、今日はもう休みましょう。身体が冷えてしまう」
「はい」
私はホークさんに手を引かれて寝室に戻る。
寝室に入る前に、ずっと心配そうにしていたビアンカとルージュに、ぎゅっと抱きつく。
「ビアンカ、ルージュ、ありがとう」
『いいのですよ』
『そうよ、私達はユイの家族なんだから』
嬉しい、そうやってなんの見返りもなく、側にいてくれることが。
ぎゅうぎゅうと抱き締める。
私はホークさんにもう一度お礼を言って休んだ。吐き気も胸の苦しさが随分治まっていた。
(はぁ、なんとか落ち着いてくれた)
ホークは息をつく。
対人戦後の優衣を言葉でフォロー。しなくてはならないことだった。自身も対人戦後に先代リーダーに、フォローしてもらった。
(屁理屈のようになってしまったが、これでいい)
嘘は言っていない。
ホークは優衣に変わって欲しくない。冒険者として活動すれば、簡単に命のやり取りが起きる場面に遭遇する可能性は十分ある。簡単に割りきるか、優衣のように苦しむか。優衣のような場合はいつか克服するか割りきるようになるか、そのまま潰れるか。
そのどちらにもなって欲しくない。今のままで、いて欲しい。エマとテオが、大好きな優衣のままで。
ホークは自身の手を見る。
優衣が命懸けで助けてくれた。大事なエマを助けてくれた。パーティーごと買い上げてくれた。
それだけで、ホークは許される限り人生全てを優衣に捧げる覚悟が出来ていた。
(この騎乗能力に感謝だ)
ノワールの馬力でなくては、あの場面には決して間に合わなかったはず。結果は、優衣とテオの命は守られた。テオはやはり、目の前で人の首が跳んだ事より、優衣に守られ、何の役に立たなかった事がショックだったようだ。テオもしばらくフォローが必要だ。
(ユイさんに対する恩と罪悪感で、変な方向に考えが固まらないようにしないとな)
優衣の為だと、よく考えずに躊躇無く人を殺す。それだけは絶対に避けなくては。
(これ以上の襲撃は無いとは言えなくなった。しばらくは警戒を強める必要がある。ビアンカさんとルージュさんがいれば、そこは問題はないだろうが。明日にでもマーファの騎士に聞いてみなければ)
今日捕らえられた黒装束の生き残りの事情聴取が行われている。おそらくホーク達を奴隷にした、制約魔法を使ってしゃべらせると聞いたが、やり方は分からない。結果を教えてもらうようにしてある。優衣達が襲撃されたことは向こうも分かっているし、フェリアレーナ王女だけを狙ってはいない。本来なら、全戦力でフェリアレーナ王女の輿入れ行列を襲うはず。十中八九、優衣を捕らえて、従魔であるビアンカとルージュ、そして仔達が目的なのだろうが。
黒装束達は容赦なく事情聴取されているはず。ドラゴンを一撃で倒した従魔のビアンカとルージュに手を出そうとしたのだから、国を挙げて対応するはず。あのうるさいユリアレーナの膿は、既に王室から切り離され、帰国の手配がすんでいるはず。もう、なんの権限もない。
(とにかく理由が分からないと、今度の対応ができない。状況が変わった。あいつらがまだ何処かに潜んでいないと、断言出来ないからな)
とにかく明日、フェリアレーナ王女の輿入れ行列に上手く合流しなくては。
ホークは視線を、上げる。
超ドアップの、フォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガー。
(……………………詰んだ?)
