37 / 119
第二章 王都
新しい日々と新しい私と
しおりを挟むレオニダスからプロポーズを受けた翌日には、私達の婚約が新聞に大々的に掲載されていた。
私の養子縁組についても。
ちゃんと読めないから半分くらいはテレーサさんに教えてもらったんだけど、紙面の占有率が凄いのは分かった。誰も私が誰なのか知らないから様々な憶測を呼び、最早娯楽作を読んでいるような感じらしい。
テレーサさんはロマンス小説のようだと笑った。
「おかあさま」
「そうよ、親子なんだもの」
朝食の席でそれはもういい笑顔のテレーサさんに言われる。
「じゃあ僕はおにいさま」
「……お、にいさま」
「そう! ふふ、いいね、可愛いなあ!」
いや、えっと? こんな見た目の違う人たちをおかあさま、おにいさまって呼ぶの? 純和顔の私が?
「え……っ、と」
二人の笑顔に圧を感じるのは気のせいだろうか……。
へらっと笑ってみるも、笑顔で私の返事を待つ二人。
「可愛い義妹が出来て僕は嬉しいんだよ。周囲に自慢したいし」
ね? と小首を傾げながら優雅なナイフ捌きでハムを口に運ぶアルベルトさん、いや、お義兄様。
「そうね、確かにアルベルトの事は兄と呼ばないと、間違えて名前を呼ぼうものなら勘違いした御令嬢方に何をされるか分からないわね」
ナニソレコワイ。
そして笑顔で否定しないアル……お義兄様も怖い。
私はもうイエスの返事しか出来ず。そうか、渾名だ。渾名だと思えばいいんだ。うん。
口に運んだハムは味がよく分からなかった。
* * *
朝から侍女さん達にあれこれ着替えをさせられてやっと解放され応接室に行くと、そこには既にレオニダスがソファで寛いで待っていた。
今日は軍服ではなく控えめな光沢のダークグレーのスリーピースにサックスブルーのシャツ、濃紺のネクタイは白のピンドット。鈍色のタイピンは黒曜石が嵌め込まれている。
髪をオールバックにしているレオニダス、はあ、素敵……!
深緑の生地に艶のあるダークカラーの木目のソファに深く腰掛け、長い脚を組みソーサーを持つレオニダスはハイブランドのモデルさんのよう。
えっと、すいません、この人ホントに私の婚約者さまなんですか……。
「カレン」
応接室に入るとすぐに立ち上がり、私を優しく抱き締めて頬にキスをくれる。壁際に立つ侍女さん達から小さな歓声が上がった。
うう、恥ずかしいよ!
「今日も美しいな」
スッと頬を撫で蕩けるような視線で見つめられ、私の顔はきっと真っ赤。
レオニダスは頬を撫でた指でそのままつつっと私の胸元のサファイアに触れた。
以前レオニダスが用意してくれたサファイアのネックレスは今日はチェーンを短めなものに替えた。普段使いには高価で緊張するけれど、こうしてチェーンを変えるだけで使いやすくなる。
あれこれ私に着替えをさせて侍女さん達がやっとこれだと落ち着いた今日の服は、濃紺のシフォンのワンピース。白の小花柄に、裾の方は黄色の小花柄も入っている。濃紺のインナードレスは膝下丈でノースリーブ。手首でキュッと控えめにギャザーが寄っているシフォンワンピースの袖部分と膝下の裾部分がふんわりと透けていて春らしいデザイン。
「今日を楽しみにしていた。さあ行こうか」
レオニダスの差し出した手にそっと手を乗せて、何故か黒い笑顔のお義母様から見送りを受け馬車に乗り込んだ。
レオニダスが楽しみにしていた、と言ってくれた今日は私のドレスを決めるため、オリビアさんのお店に行く日。バーデンシュタイン家主催の夜会で私のお披露目とレオニダスとの婚約を正式に発表することになったので、そこで着るドレスを決めるのだけれど。
ドレスを決める権利をレオニダスがお義母様から勝ち取ったのだとか。どんな手……方法で決めたのかは知らないけど、あんなにドレスを決めるのが大好きなお義母様がよく譲ったなぁ。
お義兄様は知らなくていいよ、と笑っていたけど。
前回、レオニダスが用意してくれたサンドブルーのドレスはオリビアさんのデザインのもの。
やっぱり! それを聞いて凄く嬉しかった。
シンプルで上品でレースも上質で、オリビアさんのデザインするドレスは本当に素敵だと思う。
レオニダスもオリビアさんのドレスを気に入ったみたい。
「カレン」
馬車で隣に座るレオニダスが指を絡めて持ち上げ、私の指先にキスをする。
「は、はい」
深い碧の瞳が至近距離で覗き込む。
「今日はいくつかドレスの形を用意してもらっている。気に入ったデザインとそれに合う生地や色を選ぼう」
優しく目を細めて私の指先に唇を当てたまま話すレオニダスの色気が凄い。
あああっ、なんか今日凄くイケメン……!!
スーツ? スーツ姿のせいかな!? 私の心臓頑張れ…!
