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二章

(10)国境突破

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 男の声が部屋の中まで鳴り響いた。

「大人しくルーラ姫の身柄を引き渡せ!さもなくば突入し、武力でもって拘束する!」
 扉をドンドンと激しく叩く音。
 
「どうする?このままだとロゼッタが……!」
 アリスが言った。

「戦うしかない!」
 
 扉は蹴破られ、武装した兵士達が雪崩れ込んできた。
 人数は15名ほどである。

「大人しくしろ!」
 先頭の兵士長が叫んだ。

「抵抗すれば命はない」
 兵士達は皆剣を構えている。

「ロゼッタ!こちらへ」
 レクセルはジャックと共にロゼッタの前に立った。
 そして剣を構える。

「貴様ら抵抗する気か!?」
 兵士達はこちらを囲む。

「やむを得んな」
 兵士長はレクセルに斬りかかってきた。
 剣で受け止めるレクセル。
 乱戦が始まった。

「アリス!ロゼッタを連れて逃げて!」
 レクセルは叫んだ。

「分かったわ!」
 アリスはロゼッタの手を引く。

「逃がすな!」
 兵士長が叫んだ。
 しかしレクセルは食い止める。

「ここに居る奴らは俺らでなんとかする!」
 ジャックはそう言って複数人と剣戟を繰り広げている。

 アリスはロゼッタと共に戸口へ向かった。
 しかし、二人の兵士が行く手を塞ぐ。

「どいてよ!」
 アリスは剣を構えると、空中を斬った。
 すると炎を纏った風が生まれ、前方の兵士に吹き抜けていく。

「ぐわっ!」
 兵士二人は怯んだ。その隙にロゼッタ達は外に出る。

「くそ!待て!」
 兵士達も追いかける。

 レクセルは剣で兵士達と戦っていたが、レクセルの剣の腕は一般人程度。まともにやれば勝てない。

 しかしレクセルは付呪された剣を持っていた。切れ味と強度の上がる付呪である。

 レクセルの体質のおかげで身体は鋼鉄並に強化され、身体に斬撃を受けても痣程度で済んだ。
 しかし攻め手に欠けるため、徐々に押されていく。

(臂力の鎧を使う訳にはいかない。アレを使えば皆殺してしまう……なんとか普通の付呪された武器で戦うしかない!)

 ゴードンも戦っていた。気絶しやすくなるように付呪した棍棒を使って、兵士を気絶させていく。しかし5人を相手取るのが限界だった。 

 その時だった。
 二階から兵士が3人降りてきた。傍らに縛られたメリッサとベルディを連れて。

「コイツはお前の妹らしいな。抵抗すればコイツの首元に剣が走るぞ。上からは全員殺しても構わないと言われてるんだ」

 ベルディの髪が乱暴に掴まれ、首元に刃が向けられる。

 それを見たレクセルはプツンと何かが切れるのを感じた。

 (あ……あ……)

 声にならない怒りがレクセルを支配した。

「……だろ」

「なんだ?聞こえんぞ?」
 兵士の一人が耳に手を当てて挑発する。

「妹は、関係ないだろ!!!」

 レクセルは手をかざした。指輪を使おう。臂力の鎧でコイツら全員コロシテシマオウ。

 レクセルはそう思った。 
 指輪に魔力を込める。
『着……』
「待って!」

 アリスの声がした。鎧の装着はキャンセルされる。

 「妹さんは私が必ず助ける!だからここでは鎧は使わないで!あなたに無闇に人を殺してほしくないの!」

 「アリス!ロゼッタは!?」
 ジャックが聞く。

 「今はアネモネと一緒に居る!研究所から少し離れたところで隠れてる!」
 アリスは剣を構える。

 「レクセル、ここは私に任せて!貴方はロゼッタを助けにいって!妹さんは私が命に替えても助けるから!」

 少し逡巡するレクセル。
 
「分かった……」
 レクセルは拳を強く握ると走り出した。

「我らの目的はルーラ姫だ!奴を追え!」
 兵士長が残った兵士達に叫ぶ。

「行かせない!」
 アリスの周りを炎の渦が包み兵士達を囲う。

「レクセルは追わせないし、ベルディには指一本出させないから!」
 アリスは兵士達を見据えて言った。


 一方、アネモネ邸の外を探すレクセル。
「ここだ」
 アネモネの声がした。
 木陰にアネモネとロゼッタが隠れていた。
「ロゼッタ!無事ですか!」
 ロゼッタに駆け寄るレクセル。

