勘違いから始まりましたが、最強辺境伯様に溺愛されてます

かほなみり

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第三章 祝祭の街

社交

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 数日後、王城からお茶会のお誘いが来た。

 お茶会を主催するのは、王太子妃マルグリット。
 先日のおやゆびひめ、クラリッセ・スミュール嬢を囲む歓迎会のようなもので、スミュール嬢のご指名で私も招待されたもの。
 まだ未成年の彼女にしてみれば、私はこの国で唯一の知り合いだから。


 基本的に私は社交をしない。
 レオニダスはこちらの貴族と交流する事よりもバルテンシュタッドの勉強をすることを望んでいて、出来れば私もそうしたいと思ってる。
 そもそもレオニダスがこんな風に王都に長く滞在する事なんて殆どないから、貴族との政治的な思惑が見え隠れする交流をする必要はないと考えているみたい。

 今回のお茶会も、レオニダスもお義兄様も行く必要はないと言ってくれたけど、でもね、王太子妃殿下のお誘いだよ?
 一人で行かなければならないのは心細いけど、避けて通れない。

「気合を入れていかなければね」

 お義母様はこれは女の戦いだと、強い意志で挑むようにと私にこんこんと説いた。
 先日のバーデンシュタイン家の夜会では、本当に親しい人達ばかり、新しいものを受け入れる人達ばかりの集まりだった。
 初めて見る黒髪に驚きを隠さない人もいたけれど、決して嫌な視線ではなかった。
 ピアノを弾いて感動してくれて、レオニダスの私を見つめる視線を揶揄って笑う人もいて、気さくで優しい人達だった。

 けれど今回は違う。
 その人達とは対極に位置する人達の集まりだという。

 お茶会は王太子妃の未来の義妹となるスミュール嬢と親交を深めるための気軽なもの、という位置付けだけれど、このお茶会に呼ばれた令嬢達は恐らく、将来の王子妃となるスミュール嬢と縁を繋ぎたいはず。

 そして私の値踏み。
 話でしか聞かない突然現れた伯爵家の娘、しかも異国の黒髪の女。
 ザイラスブルク公との縁を結びたい貴族は多く、お互いが牽制し合っていた所に突然現れ掠め取ったのだから、面白くないに決まっている。
 けれど、養子とは言えバーデンシュタインの娘。
 王家と繋がりの深い歴史ある家の娘に否やと声高に訴える者もおらず、後は少しでも足を引っ張るしかないのだ。後ろ暗い過去はないか、隠し事はないか、過去を探り振る舞いを見極め、確かにザイラスブルク公に相応しくあることが出来る人物なのか。
 高位貴族として教育を受けた令嬢達は、さながら小さな政治をお茶会で繰り広げるそうだ。
 気合の入ったお義母様にしっかりとドレスを選んでもらって、いざ出陣したのが今朝の出来事。



 * * *



 そして今、こうして目の前で繰り広げられているこの会話、これこそがお義母様の言っていた小さな政治なのだろうか。

「まあ、では隣国では今氷菓が流行しているのね」
「わたくし、一度隣国へ留学したことがございましてよ、あの時に観覧したオペラは大変素晴らしかったわ」
「スミュール公爵令嬢、こちらのお菓子はいただきまして? 王都で大変人気のあるパティシエが今日のために用意してくださったの」
「まあ、マルグリット様、なんて美しいレースのショールなんでしょう、素晴らしいわ!」

 いやいやいや……政治じゃないです。
 ただの無視ですよ、お義母様。

 私が中庭にあるコンサバトリーに到着して王太子妃殿下に挨拶をして、スミュール嬢に挨拶をして。その後誰とも話さず、ずーっと無視されています。
 視界に入れないって言うか? ないものとして扱っていると言うか?

 用意された長いテーブルの上座に座る王太子妃殿下とスミュール嬢。
 そこから一番遠い、末席の私。
 伯爵家の人間なんだけどね…。
 この離れた席では当然会話が出来るはずもなく。
 スミュール嬢が時々チラチラとこちらを気にするけれど、その度に誰かが話題を振って意識を逸らす。うん、わざとだね。
 王太子妃殿下はそもそもあまりお話しせず、ニコニコとスミュール嬢と御令嬢方の話に耳を傾けている。

 でもなんていうか……そう、思ったより楽だった。
 以前会った、元妖精さんのようにガッツリ悪口言われたらどうしようと思ってたけど、その心配はなさそう。
 いや、あの元妖精さんが来るんじゃないかとビクビクしてたんだけど。そう言えばあの子の家はなんて言うんだろう。


 盛り上がる御令嬢方を視界の隅に追いやり、ぼんやりと目の前のスイーツに視線を落とした。
 あ、このお菓子、レオニダスの好きなやつだ。レオニダス、今何してるかな。
 王城にも執務室があるって言ってた。訓練かな、第一部隊のみんな、元気かな? みんなにも全然会ってないなぁ。