直感? いや、予感がしたが、目を細めた2体は鼻先をホークの顔に押し付けた。色々冷めていた身体に、更に冷たい感触。
「わぉんわぉん」
「ガウガウ、ガウガウ」
「わぉん、わぉん」
「ガゥガゥ」
言葉が分からない。分からないが、自分に対して敵意はないようで、ホークは胸を撫で下ろす。
2匹はもう用がないと、開けっ放しのルームに戻っていく。
それを見届けて、ホークも宛がわれた部屋に戻ったが、明日の事を思い、眠れなかった。
『やはり、人同士にしか分からない事があるのですね』
『ユイの精神が落ち着いたから、感謝するわ』
『感謝はするのですけど、ユイを傷つけるようなことがあれば、許さないのですよ。ユイはお前を信頼しているのですから』
『そうね肝に命じなさい。ユイの信頼を裏切らないことね』
てな、感じです。
「あ、姉ちゃん、起きたな? アップ」
寝起きに晃太の支援魔法。
胸の辺りが温かい。
「あ、私、どうなったん?」
身体を起こす。よく見たら、宿泊している宿の寝室や。
「ルージュの魔法で寝とっただけや。どうな具合は?」
「具合、具合………」
言われて考える。ああ、ホークさんの剣が、首を刎ね飛ばして、それから、あれ?
先ほどは自分の心臓の音しかしなかったのに、なんで冷静に考えているんや? まるでグロい映画のワンシーンの様にしか思えない。なんでや?
「闇の支援魔法が効いとるようやな」
晃太がほっとしている。
「あんたは大丈夫な?」
「ちゃんとかけとる。わいは直に見とらんし、な」
「そうな」
「なあ、晃太、あれからどうなったん? エマちゃんとテオ君は? フェリアレーナ様は?」
「無事にトッパに入っとるよ」
私は寝かされていたベッドから起きる。あれから4時間程経っていると。髪を触ると、綺麗になってる、なぜや? もしかしたら、あれは夢なんかな?
鷹の目の皆さんの無事を確認しないと。それから、ホークさんの手を叩いてしまったし。ビアンカとルージュ、仔達、ノワールの無事もみらんと。
ドアを開けるとホークさんが立っていた。
「ユイさん、お加減は?」
「はい、晃太の支援魔法で。ホークさん、先ほどはすみません、手を払ってしまい」
「いいんですよ」
良かった。
エマちゃんとテオ君も心配や。
階段下にはビアンカとルージュが鎮座している。
『落ち着いたようなのですね』
『そうみたいだけど、魔法で一時的に抑えているだけよ』
『そうなのですね、定期的に魔法をかけて、徐々に減らすのですね』
『ユイ、おかしいと思ったら我慢してはいけないわよ』
「ありがとうビアンカ、ルージュ」
2人の気遣いが嬉しい。仔達は居間で寝ている。元気は相変わらず丸出し。
「怪我はなか? ノワールは?」
『怪我なんてしないのです』
『ノワールはおとなしくしてるわよ』
「そうね、良かった」
エマちゃんとテオ君が駆け寄ってきた。
「ユイさん、大丈夫?」
「ユイさん、ごめんなさい、俺、何の役にも立てなくて………」
エマちゃんは顔に擦り傷、テオ君は泣きそうだ。ああ、エマちゃん、あのワイヤーみたいのに絡まれてた。傷はどんなんやろう。テオ君は結局私が余計なお世話をしたからね。あの時、自分でもよく分からず動いてしまったから。微妙なお年頃の男の子だし、何より、私はテオ君にしては護衛対象なのに、あんな形で守られてしまった。いろいろ未消化なんだろうなあ。
「エマちゃん、大丈夫よ。怪我はどう? 見せてん」
私はエマちゃんの傷口チェック。ポーションのお陰か、顔の傷はフレッシュな感じでなく、傷口周囲も赤くもなく、数日後の落ち着いている感じになっている。そのうち瘡蓋になるかな。腕の傷は、薄く内出血になり、あちこち剥離していた感じだが、剥離自体は小さく、こちらも深くはないようや。あのワイヤーかなり悪質やったみたいで、もし、皮膚にそのまま巻き付いたら、皮膚が捻れるように切れていただろうと。大怪我やん。これくらいですんだのは、ジャケットと衝撃吸収の付与のおかげと。良かった、武装けちけちせんで。傷口にはワセリンでも塗るかね、ディレックスにあったかな?