「貴方こそ……大丈夫ですか……?」
 心配そうな表情で見つめてくるロゼッタ。
「俺は平気です」

「早くエルドヴィエに出発しなければ。この様子だとお尋ね者になってしまうだろうね」
 アネモネが言った。

「ジャックは?」
「アリスと一緒に屋敷で残って戦ってくれています」

「そうか。最悪ジャックを置いてでも出発しなければならないだろうね」
 アネモネは言った。

「ジャック……」
 屋敷の方を心配そうに見るロゼッタ。

 その時。
「居たぞ!」
 外に待機していた兵士2人が、ロゼッタ達を見つけた。剣を構え、襲いかかってくる。

 剣で応戦するレクセル。2対1では分が悪い。
 しかし、兵士の一人が後頭部を何者かによって剣の側面で殴られた。
 崩れ落ちる一人の兵士。殴ったのはジャックだった。

「ジャック!」
 レクセルは叫んだ。

 もう一人の兵士もなんとかレクセルによって倒された。致命傷は避けてある。

「これで3人揃ったな。エルドヴィエに向かうぞ」
 アネモネはそう言った。

 一行は邸宅から少し離れたところに停めてあった馬車に乗り込む。
 馬車には馬が2頭ついていた。

 御者席にアネモネが座り、馬を走らせる。荷台にはレクセル、ジャック、ロゼッタの3人が座っている。

「このまま南下し、国境を超えるぞ」
 アネモネは言った。

「検問所を超えるんですね。しかし通してくれるでしょうか。検問所には今頃大勢の兵士が配備されてるはずでは?」
 レクセルは言った。

「国境沿いの川を強行突破する」

「この馬の蹄鉄と馬車の車輪には水上走行の付呪が施してある」

「川を突破してエルドヴィエか……」
 ジャックが感慨深げに言った。

 ロゼッタはじっと行手を見据えていた。

「長い旅になる。覚悟しておけ」
 アネモネは言った。

◇◆◇◆

 馬車は走った。アネモネ邸を出たのが正午過ぎ。
 休みを挟みつつ1日中走った。
 
 夜になると馬車を停め、街道の外れで休んだ。
 全員フードを被り、 誰かに見られてもいいように顔を隠した。
 火をおこし、食料のパンを齧る。

「寒くありませんか?ロゼッタ」
 ジャックはロゼッタを案じた。

「ありがとう。大丈夫ですジャック」
 そんな2人を見守るレクセル。

 ロゼッタは少し考えたような顔をすると、意を決したように2人に話しかけた。
「これ……受け取ってくれませんか?」

 ロゼッタが取り出したのは青く光るバラの入った結晶だった。

「これは生前母から貰ったものです。大事な男性が現れたら渡せと言われていました」

「しかし、ジャックもレクセルも2人とも大切な方です。だから……」

 ロゼッタは両掌にバラの結晶を握ると魔力を込めた。
 すると結晶は2つに割れていた。

「片方ずつお二方に持っていて欲しいのです。本当はこんなことしてはいけないのだけど……」

 レクセルとジャックはお互いに顔を見合わせた。そしてお互いに頷くと、それぞれバラの結晶の欠片を受け取った。

「ジャックは知ってることですが、ロゼッタは母の名前でした。偽名を名乗る時、母の名前にしたのです。母は花屋の娘で、父にも青いバラをプレゼントしました。」

「そうだったのですか……」
 レクセルは言った。

「私はもう、悩みません。必ずやマリアンヌの元にたどり着き、彼女と対峙します。そしてエルドヴィエを返してもらいます」

「二人にはその時までのエスコートをお願いします」

 レクセルとジャックは頷いた。