 意識を周囲に向けると、コンサバトリーの作りが素晴らしく、飾られた花の香りで溢れている。
 陽の光を白いレースのカーテンが優しく遮って、時折吹く風が優しく頬を撫でる。風が運んでくる優しい香り。お茶の香り、お菓子の香り、花の香り、柔らかい風。

 ああ、私、バルテンシュタッドに帰りたいな……。


「バーデンシュタイン嬢のギフトはピアノだとお聞きしました」

 その時、鈴を転がすような美しい声で、現実に引き戻された。
 見るとスミュール嬢が赤い顔をしてこちらを見ている。
 何故かその他の令嬢達はつん、と顎を上げてこちらを見ずソーサーを手にお茶を嗜んでいるけれど。

「あ、ええ。……スミュール公爵令嬢はピアノはお好きですか?」
「はい! あ、あの、ぜひ、クラリッサと」

 赤い顔のまま体を前のめりにスミュール嬢はこちらを見つめる。
 はあ、ここにもいた、天使。

「ふふ、私のこともぜひ、ナガセと」

 クラリッサに気を使わせちゃったな。悪い事したな。みんな、あの子より大人なのにね?

「まあ、ではそこにピアノがあるのよ、何か弾いていただけるかしら」

 王太子妃殿下が手を胸の前で合わせて嬉しそうに笑顔を向ける。

「はい、ぜひ」

 立ち上がり、少し離れた場所にあるピアノへ移動する。クラリッサも席を立ち、側にあるソファまで移動してきた。

「何か聴きたい曲はありますか?」
「私、異国の曲を聴いてみたいですわ」
「はい、分かりました」

 コンサバトリーとは言え、そこは王城。
 グランドピアノが鎮座していて、きっとここでサロンコンサートとかするんだろうなとか考えながら、思いつくこの場に相応しい曲を弾いた。



 嫌な人がいたって関係ない。音楽は素晴らしいんだから。



 ーー最後の一音を鳴らして余韻が響く。

 ふう、とひとつ息を吐き出すと、クラリッサが立ち上がりパチパチと拍手をしてくれた。頬を染めていつもより興奮した様子。
 よかった、気に入ってくれたみたい。

「素晴らしい演奏だわ、バーデンシュタイン嬢!」

 王太子妃殿下も立ち上がり近付いて来た。慌てて立ち上がり礼を取る。
 王太子妃殿下は私の両手をギュッと握った。

「今度ぜひ、サロンコンサートで演奏をお願いしたいわ」

 わー、近くで見ると女神みたいな美しさ。王子二人のお母様とは思えない美貌。何か秘訣が?

「それは難しい願いかと、王太子妃殿下」


 軍服のまま、でも帽子を脇に挟み神々しいばかりの笑顔でコンサバトリーにお義兄様が現れた。

 突然現れたお義兄様を見て、さっきまでツンとしていた御令嬢方が急に色めき立った。ソワソワと落ち着かなく、なんだか涙ぐんでいる人までいる。

「まあ、アルベルト、それは何故?」

 王太子妃殿下は慣れた様子でお義兄様を呼ぶ。勝手に乱入したお義兄様を咎める様子はない。

 お義兄様はさっと私の手を王太子妃殿下から取り返すと、にっこりと笑って私の肩を抱いた。
 きゃーっと御令嬢方から声が上がる。え、なぜ。

「私の可愛い義妹はまだ社交には不慣れなのです。そのように急に申されましても緊張するばかり。それに、婚約者であるザイラスブルク公はひと時も側を離れたくないと言っておられる。まずは閣下にお伺いされると宜しいかと」

 お義兄様の言い方にトゲを感じるのはなぜかしら。
 ビクビクしながら王太子妃殿下の様子を伺うと、楽しそうにコロコロと笑った。

「あのザイラスブルク公が愛して止まないと聞いてはいたけれど、その噂は本当なのね」
「晩餐会ではお目にすることもあろうかと」
「ふふ、それは楽しみね」

 王太子妃殿下はクスクス笑うと顔を近づけてそっと小さな声で囁いた。

「今度、スミュール嬢と3人でお茶を頂きましょう」

 堅苦しくないわよ、とウィンクをした。
 わ、美しい人のウィンク!
 なんだかドキドキしてしまった。

「光栄です。ぜひ」

 なんだか砕けた感じの人なんだなぁ。もっと凄く手の届かない所にいる人だと思っていた。

「殿下、大変申し訳ありませんが義妹は余り体調が優れませんので、これで御前を失礼いたします」
「まあ、それは」
「それは残念だ」

 そこに、低音の落ち着いた声がコンサバトリーに響いた。
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