「傷口痒くなるかも知れんけど、掻かんでね」
「はい」
うん、素直や。
「テオ君。怪我はなか?」
「ないです」
「なら、よか。テオ君、よく頑張ったね」
「俺っ、何にもしてないっ」
「ナイフ持ってうちらを最後まで守ってくれたやん。結果はテオ君が満足しなくても、私には、それで十分なんよ」
そう言うが、テオ君はまだ未消化なままだ。ホークさんが小声で、後でフォローします、と。任せよう。
チュアンさんもマデリーンさんもミゲル君も怪我はなし。良かった。
それから、ルームを開けて、両親と花を誘導。
私はあんな場面を目の当たりにしては冷静で、両親には問題ないとしか説明しなかった。それで十分や。本来はフェリアレーナ様を襲撃から守ることやしね。
ただ、流石に食欲はなかった。無理に口に入れたが、匂いもしないし、まったく味がしない。晃太もそんな感じで、2口目に私も晃太も吐き気が出てしまい結局ほとんど残してしまった。いくら支援があっても、仕方なかね。母が心配していたが、理由を話すわけにはいかない。疲れたとかなんとか理由を付けて誤魔化す。明日は時間通りに出発するフェリアレーナ様の輿入れ行列に加わらなくてはならない。
これが次の問題や。私がルージュの魔法で寝ている間に、晃太がマーファの騎士の隊長さんと少し話したそうだ。時間通りに出発するので、まずは遅れない事。お見送りする人達をすり抜けて、とにかく合流しないと始まらない。
それとなく、自然に、マーファに一緒に行きません?作戦だ。で、できるかな? こちらは大根ばっかりなのに。
まずできるのは、早めに就寝、早めに起床だ。
毎日のルーティーンを行う。
「元気、コハク、今日はよう頑張ったね」
ブラッシングすると、元気が心地良さそうに転がり、コハクはゴロゴロと喉を鳴らす。元気はちゃんと威力の調整したし、コハクの土の塊は投擲物を、光のリンゴの次に落としていた。
流石、ビアンカとルージュの仔や。ルリとクリス、ヒスイもよく頑張ったからね、しっかりブラッシング。やはり仔達も疲れていたようで、いつもの寝る前の遊びもそこそこに、従魔の部屋で眠っていた。
就寝の準備をして、宿のベッドに横たわり、晃太の支援のお陰か、疲れていたのかあっという間に寝てしまった。
夜中、目が覚めてしまった。
トイレでも済まそう、と、起きる。そのまま寝ればよかったのに、風に当たりたくて宿の庭に出たのがいけなかった。
庭に設置されていたベンチに腰掛けて、ぼんやりしていると、急に昼間の事が、まざまざと思い出されてきた。
よかれと思って、妥協しなかったホークさんの剣が、人の首を刎ねた。あんなに簡単に人の首って飛ぶの? 骨とか、硬くない? 私の買った剣が、人の首をはねた。人を殺した。私が妥協しなかった剣が。
あ、いかん、いかん、いかん、いかん。
血の海が足元に広がる錯覚が、首のない遺体が、私に向かって倒れる錯覚が沸き上がる。
息が上がる、頭が痛い、吐きそうや。昼間の光景が、私の脳を揺さぶってくる。目眩が起きる。
いかん、いかん、いかん。
頭が痛い、頭が痛い、胸が、苦しい。吐きそうや。
私が選んだ剣が、
『ユイ、どうしたのです?』
『動揺しているわ、落ち着いて』
『そうなのです、ゆっくり息をするのです』
『大丈夫よ、私達がいるわ』
苦しさに喘いでいると、勘づいたビアンカとルージュが、開けっ放しにしていたルームから慌てた様子で駆け寄ってきた。
『大丈夫なのですよ、ユイ、ゆっくり息をするのです』
『そうよ、ユイ、私達がいるわ。ずっと側にいるわ』
ああ、2人の優しさが嬉しい。
