36 / 119
第二章 王都
憂い
しおりを挟む――王都の下町。
華やかな街には影の部分も存在する。
深夜、家々の明かりも消えた時間。外套のフードを目深に被り灯りのない狭い道を行き前を行くアルベルトに声をかける。
「吐いたか」
「まあ、大体は」
アルベルトは入り組んだ道を迷いなく進む。
でもねぇ、と小さく呟いた。
「ローゼンスキールとの繋がりしか出てこないんだよね」
「巧妙だな」
「だね……辺境の黒の意味も分かってないし、あの男からはもう何も出てこないだろうな」
「……」
「他の貴族や教会の勢力はこれまで通り監視に留めてるけど」
「それでいい。養子とは言え、バーデンシュタインの後ろ盾を持ち俺との婚約も発表する。そう簡単にはナガセに手を出さないだろう」
「でもさ、次期教皇と名高いハインリク枢機卿とその甥であるバルテンシュタッド伯がナガセのことで秘密裏に会った、なんて良からぬ憶測を呼ぶだけだと思うけど」
「言わせておけ。俺は王位になんぞ興味はないし、ナガセは聖女ではない。叔父上もその点については近いうちに公の場で発言するそうだ。大体、覇者のギフトでもない俺が王になどなれる訳がないだろう」
「そうだけどね。でもその噂を払拭するこっちの身にもなって欲しいなぁ」
下町の小さな家々がひしめき合う路地裏を抜け、一軒の家に辿り着く。
入り口には外套を纏った男が二人。
横をすり抜け中に入ると、薄暗い居間の足元には地下へ続く階段がある。
地下にはユラユラと不安定に揺れるランタンに照らされたずぶ濡れの男が一人、部屋の中央の椅子に縛り付けられガタガタと震えている。その周囲をフードの男たちが遠巻きに囲んでいた。
アルベルトは気安い調子で「お疲れ様」とフードの男の肩を叩き、部屋の隅から椅子を持ち出し男の前に置いた。
「さて、と。じゃあ繰り返しになるけど、一回目の指示について話そうか」
アルベルトは椅子の背面を前にして跨ぐように座り、背もたれに乗せた腕の上に顎を置いて男にニコニコと笑顔を向ける。
男はアルベルトの姿を認めると更にガタガタと身体を震わせた。
「お、おんなを……っ、連れて、こい、と、へ、部屋に、てが、手紙が来る、の、を……っ」
「ほら、もっと具体的に」
「こ、濃い、ブルネット、の髪の女……背が、高く…ほ、細い…」
「どこに連れてくの?」
「しっ、し下町、の空き家……っ、に、お、女を、好きにしろ、お、女がっこ、壊れるま、で、まわ……せ、と」
足元の石床が三尻と音を立て室内の空気が重くなった。ずぶ濡れの男がひいっと悲鳴を上げさらに顔色を悪くする。
「ち、ちがう! おっおお、おれは、何もし、しししていない! で、伝言をバラバラに、して、つっ、伝えただけでっ」
「うんうん、それで? 二回目は?」
「い、一回、目と同じ、ブルネットの女を、つ、連れて、来い、と、へ、辺境、の黒、も」
「……も?」
それまで壁に寄りかかり聞いていたが思わず前へ出た。
アルベルトがチラリとこちらを振り返る。顎で示し、地下室を出た。
「……別人の扱いだ」
「……ブルネットと、黒も」
「二回目の指示がローゼンスキールではないとして、だ。今は殆どの貴族が髪色は違えどナガセがあの演奏会の夜のブルネットの女性と同一人物だと分っている。こちら側も否定していない」
「あの指示は古い」
「ああ。指示を出したタイミングが少しズレている。この指示は演奏会の夜にいたブルネットの人物と辺境の黒と呼ぶ人物を別々に考えている。これは婚約が発表される前に指示しているな」
深淵の森で黒髪の子供を保護したという話を知る者はいるが、噂話のようにしか伝わっていない。そもそも、深淵の森で生きた子供を保護するということ自体が信じ難い話なのだ。ましてやそれが女性で俺の従者から婚約者になったなど、そんな考えに至るものはいないだろう。
――だが、あの男。
「その後の接触は」
「ないね」
「あの元見習いは切られたとみていいだろうな」
指示の内容が更新されていないのなら。
アルベルトは手袋をした手を顎に当てる。
「今のままじゃ坊やがしくじっても、引きずり出せるのはローゼンスキールだけだね」
グッと眉間に力が入る。
その通りだ。
今回の伯爵家の養子と婚約の発表、この二つを同時に行ったのは牽制の意味が強い。
出自のはっきりしない珍しい黒髪のカレンを聖女の物語に当て嵌め、都合よく祀り上げようと企てる不埒な輩を先に牽制するためのもの。
婚約には陛下の許可がいるため、早々に婚約を結べば王家が認めた婚約だと印象付ける事ができる。
更にアルベルトの家、バーデンシュタイン家は表面上は文官として代々出仕していることになっているが、その実、秘密裏に国内外を飛び回り様々な情報を収集する王家の影だ。
王家の影の娘。下手に手を出しては己の足元を掬われかねない。
教会の派閥争いだけではなく、王族に連なろうとする者達の動きも封じるものであったのだが、違う角度から横槍が入った。
動機は何か。
あの男のことだ、ただ珍しいからという理由だけなのかもしれない。
カレンに愛を伝えたあの夜。あの男は確かにカレンが黒髪である事をしっかりと目にした。そしてカレンが気紛れで手を出せるような人物ではないと理解した筈だ。
では、あの男はどう動くのか。
カレンを手に入れたい理由がただ珍しいからというだけだったのならば、このまま諦めるだろう。
だからこそ元見習いを切った筈だ。
だが何か嫌な感じがする。
あの男がこのまま大人しく引き下がるだろうか。
「アルベルト、引き続きボーデンの監視を」
「分かった」
「それと」
懐から書簡を取り出しアルベルトに渡す。
「今回の件を陛下は憂慮している」
アルベルトは書簡に押された印璽を確認すると、楽しそうに笑った。
「癇癪持ちのお嬢さんにはお灸を据えてあげなきゃね」
「アルベルト」
「分かってる」
書簡を懐にしまい、アルベルトはフードを深く被り直す。
「坊やも回収するよ」
そうだ、憂いはひとつも残したくない。
カレンのために。
96
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
【全16話+後日談5話:日月水金20:00更新】
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ドルイデスは忌み子将軍に溺愛される
毒島醜女
恋愛
母の死後引き取られた叔父一家から召使として搾取され、手込めにされそうになった少女、羽村愛梨。
馴染みの場所であった神社に逃げると、異世界にいた。「神樹により導かれたのね」とドルイデスと呼ばれる魔女が愛梨を拾った。異世界に救われ、ドルイデスから魔法を教わりながら田舎で過ごしていく。現世では味わえなかった温かな人の温もりに、もう何も望むまいと思っていた。
先代のドルイデス=先生が亡くなり、村の外れで静かに暮らすアイリ。
そんな彼女の元に、魔獣討伐で負傷した将軍、ウルリクが訪ねてくる。
離れで彼を看病していくうちに、不器用で、それでいて真っすぐな彼に惹かれていくアイリ。
こんな想いを抱く事はないと、思っていたのに。
自分の想いに嘘がつけず、アイリはウルリクに縋りつく。
だがそれは、ウルリクにとって願ってもない頼みであり、もう決して逃れる事の出来ない溺愛の始まりであった…
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。