「ロゼッタ。明日に備えてそろそろ寝ておくんだ」
 アネモネは言った。

 その夜はジャックとレクセルが交代で番をして明け方まで過ぎていった。

 早朝。馬車は出発した。
 その日も一日中走った。
 そしてその日の夜も野宿した。

 近くに小さな川があったので一行は順番に身体を清めた。

「この川は下っていけばやがて大きな川に合流する。それが国境の川だ」
 アネモネは頭をタオルで拭きながら言った。

「いよいよエルドヴィエは近い」

「ついに……」
 ジャックは呟く。

 翌朝。
 一行を載せた馬車は川沿いに下流へと向かって走っていた。

 やがて大きな川が見えてきた。
 ここを超えればエルドヴィエである。
 
「皆馬車によく捕まっておけ。落ちたら拾えない」

 アネモネはそういうと馬を川の水面に突っ込んで行った。

 ガタガタという地面と車輪が擦れる感覚はふわふわとしたものとなりレクセルが下を見ると、確かに水面の上を走っていた。

 まるで空中を走っているかのような感覚である。
 さすが国境の川といったところであり、川幅は広く向こう岸ははるか遠くに見える。
 十分くら位走っただろうか。アネモネは向こう岸に妙なものを視認する。
「なんだあれは……人か……?」

 大勢の人が一列になって川岸に並んでいる。
 そしてそれらの人達は

「放て!」
 遠くから声がした。
 そして矢の雨が降ってきた。

 馬車を急カーブさせるアネモネ。荷台の3人は振り落とされそうになるがなんとか掴まる。

 何本か馬に刺さり馬達が悲痛の声を上げる。

 遠くでエルドヴィエ兵達が話す。
「本当にあの馬車にルーラ姫が乗っているのか?」
「ウィンストンって奴が言うにはな。奴がよこしたこの地図の通りだ」
 ここの兵士長と思われる男の持っている地図にはカザドとエルドヴィエの国境の川のいくつかの場所に赤い丸が描かれていた。そのポイントすべてに弓兵を配備したらしい。

 一方、川の上のアネモネ一行は半ばパニックだった。第2射撃が迫っていたからである。

「どうする?次矢の雨が来たら一溜まりもない。川の上で逃げ場もない」

 万事休すかと思われた時、レクセルが提案する。

「矢除けの付呪ですよ!寝具のシーツに付呪するんです!」

 レクセルがそう言うが早いかアネモネはシーツを素早く引っ張り出しながら呪文を唱え始めた。

「はい!一丁上がり!」

 アネモネはそう言うとレクセルにシーツを投げてよこした。

 レクセルはそのシーツを馬にかけてやる。
「もう一頭の分もお願いします!」

 レクセルがそう叫ぶ頃には、付呪したシーツはもう一枚出来上がっており、アネモネは3枚目に付呪するところだった。

 第2射撃が飛んできた。矢は馬と荷台に降り注ぐかに見えたが、馬に刺さるはずの矢はその矢じりが突き刺さる瞬間に速度を失い、水面に落ちていった。

 荷台の上にもシートが被せてあり事なきを得る。

「レクセル!お前頭いいな!」
 ジャックは言った。

「これで強行突破できますね」

 弓兵達は想定外の事態にどよめいている。
 そんな間に向こう岸にもうすぐで辿り着けそうな距離になった。

 「突っ込むぞ!」
 アネモネは叫んだ。

 弓兵を蹴散らすように馬車は岸の上に上陸した。車線上にいた弓兵は轢かれる前に身体を横方向に投げた。

 こうして一行はエルドヴィエに入ったのだった。
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