私が両手を出すと、当たり前のようにすり寄ってきた。ああ、あったかい。私は2人の優しさと温かさにしばらく埋もれる。ああ、ぼろぼろと涙も溢れる。今は2人の優しさに埋まろう。
昼間の事があり、直ぐに落ち着かなかったが、徐々に呼吸が落ち着いてきた。私が主人なんやから、私がしっかりせんと。
「ユイさん、どうしました?」
呼吸が落ち着いてきた頃に、驚いた様子のホークさんまで駆け寄って来た。もへじ生活のスウェットで駆け寄ってくる。
「あ、あの、落ち着いて来たので、大丈夫です」
そう言って今さらながらに、ホークさんが私に後方に控えるように言った意味が分かって来た。私が、こうなるって分かっていたんじゃないだろうか? 足手まとい以前の問題で、私を対人戦で受ける精神的なものから遠ざけたかったんじゃないかな? だったら、申し訳無い。申し訳無い。申し訳無い。
「ユイさん?」
黙ってしまった私に、ホークさんが心配そうだ。
「あの、ホークさん」
「はい」
「今日はすみません、いろいろご迷惑を…………」
う、再び思い出してきて、きつか。吐きそう。
「ユイさん」
静かにホークさんが言って、私の前に膝を突く。
「俺の方こそ、申し訳ありません。貴女を守りきれなかった」
「え?」
ノワールに乗って助けに来てくれたのに? 本心は嫌だと言っていた、人を斬ったのに? 私を守ってくれたのに?
「俺は貴女を、人の命が刈られる瞬間から、守りきれなかった」
「それは、ホークさんのせいじゃ………」
私がホークさんの指示に従わなかった。あの時「目を閉じて」の叫びを聞いたのに。私の身体は違う行動をした。結果これだ、私のせいや。
「いいえ。俺がもっと貴女に進言するべきだったんです。狙いはフェリアレーナ王女だけだと思い、貴女の守りを薄くした。俺の判断ミスです」
「でも、それは」
皆で話し合って決めたことだ。あの時の最優先はフェリアレーナ王女様と、従者の皆さん、マーファの騎士の皆さんだったし。私達は、トッパに逃げればよか、ルージュに光のリンゴさえ出してもらえれば、と。あの黒装束達が、あれだけの手数で迫ってくるなんて思わなかった。おそらく狙いは元気達のはずや。
ホークさんのせいじゃない。
そう、現状の私はホークさんのせいじゃない。
「私がもっとよく考えてれば良かったんです。ホークさんのせいやないんです。これは、自己責任で乗り越えんといかん…………」
「ユイさん」
ホークさんが私の言葉を切る。
「無理に、考えなくてもいいんですよ。受け入れなくてもいいんですよ。今回は、目の当たりにした、それだけなんです」
「でも、いつかは遭遇することやった事やし、これからだって」
そう。冒険者の資格を持つ以上、どうしても仕方ないことやないかな? また、似たような事を頼まれて、断れなかったら。
「そしてまた、苦しむんですか?」
私はホークさんの言葉に息を呑む。
あの場面がフラッシュバックしてきた。
無理や、吐きそう。思わず、口を押さえる。
歪む視界の中で、ホークさんが手を差し出してきた。胼胝のある、大きな男性の手。
今日、人を殺した手。
「俺が恐いですか?」
息が止まりそうになったが、その言葉に私は下に向けていた視線を上げる。
「ユイさん、繰り返しますが、貴女は無理に冒険者をしなくていいんです。ユイさんはビアンカさんとルージュさんの為に資格を取った、それだけでいいじゃないですか。そういった事は全て俺達の仕事なんですよ」
以前聞いた言葉。
「本当に、それで、いいんですかね?」
私の声は情けなく震えていた。
だって、リティアさんに無理言ってランクを上げてしまった。それはスカイランで絡まれたからだ。私のランクを上げたら、安易に手を出せなくなると思って。目を閉じてフライパンを振り回すしかできない私が、ランクAなんて、真面目に冒険者している人達にしてみたら、歯がゆい存在だろうに。それで冒険者しなくていいわけない。