「ウルの予定は一ヶ月以内らしいぞ」
レオニダスは私の心中を知ってか知らずか、なんだか楽しそうに私の指を絡め取りずっとすりすりと触っている。
「あっという間ですね」
一ヶ月以内かぁ。あっという間だなぁ……。
私にピッタリとくっついてサワサワすりすりと触っているイケメンから意識を逸らし現実逃避を試みる。
バーデンシュタインのお屋敷に移る時、私はウルを連れて来なかった。
タウンハウスから移る準備をしていた頃、ウルの様子がいつもと違って、オッテもウルが心配なのかずっと側にいて、それだけでも何かがおかしいと思った。
ご飯の好き嫌いが出始めて、でもどこか体調が悪い様子もない。好きなものはすごくたくさん食べる。
ちょっとした散歩だってする。
ただただ、眠っている時間が長い感じ。
心配過ぎて何も手につかなかった私を見兼ねたアンナさんが獣医さんを呼んだところ、ウルのお腹に赤ちゃんがいる事が分かった。
それはもう、すっごく驚いた。レオニダスも。
私は、大事な時に環境を変えるのも良くないだろうと、涙涙の今生の別れを決意した。
いや、ウルは何だか分かってなかったんだけれど。
「会いたいな……」
ポツリと呟くとレオニダスがふっと笑って唇にキスをくれた。
「ウルもそう思ってる」
そう言うレオニダスの優しい表情を見て、なんだか胸が熱くなった。
泣きそうになった顔を隠すようにレオニダスの胸にしがみついて、レオニダスはお店に着くまでずっと、私の背中を優しく撫でてくれた。
* * *
「スペシャルゲストだ」
ドレス選びをした翌日の夜、いつものように応接室にやって来たレオニダスの足元を黒い影が駆け抜けた。
「ウル!!」
尻尾をちぎれんばかりに振ったウルが私に飛び込んで来た。しゃがみ込み受け止めると、もうドロドロになるくらい顔中舐められる。
「ウル、ウル、元気だった? ああ凄い、お腹もすっかり大きくなったね……!」
会いたかった……!
ぎゅうっとウルを抱き締めると、ポロポロ涙が出てきた。
ウルに会いたかった!
この世界に来てからずっと、夜の寂しさも不安も恐怖も全て、ウルと一緒に過ごして来た。色んな事が変化して、ウルもオッテの側がいいだろうと連れて来なかったけれど。
顔を上げると、レオニダスの足元でオッテが座っている。
「オッテ」
呼ぶと、ゆっくり立ち上がり近づいて来た。尻尾をユラユラと揺らしている。
「オッテ」
いつもレオニダスの側にいたのに今は全く行動を共にしていない。ずっとウルの側にいるらしいオッテはあまり私に興味はなかったんだけれど。こうして近づいてきて尻尾を振ってくれるのが嬉しくて、オッテもウルもぎゅうぎゅうに抱き締めた。
「熱烈な歓迎だな」
羨ましいぞ、とレオニダスが苦笑する。
立ち上がりレオニダスの胸に飛び込んだ。大きな身体に腕を回してぎゅうっとしがみつく。レオニダスは腕を背中に回してゆったりと受け止めてくれた。私の涙を優しい手つきでそっと拭う。
「レオニダスさま」
「ウルに会いたかったんだろう?」
「はい、はい! ありがとうございます」
またポロポロと涙が出て来て、ぎゅうっときつく抱きつくと、レオニダスは笑いながら優しく背中を撫でてくれた。
「今度時間を空けるから郊外へ出かけよう。美しい花の咲く丘がある。ウルとオッテも散歩させるといい」
俺が来るだけじゃダメみたいだからな、と小さく呟き頭頂部にキスを落とす。
違う、違うよ、そうじゃないの。
胸に埋めていた顔を上げて、レオニダスを見上げる。
優しい瞳と目が合って、熱い掌で頬を包まれる。
「レオニダスさまは帰ってしまうから」
「ん?」
「来てくれるのはとっても嬉しいんです。早く会いたくて、来る前はすごく楽しみにしてるけど……でも、レオニダスさまは帰ってしまうから」
だから毎日淋しいんだと伝えると、レオニダスは目を瞠いて固まった。
眉間に皺を寄せオッテのような唸り声を上げると、私の後頭部をがしっと押さえると食らい付くような深いキスをした。
「きゃあ」と、後ろで侍女さんたちの悲鳴のような、黄色い歓声のような声がした。
「んうっ……っ、んんっ」
レオニダス! 人がいるからーー!!
バンバンとレオニダスの腕を叩く。もちろんびくともしない。
遠慮なく入り込む分厚い舌は一頻り口内を蹂躙するとぷはっと離れて、レオニダスは眉間に深い皺を寄せた。
私は顔がもの凄く熱い。
もう! 何してるの!
文句を言おうと口を開くと、レオニダスはガバッと私を持ちあ……抱き上げた。
「きゃ…っ」
落ちる落ちる! レオニダスの首にしがみつく。
「連れて帰る!!」
レオニダスは暫く、私を抱き上げたままお義兄様と揉めていた。
可笑しくて嬉しくて、声を上げて笑った。
大好き、大好きよ、レオニダス。
そう、耳元で囁いた。
101
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
【全16話+後日談5話:日月水金20:00更新】
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ドルイデスは忌み子将軍に溺愛される
毒島醜女
恋愛
母の死後引き取られた叔父一家から召使として搾取され、手込めにされそうになった少女、羽村愛梨。
馴染みの場所であった神社に逃げると、異世界にいた。「神樹により導かれたのね」とドルイデスと呼ばれる魔女が愛梨を拾った。異世界に救われ、ドルイデスから魔法を教わりながら田舎で過ごしていく。現世では味わえなかった温かな人の温もりに、もう何も望むまいと思っていた。
先代のドルイデス=先生が亡くなり、村の外れで静かに暮らすアイリ。
そんな彼女の元に、魔獣討伐で負傷した将軍、ウルリクが訪ねてくる。
離れで彼を看病していくうちに、不器用で、それでいて真っすぐな彼に惹かれていくアイリ。
こんな想いを抱く事はないと、思っていたのに。
自分の想いに嘘がつけず、アイリはウルリクに縋りつく。
だがそれは、ウルリクにとって願ってもない頼みであり、もう決して逃れる事の出来ない溺愛の始まりであった…
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。