「いいんですよ。ユイさんは、そのままでいいんですよ」
ホークさんは、そんな私の考えを優しく柔らかくしてくれる。
「確かに俺達は対人戦をして、人を殺しています。初めは苦しくて堪らなかった。いつしか、それが仕方ない、自分を守るため、誰を守るためとか妥協し、剣を振るってきました。人がどれだけ簡単に殺し殺されるか分かっているからです。ユイさんと、命に関して価値観が違うんですよ。このまま貴女が、冒険者として無理をしていけば、そんな風に思うようになるかもしれません。俺は、ユイさんに、俺達のようになって欲しくない」
側にいる、ビアンカとルージュは、なにも言わず、じっと見守っている。
「ユイさん、俺は貴女に変わって欲しくない。消え行く命に誠実で、最後まで手を差し伸べてくれる優しい貴女のままで、いて欲しいんです」
何時だったか、時空神様もそう言ってくれた言葉。
「今回の事は事故に遭遇した、ただ、それだけなんですよ。ユイさんが思い詰める必要はない。冒険者資格があるからって、乗り越えなくてもいいんですよ」
乱れていた呼吸が少しずつ、落ち着いてきた。事故に遭遇した、そう言われて、私は、流されていく。無責任かと思ったけど、流されていく。
「いいんですか? それで、いいんですか?」
「いいんです。それで、いいんですよ」
ホークさんは繰り返す。
「ユイさん。俺は貴女に変わって欲しくない。エマとテオは、貴女が大好きだ。それは貴女の根本が、命に対して優しいからです。だから、変わらないでください。大好きな、貴女のままでいてください」
そうなんだ、エマちゃんとテオ君は、私を好きでいてくれてるんだ。なんだろう、嬉しい。誰かに好かれる、なんて嬉しいんだろう。心があったかい。差し出されていた、ホークさんの手が、怖かった感覚が無くなってくる。いつも、ノワールに乗る時支えてくれる手。そう、いつも支えてくれる手。私を、守ってくれた手。
私は、その手に、自分の両手を添える。怖くない。カサカサした、働いている男性の手だ。ちょっと冷たい指先に添える。
「ありがとう、ございます、ホークさん」
「いいえ。俺の役目です。ユイさん、これからもし誰かの護衛依頼が来ても、出来るだけ避けましょう。俺に相談してください。どうしても断れず、対人戦になれば、ユイさんは耳を塞ぎ、目を閉じてください」
「私、邪魔やないですか」
「違いますよ。ユイさんはそれが許されるし、俺達はそれに応えなくてはならない。俺達は貴女の戦闘奴隷なんですよ。貴女を守るのは当たり前なんです」
ありがたい、本当に、ありがたい。そして、嬉しい。お腹の底から嬉しい。
「それからしばらくはコウタさんの支援魔法に頼りましょう。眠れない、食べれないではユイさんの身体が持たない」
「はい」
「さあ、今日はもう休みましょう。身体が冷えてしまう」
「はい」
私はホークさんに手を引かれて寝室に戻る。
寝室に入る前に、ずっと心配そうにしていたビアンカとルージュに、ぎゅっと抱きつく。
「ビアンカ、ルージュ、ありがとう」
『いいのですよ』
『そうよ、私達はユイの家族なんだから』
嬉しい、そうやってなんの見返りもなく、側にいてくれることが。
ぎゅうぎゅうと抱き締める。
私はホークさんにもう一度お礼を言って休んだ。吐き気も胸の苦しさが随分治まっていた。
(はぁ、なんとか落ち着いてくれた)
ホークは息をつく。
対人戦後の優衣を言葉でフォロー。しなくてはならないことだった。自身も対人戦後に先代リーダーに、フォローしてもらった。
(屁理屈のようになってしまったが、これでいい)
嘘は言っていない。
ホークは優衣に変わって欲しくない。冒険者として活動すれば、簡単に命のやり取りが起きる場面に遭遇する可能性は十分ある。簡単に割りきるか、優衣のように苦しむか。優衣のような場合はいつか克服するか割りきるようになるか、そのまま潰れるか。
そのどちらにもなって欲しくない。今のままで、いて欲しい。エマとテオが、大好きな優衣のままで。
ホークは自身の手を見る。
優衣が命懸けで助けてくれた。大事なエマを助けてくれた。パーティーごと買い上げてくれた。
それだけで、ホークは許される限り人生全てを優衣に捧げる覚悟が出来ていた。
(この騎乗能力に感謝だ)
ノワールの馬力でなくては、あの場面には決して間に合わなかったはず。結果は、優衣とテオの命は守られた。テオはやはり、目の前で人の首が跳んだ事より、優衣に守られ、何の役に立たなかった事がショックだったようだ。テオもしばらくフォローが必要だ。
(ユイさんに対する恩と罪悪感で、変な方向に考えが固まらないようにしないとな)
優衣の為だと、よく考えずに躊躇無く人を殺す。それだけは絶対に避けなくては。
(これ以上の襲撃は無いとは言えなくなった。しばらくは警戒を強める必要がある。ビアンカさんとルージュさんがいれば、そこは問題はないだろうが。明日にでもマーファの騎士に聞いてみなければ)
今日捕らえられた黒装束の生き残りの事情聴取が行われている。おそらくホーク達を奴隷にした、制約魔法を使ってしゃべらせると聞いたが、やり方は分からない。結果を教えてもらうようにしてある。優衣達が襲撃されたことは向こうも分かっているし、フェリアレーナ王女だけを狙ってはいない。本来なら、全戦力でフェリアレーナ王女の輿入れ行列を襲うはず。十中八九、優衣を捕らえて、従魔であるビアンカとルージュ、そして仔達が目的なのだろうが。
黒装束達は容赦なく事情聴取されているはず。ドラゴンを一撃で倒した従魔のビアンカとルージュに手を出そうとしたのだから、国を挙げて対応するはず。あのうるさいユリアレーナの膿は、既に王室から切り離され、帰国の手配がすんでいるはず。もう、なんの権限もない。
(とにかく理由が分からないと、今度の対応ができない。状況が変わった。あいつらがまだ何処かに潜んでいないと、断言出来ないからな)
とにかく明日、フェリアレーナ王女の輿入れ行列に上手く合流しなくては。
ホークは視線を、上げる。
超ドアップの、フォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガー。
(……………………詰んだ?)
直感? いや、予感がしたが、目を細めた2体は鼻先をホークの顔に押し付けた。色々冷めていた身体に、更に冷たい感触。
「わぉんわぉん」
「ガウガウ、ガウガウ」
「わぉん、わぉん」
「ガゥガゥ」
言葉が分からない。分からないが、自分に対して敵意はないようで、ホークは胸を撫で下ろす。
2匹はもう用がないと、開けっ放しのルームに戻っていく。
それを見届けて、ホークも宛がわれた部屋に戻ったが、明日の事を思い、眠れなかった。
『やはり、人同士にしか分からない事があるのですね』
『ユイの精神が落ち着いたから、感謝するわ』
『感謝はするのですけど、ユイを傷つけるようなことがあれば、許さないのですよ。ユイはお前を信頼しているのですから』
『そうね肝に命じなさい。ユイの信頼を裏切らないことね』
てな、感じです。
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